こころと暮らし相談室開設の理由:3 ありのままの自分ではダメだった思春期以降
記事
コラム
こんばんは
こころと暮らしの相談室、みほこです。
今週も後半、明日はお天気が良いそうです。
明日はちょっと時間がありそうなので、お散歩したいな、と思っています。
さて、昨日のブログの続きです。
沈黙の中で演じ続けた「明るい娘」
自分にとって本当に衝撃的だった、
命の危険すら感じた瞬間を経験しても、
「何もなかったかのように、明るい娘として振る舞わないといけない」
それが、いつの間にか “習慣” になっていました。
家族の中で自分を守るため、身についた“役割”
幼い頃から、父の表情を読み、母の気持ちを察し、
家の中がなるべく平穏であるように、
自分の感情は後回しにして道化のように振る舞う──
そんな生き方が、身についていったのです。
「親の機嫌を損ねてはいけない」
「私が我慢していれば、家はきっと平和でいられる」
そう信じ込むことで、自分を守るようになっていました。
「本当の自分」を隠し続けた思春期以降
本当の気持ちを見せれば、きっと拒絶される。
ありのままの自分でいたら、居場所がなくなる。
感情はなるべく表に出さないこと。
感情の起伏が大きいことは悪いことだから、
なるべく表面に出さないようにしなさい。
思春期を迎えた頃、そんな言葉を母から繰り返し聞くようになりました。
きっと母なりの「あなたが生きやすいように」という思いだったのでしょう。
けれど、まだ中学生だった私には、
その言葉は「あなたはそのままではダメ」という意味にしか聞こえませんでした。
親が望む理想の“良い娘”として生きる、苦しく長い道
それからの私は、
「親が求める娘」になろうと必死でした。
明るくいることは当たり前。
「ありのままでは愛されない」
「本当の私は、きっとダメなんだ」
なんとか自分を「いい子」にしよう、自分を直さないと、と
必死になったのです。
今日は長くなったので、ここまでにしますね。
続きはまた明日、ゆっくりとお話しします。
このブログに目を止めてくださったあなたの今夜が、
心穏やかに、優しさに満たされていますように。
おやすみなさい。