「元荒川は、埼玉県を流れる利根川水系で中川支流の一級河川である。古荒川とも呼ばれる。越谷市大字中島にて中川へ合流する。
その名のとおり、かつては荒川の本流であり、近世以前の利根川へ合流していた。
かつては荒川の本流であったが、1629年に伊奈忠治により熊谷市久下で荒川が締め切られ、本流からは切り離された(荒川の西遷)。」
(Wikipediaより)
つまり、元荒川は本流が切り離されてしまったので、支流のひとつが残ったかたちなんですね。
上流域
元荒川はこの熊谷の小さなせせらぎから、60.7 km(荒川は173.0 km)の小さな旅が始まります。
荒川の本流だったという名残から元荒川の流れに沿い、旧中山道が続きます。
元荒川の上流は、ムサシトミヨという絶滅危惧種の魚が、国内唯一野生の状態で生息している清流。
最上流のここは、まるで農業用水路のように、家や田畑の間に沿って流れていきます。
ムサシトミヨがいるので、川をきれいにしましょう。という看板があちらこちらに立っています。
ストリートビューが春に撮られているので。まるで童謡の「春の小川」のようです。
確かに水がすごくきれい!
私が住んでいた頃は埼玉県の川は、ドブ川のイメージがあったので、30年くらいでずいぶん綺麗になったんですね・・・。
おや?向こうに見えるのは・・・。
荒川の土手です。
しばらく元荒川は荒川と平行に並んで進んでいきます。
ここらへんから元荒川の河岸に桜が植えられるようになります。
橋の向こうに見えるのは、人工の滝のある小さな公園。
30年前も河川のほとりは綺麗に整備され始めていましたが、それでもまだ汚かった川も多いので、あれからずいぶん川への意識が変わった事を伺わせます。
川に沿って伸びる緑道が高崎線と交差。
背中をかがめないと通れない道ですが、それがいい。
いまでも元荒川は荒川らしくグネグネうねっていますが、一部川の流れを変えた場所もあり、地形にその名残が残っています。
行田駅のすぐそばって、そうだったんですね!
旧中山道のわきにある「決潰の跡碑と一本桜」とは、カスリーン台風で堤防が決壊した場所に植えられた桜らしいです。
中流域
そして「一本桜」のその名前が示すように、行田、吹上と鴻巣の境くらいまでしばらく桜の名所となります。
桜と清流が自慢の観光スポット。
そして元荒川の流れは上越新幹線と高崎線の間をぐねぐねとうねって、久喜あたりで大きく東に流れを変え。
埼玉県は日本一川の多い県で、河川面積の割合はなんと約4%もあるのだそう。確かに東京は暗渠になっているところも多いですが、埼玉ほど橋はあまり見られませんからね。
そんなわけで川や用水路の水を集めてどんどんと大きくなっていきます。
ずいぶん下流に進んできました。
蓮田市周辺から元荒川周辺は観光名所や史跡の宝庫になります。
こんもりした部分は岩槻城址です。
Wikipediaでは『新編武蔵風土記稿』によると、岩槻の弥勒寺に北条重時が寄附した寛元4年(1246)の鐘銘に「武州埼玉郡[竹斯]輪郷岩付」と彫られてあったといい、同書はこの頃には既に岩付城と呼ばれていたと推測している。
とあるように、ずいぶん古い時代から存在し、その後太田道灌によって築かれた城。
廃藩置県で取り壊されるまでここにあったそうで。
岩槻城址公園は昭和38年9月開設らしいですが、30年前は岩槻にこんな場所があることは知りませんでした。
むっちゃいいところじゃないですか!!
これは公園回も作らないといけませんね!!
埼玉企画がどんどん増えます☺
下流域
末田須賀堰。
ここまでくると元荒川は用水路の性格が色濃くなります。
北側は川幅が広く、堰の南側は上流の雰囲気に戻ります。
元荒川はやっぱり川辺がモサモサしたイメージが合いますね。
左側に見える森は有名な越谷梅林です。
南側に宮内庁の皇室で賓客のもてなしの際に利用されている施設。埼玉鴨場があります。
基本的に一般公開はしていないのですが、特定のイベント時には特別公開されることもあるのだそう。
意外なところに皇室の施設があるのですね!
中には熱海梅園の「政府の保養所→皇室→国→熱海市」のような、面白い変遷を辿ったものもあるので、こうした意外なものの場所は調べてみると面白いと思います。
そろそろゴールが近くなってきました。
しらこばと橋から上流側を見た風景。
左側は瓦曾根溜井という用水の水を溜めていた場所。橋のすぐ下流側にはその瓦曽根溜井の水を分水するための堰があります。
かつてはもっと広かったらしい。
元荒川と中川の合流地点。
埼玉県越谷市の吉川橋から。
元荒川と中川の合流地点のすぐそばにあります。
元荒川はこれぞ埼玉という風景が広がる川なので、これから周辺を紹介していけると思います。
次回は「古利根川(ふるとねがわ)」です。
こちらは中川の合流点から上流に進んでいこうと思います。
このシリーズは「#埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。」でまとめています。