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素敵な年配男性

今週末 夜のパン教室に参加しました。 参加者全員女性の中 1人 年配の男性が参加していました。 私の勝手な価値観で 「衛生面に気をつけて パンを作れるのだろうか」 という思いが出てきて ザワザワ。 ところが 私のザワザワは 一気にひっくり返されました。 その男性 めっちゃ気がきいて 率先して動く!! 私より手際が良い🤣 純粋に パンを作りたい気持ちで参加して 作ったパンを 奥様と一緒に食べるとのこと めっちゃ素敵やん♡最初の私。 過去と未来に思考がいって 勝手に この男性像を作り上げて 今この瞬間の男性を みていなかったんだよね。 女性が多いとか 年配男性だからとか 周りがどうこうより 本当に自分がしたいことだから チャレンジする 飾らない自分でいる 輝きを思い出した 貴重なパン教室でした。 ブログも 少し背伸びした自分を 見せようとしていたから 投稿できなかったんだよね。 ありのままの自分 隠そうとしていた自分がいました🤣
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自分の本音が分からないのは、本音がないからではない

「自分の本音が分からない」 そう感じることはありませんか。 本当はどうしたいのか。 何が好きなのか。 何が嫌なのか。 考えているはずなのに答えが出ない。 そしていつしか「私は自分のことが分かっていないのかもしれない」 と思うようになる。 でも、本音が分からなくなっている人に 「本音がない」 ということは、ほとんどありません。 本当はずっと感じていた。 違和感もあった。 引っかかりもあった。 好き嫌いもあった。 ただ、その場を生き抜くために 自分の気持ちを後回しにすることに慣れてしまっただけなのです。 本音がないのではない。 本音より先に見るものが増えただけ。 そのことに気づくところから、自分との対話は始まります。
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人生は「根性」ではなく「仕組み」で変わる

私たちは、変わろうとするとすぐに自分を鍛えようとします。もっと強くならなければ。もっと断れる人にならなければ。もっと気にしない人にならなければ。でも、それは自分という乗り物を知らないままアクセルだけを踏み続けるようなものです。本当に必要なのは自分を変えることではありません自分を知ることです。たとえば「私は疲れているとNOと言えなくなる。」そう分かっているなら、大事な返事は翌日にする。「私は申し訳ないと言われると断れない。」そう分かっているなら、返事を一度持ち帰る言葉を準備しておく。「私は相手が不機嫌だと全部自分の責任だと思ってしまう。」そう分かっているならそのたびに「これは誰の課題だろう。」と、一度立ち止まる。変化とは強くなることではありません。弱くなる場面を知りその自分を守る仕組みをつくることです。だからもし今日も同じ反応をしてしまったとしても自分を責めないでください。あなたに足りないのは意志でも、根性でもありません。自分という人間の取扱説明書をまだ十分に知らないだけなのです。自分を知ることは自分を甘やかすことではありません。これから先何十年も一緒に生きていく自分を誰よりも大切に扱うための準備です。
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「なぜ、あんなことを言ったのか」 「なぜ、もっと上手くできなかったのか」

私たちは無意識に「なぜ、あんなことを言ったのか」「なぜ、もっと上手くできなかったのか」と、今の視点から当時の自分を裁き続けています。けれど、それは反省ではなく自己処罰です。今のあなたは、当時のあなたより多くの経験を持っています。だから見える景色も違います。それなのに現在の視点だけで過去の自分を裁き続ける。それは少し酷なことかもしれません。◻️置き去りにされた自分を迎えに行く何度も思い返す場面の中に「置き去りにされた自分」はいませんか。傷ついたのに平気なふりをした自分。本当は嫌だったのに飲み込んだ言葉。怖かったのに誰にも頼れなかった自分。感じきれなかった感情が「ここにいるよ「気づいて」とサインを送り続けている。過去を思い返すという行為は、単なる後ろ向きな行動ではなくあの時の自分を迎えに行く作業なのかもしれません。
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「嫌だ」はわがままではない

「嫌だと思うなんて冷たい」「相手を否定してしまう気がする」そんなふうに感じる人もいます。けれど、「嫌だ」という感覚は誰かを攻撃するためのものではありません。それは、「ここから先は苦しいよ」と教えてくれる境界線です。この言葉は傷つく。この距離感は近すぎる。この仕事量は多すぎる。そうした感覚はあなたが自分を守るために必要なサインです。まずは「ああ、私は嫌だったんだな」と認めてあげること。そこからしか、 自分を守るための対話は始まりません。
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この記憶は、私に何を分かってほしいのだろうか?

もし今あなたが何度も同じ過去を行き来し苦しんでいるなら。まずはそんな自分を責めないでください。そして「なぜ忘れられないのだろう」ではなく「この記憶は、私に何を分かってほしいのだろう」と問いかけてみてください。すぐに答えが出なくても大丈夫です。責めるためではなく理解するために過去と向き合う。その視点の変化こそがあなたを少しずつ自由にしてくれます。
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なぜ人は、過去を何度も思い返しては苦しむのか

苦しい記憶ほど私たちは早く忘れたいと思います。けれど忘れようとするほど、なぜか思い出してしまう。それは心が求めているものが「忘却」ではなく「理解」と「受容」だからです。忘れるよりも大切なこと「なぜ、あんなに傷ついたのか」「なぜ、今でも引っかかっているのか」そこに自分なりの意味を見出せた時出来事そのものは変わらなくても記憶との距離感は変わります。忘れられたから楽になるのではありません。受け取り直せたから楽になるのです。心が回復するとは記憶が消えることではなくその記憶と共存できるようになることなのかもしれません。
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意志が強いから変われるのではない

私たちは、「変われる人」は意志が強い人だと思いがちです。だから変われないたびに「私には根性が足りない」「もっと頑張らなければ」と、自分を追い込みます。でも、本当にそうなのでしょうか。「次こそは断ろう。」「次こそは、自分を優先しよう。」そう決意したことは、一度や二度ではないはずです。けれど、その場になると、また同じ反応をしてしまう。そして思います。「やっぱり私は変われない。」でも、本当にそうでしょうか。私たちは、「変われる人」を少し誤解しているのかもしれません。変われる人とは意志が強い人でも我慢強い人でも気合がある人でもありません。実は、自分が弱くなる場面を知っている人ですたとえば疲れている夕方になると、何でも引き受けてしまう。威圧的な人を前にすると、本音が消えてしまう。「助かる」と言われると、断れなくなる。こうした"自分の癖"を知っている人はその場で頑張ろうとはしません。その前に準備をしています。私たちは、「その場で頑張れば変われる」と思っています。でも、本当に変われる人はその場で戦っているのではありません。その場で戦わなくても済むように前もって環境を整えているのです。だから、変われるのです。ここで一つ、考えてみてください。あなたは、どんな場面でいつもの反応をしてしまうのでしょうか。疲れているときでしょうか。相手が年上のときでしょうか。「期待しているよ」と言われたときでしょうか。変化は、自分を責めることではなく自分の取扱説明書を知ることから始まります。
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他人を優先し続ける人が見落としていること

人の期待を背負いやすい人はいつも意識が外へ向いています。「あの人は大丈夫かな」「傷ついていないかな」「困っていないかな」他人の小さな変化には、驚くほど敏感です。その優しさは、本当に素晴らしい才能です。けれど、その才能を他人のためだけに使い続けると一番大切な存在が置き去りになります。それは、あなた自身です。他人の悲しみには気づける。でも、自分の悲しみには気づけない。他人の疲れには気づける。でも、自分の限界には気づけない。人を温めるために、 自分を燃やし続ければいつか心の火は小さくなってしまいます。そして、その奥にはこんな思い込みが隠れていることがあります。「役に立たなければ価値がない」「期待に応えなければ見捨てられる」だから休めない。だから断れない。だから背負ってしまう。でも、本当にそうでしょうか。あなたの価値は誰かの期待を叶え続けることでしか存在できないのでしょうか。今日だけは、誰かの気持ちより先に自分へ問いかけてみてください。「私は今、本当はどうしたい?」その問いを自分に向けることは決してわがままではありません。あなた自身を置き去りにしないための小さな第一歩です。♧『自分の取り扱い説明書』であなたの反応パターンを知ってみませんか。
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なぜ、人の機嫌や期待を背負ってしまうのか ──優しさの裏にある「生き残るための反応」

人の期待を背負いやすい人には、ある共通点があります。それは、「相手の変化に気づく能力」がとても高いことです。職場で誰かが不機嫌そうにしている。友人のLINEの返信がいつもより短い。家族の表情が少し曇っている。そんな小さな変化をまるで高性能センサーのように察知してしまう。そして、その瞬間に心が反応します。「私が何か悪いことをしたかな」「何とかしなければ」「このままではまずいかもしれない」本来、その人の感情はその人自身のものです。けれど、人の期待を背負いやすい人はいつの間にか相手の問題まで自分の責任として引き受けてしまいます。なぜそんなことが起きるのでしょうか。それは単なる優しさではありません。多くの場合、その反応は幼い頃から身につけてきた「生き残るための知恵」なのです。
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なぜ人は、過去を何度も思い返してしまうのか

苦しい記憶ほど私たちは早く忘れたいと思います。けれど忘れようとするほどなぜか思い出してしまう。それは心が求めているものが「忘却」ではなく、「理解」と「受容」だからです。「なぜ、あんなに傷ついたのか」「なぜ、今でも引っかかっているのか」そこに自分なりの意味を見出せた時出来事そのものは変わらなくても記憶との距離感は変わります。忘れられたから楽になるのではありません。受け取り直せたから楽になるのです。心が回復するとは記憶が消えることではなくその記憶と共存できるようになることなのかもしれません。
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本当の気持ちは「身体の反応」に現れる

もし「何が嫌なのか分からない」と感じるなら無理に答えを探さなくて大丈夫です。代わりに、 身体の反応を見てみてください。・その人から連絡が来ると気が重くなる・返事を書く手が止まる・会話中に呼吸が浅くなる・帰宅後に異常に疲れる心の奥にある本音は最初から大きな声では現れません。ため息。沈黙。身体のこわばり。そんな小さなサインとして現れます。だから、「気のせいかな」で終わらせず「あ、今なにか引っかかったな」と立ち止まってみてください。その小さな積み重ねが置き去りにしてきた自分の感覚を少しずつ呼び戻してくれます。
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置き去りにされた自分を迎えに行く

何度も思い返す場面の中に「置き去りにされた自分」はいませんか。傷ついたのに平気なふりをした自分。本当は嫌だったのに飲み込んだ言葉。怖かったのに誰にも頼れなかった自分。感じきれなかった感情が「ここにいるよ」「気づいて」とサインを送り続けている。過去を思い返すという行為は単なる後ろ向きな行動ではなくあの時の自分を迎えに行く作業なのかもしれません。
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「自分を責める」という迷宮から抜け出すために

後悔、反省、そして自己嫌悪。 私たちは日々 この3つの感情をひとまとめにして 「自分が悪い」という 重い箱の中に閉じ込めてしまいます。 ​その箱を抱えたまま歩き続けるのは あまりにも過酷な旅です。 「反省しているつもりなのに、気づけば改善ではなく自己否定になっている」 「前を向こうとするほど、足がすくんで動けない」 ​もしあなたが今そんな暗闇の中にいるのならまずはその箱を開けて、中にある感情を ひとつずつ整理することから始めてみませんか。なぜなら、その痛みはあなたが 「より良く生きたい」と願った証だからです。​◼️後悔とは「かつての自分」へ贈る、成長の証明 ​後悔とは、いわば 「過去の書き換え不可能なシナリオ」 への憧憬です。 「あのとき、別の道を選んでいれば」 「あのとき、あの一言を飲み込んでいれば」 ​胸を刺すようなこの痛みは 実は今のあなたが 当時の自分よりもずっと高い場所に 立っていることを教えてくれています。 ​当時は見えなかった景色が 今のあなたには見えている。 当時は分からなかった相手の痛みが 今のあなたには分かる。 ​つまり後悔とは 「私はあの頃よりも成長した」という 成長のサインなのです。 何も学んでいない人は 過去を振り返って 悔やむことさえできません。 「あれでよかったのだ」と 無自覚に言い切るだけです。 痛みを感じるあなたは確実に 昨日よりも優しい人間になっています。 ​◼️反省とは「未来の自分」と交わす、静かな約束 ​後悔が「過去」を見ているのに対し 反省の視線は常に「未来」へと注がれています。 ​「あの言い方は良くなかった。次は、まず相手の呼吸を待と
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「頼まれてもないのに」 全部背負って、疲れてしまうあなたへ

「別に頼まれたわけじゃないのに、なぜか自分がやらなければいけない気がする」​そんな風に、いつも誰かの荷物まで一緒に背負って、歩き疲れてはいませんか?​もしかしたら、こんな心当たりがあるかもしれません。​・職場でピリピリしている人がいると、自分のせいではないかと不安になる・​友人のLINEの返信がそっけないと、「何か気に障ることを言ったかな」と一日中考えてしまう・​家族が不機嫌そうにしていると、家の中の空気を変えようと先回りして動いてしまう​本当はあなたには関係のないことのはずなのに気づけばその問題を自分の肩に引き受けている。​そして、ぐったりと疲れ果てた頃に思うのです。「どうして私は、こんなにしんどくなるんだろう」と。​でも、どうか自分を責めないでください。その苦しさはあなたの心が弱いからでも神経質だからでもありません。あなたは人一倍、周囲の小さな変化を感じ取れる「優しい人」なのです。​ただ、その優しさが少しだけ「自分の境界線」を越えてしまっているのかもしれません。​私たちは本来、人と人との間に目に見えない境界線を持っています。​その人がどう感じるか。​その人がどう生きるか。​その人がどんな選択をするか。​本来それは、その人自身の課題です。けれど、人の期待を背負いやすい人はその境界線がとても薄くなっています。​相手が不機嫌になると「私が何か悪いことをしたのではないか」と反応してしまう。​相手が困っていると「私が何とかしなければ」と焦ってしまう。​これは単なる優しさではありません。実は、長年あなたを守ってきた『防衛システム』なのです。
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本音は「身体の反応」に現れる

もし「何が嫌なのか分からない」と感じるなら無理に答えを探さなくて大丈夫です。代わりに、 身体の反応を見てみてください。・その人から連絡が来ると気が重くなる・返事を書く手が止まる・会話中に呼吸が浅くなる・帰宅後に異常に疲れる本音は最初から大きな声では現れません。ため息。沈黙。身体のこわばり。そんな小さなサインとして現れます。だから「気のせいかな」で終わらせず「あ、今なにか引っかかったな」と立ち止まってみてください。その小さな積み重ねが置き去りにしてきた自分の感覚を少しずつ呼び戻してくれます。
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自分の本当の気持ちを見失っていませんか

傷ついた。無理をしていた。本当は断りたかった。触れてほしくない言葉だった。そう感じた瞬間が、確かにあったはずなのに。私たちは、その心のサインを一瞬で打ち消してしまうことがあります。「でも相手に悪気はないし」「私の受け取り方の問題かも」「大人なんだから受け流さなきゃ」そうやって違和感に蓋をしていく。そして気づけば「自分が何に傷ついているのか分からない」「どこからが限界なのか分からない」そんな状態になってしまうのです。でも、それは感覚が鈍いからではありません。傷つかないために、 感じないようにしてきた結果なのです。
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自信がある人にならなくていい

◼️あなたは「強さ」の定義を誤解していませんか ​これまであなたを止めていた正体。 それは 「能力不足」でも 「根性不足」でも ましてや 「自信不足」でもありません。 ​ただ 「自信がないと、動いてはいけない」という 思い込みに縛られていただけ。 ​私たちは いつの間にか「強い人」という幻想を 追い求めすぎています。 不安がなく 迷いがなく 常に前向きで止まらずに進み続ける。 でも、本当はそんなに 綺麗に完成された人はまずいないと思います。 ​◼️「自信がある人」になろうとするのを、やめる ​まず、自分に許可を出してあげてください。 「強くならなくていい」と。 ​怖い日があっていい。 立ち止まりたい日があっていい。 ​急に不安に襲われる夜があっていい。 ​人生を動かしているのは 鉄のような意志を持つ人ではありません。 震える足で、怖さを抱えながら それでも今日を生きている人たちです。 あなたが今日、ここにいる。 それだけで、あなたはすでに十分な 一歩を刻んでいます。 ​◼️ 成果を出す人は「強い人」ではなく「扱える人」 ​世の中の「動ける人」を観察してみてください。 彼らは、決して不安を消し去ったわけでは ありません。 ​彼らに共通しているのは 強さではなく「自分を扱う技術」です。 不安や迷いを、消すべき敵ではなく 「隣に座っている同居人」のように捉え うまく折り合いをつけているのです。 ​◼️人生を変えるのは「気合い」ではなく「構造」です。 ​精神論で自分を奮い立たせようとするのは ガソリンが漏れている車を 全力で押すようなもの。 いつか必ず限界が来ます。 長く、健やかに進む
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不安があるのは、あなたが未来を見ている証拠

「不安が消えたら、動き出そう」 そう思っているうちに 気づけば時間だけが過ぎていた……。 そんな経験はありませんか。 ​私たちは 不安を「取り除くべき悪いもの」だと 捉えすぎています。 不安があるから「まだ準備不足だ」 不安があるから「今はその時ではない」 そうやって、自分の歩みを 止める理由にしてしまいがちです。 ​でも、本当は逆なのかもしれません。 不安とは、あなたが進もうとしているからこそ 反応する「心のアンテナ」なのです ◼️​不安は「止まれ」のサインではない ​私たちは無意識に 以下のような回路で思考を止めてしまいます。 ​不安を感じる = 危険である = 立ち止まるべきだ ​もちろん、慎重さが必要な場面もあります。 しかし、不安にはもう一つの側面があります。それは、まだ経験したことのない未来に触れている感覚です。​新しいことに挑戦するとき。 今までと違う選択をするとき。 大切なものを守りながら、一歩踏み出そうとするとき。人は必ず、不安になります。 それはあなたが弱いからではなく 自分の未来を、真剣に見つめているからに他なりません。◼️​不安がなくなる日を待っていると、いつまでも動けなくなる。​ここで、多くの人が落とし穴にハマってしまいます。不安を完全に消そうとする。 迷いをゼロにしようとする。 絶対に安心できる「正解」を探し求めてしまう。 ​しかし、未来に確定した正解などありません。 つまり、「不安ゼロ」を目指すゲームには終わりがないのです。​不安をなくすことを「行動の条件」にしてしまうといつまでもスタートラインに立てないままになってしまいます。◼️​動ける人は「不
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本音を隠してきたのは、弱さではない

本当は嫌だった。本当は苦しかった。本当は助けてほしかった。それでも「大丈夫です」と言ってきた。本当は限界だったのに「まだできます」と言ってきた。本当は傷ついていたのに「気にしてません」と笑ってきた。だからといってあなたが自分を偽っていたわけではありません。それはその時のあなたが選べる精いっぱいの生き方だったのだと思います。人間関係を守るため。居場所を守るため。生き抜くため。だから本音を隠してきた過去の自分を責めなくていい。ただまずはその生き方を続けるうちに自分の声が聞こえにくくなってしまっただけなのです。ということを知ってください。
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本音は、最初から綺麗な言葉では出てこない

本音というと何か美しくて純粋で立派なものを想像するかもしれません。でも実際は違います。本音は、少しわがままで少し幼くて少し怖くて少し矛盾しています。「もう頑張りたくない」「本当は羨ましい」「認めてほしい」「少し休みたい」そんな形で現れることもあります。だから私たちはその感情が出てきた瞬間に修正してしまう。「そんなこと思ってはいけない」「もっと前向きにならなきゃ」と。でも本音を知ることと本音のまま行動することは別です。まず必要なのは正しい答えを出すことではなく「今、自分はそう感じているんだな」と認めること。本音は無理やり掘り出すものではありません。静かに耳をすませたとき少しずつ戻ってくるものなのです。
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優しい人ほど、本音が分からなくなる理由

自分の本音が分からない人は感覚が鈍いわけではありません。むしろ逆です。相手の気持ちを考えられる。空気を読める。状況を察することができる。だから「私はどう思うか」より先に「相手はどう思うか」を考えるようになる。本当は少し嫌だった。本当は疲れていた。本当は違和感があった。でも「これくらい普通だよね」「相手にも事情があるし」「私が我慢した方が早い」そうやって自分を納得させる。すると少しずつ本音が消えるのではなく本音が後ろへ押しやられていく。優しさは素晴らしい。でも自分の気持ちを最後尾に並ばせ続けることとは違うのです。
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