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恋は、外から決められるものじゃない

昼休みの教室。凪は、窓際の席で、ぼんやりと外を見ていた。雲は低く、ゆっくり流れている。——急がなくていい。そう思えるようになったのは、つい最近のことだ。「ねえ」背後から、女子の声。「凪ってさ」「悠真と、付き合ってるの?」一瞬、空気が止まる。悪意のある声じゃない。むしろ、興味本位に近い。凪は、すぐには答えなかった。「最近、ずっと一緒だし」「もう公認じゃない?」別の声が、重なる。——ああ。凪は、理解する。周りは、安心したいのだ。曖昧なままの関係を、自分たちが理解できる形にしたい。「……わからない」凪は、そう言った。笑って、はぐらかすでもなく。「わからない、って?」不思議そうな顔。凪は、少しだけ言葉を選ぶ。「一緒にいる理由は、ある」「でも、名前は、まだ決めてない」教室が、ほんの少しざわつく。「えー」「それって、   付き合ってるんじゃないの?」凪は、首を振る。「そう呼びたいなら」「そう呼んでもいいと思う」一拍。「でも」「私たちは、今のままでいたい」その言葉は、誰かを拒むためじゃなく、自分を守るためのものだった。そこへ。「凪」悠真が、少し離れたところから声をかける。凪は、顔を上げる。「……うん」悠真は、周りの空気を一瞬で察して、軽く笑った。「名前、必要?」その問いに、教室が静まる。凪は、悠真を見る。「今は、いらない」悠真は、うなずく。「じゃあ、それでいい」それ以上、説明はしない。逃げもしない。でも、差し出さない。——二人の間にあるものは、二人が決める。昼休みが終わるチャイムが鳴る。席に戻りながら、凪は、胸の奥で思う。名前をつけられる前の恋は、不安定で、でも、自由だ。誰かの理解よりも、自
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私が、その言葉を使いたくなったら、ちゃんと聞いてくれる?

放課後の図書室は、いつもより静かだった。凪は、窓際の席で、開いたままの本を眺めている。文字は、ほとんど頭に入ってこない。——恋人。昼休みに投げられたその言葉が、胸の奥で、まだ形を変えながら残っていた。(私は、どう思ってるんだろう)誰かに聞かれたから、考え始めたわけじゃない。ただ、考える余裕が、できただけ。椅子を引く音がして、悠真が向かいに座る。「静かだね」「うん」短い会話。でも、それで十分だった。しばらくして、悠真がぽつりと言う。「今日さ」「昼のこと、気にしてる?」凪は、少しだけ迷ってから、正直に答える。「……うん」「でも、嫌じゃない」悠真は、少し驚いたように目を上げる。「嫌じゃない?」「うん」凪は、指先を見つめながら言う。「ただ」「“恋人”って言葉を使うと」「何かを、約束しなきゃいけない気がして」悠真は、ゆっくりうなずく。「わかる」それだけ。否定もしないし、急かしもしない。「でもさ」悠真は続ける。「約束って」「言葉から始まるんじゃなくて」「一緒に帰るとか」「待つとか」「離れないとか」「そういうのの、積み重ねだと思う」凪は、はっとする。——そうだ。もう、いくつも約束している。言葉にしていないだけで。「……ねえ」凪は、顔を上げる。「もし」「私が、その言葉を使いたくなったら」「ちゃんと」「聞いてくれる?」悠真は、少し照れたように笑う。「もちろん」「そのときは」「俺も、ちゃんと答える」図書室の時計が、小さく音を立てる。その静けさの中で、凪は思う。——まだ、言わなくていい。でも、いつか言いたい。その気持ちが、確かに胸にあることを、初めて、はっきり認めた。本を閉じて、立ち上がる。帰り道。
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それが、怖くて、でも、嬉しくて

朝のホームルーム前。教室は、いつもより少しだけざわついていた。凪は、席に着きながら、無意識に隣の席を見る。——いる。それだけで、呼吸が、少し楽になる。悠真は、ノートを開いて、いつも通りの顔をしている。でも、視線が合った瞬間、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。それが、合図みたいで。凪も、同じように笑う。「ねえ」小さな声。「昨日さ」「“付き合ってるのかな”って    聞いたでしょ」悠真は、ペンを止める。「うん」「私ね」「答えを聞きたかった   わけじゃないんだと思う」悠真は、何も言わず、待つ。「ただ」「一緒にいることが、    当たり前みたいになってて」「それが、怖くて」「でも、嬉しくて」凪は、言葉を探しながら続ける。「名前をつけたら」「壊れちゃう気がして」悠真は、少し考えてから、言った。「じゃあ」「今は、つけなくていい」凪は、驚いて顔を上げる。「いいの?」「うん」悠真は、肩をすくめる。「名前がなくても」「一緒に帰る理由は、  なくならないし」その言葉が、胸の奥に、静かに染み込む。——ああ。凪は思う。この人は、“関係”を急がない。手に入れるより、続くほうを選ぶ人だ。チャイムが鳴る。二人は、それぞれ前を向く。でも、机の下で、そっと距離が近づく。触れない。でも、離れない。授業中、ふと窓の外を見ると、雲が、ゆっくり流れていた。——急がなくていい。放課後。廊下で、クラスメイトが何気なく言った。「最近さ」「二人、仲いいよね」凪は、一瞬だけ戸惑って、でも、否定しなかった。悠真も、笑って答える。「うん」「一緒にいること、多いから」それ以上は、言わない。説明しない。誇示しない。でも、隠しているわけでも
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私たちって、付き合ってる、のかな?

帰り道の空は、昨日より少しだけ青かった。凪と悠真は、並んで歩いている。会話は、途切れ途切れ。でも、それで困らない沈黙。——前は、沈黙が怖かった。今は、沈黙の中に、相手がいる。それだけで、足が進む。信号待ちで、二人は立ち止まる。人の流れに、一瞬、離れそうになる。凪は、無意識に、歩幅をゆるめた。悠真も、同時に。二人の影が、また、同じ長さに並ぶ。「ね」凪が、小さく言う。「私たちって」「付き合ってる、のかな?」言った瞬間、少しだけ後悔する。名前をつけた途端、壊れてしまう気がして。悠真は、驚いた顔をしてから、すぐに視線を逸らす。「……どうだろ」一拍。「でも」「一緒に帰って」「一緒に悩んで」「一緒に進もうとしてる」凪は、うなずく。「それって」「恋だと思う」昨日より、少しだけはっきりした声。凪の胸が、静かに鳴る。「……じゃあ」言葉を探す。「急がなくていいよね」悠真は、歩き出しながら言う。「うん」「急がなくていい」「触れなくても」「確かめられること、あるし」その言葉に、凪は、少しだけ笑う。横断歩道を渡る。手は、触れない。でも、距離は、離れない。——それで、十分だった。家の近くで、別れ道に差しかかる。「また明日」「うん、また明日」それだけの約束。でも、凪は知っている。“また明日”と言える関係は、簡単じゃない。振り返ると、悠真も、少しだけ振り返っていた。目が合って、どちらともなく、会釈する。凪は、胸に手を当てる。——触れなくても、——ちゃんと、ここにある。恋は、大きな言葉じゃなくて、小さな確認の積み重ね。そうやって、静かに育っていくものなんだと、凪は思った。
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10分の1の力で、 ——伝わる想い

翌朝。教室に入った瞬間、凪は少しだけ空気が違うことに気づいた。視線は、ある。噂も、完全には消えていない。でも——刺すような感じが、ない。(あれ……)席に向かう途中、誰かが小さく会釈をした。それだけで、胸の奥が、じんわり温かくなる。——全部を変えなくていい。——ゼロか百かじゃなくていい。そんなふうに、世界が少しだけ緩んだ気がした。席に着くと、悠真が、いつものように隣に来る。「おはよ」短い言葉。でも、声が近い。「……おはよう」凪は、少しだけ笑った。昨日のことを、誰も口にはしない。でも、二人の間には、確かに“共有された時間”が残っていた。チャイムが鳴る。授業が始まり、ノートを取る。何でもない朝。それなのに、凪の心臓は、小さく、高鳴っていた。——これが、続くってことなのかもしれない。強い言葉も、劇的な約束もない。ただ、隣にいる。放課後。昇降口で靴を履き替えながら、凪は、ふと立ち止まった。「ね」悠真が振り返る。「昨日のことなんだけど」言いかけて、少し迷う。「……ありがとう」悠真は、首をかしげる。「何が?」凪は、少しだけ考えてから言った。「離れなかったこと」その一言で、悠真の表情が、柔らかくなる。「それは」「約束じゃない」一拍。「選択」凪は、その言葉を噛みしめる。「……そっか」二人は、校舎を出る。夕方の風が、制服の裾を揺らす。歩きながら、自然に、手が近づく。触れるか、触れないか。一瞬の迷いのあと、凪は、自分から指を伸ばした。ぎゅっと、ではない。強くもない。でも、離れない力。悠真は、驚いたように一瞬目を見開き、それから、同じ力で握り返した。——10分の1の力で、——伝わる想い。凪は、思う。守
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もう、恋人同士って感じ?

翌朝の教室は、窓からの光がやわらかかった。凪は席に着き、鞄からノートを出す。——いつもと同じ朝。なのに、胸の奥が、少しだけ落ち着かない。「おはよ」悠真の声。「おはよう」短いやりとり。それだけで、心拍が整う。チャイム前のざわめきの中、クラスメイトの男子が、何気なく言った。「なあ」「昨日さ、二人で帰ってたよな」凪は、ほんの一瞬だけ手を止める。「仲いいよね」「もう、恋人同士って感じ?」——その言葉。大きな声じゃない。確認でも、詮索でもない。ただ、机の上にそっと置かれたみたいな言い方だった。凪は、反射的に否定しなかった。悠真も、笑って受け流す。「そう見える?」「うん」「なんか、安心するっていうか」男子は、それだけ言って席に戻る。ざわめきが、元に戻る。——何も、壊れていない。凪は、そっと息を吐く。(……呼ばれた)自分たちが選んだ言葉じゃない。でも、踏みにじられた感じもしない。悠真が、小さく言う。「嫌だった?」凪は、首を振る。「……びっくりはした」「でも」少し考えてから、続ける。「置かれただけ、って感じだった」悠真は、わかる、というようにうなずく。「押しつけられてない」「うん」授業が始まる。黒板の文字を追いながら、凪は思う。——恋人、という言葉は、——もう、遠くない。でも、自分の口で呼ぶまでは、ちゃんと待ちたい。休み時間。凪は、窓の外を見る。雲は、昨日より少し高い。悠真が、隣に来る。「ね」凪が、言う。「いつかさ」「私がその言葉を使ったら」悠真は、遮らない。「そのときは」「ちゃんと、聞いてね」悠真は、少し照れたように笑う。「待つよ」「呼ばれるまで」凪は、胸があたたかくなるのを感じた。——置か
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呼ばれる前から、もう、決まっているものがある

放課後の廊下は、昼よりも音が少なかった。悠真は、凪の少し後ろを歩きながら、その背中を見ていた。——近い。でも、触れない距離。最近は、この距離がいちばん落ち着く。(前は、違った)守らなきゃ、とか。前に立たなきゃ、とか。そう思っていた頃は、逆に、息が詰まっていた。凪が立ち止まる。「どうしたの?」「ん、ちょっと考え事」嘘じゃない。悠真は、少しだけ間を置いてから言う。「今日さ」「“恋人”って言葉、聞いたでしょ」凪は、驚いたように目を瞬かせる。「……うん」「俺ね」「その言葉、嫌じゃなかった」凪が、黙って聞いている。「でも」「今すぐ使いたいかって言われたら」「そうでもない」自分でも、不思議なくらい落ち着いた声だった。「名前をつける前から」「もう、選んでる気がして」凪は、ゆっくりと歩き出す。悠真も、並ぶ。「一緒に帰るって選択も」「待つって決めるのも」「離れないって判断も」「全部」「恋人っぽい、じゃなくて」「ただ、そうしたかっただけ」凪は、少しだけ目を伏せて笑う。「それってさ」「うん」「もう、決まってるってこと?」悠真は、少し考えてから答える。「……たぶん」言い切らない。でも、逃げない。そのバランスが、今の自分たちには、ちょうどいい。横断歩道で、信号が赤になる。人が行き交う中で、一瞬、凪が見えなくなりそうになる。悠真は、反射的に歩幅を合わせた。凪も、同じように。影が、また並ぶ。——言葉はいらない。呼ばれる前から、もう、決まっているものがある。悠真は、そう思った。信号が青になる。歩き出しながら、凪が小さく言う。「ね」「もし」「私が、その言葉を使ったら」悠真は、すぐに答える。「ちゃんと、受け取るよ
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今日も、明日も、同じ速さで歩く理由がある

昼休みの校庭は、冬に近い風が吹いていた。凪は、ベンチに腰を下ろして、紙パックの飲み物を両手で包む。冷たいはずなのに、指先は、あたたかい。——昨日の帰り道のことを、思い出していた。10分の1の力。強くもなく、弱くもなく。離れない、とだけ伝える力。(……不思議)それだけで、今日が少し違って見える。「寒くない?」声がして、悠真が隣に座る。「うん、大丈夫」凪は、そう答えてから、少しだけ間を置く。「……ね」「もしさ」言いかけて、止める。悠真は、急かさない。「続き、いいよ」その一言に、胸の奥が、きゅっとなる。「もし、また何か起きたら」「私、ちゃんと立てると思う?」悠真は、すぐには答えなかった。校庭の向こうで、ボールの音が弾む。「立てるよ」静かな声。「でも」「一人で立たなくていい」凪は、顔を上げる。「……それって」「守るって意味じゃない」悠真は、少しだけ笑う。「同じ速さで歩く、って意味」その言葉が、胸に、すっと入ってくる。——速さ。前に引っ張られるのでも、後ろから押されるのでもない。「私さ」凪は、息を吸う。「前は」「守られるのが、正解だと思ってた」「でも今は」「一緒に選ぶほうが、怖い」悠真は、うなずく。「うん」「それ、恋だと思う」凪は、思わず笑ってしまう。「そんな、あっさり言う?」「あっさりじゃないよ」悠真は、視線を落とす。「俺も、怖い」その正直さが、凪の心を、静かにほどく。チャイムが鳴る。立ち上がるとき、自然に、二人の距離が近づく。触れるか、触れないか。でも今日は、触れないまま、歩き出す。——それでも、同じ速さ。教室へ向かう廊下で、凪は思う。大きな約束はいらない。未来を決めきらなくてもいい
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悠真がいなくなるのは、嫌

放課後の空は、昼間より少しだけ低く感じた。校門を出てから、凪と悠真は、並んで歩いていた。言葉は、ない。気まずいわけでもない。ただ、お互いに、何かを考えているのがわかる沈黙。——この沈黙、前はなかった。凪は、ふと気づく。噂が広がっていた頃。誰かに見られていた頃。悠真は、いつも一歩前にいた。でも今は、隣にいる。同じ速さで。それが、少しだけ怖かった。(もし……)考えたくない想像が、胸の奥に浮かぶ。もし、これ以上巻き込んだら。もし、悠真が、疲れてしまったら。「……ねえ」凪は、立ち止まる。悠真も、足を止める。夕焼けの光が、二人の影を、同じ長さに伸ばしていた。「私のせいで」「大変なことになってない?」言葉にした瞬間、胸が、ぎゅっと締まる。悠真は、すぐには答えなかった。少しだけ、視線を落としてから、言う。「正直に言うと」凪の心臓が、跳ねる。「……ちょっと、怖かった」その一言で、凪の中の何かが、崩れた。「凪を守りたい気持ちと」「俺が前に出すぎたら、     凪が立てなくなるって気持ちと」「どっちも、本当で」悠真は、苦笑する。「うまくやれてるって、言えない」その表情が、あまりにも人間らしくて。凪は、思った。——この人を、失うかもしれない。初めて、はっきりと。それは、噂よりも、三條よりも、ずっと怖い感情だった。「……私」凪は、拳を握る。「悠真がいなくなるのは、嫌」声が震える。でも、止めない。「守られなくてもいい」「前に出てくれなくてもいい」「それでも」「一緒にいるのは、悠真がいい」言い切った瞬間、胸の奥が、熱くなる。——ああ。これは、不安でも、依存でもない。恋だ。悠真は、目を見開いてから、ゆっくり
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試すみたいなやり方は、もう、通じない

教室の空気は、張りつめたままだった。三條と坂本のあいだに落ちた沈黙は、誰かが咳をするまで、解けなかった。坂本は、何事もなかったようにノートを開く。でも、ペン先が、わずかに震えている。——怖い。それでも、引かない。凪は、その横顔を見て、胸が痛くなる。(……私のせいだ)そう思った瞬間だった。「ちょっといい?」低い声。悠真が、立ち上がっていた。教室中の視線が、一斉にそちらへ集まる。悠真は、三條を見る。真正面から。「さっきのやり方さ」声は荒れていない。怒鳴ってもいない。でも、逃げ道もない。「坂本に言う必要、あった?」三條は、驚いたように目を瞬かせる。「必要、って?」「“目立つと疲れる”ってやつ」悠真は、一歩だけ前に出る。「それ、忠告じゃない」「圧だよ」教室が、静まり返る。——ついに、言葉にした。三條は、すぐに反論しなかった。しばらくして、口元に薄い笑みを浮かべる。「守ってるつもり?」その問いは、悠真に向けられているようで、実は凪に突き刺さる。悠真は、視線を逸らさない。「うん」「守ってる」即答だった。「坂本も」「凪も」一瞬、空気が止まる。「でも」悠真は、続ける。「前に立つのは、凪だ」「俺は、横にいるだけ」その言葉で、凪の胸が、熱くなる。——奪わない。——代わらない。「空気を回したいなら」「ちゃんと話そう」悠真は、三條を見る。「試すみたいなやり方は」「もう、通じない」三條は、数秒、黙ったままだった。やがて、肩をすくめる。「……強くなったね」それは、褒め言葉にも、皮肉にも聞こえた。「いいよ」「今回は、引く」三條は、席に戻る。引いたように見える。でも、凪にはわかる。——これは、撤退じゃない。た
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凪が立つ場所を、俺が奪うなら、それは、守ってるって言わない

放課後の廊下は、妙に長く感じた。悠真は、先生の後ろを歩きながら、自分の足音だけが響いている気がしていた。——やりすぎたのか?教室で立ち上がった瞬間のことを、頭の中で何度もなぞる。凪を守った。ただ、それだけのつもりだった。でも。「正義」も「正論」も、学校という場所では、必ずしも歓迎されるものじゃない。職員室の前で、立ち止まる。「三條くんからも話は聞いた」先生の声は、淡々としている。「君が強く出たことで、 クラスの空気が一気に固まった」「結果的に、 凪さんを孤立させる形になった可能性もある」悠真は、言葉を失う。——そんなつもりは、なかった。「守ることと、前に出ることは違う」「それを、覚えておいてほしい」説教ではない。注意でもない。ただ、責任を置いていく言い方。「今日は、これでいい」「戻りなさい」廊下に出た瞬間、悠真は大きく息を吐いた。胸の奥が、重い。(俺は……)凪を見たとき、考える前に体が動いた。でも。その行動が、凪の立つ場所を、さらに狭くしたのだとしたら。——守ったつもりで、奪っていた?教室に戻ると、すでに人影はまばらだった。窓際の席に、凪がいる。悠真は、少し迷ってから近づく。「……大丈夫か」凪は、顔を上げる。昨日より、ほんの少しだけ、目が違った。「うん」即答じゃない。でも、逃げていない。「今日、話してたね」凪は、小さく笑う。「怖かった」「でも……黙るよりは、よかった」悠真は、胸が詰まる。「俺さ」言葉を選ぶ。「守ったつもりだった」「でも……それで、 余計なことになったかもしれない」凪は、少し驚いたように目を瞬かせる。「悠真が、悪いわけじゃない」「でも」悠真は続ける。「凪が立つ場所
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噂で人を傷つけるの、楽しい?

教室の空気が、少しだけ変だった。誰かが見ている。誰かが、話すのをやめる。凪が席についた、その一瞬だけ。——来る。理由はわからないのに、凪の胸はそう告げていた。「ねえ」背後から、女子の声。振り向く前に、教室の視線が一斉に集まるのがわかった。その中心に、自分が立たされている感覚。「三條くんに告白されたんでしょ?」静かな声だった。でも、その一言は、教室の空気を切り裂くには十分すぎた。「なんで、よりによってあの子なの?」別の女子が笑う。笑っているのに、目は笑っていない。「悠真のことも泣かせたらしいじゃん」「可哀想なのは、どっちなの?」凪の頭が、真っ白になる。違う。そんなつもりじゃない。何も、してない。言葉は、喉の奥で凍りついた。「……黙ってるってことは、図星?」誰かが、そう言った。その瞬間だった。椅子が音を立てて引かれる。悠真が立ち上がる。「それ以上、言うな」低い声だった。怒鳴っていないのに、教室が静まり返る。「凪は、何も悪くない」「本人が何も言ってないのに?」「守ってるつもり?」女子の声は、挑発的だった。悠真は、一歩前に出る。「泣いた理由も」「学校に来れなかった理由も」「全部、俺が知ってる」凪は、はっと顔を上げた。知られたくなかった。でも——守られている、と思ってしまった。「噂で人を傷つけるの、楽しい?」その一言で、空気が凍る。先生が入ってくるまで、誰も動けなかった。凪は、気づく。もう、この事件は二人だけの問題じゃない。クラス全体が、この関係を“裁こう”としている。——逃げ場は、もうない。それでも。悠真の背中が、凪の視界から消えなかった。怖い。でも。一人で立たされていない、その事実だ
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