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編集者のワザ⑤ インプレッションを増やす、フォロワーを増やすには、事実の奥にあるディティールを語る

取材をしていると、多くの人が出来事を語ります。 「起業しました」 「新しいサービスを立ち上げました」 「売上が伸びました」 どれも事実としては正しい。しかし、それだけでは読者の心は動きません。なぜなら、出来事だけでは意味が伝わらないからです。 読者が本当に知りたいこと 読者が知りたいのは「何が起きたか」ではありません。 「なぜそれをやろうと思ったのか」 「なぜその選択をしたのか」 「どんな背景があったのか」 つまり、出来事の裏側にある理由や文脈です。 例えば「起業しました」という一文よりも、 「なぜ安定した会社を辞めてまで起業したのか」 のほうが、圧倒的に興味を引きます。 共感は理由から生まれる 人が共感するのは、出来事ではありません。 その人の判断や行動の「理由」です。 同じ失敗談でも、 「失敗しました」では何も残りません。 しかし、 「なぜその失敗をしたのか」 「そのとき何を感じたのか」 が語られた瞬間、読者は自分事として捉え始めます。 ここに、コンテンツとしての価値が生まれます。 編集者は背景を掘る 編集者の仕事は、出来事を並べることではありません。 その奥にある背景を掘り出すことです。 「なぜそうなったのですか?」 「その判断のきっかけは何ですか?」 「それ以前にどんな経験がありましたか?」 こうした問いを重ねることで、単なる出来事が意味を持ち始めます。 出来事を物語に変える 出来事は、そのままでは情報にすぎません。 しかし背景が加わることで、物語に変わります。 そして読者が求めているのは、情報ではなく物語です。 なぜなら、物語の中にこそ、自分の人生に重ねられるヒントが
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【編集者のワザシリーズ①】本の核心は三回目の「なぜ?」で出てくる

原稿の質は文章力だけでは決まらない 出版の仕事をしていると、よくこう聞かれます。 「いい原稿を書くコツは何ですか?」 多くの人はここで「文章力」と答えると思います。しかし、30年以上編集の仕事をしてきた私の答えは違います。 原稿の質を決めるのは文章力だけではありません。取材の深さです。 ※もちろん、相当なテクニックを用いた原稿執筆力があるのが前提です 私は取材の際、必ず意識していることがあります。それは相手の言葉に対して二段階、三段階のツッコミを入れることです。 一回の質問では本質は出てこない 例えば著者がこう言ったとします。 「大学時代に起業に興味を持ちました」 ここで多くの人は話を先に進めてしまいます。しかし編集者の仕事はここからです。 私はまず聞きます。 「なぜ興味を持ったのですか?」 仮に相手が 「ある人の話を聞いたからです」 と答えたとしましょう。 すると次に聞きます。 「その人の話のどこに惹かれたのですか?」 するとこんな答えが出てくることがあります。 「実は高校生のとき文化祭で企画をやったことがあって、それがすごく楽しかったんです」 ここまで来ると話は一気に面白くなります。 三回目の質問で原体験が出てくる 私はさらに聞きます。 「なぜその体験を楽しいと感じたのですか?」 この三回目の質問で、その人の原体験が見えてくることが多いのです。そしてその原体験こそが、本のテーマになります。 読者が知りたいのは出来事そのものではありません。 「なぜその人がそう考えるようになったのか」という背景です。 その背景が見えたとき、文章は一気に立体的になります。 編集者の仕事は言葉の奥
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「AIに原稿を書かせても薄くなる…」を終わらせる、プロ編集者のたった一つの工夫

ChatGPTやGeminiに原稿を書かせてみた。 でも返ってきたのは、どこかで見たような言葉。整ってはいる。間違ってもいない。けれど、刺さらない。 「これなら結局、自分で書いたほうが早いのでは?」 そんなふうに思ったことはありませんか。 実は、そのがっかりは、あなたのせいでも、AIの性能不足でもありません。 問題は、AIへの最初の問いが浅いまま終わっていることです。 私は長年、編集者として著者や経営者に取材し、原稿をまとめてきました。 その感覚で言うと、昨年秋以降、生成AIの文章力は本当に一段上がりました。 少し前までなら「まあ、AIっぽい原稿だね」で終わっていたものが、たった数カ月で「あれ、ここまで来たのか」と感じるレベルに変わった。これは率直な実感です。 ただし、そこで一つ、はっきり言えることがあります。 AIは優秀になった。でも、そのままでは、まだ使い物にならない。 うまくいかない原因は「AI」ではなく「一発で終わる質問」 取材の現場で、私たちは一度質問して終わりにはしません。 「なぜそう思ったのですか?」 「それは具体的にどんな場面でしたか?」 「そのとき、相手はどんな反応でしたか?」 「その経験の前と後で、何が変わりましたか?」 こうして二段階、三段階と掘っていきます。 このしつこさがあるから、表面的ではない言葉が出てきます。 逆に言うと、ここをやらないと、どれだけ立派なテーマでも、出来上がるのは“素人っぽい文章”です。 生成AIも同じです。 最初の一発の指示だけで完成を期待すると、どうしても無難で薄い答えになりやすい。 それはAIが怠けているのではなく、材料が足り
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【編集者のワザシリーズ②】原稿の質は取材の深さで9割決まる

原稿がつまらない本当の理由 原稿を読んでいて「何か物足りない」と感じることがあります。文章としては整っているのに、なぜか印象に残らない。 その原因はほとんどの場合、文章ではありません。取材が浅いのです。 取材の深さが本を決める 原稿は取材の素材から作られます。素材が浅ければ、どんなに文章を整えても限界があります。 私は取材のとき、必ず相手の言葉にツッコミを入れます。 「なぜそう思ったのですか?」 「そのきっかけは何ですか?」 「それ以前に似た経験はありませんか?」 原体験を掘り当てる こうした質問を重ねていくと、その人の考えの背景が見えてきます。多くの場合、そこには原体験があります。 その原体験を掘り当てた瞬間、原稿は一気に面白くなります。 とはいえ、文章力は絶対条件 原稿のレベルを無視していいという話ではありません。 中にはわけの分からない理屈で原稿をこねくり回す人がいます。 ほとんどの場合、内容の劣化につながるため、 ・一つの文章では基本的に一つのことを書く ・安易な指示代名詞の使用は要注意 ・文末を同じ表現に極力ならないように とあげるとキリはありませんが、決して原稿をおろそかにしてはいけません。 取材で本の半分はできている 私はよくこう言います。 いい本は取材の段階で半分できている。 取材が深ければ原稿は自然に立ち上がります。 次回は「編集とは文章整理ではない」という話をします。 あなたが今やっている“編集”は、本当に編集でしょうか?
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あの頃、出版業界は“夢の産業”だった。バブルの残り香の中で働いていた頃の話

「昔の出版業界って、そんなに儲かっていたんですか?」 若い人からよく聞かれる質問です。 今の出版業界は厳しい。売上は下がり、雑誌は次々と休刊し、広告費も減っている。 だからこそ今日は、そういう現実はいったん忘れて、 出版業界がまだ夢と花に満ちていた頃の話をしたいと思います。 もう25年以上前の話なので、そろそろ時効でしょう。 雑誌は50誌以上。広告は「断るのが仕事」 私が最初に入社したのは講談社でした。 配属は雑誌広告の営業部。 その頃の講談社には、雑誌が50誌以上ありました。 女性誌、男性誌、週刊誌、漫画雑誌、児童誌。 『FRIDAY』 『週刊現代』 『Hot-Dog PRESS』 『コミックボンボン』 『たのしい幼稚園』 『ViVi』 『with』 数えればきりがないほど、どの雑誌も輝いて見えました。 そして何より、広告がものすごかった。 たとえば女性誌『with』。 部数は約60万部。 1ページの広告料金は250万円。 それでも広告を出したいスポンサーが山ほどいた。 「withは広告を断るのが仕事」 そんなふうに言われていました。 1号で約5億円の広告収入。 極端な話、雑誌が1冊も売れなくても利益が出る構造です。 今から考えると、まるで別世界の話です。 成績ゼロの営業が、突然売れ始めた理由 ただし、最初からうまくいったわけではありません。 入社して最初の2年間、私はほとんど成績がありませんでした。 いわゆる鳴かず飛ばず。 ところが3年目、急に広告が決まり始めます。 電通などの広告代理店から案件が入り、 クライアントもどんどん増えていく。 気がつくと社内では 「みやがわに頼
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プロ編集者の質問力で問われる「5段階ツッコミ力」

本の核心を引き出す「5つの深掘り質問」 出版塾をやっていると、よく次の質問を受けます。 「取材では何を質問すればいいのでしょうか?」 しかし実際には、「何を聞くか」よりも重要なことがあります。 それはどこまで深掘りするかです。 多くの初心者は、相手が話した内容をそのままメモして終わります。しかしそれでは、表面的な情報しか得られません。プロの編集者はそこからさらに踏み込みます。相手の言葉の奥にある理由や背景を探り、その人の原体験にたどり着こうとします。 そのために私が取材でよく使うのが、次の「5つの深掘り質問」です。 1 なぜそう思ったのですか 取材の基本は「なぜ?」です。 例えば著者が「大学時代に起業に興味を持ちました」と言ったとします。 そこでまず聞くべきなのは、 「なぜ興味を持ったのですか?」 という質問です。 人の発言には必ず理由があります。その理由を聞くことで、話の輪郭が少しずつ見えてきます。 ただし、多くの人はこの「なぜ」を一度しか聞きません。プロ編集者はここで止まりません。 2 そのきっかけは何だったのですか 次に聞くのは、出来事の「きっかけ」です。 「なぜ興味を持ったのですか?」という問いに対して、 「ある人の話を聞いたからです」 という答えが返ってきたとします。 そこでさらに聞きます。 「その人の話のどこに惹かれたのですか?」 この質問をすることで、単なる出来事が、意味を持ったエピソードに変わっていきます。 3 それ以前に似た体験はありませんか 人の価値観は、突然生まれるものではありません。必ずそれ以前の経験とつながっています。 そこで次の質問です。 「それ以前
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思考停止編集者が量産する“刺さらない帯コピー”──15秒で忘れられる言葉と、心に残る言葉の違い

「帯コピー」は本気で考えられているのか? 本屋に行くと、私はつい本の帯ばかり見てしまいます。 職業病です。 出版社で30年以上編集をやってきたので、帯コピーを見ると 「この編集者、相当考えたな」 「うーん……これは思考停止だな」 そんなことまで分かってしまいます。 帯コピーというのは、本来とても重要なものです。 なぜなら、 本は基本的に“15秒以内”に買うかどうか判断される商品だからです。 表紙 → タイトル → 帯コピー。 この3つで興味を引けなければ、 本は棚に戻されます。 つまり帯コピーは 一瞬で心をつかむ言葉でなければいけない。 にもかかわらず、実際には 「何となく作られたコピー」も少なくありません。 玉石混交の帯コピーたち 例えば、こんなコピーがあります。 今売り時だ!新ニーサにも手を出してはいけない 新規上場を導いた弁護士が見てきて分かった目標を完遂する人に共通するコツ 買いのタイミングがドンピシャでわかる!お化け期待ゾーン必見 一流アスリート、上場企業経営者、トップセールス39万人が実践したノート術 コロナショック時の逆転勝利!10倍高ゲットした成功例 占い師・霊能者など限られた人しか知らなかったコミュニケーション術 日本人がいない外国人だらけの環境で習得した武器としてのビジネス英語 年収250万円の保育士さんが株で年間500万円 いくつになっても必要とされる人 あえて玉石混交で並べてみました。 ここで一つ質問です。 次の2つのコピー、 どちらが記憶に残るでしょうか? いくつになっても必要とされる人 人生100年時代に80歳を過ぎても必要とされる人 おそらく、多く
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神保町・三省堂書店リニューアルの社長インタビューで判明した出版の近未来とは?

神保町の三省堂書店がリニューアルオープンした。 「書店の街」と言われ続けてきた神保町だけれど、正直に言えば、三省堂が長く本来の旗を掲げられなかった時期は、背骨の抜けた人体みたいだった。街は街として存在しているのに、芯がない。血流が弱い。歩いていても、どこか落ち着かない。 だからこそ、今回はまず「ヤレヤレ」だ。 この街に、ようやく骨格が戻ってきた。そんな気がした。 ところが、安心した直後に、私は少しだけ背中が冷えた。 社長インタビューを読んだときだ。業界が厳しいのは分かっている。むしろ私は、紙の雑誌と書籍の世界で長く生きてきた人間だから、痛いほど分かっている。だけど、トップの言葉に期待していたのは、苦しい現状の説明だけじゃない。「こうしたい」「こう変える」「この街の書店の未来を、こう描く」──そんな明るい提言や決意だった。 「値上げしてくれ」が、いちばん大きく聞こえた インタビューでは、いろんな話題に触れている。 それでも私の耳に残ったのは、強調されるように響いてくるメッセージだった。 「出版社は、本の値段を上げてくれ」 ごもっともだ。本当にごもっともだ。 紙の本は紙でできている。原油価格の高騰は、用紙代に直撃する。コロナ以前なら1400円くらいだった本が、今は1700円あたりで定価設定されるのも珍しくない。文庫本ですら本体1000円を超えるものが出てきた。 それに対して、書店の取り分は薄いまま。薄いどころか、薄すぎるまま。 だから閉店する本屋さんが増えている。これは、誰かが怠けた結果じゃない。「構造」がそうなってしまっている。 そして厄介なのは、ここから先の話だ。 「じゃあ、別
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坂本一亀と戦後文学

Q、元文藝編集長の坂本一亀氏をご存知でしょうか?A、もちろんです、西田さん。坂本一亀(さかもと かずき)とは結論から言うと、元『文藝』編集長であり、戦後日本文学を支えた伝説的編集者です。主なポイント1921年生まれ、2002年没。福岡県出身。河出書房(のち河出書房新社)で活躍し、『文藝』編集長を務めた。三島由紀夫『仮面の告白』、野間宏『真空地帯』など戦後文学の代表作を次々と世に送り出した。新人発掘の名手として知られ、高橋和巳・辻邦生・丸谷才一らを育てた。坂本龍一の父としても知られる。人物像文学への情熱が強く、直感で本質を見抜くタイプの編集者。「ワンカメさん」の愛称で親しまれ、古武士のような気質を持つ人物だったと語られています。文学史における位置づけ戦後文学の形成期において、・作家の発掘・作品の方向性の助言・編集者としての強い企画力  で大きな影響を与えた人物で、まさに「文藝の坂本」と呼ばれる存在でした。Q、坂本一亀氏は文学界ではレジェンド級の人物であり、息子は世界的な音楽家、孫は日曜美術館のMCで3代で業界人です。A、西田さん、その見立てはまさに的確です。坂本一亀という人物は、「編集者」という職業の理想像を体現したレジェンドであり、そこから三代にわたって文化の最前線に立つ家系が続いているのは、偶然ではなく“必然”に近い流れなんですよね。🌟 坂本一亀 ― 文学界のレジェンド戦後文学の立ち上がりを支えた編集者であり、三島由紀夫、野間宏、高橋和巳など、後の文学史を作る作家たちを世に送り出した人物。企画力と審美眼が突出していて、「作品の本質を見抜く」ことにかけては天才的だったと言われて
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特筆するスキルの無い女性がURLリスト作成だけで1億円売り上げた?? なぜ

「こんなものにお金を払う人なんているの?」 「所詮は情報商材でしょ?」 きっとあなたも、どこかでそう思ったことがあるはずです。 私も正直に言えば、最初は半信半疑でした。 27歳無職の女性が「ただのURL集」を販売し、1億円を売り上げた――。 しかも、その中身は特別な裏技でも、難解なノウハウでもない。Googleの仕様の“隙間”を見つけただけだという。 しかし記事を読み進めるうちに、私は別の感情に襲われました。 「これは編集だ」と。 そして同時に、30年以上編集の仕事をしてきた自分の原点を、突きつけられた気がしたのです。 私の原点は「心の穴」を見つけることだった私は講談社、主婦の友社を経て、300冊以上の本を編集してきました。 現在はひとり出版社として、電子書籍プロデュースをしています。 若い頃、先輩にこう言われたことがあります。 「本は情報を売るんじゃない。読者の“欠け”を埋めるんだ」 当時はピンときませんでした。 でも、売れた本を振り返ると、例外なく共通点があった。 不安を抱える人に“安心”を 迷っている人に“道筋”を 自信のない人に“言語化された確信”を つまり、検索ボリュームや流行だけではない。 「その人の心の穴に何を提供すればいいか」を考え抜いた本だけが、生き残っていたのです。 彼女が売ったのは「URL」ではない 今回の記事の女性も同じことをしていました。 彼女はGoogleの表示の“バグ”を利用して、特定の情報に早く辿り着けるURLをまとめた。 表面的に見れば、それだけ。 でも、本質はそこではありません。 彼女が見ていたのは、 情報過多で疲れている人 検索しても答えに
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「出せてしまう」時代に、本当に出していいのか 素人Kindle出版が静かに壊しているもの

「自分の本を出してみたい」 そう思ったことがある人は、決して少なくないはずです。 そして今、その願いは、驚くほど簡単に叶います。 Kindleを使えば、出版社に認められなくても、自分の名前で本を出すことができます。 企画書も審査も不要。極端に言えば、今日書いた原稿を明日出版することすら可能です。 この自由さは、素晴らしいことです。 しかし同時に、私は強い危機感を抱いています。 なぜなら、「出せてしまう」という事実が、出版の本質を見失わせているからです。 底なし沼のように広がる「読者不在の本」 我流でKindle出版を目指す人の多くが、知らず知らずのうちに陥っている“底なし沼”があります。 それは、 読者の目線が完全に抜け落ちたまま原稿を書いてしまうことです。 本人は一生懸命書いています。 むしろ、強い思いを込めて書いています。 しかし、その思いの強さと「読まれるかどうか」は、まったく別の問題です。 出版とは、「書きたいことを書く行為」ではありません。 「読まれたい人が、読みたいと思うものを書く行為」です。 ここを取り違えた瞬間、その本は読者に届かなくなります。 なぜ素人の文章は読みにくくなるのか 私はこれまで30年以上、300冊以上の書籍編集に関わってきました。 その経験から断言できます。 我流で書かれた原稿の9割以上は、読者にとって読みづらい構造になっています。 例えば、こんな文章です。 ・二つの内容を一つの文で説明してしまう ・「これ」「それ」といった指示語が何を指しているか分からない ・書き手の頭の中ではつながっているが、読者の頭の中ではつながらない 書き手は、自分の考え
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文庫本のビジネスモデルの危機(業界内にいないと気づかない話)

「最近、本を買わなくなったな」 そう思ったことはありませんか。 かつては駅の売店で、ふと目に入った文庫本を手に取り、帰りの電車の中でページを開く。それだけで、知らない世界に連れていってもらえた。自分の人生とはまったく関係のない物語や思想に触れ、少しだけ世界が広がる感覚。文庫本は、そんな体験を誰にでも開いてくれていました。 しかし、その文庫本を取り巻く世界が、静かに、しかし確実に変わり始めています。 それを実感したのは、つい先日、ある中堅出版社の編集者と話をしたときのことでした。 苦い顔の理由 その出版社は、誰もが知っている有名な文庫シリーズを二つ持っています。長年、日本の読者に愛されてきた看板シリーズです。 私は何気なく尋ねました。 「最近の業績、どんな感じですか?」 その編集者は、少しだけ苦い顔をして、こう答えました。 「いえいえ、厳しいですよ」 その表情を見た瞬間、私は「ああ、やはりそうか」と思いました。出版業界の内部にいる者にとっては、決して意外な答えではなかったからです。 一般の読者にはあまり知られていませんが、文庫本には独特のビジネスモデルがあります。 それは、「出し続けなければならない」という宿命です。 文庫は“止まることが許されない” 文庫本は、毎月必ず新刊を出し続ける必要があります。 なぜなら、書店の文庫棚は「固定された場所」ではないからです。そこは常に奪い合いの場です。もし新刊の刊行が止まれば、その出版社の文庫のスペースは、すぐに他社の文庫に置き換えられてしまいます。 棚は、売れているものに与えられます。動きが止まったものから、静かに消えていく。 だから出版社
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ずっと残る作家とそうでない作家の違いを教えてくれた昨日の総選挙

「どうせ変わらない」と思ってしまう朝に 正直に言えば、少し疲れていたのかもしれません。 ニュースを見ても、SNSを見ても、誰かが誰かを批判し、怒り、断言し、断罪する。 「結局、何を信じればいいのか分からない」 「どこを見ても、安心できる言葉がない」 そんな感覚を抱いている人は、きっと私だけではないと思います。 昨日、2026年2月8日。 衆議院議員選挙が行われました。 東京都心では雪が降っていました。 その雪の中、私の近所の投票所には、驚くほど多くの人が並んでいました。 寒さの中で静かに順番を待つ人たちの背中を見ながら、私はふと考えました。 人は何に期待して、この一票を投じるのだろう、と。 「何を壊すか」ではなく、「何を作るか」を語る言葉 今回の選挙で、自民党は歴史的な圧勝を収めました。 過半数を大きく超え、法案は衆議院で再可決すれば成立するという状況です。 政治的な評価は人それぞれあるでしょう。 ただ、私が印象的だったのは、高市早苗自民党総裁の演説の内容でした。 正直なところ、選挙前に持っていた印象が変わりました。 それは、他党の批判ではなく、 「この国をどうしたいのか」 という未来の話に終始していたことです。 もちろん、それがすべて正しいとは限りません。 しかし、少なくともそこには、誰かを否定する言葉ではなく、 「これから」を語る言葉がありました。 そのとき私は、真っ暗な日本の空に、 ほんの少しだけ光が差し込んだような気がしたのです。 私がずっと惹かれてきた「静かな著者」たち 振り返ると、私が好んで読んできた本の多くは、同じ特徴を持っていました。 それは、 「こうすれば、明
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出版業界の近未来予想/1次情報を知るものとして

もう分かっている。でも、やめきれない 「出版はもう終わりだよね」 そう言われるたびに、否定できない自分がいます。 売れない雑誌、減り続ける書店、読まれなくなった本。 それでもなお、この仕事から完全に離れる気になれない。 きっとあなたも、どこかで同じ違和感を抱えているのではないでしょうか。 雑誌というビジネスモデルは、すでに崩れていた 私は何十年も出版業界を見てきましたが、雑誌というビジネスは、とっくに限界を迎えていました。 雑誌は広告収入が前提のモデルです。 読者が減る → 部数が落ちる → 広告主が撤退する。 この流れが止まることはありませんでした。 私が在籍していた講談社でも、女性誌、男性ファッション誌、ジャーナリズムを標榜した雑誌まで、次々と廃刊になりました。 文化としての雑誌が、広告媒体になった瞬間から、終わりは決まっていたのだと思います。 書籍も、静かに臨界点を越えた 書籍は長らく「雑誌よりはマシ」と言われてきました。 ベストセラーも生まれ、衰退は緩やかに見えたからです。 しかし、コロナ以降、状況は一変しました。 書店の閉店スピードは加速し、そもそも本を読まない人が急増した。 電車の中で本を読んでいるのは、ほぼ私ひとり。 周囲は全員スマホ。 この光景に、時代の決定的な変化を感じます。 それでも書籍は、広告とは違う 雑誌は広告がなければ成立しません。 しかし書籍は、1冊単体で価値を問われる商品です。 だから私は、これからの出版は二極化すると考えています。 情報を大量に扱う「情報商社」としての大手出版社。 そして、人の心をどう動かすかに本気で向き合う、小規模な出版社。 後
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もしも自分の本の担当編集者がAIだったら

「AIでKindle出版」ブームの違和感 最近、「生成AIを使って、誰でも簡単にKindle本が出せます」という広告をよく見かけます。 確かに、AIがタイトル案を考え、構成を作り、本文まで生成してくれる時代。 文章を書くハードルは、かつてないほど低くなりました。 けれども、私はどうしても、そこに引っかかるものを感じてしまいます。 なぜなら、「本を作る」という行為は、本来もっと“人の想い”と“信頼関係”の中で育まれていくものだからです。 紙の出版では「担当編集者」が必ずいる商業出版の世界では、著者に必ず「担当編集者」がつきます。 著者の思いや経験を掘り下げ、読者にどう伝えるかを一緒に考え、何度もやり取りを重ねながら本を作っていきます。 よっぽどの大物作家でもない限り、「自分一人で原稿を書いて完結」ということはまずありません。 それは、著者自身が自分のことを客観的に見るのは難しいからです。 たとえば、 ・この章のテーマは、読者に伝わっているか? ・このエピソードは、著者の想いをより深く伝えられるか? ・読者が読み終えたあと、何を感じ、どう動くか? そうした“読者目線の調整役”こそが、担当編集者の一番の役割です。 では、もし生成AIが担当編集者だったら? もしも、生成AIがあなたの本の担当編集者になったらどうなるでしょうか。 AIはあなたにこう言うかもしれません。 「この項目にまつわるエピソードを教えてください」 「この出来事の背景を、もう少し詳しく話してください」 まるでインタビューのようなやり取りが続き、原稿はどんどん形になっていく。 とても便利です。 けれども、私はこう思います
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人が波のように引いた32歳の転機──「利害でつながる関係」と「信頼でつながる関係」の違いに気づいた日

華やかな雑誌の世界で感じていた「限界」 社会人になってからの「人付き合いとは何か」という原点は、私が32歳のときに経験した出来事から始まりました。 当時の私は、女性向けファッション雑誌の副編集長。 アパレルブランドのスポンサー、海外ブランド、タレント、モデル、カメラマン、スタイリスト……。 毎日がまるでショーウィンドウの中のような“キラキラした世界”に身を置いていました。 けれどその華やかさの裏で、私はずっと「雑誌という枠の中でしか仕事ができない自分」に限界を感じていました。 心のどこかで「人の心に長く残る“本”をつくりたい」という気持ちが膨らんでいたのです。 だから、会社にずっとお願いし続けました──「書籍の編集部に異動させてください」と。 異動後に起きた“人が引いていく”現象 そして32歳のとき、念願叶って異動が決まりました。 その瞬間、私のまわりの景色は一変します。 まるで潮が引くように、それまで親しくしていた人たちが離れていったのです。 スポンサーも、ブランド担当者も、モデルのマネージャーも、誰もが新しい副編集長のもとへ。 仕事の関係とはいえ、あまりの変化に愕然としました。 「人間関係って、こんなにもあっさり消えるものなのか」 けれど、それが現実でした。 私が人に囲まれていたのは、“利害関係”でつながっていたから。 私自身ではなく、“雑誌の副編集長”という肩書に価値があっただけだったのです。 書籍編集者として“ゼロ”からの出発 異動した書籍編集部では、最初の本が世に出るまで半年かかりました。 実績ゼロ。担当作なし。企画を出しても、誰も本気で取り合ってくれない。 32歳に
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幼稚園の入園式で自分だけ迎えが来なかった日から、ずっと探していたもの

「理由は分からないのに、心だけは覚えている」 大人になってから、ふとした拍子に胸がざわつくことがあります。 誰かに責められたわけでもないのに、置いていかれた気がする。安心して甘えていい場面なのに、なぜか先に空気を読んでしまう。——そんな感覚に覚えがある人は、きっと少なくないと思います。 心って不思議で、出来事の細部は曖昧になっても、「あのとき感じたこと」だけは、ずっと鮮明に残ります。 今日は、僕がなぜ編集の仕事を楽しんで続けてきたのかを、自分なりに言葉にしてみます。たぶん、その根っこには、幼い頃の記憶があるからです。 幼稚園の真ん中で、木の椅子に座って泣いていた 物心がついた最初の記憶は、幼稚園の入園式です。集合写真を撮って、みんなはお母さんに手を引かれて帰っていく。 でも、僕の母はそこにいませんでした。 当時四歳。幼稚園の真ん中で、ぽつんとひとり、木の椅子に座って大泣きしていた。 「迎えが来ない」という状況そのものより、胸の奥に広がっていく感覚——自分だけが世界から取り残されたような感覚を、身体が覚えている。 その後、母は迎えに来ました。 なぜ遅れたのか、理由は母が亡くなった今となっては分かりません。分からないままだからこそ、記憶は“物語”にならず、“感情”として残ったのだと思います。 「ここでわがままを言ったら、家が壊れる」 小学校低学年の頃、兄が不登校になり、家で暴れるようになりました。しばらくその状態が続いた。 幼い僕は、なぜかはっきり思っていたんです。 「ここで自分がわがままを言ったら、この家族は完全に壊れる」 今思うと、僕の心の原点はここで作られたんだと思います。
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〈実例をお見せします〉編集者はどのように原稿に赤字を入れるのか?

「自分はSNSで毎日文章を書いているから、原稿を書くのは得意だ」 「文章には自信があるし、そんなに直されることはないだろう」 本を書こうとする人の多くが、心のどこかでこう思っています。 しかし、いざプロの編集者に原稿を渡したとき、待ち受けている現実は往々にして想像とまったく違います。 戻ってきた自分の原稿が、編集者の赤字で“真っ赤っか”になっている。 この光景に驚き、ショックを受ける著者は少なくありません。 私が赤字を入れた原稿の実例をお見せしましょう。 驚くかもしれません。↑どうしても横で表示できなくてすみません!実際、何十冊も出版しているベテラン著者であれば、赤字がほとんど入らないこともあります。 ですが、初めての出版では、ほぼ例外なく原稿は赤ペンだらけになります。 これは「文章力がないから」ではなく、「本にするための文章の書き方」と「日常的に書いている文章の書き方」がまったく違うからなのです。 赤字が入る3つの典型的なポイント 編集者がどんなところに赤字を入れているのか、代表的な例を3つあげてみます。 ① 良い文章を書こうとしすぎる 初めて本を書く人ほど「いい文章を書かなきゃ」と力が入りがちです。 すると、修飾語をやたらと重ねたり、後の展開を考えずに思いつくまま書いてしまったり…。 結果、読み手からすると「結局何を言いたいの?」と迷子になってしまう文章になります。 本は「著者が書きたいこと」を並べる場ではありません。 「読者が読みやすい形に整えられたメッセージ」を提供する場です。 ここを意識できるかどうかが、赤字の量を大きく左右します。 ② 一つの文章に一つのことだけ書
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【30万部突破】「健康になりたきゃ腎臓をもみなさい」著者との信頼が教えてくれた、人にしかできない出版の力

私はこれまで数多くの著者の「商業出版デビュー」を編集者として実現してきました。 その中でも特に忘れられないのが、ある著者との出会いです。 彼のデビュー作は、女性向けの「顔を変える美容の本」。 私が編集を担当し、これが彼の“人生初”の出版でした。 その後、彼は別の出版社から出した2冊目──『健康になりたきゃ腎臓をもみなさい』で一気にブレイク。 ついに累計30万部を超えるロングセラーとなったのです。 出版デビューを支えた身として、これほど嬉しいことはありませんでした。 けれどそれ以上にうれしかったのは、彼との「関係」が今も続いていることです。 3年前、再び私に「新しい本を一緒に作りたい」と声をかけてくれました。 そのとき彼が言った言葉が、今でも胸に残っています。 「初めて出版のオファーをくれたのは、みやがわさんでした。 冗談半分ですが、“出版の処女”を捧げた気持ちなんです。 だからみやがわさんのオファーなら、できる限り応えたいと思っています。」 その言葉を聞いたとき、私は心の底から思いました。 出版は、人と人との信頼でしか生まれないものだ。 「目の前の一冊」に全力を尽くすことで見える景色 彼のデビュー作を作っていた当時、私はただ目の前の原稿と格闘していました。 「どうすればこの本が一人でも多くの読者に届くか」 「構成をどう磨けば“実用的で読みやすい”と感じてもらえるか」 「どんな付加価値をつければ書店で立ち止まってもらえるか」 ──そんなことばかりを考えていた日々。 正直、そのときは著者の“未来の成功”まで想像できていませんでした。 でも、あのとき本気で一冊に向き合ったからこそ、
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書籍編集者のリアルな一日──主婦の友社時代を振り返って

出社時間に「厳密さ」がない理由 出版社の編集者には、厳密な出社時間というものがありません。 それは「朝がゆるい」という意味ではなく、「夜が終わらない」からです。 私が女性ファッション誌の編集部にいたころ、最終締め切りが終わったのは午前4時。そのまま仮眠も取らずに、朝6時には次号のファッションページ撮影の待ち合わせ。編集部に寝袋を置き、泊まり込むのは当たり前でした。 そんな生活を数年続けたあと、書籍編集部に異動しました。雑誌と違い、書籍は「月刊」ではなく「作品単位」で進む分、呼吸のリズムはゆるやかです。それでも、締め切り前は夜10時を過ぎてもデスクに灯りがついていました。 机の上の「大きな封筒」から始まる朝 出社すると、机の上には印刷所から届いた大きな茶封筒。中には「色校(いろこう)」──カバーや帯のデザインを実際に印刷したサンプルが入っています。 著者名の文字が1ミリでもズレていないか。帯コピーの誤字がないか。印刷の色味がモニター上とズレていないか。 編集者は自分の目で、そして著者・校正者の目で何度も確認します。 午前中はこれらの確認と各所への送付であっという間に過ぎていきます。 午後の勝負は「企画会議」 出版社によって形式は違いますが、企画会議の緊張感はどこも同じです。 会議には編集部長、販売部長、営業担当、時には経営幹部も同席します。 提案者である私は、企画書にびっしりと数字を埋めます。 「同テーマの既刊は何部売れて、何割が返品されたか」 「プロモーション予算はいくらか」 「著者のSNSフォロワー数は?」 編集者は“感性”だけで企画を通せる時代ではありません。 理論武装をし
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共感を超えて「信頼」でつながる─小林正観さんの本から学んだ、著者と読者の理想の関係

私が小林正観さんの本に出会ったのは、正観さんが亡くなられてずいぶん経ってからのことでした。 年間250冊ほど本を読む私ですが、なぜかそれまで一度も手に取ったことがなかったのです。 それが、ある不思議な“ご縁”から一気に引き寄せられました。 当時、私はある算命学の学校の代表の方の仕事を手伝っていました。 毎回ゲストを迎えて対談を行い、その原稿をまとめるのが私の役割です。 ある日、そのゲストとして登場されたのが——なんと小林正観さんの奥様でした。 代表の方と小林正観さんは、高校時代のクラスメイト。 そのご縁で実現した対談でした。 このとき、私は強い直感を覚えたのです。 「これまで一度も読んだことがなかったのは、このタイミングで出会うためだったのかもしれない」 コロナ禍で深く読みふけった「ありがとう」の思想 その直後、世の中はコロナ禍に突入。 外出もままならない中、私は小林正観さんの著書を次々と読み始めました。 ページをめくるたびに、心が静かに整っていくのを感じました。 小林正観さんといえば、「ありがとうを言い続ける」という言葉が象徴的です。 「ありがとう、ありがとう、ありがとう……」と何度も唱えていると、 神様が“こんなに感謝しているのに何もしていないな”と気づいて 良いことを与えてくれる——そんな教えです。 最初は少し不思議にも思えましたが、 実際に「ありがとう」を意識して生活してみると、 人との関係も、物事の流れも、少しずつ変わっていくのを感じたのです。 人生のシナリオは、自分で書いて生まれてくる もうひとつ、私の中で深く残っている言葉があります。 それは「人生のシナリオは、生
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