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ありのままの自分

こんにちは、あずま貴之です♪ 僕は心理学✕マーケティングをベースに ココナラ出品者さんのための お金の稼ぎ方、心の強さをサポートしています✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️ ⭐️あずま貴之の簡単な紹介⭐️ ▶ココナラで400名以上の販売サポート実績‼ ▶コンサル生を3ヶ月で100万売上達成させる‼ (2021年~2024年) あずま貴之はこんな人です ↓↓↓↓↓ ✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️✴️僕はビジネスを教えるのが得意ですがそれと同じくらい、メンタルのサポートには自信があります‼️今回のブログでは心理学とエビデンスをもとに「ありのままの自分」について僕の視点でお話したいと思います。「私のことを理解してほしい」 「ありのままの私を受け入れてほしい」 そう願う気持ちって、 誰にでもあると思うんです。 僕自身も、かつてはそうでした。 でも現実は、なかなかそうはいかない。 どれだけ近しい人であっても、 100%自分のことを理解してくれるなんて、 ほとんどいません。 そう分かっていても、 「わかってもらえないこと」がつらくて、苦しくて、やがて人との関係自体が 怖くなってしまうこともある。 「何もしなくても、無条件に愛されたい」 「ただ存在しているだけで、必要とされたい」 実はそれって、赤ちゃんのときだけの特権なんです。 大人になったら、同じようにはいかない___。 大人になったら、他人からのあなたへの愛はある程度の条件が満たされないと成立しない厳しいですが、これが現実です。さらにいうと、もしも赤ちゃんの時期に 周りから十
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人生は可能性を秘めた1本の『木』のようなもの

少し離れた場所まで1時間ほど歩いて買い物に行った帰り、突然今日の内容が頭に浮かんだので、忘れないよう慌ててブログに残しています(*^^)v松の木が桜に憧れて、春になるときれいな花を咲かせて人々にきれいだねと言われたい秋になると紅葉してみたいと思っても無理ですよね。だけど松の木は汚染と塩害に強くて、広くしっかりと根を張るので護岸強化の役割を果たしたり、防潮・防風林として日本の海岸には多く植えられていると聞きます。松の木には松の木の良さ、存在することの意味がちゃんとあるのですよね。私たちの人生を1本の木に例えると、どのような木になるか未知の状態で生まれて来たと思います。そして松の木と同様に、その人ならではの良さがある。桜(他の人)と比べる必要なんてない。他の誰かになることはできなくて、『自分』としてただ生きて行く。もちろん金持ちの家に生まれた、毒親の家に生まれた、どういう外見や能力を持って生まれたかの『違い』はありますが、生活力と経済力を身につけた後はどういう木になって行くのかは自分で選べます。可能性は誰の前にも広がっているのですね。花を咲かせる、美味しい果実を実らす、花も実もならないけどとにかく立派な木になる、どこにもないような個性的な木になるなど『選択』と『行動』によって変えて行けるので、最終的には自分次第ということ。確かに子供時代に親から正しい愛情を受けられなかった人、いじめられた人など、幼少期の悲しい記憶と辛い体験は人生に大きな影響を与えます。でも、貧乏な家に生まれても自力で経営者となり裕福な生活が送れるようになった人もいれば親から贅沢な生活と愛情を与えてもらったのに転落人
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なぜDV気質の人を好きになってしまうのか?

廉清生織のブログの部屋へようこそ今回は恋愛の癖について探っていきますね気が付くと好きになった相手がDV気質の人ばかりもう失敗したくないって決めて選んだはずなのに・・どうして私は惹かれてしまったのだろうと悩むことはありませんか?これには幼少期に育ってきた環境や気質が大きく影響しているのです恋愛パターンは子供時代の愛情体験に強く影響されているのです1.「幼少期の愛の刷り込み」こんな経験をされていませんか?:両親のどちらかが怒りっぽく機嫌をとっていたことがある:褒められるよりも否定されたり・無視されていた:「いい子」でないと愛されないと思っていた:一貫性のない態度・・優しいときと厳しいときの態度が大きかったこうした環境の中で育つと「愛=不安と緊張感」という感覚が無意識に刷り込まれてしまうのですそのため大人になってからも「自分を振り回すような存在」こそが愛だと感じてしまうのです2.私が「変えられる」「私ならば大丈夫」という心理DV気質の人には・・最初とても優しく弱さや寂しさを見せる一面があることがありますあなたはおそらく・・とても優しくて共感力の高い方なのだとお目見えします「あなたは本当に優しくて私がいれば救える」「私が我慢すれば上手くいく」と考えてしまうのでしょうこれは自己犠牲的な愛し方を学んでしまった人が陥りやすい恋愛パターンでもあるのです3.「私にはそのくらいの扱いが相応しい」と自己評価する傾向無意識に自己評価を下げてしまうことはありませんか?「私なんて大切にされる価値なんてないよ」「ワガママ言ったら嫌われる」「こんな人でも私のそばに居るだけマシ」これは自己肯定感が低くなっている
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やる気は「出す」ものじゃない | 内発的動機を取り戻す「6つの階段」と、幼少期の記憶

こんにちは。自己認識サポーターのdaiです。今日は、「やる気が出ない」「昔みたいに夢中になれない」そんな感覚の正体について、書いていきますね。「毎日、義務感だけで動いている気がする」「頑張っているのに、どこか空っぽ」もしそう感じているなら、それはあなたが怠けているからではありません。大人になる過程で、・社会的に正しそうな選択・他人からの評価・役に立つかどうかこうしたものを優先しすぎて、自分の内側から湧いてくる“やる気のセンサー”が錆びついただけなんです。今回は、心理学の「自己決定理論」をベースに、もう一度、自分の人生のハンドルを取り戻すためのロードマップを整理していきます。1. やる気には「6つの階段」があるやる気は、ある・ないの二択ではありません。心理学者エドワード・デシらが提唱した理論では、モチベーションには次の6段階のグラデーションがあります。① 無動機(非自律)「なぜやっているのか分からない」意味を見失って、止まっている状態。② 外的調整(外発的)「怒られたくない」「お金のため」報酬や罰に動かされている。③ 取り入れ的調整(外発的)「やらないと恥ずかしい」「罪悪感がある」義務感や見栄で動いている。④ 同一化的調整(外発的)「自分の目標のためだから」必要性を理解して動いている。⑤ 統合的調整(外発的)「これは私の信念そのもの」価値観と行動が一致している。⑥ 内発的動機(内発的)「楽しくて仕方ない」やること自体が目的になっている。多くの大人は、②や③の段階で消耗し続けています。目指したいのは、少なくとも⑤「統合的調整」。「やらなきゃ」ではなく、「これは私の生き方だ」と感じら
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精神や脳の研究をしている方々へ、幼少期も含めたの記憶について

 精神や脳、認知症、コロナ研究をしている方々へ 参考になりましたら幸いです。  人間の記憶は曖昧。 幼少期に見たアニメ「ポリアンナ」のエンディングの曲だと思って好きだった「虹になりたい」が歌詞など所々思い出せずに何十年と気になり、ネットで調べたら「ポリアンナ」の曲ではなく「南の国のルーシー」のオープニングだった。 ただ、「南の国のルーシー」を見た覚えがない。この辺の記憶は曖昧。 私は1歳になる前の記憶があり、親戚のおばさんの家に遊びに行った時の記憶で庭の木々、カーテンの模様大まかな部屋の間取りを覚えていた。 これは夢だと思っていたので、かなり大きくなってからおばさんに尋ねたところ記憶の通りだった。 つまり1歳になる前の記憶があった。 しかし、その前後は夢なのかよく分からないものが続く。 2歳の終わりから3歳にかけては、かなりはっきり覚えている。 1歳前の記憶は映像としてはハッキリ残っているが、感情部分はない。 後年照らし合わせてああだったのかと思う 。 1歳以後の記憶は、母達に聞いても現実としてはなかったらしいが、幼いので夢か現実かよく分からない。が、その時に聞いたと思われる曲に関してははっきり覚えている。 ひとつ言えるのは歌詞は覚えられないが曲は覚えているし、学生時代お香をよくたいていて、その匂いを嗅いでも当時を思い出すので、音楽や匂いと記憶は結びついてるらしい。  曲と匂いの記憶と歌詞の記憶が脳の部分で違うということ? 実際にやっているとは思いますが、昔の匂いや思い出の音楽で思い出させるだけではなく、忘れたくないものに対して音楽や匂いを組み合わせ覚えさせるとか、治療リハビリ
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【心の学び】母のマイルールから気づくこと

小学生の頃、友達の家でよくあそびました。スーファミのマリオカート、夢中になって遊んでいた記憶があります。でもなぜか、うちに友達を呼ぶことはできませんでした。母の許可が必要だったのです。と言っても許可が下りるのは、年一回の「お誕生日会」くらい…。(「お誕生日会」昭和世代なら分かるでしょうか?)振り返ると、母が友達を呼ばせなかった理由の裏には、「家を片づけられない」という事情があったように思います。そこで、家を片づけられない人の深層心理 ― あくまで予想です1.完璧主義の裏返しどうせ完璧にできないと思うほど、手が止まることがあります。2.心のエネルギー不足日々の疲れやストレスで、片づける余力がない場合も。3.安心感を手放せない物があることで心が落ち着き、手放すのが難しいこともあります。正解はわかりません。でも、こうして予想してみると、母の「片づけられなさ」も、ただの怠けではなく、その人なりの心の背景があったのかもしれません。今日の学び子どもの頃は「友達を呼べないのが不思議」と思った出来事も、大人になって背景を想像すると、「なるほど、こういう理由もあったのか」と気づけます。人の行動には理由があることを知ると、過去の出来事も柔らかく見られるようになりますよね。皆さんの子ども時代にも、「不思議だった親のルール」はありますか?たまに振り返ってみると、新しい気づきがあるのかもしれません。
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幼稚園の入園式で自分だけ迎えが来なかった日から、ずっと探していたもの

「理由は分からないのに、心だけは覚えている」 大人になってから、ふとした拍子に胸がざわつくことがあります。 誰かに責められたわけでもないのに、置いていかれた気がする。安心して甘えていい場面なのに、なぜか先に空気を読んでしまう。——そんな感覚に覚えがある人は、きっと少なくないと思います。 心って不思議で、出来事の細部は曖昧になっても、「あのとき感じたこと」だけは、ずっと鮮明に残ります。 今日は、僕がなぜ編集の仕事を楽しんで続けてきたのかを、自分なりに言葉にしてみます。たぶん、その根っこには、幼い頃の記憶があるからです。 幼稚園の真ん中で、木の椅子に座って泣いていた 物心がついた最初の記憶は、幼稚園の入園式です。集合写真を撮って、みんなはお母さんに手を引かれて帰っていく。 でも、僕の母はそこにいませんでした。 当時四歳。幼稚園の真ん中で、ぽつんとひとり、木の椅子に座って大泣きしていた。 「迎えが来ない」という状況そのものより、胸の奥に広がっていく感覚——自分だけが世界から取り残されたような感覚を、身体が覚えている。 その後、母は迎えに来ました。 なぜ遅れたのか、理由は母が亡くなった今となっては分かりません。分からないままだからこそ、記憶は“物語”にならず、“感情”として残ったのだと思います。 「ここでわがままを言ったら、家が壊れる」 小学校低学年の頃、兄が不登校になり、家で暴れるようになりました。しばらくその状態が続いた。 幼い僕は、なぜかはっきり思っていたんです。 「ここで自分がわがままを言ったら、この家族は完全に壊れる」 今思うと、僕の心の原点はここで作られたんだと思います。
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コンプレックスの成り立ち

友人と話していて「しょうもないコンプレックス多いなー」と言われた。私としてはここにコンプレックスを書くことすら、躊躇う内容である。見た目のこと、自分のスキルや生い立ちなど、、、でも友人のコンプレックスを聞いて、「そんなことどうでもいいし、解決できちゃうじゃん!」と他人の問題については思えた。そのことが相手の素敵さを凌駕するほどの問題ではないからだ。しかしいざ自分ごととなると、そうは思えない。コンプレックスってなんでできてしまったんだろうと考えた。それは幼少期の傷ついた思い出が原因の一つだった。私は字が綺麗でないことがコンプレックスである。小学校5年生の時に転校した学校の書道の授業。私の書いたものを取り上げて先生が「はい、これが失敗例です」とみんなに見せた。今ここに書きながらなんて酷い最低な先生だと思うのだけどその時は怒ったりできなかったんだろうなと。コンプレックスってそんな悪意のない?いや悪意あるかもだけど誰かの何気ない一言で作られていくのだと思った。自分もその原因になる言葉の暴力を無意識にしてしまっているかもしれない。さあて、幼少期の記憶でできてしまったコンプレックスをどう手放そう。他人の何気ない一言どうでも良くない?書道家になるわけでも字で生業を立ててるわけでもないなら字が汚くても生きていけるくない?世界規模で見たら字が汚いかどうかも判別できないのでは?いやーそんなことで悩むのどうでもいいわー字がどうしても綺麗になりたいなら書道とかペン習字でも習ってみる?うん、どうでも良くなってきた。まあ、他にも言えないコンプレックス沢山抱えているのだけど。例えば、コンプレックスを強く感じ
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