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丙午の風にのせて 奇蹟を迎える朝

廉清生織のブログの部屋へようこそ夜明け前の空気はまだ夢の名残を抱いたまま鳥居の向こうで新しい年が そっと息をする丙午の風は激しさだけを運ばない燃え尽くすためではなく本当の願いを 浮かび上がらせるために吹く手を合わせた指先に迷いも 痛みもすべて預けてただ 今ここに在る命を感じる奇蹟は願った瞬間に降るのではなく信じ続けた心の深みに静かに芽吹くもの争いが溶け不安がほどけ人と人とのあいだにあたたかな光が戻る朝この年を生きるすべての魂にご多幸と平和と 揺るがぬ繁栄を丙午の炎が あなたの守りの灯となり 寄り添いますように風にのせた祈りは今日という始まりを越えまだ見ぬ未来で確かな奇蹟となって 迎えに来るどうかこの一年がやさしい奇蹟に 満ちた朝を何度も 迎えられますように
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なぜ、生きる意味を探すのか?/誕生日に思ったこと

「このままでいいのだろうか」 ふとした瞬間に、そんな言葉が胸に浮かぶことはありませんか。 SNSを開けば、誰かの成功が流れてくる。 ニュースを見れば、物価高、増税、年金不安。 自分の手取りは増えないのに、将来への不安だけが積み上がっていく。 がんばっているのに、どこか満たされない。 前に進んでいるはずなのに、自分が何者なのかわからなくなる。 そんな感覚を、抱えたことはないでしょうか。 誕生日に考えていたこと 私事で恐縮ですが、今日3月3日は私の誕生日です。 この一年、私はひたすら「自分は何者なのか」「生きる意味とは何か」と向き合ってきました。 哲学者の言葉を読み、生き方の本を手に取り、静かに本と対話を重ねる日々でした。 スマートフォンはカバンの奥にしまい込み、ページをめくる。 情報の洪水から一歩離れ、活字だけと向き合う時間。 私は大学生の頃、ちょうどバブル景気の真っ盛りでした。 あの頃の日本は、今とは空気が違っていました。 多少の不安はあっても、「この国はなんとかなる」という感覚があった。 手取りや年金の心配が、毎日のようにニュースになることもなかった。 今はどうでしょう。 将来不安は日常化し、格差は広がり、 「頑張れば報われる」という言葉が、どこか空虚に響く時代です。 だからこそ、多くの人が「自分とは何か」を求め、 哲学や生き方の本に手を伸ばしているのではないかと思うのです。 情報はキラキラしているのに、心は疲れている 経済状況はカツカツ。 けれど、SNSにはキラキラした情報が溢れている。 誰かの成功。 誰かの高級レストラン。 誰かの海外旅行。 見たくなくても、目に入る。 そ
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「72時間、見ていたのは他人の人生のはずなのに」

キラキラに、ちょっと疲れていませんかSNSを開けば、成功談、自己実現、楽しそうな日常。誰かの「うまくいっている今」が、これでもかと流れてくる。それを見て、励まされる日もある。でも正直に言えば、少し息苦しくなる日もありませんか。自分はちゃんと前に進めているんだろうか、と。そんな気分のまま、今日はNHKで『ドキュメント72時間』が一年分ぶっ通しで再放送されているのを、何気なくつけました。結果、テレビの前から動けなくなりました。ドキュメント72時間が映す「選ばれなかった場所」この番組は、有名人を追いかけません。市井の人々と、ひとつの場所を、72時間定点で見つめるだけです。たとえば、渋谷で唯一残っている新聞や雑誌の路上販売店。「もう20年以上、この場所が好きだから来てるんです」そう話す人が、想像以上に多い。安いからでも、近いからでもない。「この店だから買う」という理由。札幌の地下街にある、たくさんの鳥が飼われている場所。ご主人を亡くした女性たちが、友達同士で鳥を見に来て「まだまだ生きるんだよね」と笑い合っている。学校帰りの女子高生二人組が、鳥を見てはしゃぎ、青春を吸い込むように過ごしている。静かそうなおじさんが、ニコニコしながら鳥を眺めている、その横顔。「生きる理由」は、意外とささやかだ愛媛には、入場料10円のプールがあります。そこに通う人たちを72時間追いかける回もありました。家族連れ、子どもたち。障害を抱えた息子さんと、横並びで泳ぐお父さん。リハビリを兼ねて、ただ同じ水を進む時間。ある男性は、大病を患い、死の淵を経験したそうです。「一度死んだつもりなので、毎日前を向いて泳いでいます
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幼稚園の入園式で自分だけ迎えが来なかった日から、ずっと探していたもの

「理由は分からないのに、心だけは覚えている」 大人になってから、ふとした拍子に胸がざわつくことがあります。 誰かに責められたわけでもないのに、置いていかれた気がする。安心して甘えていい場面なのに、なぜか先に空気を読んでしまう。——そんな感覚に覚えがある人は、きっと少なくないと思います。 心って不思議で、出来事の細部は曖昧になっても、「あのとき感じたこと」だけは、ずっと鮮明に残ります。 今日は、僕がなぜ編集の仕事を楽しんで続けてきたのかを、自分なりに言葉にしてみます。たぶん、その根っこには、幼い頃の記憶があるからです。 幼稚園の真ん中で、木の椅子に座って泣いていた 物心がついた最初の記憶は、幼稚園の入園式です。集合写真を撮って、みんなはお母さんに手を引かれて帰っていく。 でも、僕の母はそこにいませんでした。 当時四歳。幼稚園の真ん中で、ぽつんとひとり、木の椅子に座って大泣きしていた。 「迎えが来ない」という状況そのものより、胸の奥に広がっていく感覚——自分だけが世界から取り残されたような感覚を、身体が覚えている。 その後、母は迎えに来ました。 なぜ遅れたのか、理由は母が亡くなった今となっては分かりません。分からないままだからこそ、記憶は“物語”にならず、“感情”として残ったのだと思います。 「ここでわがままを言ったら、家が壊れる」 小学校低学年の頃、兄が不登校になり、家で暴れるようになりました。しばらくその状態が続いた。 幼い僕は、なぜかはっきり思っていたんです。 「ここで自分がわがままを言ったら、この家族は完全に壊れる」 今思うと、僕の心の原点はここで作られたんだと思います。
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1年が経つのが早い すごく腑に落ちるそのわけ

気づいたら、もう年末だったという感覚 「え、もう年末?」 2025年を振り返ったとき、多くの人が同じ言葉を口にしたのではないでしょうか。 ついこの前お正月だった気がするのに、気づけば一年が終わっている。 忙しかったわけでも、何もしなかったわけでもない。それなのに、時間だけが異様に速い。 この感覚に、うまく言葉を与えてくれた話を、最近耳にしました。 時速◯キロで過ぎていく一年 ある人がこう言っていました。 「10歳の人は時速10キロで一年を生きている。 20歳は時速20キロ、30歳は時速30キロ。 40歳なら、時速40キロだ」 なるほど、と膝を打ちました。 年齢を重ねるほど、一年が短く感じる理由が、感覚的に腑に落ちたからです。 この理屈でいくなら、これから先、時間はさらに加速していく。 そう考えたとき、私は少し背筋が寒くなりました。 私にとっての2025年 2025年は、私にとって特別な一年でした。 自分で立ち上げた「ひとり出版社」の一期目。 事業として成立させるために、これまで以上に挑戦し、考え、迷い続けた一年でもあります。 同時に、プライベートでは 「生きる意味とは何か」 「仕事とは何か」 「時間をどう使うのか」 「孤独とは何なのか」 そんな問いと、否応なく向き合う時間でもありました。 このまま年を重ねていけば、時間はどんどん速くなる。 そしていつか、自分の「死」というものを、見過ごせなくなる。 その現実を、2025年は強く突きつけてきた気がします。 時間の質を決めるもの そうなると、ただ「忙しくする」ことに意味はありません。 問われるのは、いかに時間を使うか。 そして、それ
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生きづらさは、あなたが真剣に生きている証拠

生きづらいと感じる瞬間がある。理由がはっきりしている時もあれば、何がつらいのか自分でも説明できない時もある。「自分が弱いからだ」「もっと器用に生きられたら」そうやって、自分の内側に原因を探してしまう人は多い。でも、私はこう思っている。生きづらさは、欠陥ではなく“感度”だ。周りに合わせすぎてしまう人。相手の気持ちを考えすぎてしまう人。先のことを考え、不安になってしまう人。それは、生きることを雑に扱っていない証拠でもある。何も感じず、何も考えずに進める人の方が、一見すると楽そうに見えるかもしれない。でも、深く考える人ほど、世界の矛盾や人の曖昧さに気づいてしまう。だからこそ、生きづらくなる。生きづらさは、「うまく生きられていないサイン」ではない。「ちゃんと向き合っているサイン」 だ。もし今、周りと同じようにできない自分を責めているなら、それは能力の問題ではなく、生き方の質が違うだけかもしれない。無理に鈍感になる必要はない。無理に強くなる必要もない。生きづらさを消そうとするより、「なぜ自分はこんなに感じてしまうのか」そこに目を向けてみてほしい。その奥には、あなたが大切にしてきた価値観や、守りたかったものが必ずある。生きづらいままでもいい。理解できない世界の中で、理解しようとし続けているあなたは、もう十分に頑張っている。少し立ち止まりながらでいい。あなたの速度で、進めばいい。
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