「理由は分からないのに、心だけは覚えている」
大人になってから、ふとした拍子に胸がざわつくことがあります。
誰かに責められたわけでもないのに、置いていかれた気がする。安心して甘えていい場面なのに、なぜか先に空気を読んでしまう。——そんな感覚に覚えがある人は、きっと少なくないと思います。
心って不思議で、出来事の細部は曖昧になっても、「あのとき感じたこと」だけは、ずっと鮮明に残ります。
今日は、僕がなぜ編集の仕事を楽しんで続けてきたのかを、自分なりに言葉にしてみます。たぶん、その根っこには、幼い頃の記憶があるからです。
幼稚園の真ん中で、木の椅子に座って泣いていた
物心がついた最初の記憶は、幼稚園の入園式です。集合写真を撮って、みんなはお母さんに手を引かれて帰っていく。
でも、僕の母はそこにいませんでした。
当時四歳。幼稚園の真ん中で、ぽつんとひとり、木の椅子に座って大泣きしていた。
「迎えが来ない」という状況そのものより、胸の奥に広がっていく感覚——自分だけが世界から取り残されたような感覚を、身体が覚えている。
その後、母は迎えに来ました。
なぜ遅れたのか、理由は母が亡くなった今となっては分かりません。分からないままだからこそ、記憶は“物語”にならず、“感情”として残ったのだと思います。
「ここでわがままを言ったら、家が壊れる」
小学校低学年の頃、兄が不登校になり、家で暴れるようになりました。しばらくその状態が続いた。
幼い僕は、なぜかはっきり思っていたんです。
「ここで自分がわがままを言ったら、この家族は完全に壊れる」
今思うと、僕の心の原点はここで作られたんだと思います。
一般に「家族」や「家庭」は、無条件で安心して帰れる場所だと言われます。でも僕の中には、家庭は“危険な場所”かもしれない、という刷り込みができてしまった。
だからこの歳になっても、結婚や家庭を持つことに、どこか躊躇や恐怖がつきまとう。
頭でどうにかできる問題じゃない。身体が先に反応してしまう。そういうものなんだと、最近ようやく認められるようになりました。
“鎧”を着て、なんとかバランスを取ってきた
中学、高校、大学へと進学し、世間的には「高学歴」と言われる大学を卒業して、大手出版社に就職しました。
ただ、就活当時の僕は「出版社に行く」なんてまったく考えていませんでした。華やかなテレビ局や広告代理店で、いわゆる“業界人”みたいな生活がしたかった。今思えば浅はかです。けれど、当時の僕にはそれが魅力的に見えた。
振り返ると、学歴や職歴、肩書きや外見——そういう“外側の鎧”で自分の存在を守り、なんとかバランスを取っていたのだと思います。
「ここにいていい」と無条件に受け入れられる感覚が薄い人ほど、別のもので自分を証明しようとする。たぶん僕も、そのタイプでした。
編集という仕事は、僕にとって“安全な居場所”だった
そして、縁があって出版社に入り、紆余曲折を経て編集者になりました。
気づけばずっと、編集の仕事をしている。自分でもこんなに長い間続けるとは思っていませんでした。
でも今なら、少し分かります。
僕は「無条件に安心できる場所」を持てなかったぶん、編集という仕事を通じて、別の形でそれを作ろうとしてきたんじゃないかと。
本をつくることは、誰かの人生に“静かに寄り添う”ことでもあります。
今つらい人、迷っている人、自分の価値が分からない人に、「あなたの気持ちは、言葉になりますよ」と示していく。
編集は、正解を押しつける仕事ではなく、感情の輪郭を整え、伝わる形にして手渡す仕事です。僕はそこに、救われてきた気がします。
「信用のクレジット」は、満たされなかった記憶の裏返し
僕はよく“信用を積む”という話をします。信用のクレジット。
それはビジネスの話でもあるけれど、もっと個人的な原点があるのだと思います。
誰にも助けてもらえない、という原体験。
その反動として、「誰かに寄り添って、少しでも役に立ちたい」という気持ちでバランスを取ってきた。
たぶん僕は、人を信じたいからこそ、信じてもらえる自分でいようとする。信用を積むことは、世界とつながるための、自分なりの方法だったのかもしれません。
鎧が重くなってきた今、最後に残したいもの
最近強く思うのは、「鎧を纏い続けることの限界」です。
肩書きや実績は大事です。でも、それだけでは持たない年齢になってきた。たぶんここからは、“何をしてきたか”より、“何を大切にするか”が問われる。
最後に残るのは、本を通じて、少しでも多くの人の明日が楽しくなる、嬉しくなることを続けていくこと。
それが僕の、いちばん素直な願いです。
環境は変えられない。過去も変えられない。
でも、そこから自分が何を選び、何を手渡すかは選べる。
僕は今、そのフェーズに入ったのだと思います。
だからこれからも、編集という仕事を大切にしていきたい。
迎えが来なかったあの日からずっと、探していたものに触れられる気がするからかもしれません。