10分の1の力で、 ——伝わる想い
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コラム
翌朝。
教室に入った瞬間、
凪は少しだけ空気が違うことに気づいた。
視線は、ある。
噂も、完全には消えていない。
でも——
刺すような感じが、ない。
(あれ……)
席に向かう途中、
誰かが小さく会釈をした。
それだけで、
胸の奥が、じんわり温かくなる。
——全部を変えなくていい。
——ゼロか百かじゃなくていい。
そんなふうに、
世界が少しだけ緩んだ気がした。
席に着くと、
悠真が、いつものように隣に来る。
「おはよ」
短い言葉。
でも、声が近い。
「……おはよう」
凪は、少しだけ笑った。
昨日のことを、
誰も口にはしない。
でも、
二人の間には、
確かに“共有された時間”が残っていた。
チャイムが鳴る。
授業が始まり、
ノートを取る。
何でもない朝。
それなのに、
凪の心臓は、
小さく、高鳴っていた。
——これが、
続くってことなのかもしれない。
強い言葉も、
劇的な約束もない。
ただ、
隣にいる。
放課後。
昇降口で靴を履き替えながら、
凪は、ふと立ち止まった。
「ね」
悠真が振り返る。
「昨日のことなんだけど」
言いかけて、
少し迷う。
「……ありがとう」
悠真は、首をかしげる。
「何が?」
凪は、少しだけ考えてから言った。
「離れなかったこと」
その一言で、
悠真の表情が、柔らかくなる。
「それは」
「約束じゃない」
一拍。
「選択」
凪は、その言葉を噛みしめる。
「……そっか」
二人は、校舎を出る。
夕方の風が、
制服の裾を揺らす。
歩きながら、
自然に、手が近づく。
触れるか、触れないか。
一瞬の迷いのあと、
凪は、自分から指を伸ばした。
ぎゅっと、ではない。
強くもない。
でも、
離れない力。
悠真は、
驚いたように一瞬目を見開き、
それから、同じ力で握り返した。
——10分の1の力で、
——伝わる想い。
凪は、思う。
守られる恋でも、
依存する恋でもない。
並んで、
少しずつ進む恋。
それが、
今の二人に、ちょうどいい。
遠くで、
誰かが笑っている。
世界は、まだ完璧じゃない。
でも。
凪と悠真は、
同じ速度で、歩いている。
物語は、
静かに、
でも確かに、続いていく。