選ぶ自由があるが、選ばされている(衆議院選挙と出版の今)
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ビジネス・マーケティング
気づいたら、もう決まっていた。
そんな感覚を覚えたことはないでしょうか。
気づいたら、その人の名前を知っていて。
気づいたら、その本の表紙を見たことがあって。
気づいたら、そのサービスを「よさそうだ」と思っている。
自分で選んだはずなのに、
どこかで「選ばされていたのではないか」という感覚が、わずかに残る。
今回の衆議院選挙の結果を見たとき、
私はまさにその感覚を思い出しました。
そして同時に、
新型コロナ騒動以降の出版業界で起きていることと、
あまりにも似ていると感じたのです。
「気づいたら、よく見る」ものの正体
今回の選挙で、自民党が圧勝しました。
その要因はさまざまに分析されていますが、
広告費とSNS拡散の影響が大きかったという指摘を多く目にしました。
広告費は9000万円から1億円とも言われ、
SNSでの再生回数は1億回という情報も流れています。
正確な数字は私には分かりません。
けれど、ひとつ確実に言えるのは――
「とにかく、よく見た」
ということです。
YouTubeを開けば動画が流れ、
SNSを開けば関連投稿が目に入り、
気づけば、名前も顔も覚えている。
これは偶然ではありません。
設計された「認知」です。
そしてこの現象を見たとき、
私は出版業界でここ数年、ずっと起きていることを思い出しました。
ベストセラーは「よい本」だから売れるのか
私は30年以上、出版の現場にいます。
300冊以上の本を編集してきました。
その経験から断言できることがあります。
それは、
「よい本だから売れる」という時代は、すでに終わっている
ということです。
もちろん、内容の質は重要です。
しかし、それ以上に影響するものがあります。
それは、資金です。
大量の広告を打ち、
書店に販売促進費を支払い、
平台に山積みで展開する。
そうすることで、「よく見る本」になります。
人は、よく見るものを信頼します。
心理学では「単純接触効果」と呼ばれるものです。
内容を読む前に、
「よさそうだ」と感じてしまう。
そして、それが売上につながる。
技術のある編集者であれば、
同じレベル、あるいはそれ以上の内容の本を作ることは可能です。
しかし、資金がなければ、
同じ売れ方をすることは、ほぼありません。
これは残酷ですが、
今の出版業界の現実です。
「人気」は、本質の証明ではない
今回の選挙で起きたことと、
出版業界で起きていることは、構造が同じです。
資金を投入し、
露出を増やし、
接触回数を最大化する。
すると、「人気」が生まれる。
しかし、その人気は、
必ずしも本質の証明ではありません。
それは、
「多く見られた」結果であって、
「多く理解された」結果ではない可能性がある
ということです。
これは、選挙だけの話ではありません。
生成AI、稼げるライティング、その再現性は誰が検証したのか
今、SNSにはさまざまな広告があふれています。
「誰でも電子書籍が作れる」
「生成AIで月収100万円」
「稼げるライティング」
魅力的な言葉が並びます。
そして、それらもまた、
大量の広告費によって拡散されています。
何度も目にすることで、
「本当かもしれない」と感じてしまう。
しかし、そこで立ち止まって考える必要があります。
それは、本当に再現性があるのか。
それは、本当に本質なのか。
それとも、
「よく見た」から信じているだけなのか。
信用は、広告では作れない
私は、信用のクレジットを積むことの重要性を、
これまで何度も伝えてきました。
信用は、一朝一夕には作れません。
時間をかけて積み重ねるものです。
しかし同時に、
信用など関係なく、
資金と広告で一気に認知を作る人がいるのも事実です。
そして、多くの人は、
その違いを見分けることができません。
だからこそ、
自分の判断基準を持つこと
これが、これからの時代において、
最も重要な能力になると感じています。
自分を守るのは、自分しかいない
露出が多いから正しいのか。
売れているから価値があるのか。
再生回数が多いから信頼できるのか。
その答えは、
他人が決めるものではありません。
自分で決めるものです。
今回の選挙の結果と、
出版業界の現実を重ね合わせて見たとき、
私は改めて強く思いました。
私たちは今、
「選ぶ自由」があるようで、
同時に「選ばされる環境」の中に生きています。
だからこそ問われているのは、
何を信じるかではなく、
なぜ、それを信じるのか
という問いなのだと思います。
あなたが今、信じているものは――
本当に、あなた自身が選んだものですか?