「どうせ変わらない」と思ってしまう朝に
正直に言えば、少し疲れていたのかもしれません。
ニュースを見ても、SNSを見ても、誰かが誰かを批判し、怒り、断言し、断罪する。
「結局、何を信じればいいのか分からない」
「どこを見ても、安心できる言葉がない」
そんな感覚を抱いている人は、きっと私だけではないと思います。
昨日、2026年2月8日。
衆議院議員選挙が行われました。
東京都心では雪が降っていました。
その雪の中、私の近所の投票所には、驚くほど多くの人が並んでいました。
寒さの中で静かに順番を待つ人たちの背中を見ながら、私はふと考えました。
人は何に期待して、この一票を投じるのだろう、と。
「何を壊すか」ではなく、「何を作るか」を語る言葉
今回の選挙で、自民党は歴史的な圧勝を収めました。
過半数を大きく超え、法案は衆議院で再可決すれば成立するという状況です。
政治的な評価は人それぞれあるでしょう。
ただ、私が印象的だったのは、高市早苗自民党総裁の演説の内容でした。
正直なところ、選挙前に持っていた印象が変わりました。
それは、他党の批判ではなく、
「この国をどうしたいのか」
という未来の話に終始していたことです。
もちろん、それがすべて正しいとは限りません。
しかし、少なくともそこには、誰かを否定する言葉ではなく、
「これから」を語る言葉がありました。
そのとき私は、真っ暗な日本の空に、
ほんの少しだけ光が差し込んだような気がしたのです。
私がずっと惹かれてきた「静かな著者」たち
振り返ると、私が好んで読んできた本の多くは、同じ特徴を持っていました。
それは、
「こうすれば、明日は少し楽になりますよ」
「こんなふうに考えれば、人生はもっと楽しくなりますよ」
と、読者にそっと寄り添う本です。
小林正観さん。
中谷彰宏さん。
心理学者の内藤誼人さん。
私は編集者として、こうした著者の方々の本に関わる機会をいただいてきました。
彼らに共通しているのは、
決して読者の信用を裏切らないことです。
誰かを批判することで、自分の正しさを証明するのではない。
誰かを否定することで、自分の価値を高めるのでもない。
ただ、読者の悩みを理解し、
読者の明日が少しでも明るくなるように、
静かに、淡々と、言葉を書き続ける。
それだけです。
信用は「派手さ」ではなく「積み重ね」で生まれる
出版の世界には、出版パーティーを盛大に開き、
成功を華やかに演出する著者もいます。
「私を見て!見て!」と私には映ります(プロモーションの一環ではあるのですが)。
それを否定するつもりはありません。
それもまた、一つの表現です。
しかし、私が心を動かされるのは、
そうした華やかさとは別の場所にいる人たちです。
誰にも見られていない場所で、
静かに原稿を書き続ける人。
流行に乗るのではなく、
読者の困りごとに向き合い続ける人。
彼らは「信用のクレジット」を、
一冊一冊、積み上げています。
それは銀行口座のように、
目には見えないけれど、確実に蓄積されていきます。
そしてある日、その信用が、
著者と読者を強く結びつけるのです。
批判は一瞬で注目を集めるが、信用は静かに残る
誰かを批判する言葉は、強いです。
一瞬で注目を集めます。
しかし、それは長くは残りません。
一方で、未来を語る言葉は、派手ではありません。
すぐに注目されるわけでもありません。
しかし、それは静かに、長く残ります。
そして、気づいたときには、
その言葉を書いた人の周りに、
確かな信用が積み重なっています。
昨日の選挙結果を見ながら、私は改めて思いました。
信用とは、声の大きさではなく、
言葉の方向で決まるのだと。
「何を否定するか」ではなく、
「何を作ろうとしているか」。
そこに、人は耳を傾けるのではないでしょうか。
信用のクレジットは、明日への希望そのもの
先が見えない時代です。
経済も、社会も、未来も、
確実なものは何一つありません。
だからこそ、人は「信用」を求めます。
この人の言葉なら信じられる。
この人の本なら安心できる。
そう思える存在は、
それだけで希望になります。
編集者として、私はこれからも、
そうした「信用のクレジット」を持つ著者の本を、
一冊でも多く世の中に届けたいと思っています。
そして同時に、自分自身もまた、
誰かの信用を裏切らない存在でありたいと思っています。
批判ではなく、未来を語ること。
不安ではなく、可能性を語ること。
それを、静かに、淡々と続けること。
それこそが、
これからの時代に最も価値のある行為なのかもしれません。
あなたはこれから、
どんな言葉で、どんな未来を語っていきますか。