コンプレックスの成り立ち

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友人と話していて「しょうもないコンプレックス多いなー」と言われた。
私としてはここにコンプレックスを書くことすら、躊躇う内容である。
見た目のこと、自分のスキルや生い立ちなど、、、

でも友人のコンプレックスを聞いて、「そんなことどうでもいいし、解決できちゃうじゃん!」と他人の問題については思えた。
そのことが相手の素敵さを凌駕するほどの問題ではないからだ。

しかしいざ自分ごととなると、そうは思えない。

コンプレックスってなんでできてしまったんだろうと考えた。
それは幼少期の傷ついた思い出が原因の一つだった。

私は字が綺麗でないことがコンプレックスである。
小学校5年生の時に転校した学校の書道の授業。
私の書いたものを取り上げて先生が「はい、これが失敗例です」と
みんなに見せた。

今ここに書きながらなんて酷い最低な先生だと思うのだけど
その時は怒ったりできなかったんだろうなと。

コンプレックスってそんな悪意のない?いや悪意あるかもだけど
誰かの何気ない一言で作られていくのだと思った。

自分もその原因になる言葉の暴力を無意識にしてしまっているかもしれない。

さあて、幼少期の記憶でできてしまったコンプレックスをどう手放そう。

他人の何気ない一言どうでも良くない?
書道家になるわけでも字で生業を立ててるわけでもないなら
字が汚くても生きていけるくない?
世界規模で見たら字が汚いかどうかも判別できないのでは?
いやーそんなことで悩むのどうでもいいわー
字がどうしても綺麗になりたいなら書道とかペン習字でも習ってみる?

うん、どうでも良くなってきた。

まあ、他にも言えないコンプレックス沢山抱えているのだけど。
例えば、コンプレックスを強く感じてしまう相手と一緒にいる人がいたら
できるだけ離れよう。話す時間を減らそう。
それだけで心の平穏が訪れます。

そして、まるっと認めてくれてそれを言語化してくれる人がいたら
その人と話をしよう。セラピー効果は抜群だと思う。




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