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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その14

今回はドマイナー自治体対決です。埼玉県の中でも特に特色がなく、元埼玉県民の私でさえ覚えていない(というか埼玉県だと思っていなかった)という、ドマイナーな自治体の良いところを紹介していきたいと思います。ドマイナーなうえに歴史関連なので、ちょっと時間がかかりました。まずは、2009年に久喜市と合併していた事を知らなかった「菖蒲町(しょうぶまち)」インパクトのある名前にも関わらず、菖蒲町だった地域はマジで何もありませんww菖蒲城という城があったにも関わらず。「菖蒲城古河公方足利成氏が、康正2年(1456年)に金田式部則綱に命じて築城させた。城の竣工が5月5日の菖蒲の節句にであったために命名された。(Wikipediaより)」こんな扱い・・・。自治体の名前ってここからなのに、これってどうなのよ。一応名前にちなんであやめ園にしているようですが。マジで何もない。というのを危惧してか、菖蒲町役場跡前を現在ラベンダー畑にしているようですが。「久喜市役所 菖蒲行政センター内には、没60年記念事業で整備した本多静六記念館が平成25年4月21日にオープンしました。」って、おいいいいいい!!!!!むしろこっちプッシュすべきだろ。ちなみにマジで何もありませんが、昭和沼という大きな池を囲んだ、県営ですが「久喜菖蒲公園」という公園があります。池の中に大きな噴水と、張り出したデッキにはお洒落なカフェが併設されていたり。一部で有名になった、どこでもドアが設置されています。このストリートビューの写真なんかは、どこか別の場所に来た感じがあってそれ感がありますね。ただ、県営公園にしてはこの公園はかなり規模が小さい・・
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その16

朝霞(あさか)は私が学生の頃からしばらく務めていたバイトのあった場所で、JRと接続する私鉄の駅名が違うという事でも有名な場所です。ここで結構長い間ライターの仕事をしていました。朝霞駅は東武東上線にあって、JR武蔵野線は開業したのが1973年というかなり新しい路線のため、JRの駅は「北朝霞」というかなり控えめな名前になりました。ちなみに東武東上線が開業したのは1914年です。朝霞という場所は、池袋から直に行ける。東京が近い。荒川を超える。という環境から、これまで紹介してきた『THE埼玉』という雰囲気とはかなり異なります。朝霞といえば、陸上自衛隊朝霞駐屯地が有名ですが、もちろんそれだけではありません。歴史からも「戦乱の時代が終わり、江戸に幕府が開かれると、朝霞周辺は幕府領(天領)と旗本領として支配されるようになりました。 朝霞周辺には、将軍が鷹狩りを行う御拳場と、尾張藩の鷹場とが置かれました。鷹場の村々には様々な規制がかけられ、そのことが村の負担にもなりました。 朝霞市内では、台村、根岸村、岡村が御拳場となり、膝折村、溝沼村、浜崎村、田島村、宮戸村、上内間木村、下内間木村が尾張藩の鷹場となりました。これらの村には、鷹場の境界を示す杭が建てられ、その一部は現在も残っています。」というように、街道よりも天領で発達した地域のため、そこにある公園もこれまで湿地を中心としてきた平野部よりも、全く違う公園を有します。ここら辺に来ると、丘陵地帯の前座のようなものがぼちぼち出だします。それが「滝の根公園」 荒川水系で一部荒川に合流する新河岸川(しんがしがわ)の支流である、黒目川が削った河岸丘の段差
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その1

東京には東京の良いところや絶景を語る人が多いのに、いざ埼玉となると、ことごとく数が減る。渋沢栄一も、盆栽町も、さきたま古墳群も、江戸時代から植木で栄えた安行も、知ったのは八王子に越してからだった。盆栽町の盆栽美術館は私の好きな場所の一つだ。今回からそんな実は魅力的な埼玉の風景を、元埼玉県民がストリートビューで紹介していきたいと思う。他でもやっているのだが、いまいちこのシリーズは反応が薄いのである🤔そんなところからも、肝心の埼玉県民がその魅力に気づいていないことがよく分かる。さて、サービスの一部公開でも紹介しているように。私にとって埼玉県はすさまじく嫌な思い出しかないのに。埼玉の風景は誰も気にも留めないところに、心に残る風景しか存在しない。東京が大好きで、今や住んで埼玉の頃よりも倍以上住んでいるからこそ、そこにはない風景に心が動かされるものだし、誰もそれが絶景だと思っていないから破壊されることも多い。まずはヘッダーに使ったストリートビューの場所。荒川の川沿いにある大きなお寺の前の道だ。川の向こうにはホンダの飛行場がある。ここにはよく飛行船が離発着するのを見に行ったものだった。まるで日本画のような風景だが、日本にはまっ平な場所が少ないため、実は向こうまで遮るものがなく見通せる風景というのは貴重なのだ。最近はここより先にある桜の名所が有名になったが、そこは私が小学校の頃から美しかった。埼玉の魅力といったら、やはり川が作り出した、蛇行した際に途切れてそのままになっている池や小川の数々だろう。東京には存在しない風景といったら、このまっ平らな風景と川が置いていった自然の池と天然の小川、また
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。番外編2

新年一回目の「埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。」は年末に続き番外編となります。皆さんは、東京都に不思議な形で入り込む埼玉県をご存知でしょうか?名付けて「東京都に侵食する埼玉県」。通常飛び地のようになるのは、このような川の流れが変化したり。昔そこに建物や田畑があったことによる名残で変な形になったり。明らかにそこにおそらく大地主の土地や集落の闘争があって、そこ一帯がまるごと埼玉県になっている例もありますが。中には謎な東京に食い込む埼玉の土地も存在します。結構多くの人が好きかと思いますが。私も例にもれずこういう飛び地的なもの大好きです😆それではまず最初に新幹線の荒川の鉄橋の近くにあるここ。こうした変な県境はたいがい、影響の少ないようにゴルフ場や公園になっていますが。こうした策も無駄にするようなこの形。ここにはなんかゴルフ場の中なのに消防車が置かれているのですが。果たしてここにあるのは、後ろにゴルフカートがあるのでもしかして私設?だとしても、緊急車両と同じ色や模様に塗ってはいけないはずなので、やっぱり公的なもの?法的には正面玄関や入り口が何処にあるかで管轄が決まるので、管轄は東京都になるのですが。埼玉県に置かれているのもなんというか?ちなみに皇居内の消防車もこんな色です。そんなわけでここは河川敷どころか、道路を超えて埼玉県が食い込んでいるので。あろうことか、そこにある都立浮間公園の入り口が埼玉県戸田市(ゴルフ場の名前も戸田橋練習場)にありますwwとりあえず、都立浮間公園のここは管轄は都なので公園の中のように、地図上では埼玉県ですが、住所は東京都板橋区と
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良いところを知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その12

今回は市立公園の中でも荒川のそばにある、その地形を生かした公園の数々を紹介します。埼玉県の荒川流域の特徴は、元海だった影響で内陸にもかかわらず、非常に低い。という特徴があります。そのため荒川がほぼ天井川状態なのです。実際、私が住んでいたところはたったの標高15mしかありませんでした。そのため非常に湿度が高く虫がわきやすい。という特徴がありました。中にはたったの1mしかないという地域さえあります。現在私が住んでいる東京都府中市が平均42mなので、驚異的な標高の低さというのがわかると思います。そのため埼玉県には農業用水のための水路のほかに、排水のための用水路も存在します。そんなわけで、埼玉県の平野部には第一回目で紹介したような、川が残していった池や、元々そこに広がっていた湿地帯を生かした公園も多く存在します。大宮花の丘農林公苑埼玉県は江戸時代から園芸品種の生産が盛んだった川口の安行や。関東大震災後、谷根千の植木屋が移住して作り上げた盆栽町がある影響か、植物に関わる公園も多くみられます。ここはすぐ横に上尾道路の通る、さいたま市と上尾市にまたがる大きな公園。その広い敷地内を存分に利用したお花畑と林。跳ね橋と石橋と池に映る空が特徴的なこの公園は。なんと1974年(昭和49年)から1981年(昭和56年)まで大宮市の一般産業廃棄物最終処分場として使用された場所。ここらへんは一帯が湿地帯のため、荒川の近くはゴミ捨て場として使用されることが多かったのです。東日本大震災の福島第一原発事故で、埼玉県の平野部荒川沿いがホットスポットになったのは、実はこの影響で、産廃処理場になっていたせいで、実は一概
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良いところを知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その19

前回は越谷の貨物ターミナル駅の近くにあり、2007年に開業、2012年に完成した越谷レイクタウンを紹介しましたが。 今回は新座の貨物ターミナル駅の周辺を紹介します。 この新座の貨物ターミナル駅と車両基地は、越谷のものより二倍はでかい。 武蔵野線に乗っていても、広くて大変目立つ場所になります。 そのため、ここから先は埼玉県ではなく東京都です。 南側の新座市と東京都の境。長い貨物列車のコンテナが見えます。新座市といえば。武蔵野における二次林を主体とした自然の残存地域として1968年(昭和43年)に境内の林が国の天然記念物になった平林寺と、野火止用水が有名な場所になります。平林寺の広い森の中には、境内に野火止用水が流れることでも有名です。そんなわけで、新座駅南口には野火止用水と平林寺の森をイメージした水車が設置されています。しかし趣のある駅前とは異なり駅の近くのショッピングモールには、何故かこんな不気味な像があるのですが・・・😅「葡萄の童子」という作品のようですが、奈良県のせんとくんの籔内佐斗司さんの作品ですが。これは不定形の物体からぼこぼこ顔が出ているようで、あまりにも不気味なのですが。新座の駅前にあった田中葡萄園というブドウ園のイメージで、2000年の作品の模様。もうちょっと違う表現はなかったのだろうか?この人の彫刻は府中市や多摩市を含め、あちらこちらにありますが。府中市にある「童々広場」1996年の作品で、広いスペースを使った楽しい作品。しかし古い作品のため作られた当時とは環境が変わっており。以前の桜が枯れてしまい桜の木が変わったり。かつて蓮池の彫刻の後ろにゴミステーションがあ
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その32

埼玉県民にはお馴染み、国営武蔵丘陵森林公園のある滑川町にある東武東上線の駅に「つきのわ」というものがあります。ツキノワグマではありません。町の名前が「月の輪」なのです。そしてその「月の輪」を挟むように同じ字で「月輪」という町が存在します。そして予想通り「月の輪」も「月輪」も江戸期から明治中期まで同じ村だったそうで、元々「月ノ輪村」だったそうです。駅周辺だけが別の町になったのは、おそらく後につきのわ駅が出来たので、そこ一帯が「月の輪」になったのでしょう。また、この地名はの由来は、平安期にこの地域が関白九条兼実(月輪殿)の荘園であったことに由来すると言われており。(九条 兼実(くじょう かねざね)平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公卿。藤原北家、関白・藤原忠通の六男。官位は従一位・摂政・関白・太政大臣。月輪殿、後法性寺殿とも呼ばれる。通称は後法性寺関白(ごほっしょうじ かんぱく)。五摂家の一つ、九条家の祖であり、かつその九条家から枝分かれした一条家と二条家の祖でもある。五摂家のうちこの3家を九条流という。Wikipediaより)歴史も古く由緒ある地名であることや、さらに周知度、響きの良さなども勘案し、命名されました。とのことです。そしてここには西暦709年に建立された「月輪神社」があります。ここは元々氷川神社の分社だったそうですが、西暦1190年に九条兼実の御霊を合祀したことから、月輪神社という名前になったそうです。とても綺麗な名前の神社ですが。名前に反してスケールは小さめ・・・。鎮守の森もこんな感じ。神社の向かいにお寺(福正寺)があるのですが、おそらくかつては神社の境内にあっ
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。番外編

今回は2024年も末なので、「埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。」というこのシリーズを書こうと思ったきっかけを書こうかと思う。 これまで書いてきたとおり、私は小学校を卒業するまで埼玉県にいた。 その当時は団塊の世代が家庭をちょうど持つような時代だったため、多くの不動産屋や自治体がファミリー向けの住宅地を作るために、曰く付きの土地を購入しニュータウンにする例が多く。 それによって一夜にして大金持ちになる土地成金も多く。その例にもれず私が住んでいた住宅地も、そんな住宅地のひとつだったが。 当時埼玉県は超一流の建築家を使っていたせいか、街並みは非常にスタイリッシュであった。 しかし、曰く付きの土地の影響からそこは文化程度は非常に低く、新しく入ってきたサラリーマン家庭は嫌がらせの標的となった。 そもそも80年代にもかかわらずサラリーマン自体が珍しかった。そんな訳で学校の先生の程度も低いために、当時大ヒットした猫版の「銀河鉄道の夜」 の影響で。その小学校では私以外、誰もジョバンニやカムパネルラが本当は人間である事を知らず。 原作を読んでいた私が『銀河鉄道の夜』の絵を人間で描いた事で「猫じゃない」と言う事でクラス中で騒動となり。 先生が「笠原さんは、猫じゃなくて人間に見えたのよね」と言った事がきっかけで。 教員を含む学校を巻き込んだ、凄惨を極めるいじめに発展した事で。両親は極力私をいろんな場所に連れて行ってくれたのだが。ある時、父が山岳地図上で見つけた珍しい名前の山のトレッキングコースの途中で道に迷ってしまい、なんとか道を見つけて廃村に紛れこんだものの。 家
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その15

時期的に立て込んでいて更新がだいぶ開いてしまいましたが。もちろんネタ切れではありません。さて、今回は現在お札効果ですっかりメジャーになった深谷、熊谷、行田を飛ばしてそれよりも北に参りましょう。埼玉県本庄市は深谷市よりも北にあり、時に埼玉県より群馬県と揶揄されるような地域です。しかしそれだけに懐かしい風景がそのまま残っている場所も多く、こちらは東富田観音塚の松という、奥に観音堂のあるこの松の木は、本庄市の郷土かるた「を」のモチーフになっている。本庄城主 小笠原信嶺が1598年赤城山から100本の松樹を城内に植えた残りを領内に植え、現存する松がこれだとか。「終わりなき目出度き観音塚の松」日本画っぽくてカッコいい風景ですよね。しかし肝心の本庄城はというと・・・。本庄市役所の裏にありますが稲荷神社になっており、ここに城があったという石碑しか残っていません。しかし、富田観音塚の松という場所は上越新幹線の「本庄早稲田駅」という駅の近くにあるのですが。高崎線本庄駅からさほど離れていないせいか、よくある寂れがちな新幹線駅ではなく、新しいスポットも多く非常にお洒落な場所が多いのです。本庄総合公園という公園には、四季の里という新興住宅地からまっすぐ伸びる道があり。ゲートのようなオブジェの先に、地のモニュメントというオブジェがあります。なんだか不思議なオブジェでなんとなく異世界感がありますね。ちなみにこの先に「水のモニュメント」「火のモニュメント」「風のモニュメント」というものがあります。古代ギリシャの四大元素ですね。そんなわけでなんだか不思議な感じのするこの公園は、公園自体も都会の人間から見れば、
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その3

「元荒川は、埼玉県を流れる利根川水系で中川支流の一級河川である。古荒川とも呼ばれる。越谷市大字中島にて中川へ合流する。その名のとおり、かつては荒川の本流であり、近世以前の利根川へ合流していた。かつては荒川の本流であったが、1629年に伊奈忠治により熊谷市久下で荒川が締め切られ、本流からは切り離された(荒川の西遷)。」(Wikipediaより)つまり、元荒川は本流が切り離されてしまったので、支流のひとつが残ったかたちなんですね。上流域元荒川はこの熊谷の小さなせせらぎから、60.7 km(荒川は173.0 km)の小さな旅が始まります。荒川の本流だったという名残から元荒川の流れに沿い、旧中山道が続きます。元荒川の上流は、ムサシトミヨという絶滅危惧種の魚が、国内唯一野生の状態で生息している清流。最上流のここは、まるで農業用水路のように、家や田畑の間に沿って流れていきます。ムサシトミヨがいるので、川をきれいにしましょう。という看板があちらこちらに立っています。ストリートビューが春に撮られているので。まるで童謡の「春の小川」のようです。確かに水がすごくきれい!私が住んでいた頃は埼玉県の川は、ドブ川のイメージがあったので、30年くらいでずいぶん綺麗になったんですね・・・。おや?向こうに見えるのは・・・。荒川の土手です。しばらく元荒川は荒川と平行に並んで進んでいきます。ここらへんから元荒川の河岸に桜が植えられるようになります。橋の向こうに見えるのは、人工の滝のある小さな公園。30年前も河川のほとりは綺麗に整備され始めていましたが、それでもまだ汚かった川も多いので、あれからずいぶん川への意識が
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その30

今回は非常に暑い地域なので、秋になるまで待っていました。秋になるまで待っていたら秋を過ぎて冬になってしまいましたが・・・。そんなわけで。すさまじく暑かった今年の夏を振り返りながら、ブログを再開したいと思います。 埼玉県の中でも連日最高気温をたたき出す非常に暑い町で有名な鳩山町は、実は暑いだけでなく「宇宙の町」でもあります。何故宇宙なのかというと、町の中にはJAXAの研究所があり。 事前に申し込めば平日の午前・午後各1回行われる見学ツアーに参加でき、春秋2回一般公開もされています。そんなわけで観測所なので、山の中に観測所があるのですが。ここは宇宙中心ではなく「地球観測センター」なので、地球の観測が中心なのだと思います。道も地球観測センターのある山をぐるりと回るように伸びており、赤い部分の道の名前は「観測センター通り」と言います。ストリートビューで見ると、鳩山カントリークラブのある方から入った方が道も広く分かりやすいですね。山の中にあり、公開日も予約が必要なため桜の穴場としても有名だそうです。入っていきなり巨大パラボラアンテナ。これぞJAXA!そして建物の屋根の上にもレーダーらしきものが・・・。まさに研究所!ちなみにパラボラアンテナは二基あるみたいです。こちらは真上に向けていますね。しかもこのJAXAの観測所のある山の麓には、あの宮沢賢治の銀河鉄道の夜をテーマにした公園が存在します。赤線を引いた地図上では緑道となっている公園は、「トロッコ公園」という1983年の7月、東北本線沿いにあったトロッコを撮影しようとした少年が、列車から転落して亡くなるという事故があり。その遺族や関係者がほ
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良いところを知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その21

入間、飯能には異世界がある。前回珍しい入間川の河川敷にあるスターバックスと。北欧風のスターバックスを紹介したので。今回はこの周辺にある異世界をご紹介します。前回紹介した通り、飯能にあるムーミンバレーパークは宮沢湖というダム湖の半分を囲むようにあるのですが。実際のところはゴルフ場の中にあるような状態です。まあ、そこがどこか外国のような雰囲気を醸し出しているわけですが。実はこの近くに無料で入れるムーミン谷が存在します。そこは同じく飯能市にあるトーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園。位置関係としては、ムーミンバレーパークが日高市のそばにある丘の中にあるのに対して、トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園は、尾根道を飯能市と入間市の市境にした丘の中にあります。ちょうど盆地を囲む丘の中にある感じですね。交通の便もムーミンバレーパークが東飯能駅からかなり離れた場所にあるのに対して、トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園は西武池袋線の元加治駅から1.5kmほど先にあり、ハイキングがてらにちょうど良い感じの場所です。飯能市の市民球場と体育館がある場所の奥に、この公園は存在します。公園の入り口に自販機と観光バスが並んでいますが。ここは路線バスの車庫でもここにやって来た観光バスでもなく。バス会社が所有するバスらしいです。飯能は東京からアクセスの良い場所にあるので、元々こうした観光地が多く存在するのです。東京都との境も近いため、雰囲気もどこか垢抜けている感じがします。この公園がある丘の尾根道を通って、青梅まで縦走する人もいるようですね。入り口に入ればどうですか!この異世界感。公園の管理事務所もこんな感
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