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ベトナム日々是口実 ~ベトナム生活あれこれ~

私が初めてこの地を訪れたのは、1996年8月の事…。今から30年ほど前。何故、ここに来ることになったかは追々説明するとして、その年の1月にバリ島・インドネシアを旅して以来東南アジアの熱い空気に魅了されていた。その当時は直行便がなくて、JALで羽田から関西空港を経由してホーチミン市の暑い午後に到着した。最初の感想は、東京より暑くないな…、という事。しかし、それはすぐに間違いであると感じた。エアコンもなにもない2個だけ空いてるイミグレーションに人々が気が遠くなるほど並んでいた。はるか先でやる気のなさそうな東側の職員が面倒くさそうにスタンプを押してる。やっと自分の順番が来たのはよどんだ暑い空気の中で待った1時間半後だった。その後、荷物を引き取るのもX線検査があってそこも並んでる…。変な雑誌とかビデオテープ(当時)があるとすべて検閲される。初めてのベトナム旅行なのでそういう類は持ってなかったがやっと解放され、出口に向かうと…。なんと数百人はいるんじゃないか、というくらいベトナム人が金網の前で一斉に見ている…。ある意味、恐怖感を覚えた初めてのベトナム上陸だった。その時は、こんなに長くここで暮す事になるとはまったく思ってもいなかった…。画像はその当時の人民委員会前のホーおじさんの像今は立っているけど、その時はまだ座っていた…。
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ベトナムの現地採用として就職する方法

今までベトナムの魅力を投稿してきました!!では実際にベトナムで実際に現地採用として働こうと思った場合、何から始めれば良いのか?ステップ1ベトナムの人材紹介会社にコンタクトを取ります。正直日系の会社に勤める場合、どこの人材紹介会社を使っても大差はないです。「ベトナム 人材会社」で検索すると色々と出てきます。そこで数社とコンタクトをとると良いと思います。人材紹介会社の会社の規模が多いと、企業人脈も大きいので、個人的には「RGFリクルートベトナム」「JAC」あたりが無難かと思います。詳しいことは個別でご相談いただければと思います。ステップその2履歴書を作成します。日本語で大丈夫です。人材紹介会社に提出します。書類審査が通過した企業とオンライン面接をして合否が決まります。意外にもWeb上での能力テストとかはありません。履歴書と面接のみで合否が決まります。ステップその3内定をいただいたら、渡航の準備です。大学の卒業証明書や無犯罪証明書等の準備が必要なのですが、ご安心ください。内定先の総務・人事のスタッフの方がサポートしてくれます。*コロナの影響で今はなかなか入国しずらい状況ではあります。現状では、おそらく入国まで2~3ヶ月かかります。ベトナムでの就職活動、いかがでしょうか?ご質問ございましたらお気軽にご連絡くださいませ。
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ベトナムで美味しい食べ物は…?

初めて旅行したベトナムのホテルはファング―ラオ通りと言うところにあったビエンドンホテル。バックパッカーの集まる通りの中では今思えば少々お値段高めの50USドルくらいだったと思う。1階のロビーに行くと、Tuan君がちょこんと座って待っていた。年長のMさんが”さあ、Tuan君 我々は初めてのベトナムの食事だからどこか美味しい処に連れてって下さい…”彼はすでに考えていたようで、では行きましょうと、表に出ると空港からホテルまで連れてきてくれたタクシーが待っていた。前回も書いたけど、言葉は悪いが私たちはいいカモになっていた。つまりダマして金を巻き上げようという事ではなく、正当な方法でコミッションで稼ごうと言うベトナム人の知恵だ。タクシーの運ちゃんはTrang(チャン)さんと言う50代の人の好さそうなおっちゃんで、多分だけどTuan君はTrangさんからコミッションをもらい、彼らは連れてったレストランからコミッションをもらうという構図で、私たちは何も損はしない…。もちろん、その時は知る由もない。今はもう完全になくなったのだが、90年代 Thi Sach(ティーサック)通りはシーフード街であった。今はシーフード・貝屋の通りと言えば4区のVinh Kahnh (ヴィンカン)通りが有名だけど、当時はサイゴン川までの400m程すべてが両側シーフードレストランだった。有名なアポカリプスナウ(Apocalypse Now/地獄の黙示録)というナイトクラブがある、ちなみに今年(2026年)で35年らしい…。正直、初めてのベトナム料理と言う事で、生春巻きとか揚げ春巻きやそういうトラディショナルなものを想像
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その氷、大丈夫ですか…?

外国の国々に旅行をする時、誰もが水に気を使います。当然、氷もその対象で、空港内のSASCOで初めてアイスコーヒーを頼んだ時、運んでくれたTuan君に対して、この氷って大丈夫…?などと聞いた。よく私も旅行に来た方々に同じような質問を受けるが。こう答えてる。”心配だったら、止めといた方がいいですよ…。”私は水や氷でお腹を壊す事はあまりないのだが、そう言う事はその日の体調にもよるだろうし、絶対、大丈夫とは言いません。でも、お茶にもコーヒーにも、ビールにだって氷が入ってるベトナムで氷なしは考えづらい…。今でこそコーラもビールも冷えているけど、当時は冷えてなかった。(今でも冷えてない時はある)後に知ったのだけど、水や氷にバイ菌が入っていてお腹を壊すと言うよりはベトナムの水(硬水)の中にそういう成分が含まれてるらしい。もちろん、バイ菌が入ってる場合もあるとは思うけど。私は冷蔵庫で氷を作る時も一度、沸騰させた水で作るけど、見てるとベトナム人は水道から出た水でそのまま製氷機に入れ氷を作っている。普通のレストランなどで出てくるアイスティー(チャダー)やソフトドリンクなどの氷はたいがい氷屋さんから買ってるもので、水道水から作ってるものではない。だから、氷大丈夫ですか?と聞かれたTuan君は、この人何言ってんだろ?と怪訝な顔をしてたと思う。今、思えば何と失礼な質問だと思うけど、特に東南アジアを旅行する時は当然だと思う…。一応、言っておきます。大丈夫と思いますが、気になるようなら止めといた方がいいです…。
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ベトナム人と言う人たち

旅行である国へ行くと、まずその国の人と仲良くなって思いっきりローカルにひたってみたいと思ったりする。長く暑いイミグレを抜けて、多くの人々にジッと見られ到着早々圧倒された私たちはSASCOと言う空港の敷地内にあるだだっ広い食堂のような所で休む事にした。その時、旅行に行ったのは男だけ4人で視察もかねての旅だった。その施設にTuan(トアン)君と言う男の子がいて、英語が話せて他にお客もいないせいかやたら笑顔を見せて話しかけてくる…。みんなそれぞれ色んな質問したり楽し気に話しているが、何となく胡散臭さも無い訳ではなかった。やはり海外なのでダマされないぞ…!なんて意識もある。それ程、笑顔が印象的でもしこいつが悪人ならかなりレベルの高い詐欺師なのだろう…(笑)そんな思いもありながら、色々教えてくれるTuan君に年長のMさんが今夜、ホテルに来て食事に連れて行って欲しい…と頼むと、喜んで同意している。じゃあ、そうしようと言い市内中心部までのタクシーの手配を彼に頼む。その時は知らなかったのだが、ベトナム人にとってコミッションと言うのはかなり重要な要素で、日本人ではあまり理解できない程すべてコミッションだ。例えば彼がタクシーを探せば、タクシーの運ちゃんからキックバックがあり、レストランに連れて行けば、レストランからキックバックがある…。だから露骨にダマしたり詐欺をしなくても、コミッションで正当に利益を得ているのであった。彼の呼んだタクシーもそうで、このホテルに行ってくれと頼んだら、ここは良くないから俺が知ってるいいホテルがある…とそこに連れて行かれそうになったが、意外にもそういうところは素直にああ
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ベトナムへGO! 

1996年8月に羽田発、関西空港経由でタンソニャット空港に降りた。実はイベントの制作会社に勤めていた私の所にある筋からベトナムマラソンと言うのがあって冠スポンサーを探している…。と、言った問い合わせがあって、色々調べてみたらその当時はペプシコーラがスポンサーで、どこか大きく予算がつく日系の企業が希望だと言う。社長に、こんな事ありまして…、と言ったところ”あっそう…、じゃあまずベトナム行ってみよう…!”と話が進み、社長の知り合いの日系企業の部長さんとか2人が行く事になった。今でこそ、短期はVisaなしで渡航出来ますが、当時は15日間のVisaが必要でこれが、なかなか面倒な事で、代理店とかに頼んで1月半くらいかかったし、費用もいい値段だった気がする。JALの飛行機代と合わせて全部で1人20万円近くしたんじゃないだろうか…。しかも、関西空港からの便はベトナム航空とのコードシェアでエンタメとか全くない、古いタイプのVN機材だった。もちろん、座席にモニターとかなく、リクライニングも壊れていた。後で知ったのだが、JALの機材の日もあってそっちは映画とか観られて、同じ料金支払ってるのに何だかな…、な気分だった。タンソニャット空港に着陸して、窓から初めて見るベトナムを見ていたら、滑走路の端ってこにドーム型の倉庫があって、その中にアパッチのような戦闘用のヘリコプターが留まっていた。駐機もサテライトではなく、滑走路で降ろされ、そこからオンボロのバスに乗って、空港施設まで行き、そこから最初に書いた地獄のイミグレーションが待っているのであった…。
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ベトナム移住で日本から持っていった方が良いものって?

いざベトナム移住を決めた時に、何を日本から持っていけばいいのでしょう?意外にも、ハノイ市やホーチミン市のような都市なら、ほとんどのものが、ベトナムで購入できます。ただ、女性の場合、「ストッキング」だけは日本のように安くて質が良いものはないです。日本から大量に持ってくることをおすすめします。あとは髪を巻く「コテ」世界対応の電圧のコテを持っていきましょう。ベトナムのコテのクオリティーは微妙です(笑)あとは「下着」ですね。ベトナムはサイズがS、M、Lの展開なので、自分のサイズに合うものを探すのは大変です。男性の場合、「革靴」は日本から持ってきた方が良いみたいです。サイズがないと知人男性が言ってました。(男性ではないので、情報が浅くてごめんなさい)また、ビジネスでいらっしゃる方なら、男女ともに「スーツ」はマストな気がします。ベトナムで安価な価格でオーダーメイドでも作れるのですが、やっぱり日本で買ったスーツの方が素敵な場合が多いです。ベトナムで買えるけど、割高なものは、日本の調味料、日本の食品、コンタクトレンズ、ゴルフ用品あたりでしょうか。逆に、ベトナムでも購入できるお手頃なものは、電化製品(LGブランドなど安いです)、普段の衣服(H&Mやユニクロがあります)でしょうか。ホーチミン市やハノイ市には、日本企業も既にたくさん進出されています。無印イオンユニクロコーナン100円均一(ベトナムでは200円)などなど。外国で生活する上では、とっても心強いですね。色々書きましたが、着の身着のままでベトナム移住でも大丈夫です!(笑)ただ気になる方はご参考までに★
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PHO(フォー)だけじゃないベトナム麺

前途のTuan君に頼んで、PHOの美味しい店に連れてって…と。で、どこかに連れて行ってもらったのだけど、事前にPHOはBo(牛肉)とGa(鶏肉)がある事は確認済で、その店に着くなり彼に聞いたここはPHOBo(フォーボー)とPHOGa(フォーガー)どちらが美味しい?すると、Tuan君はしれっと、”ここはPHOの店じゃないよ…”その後のベトナム人との付き合いでもそうなのだが、確認せずに物事を勝手に決めてしまう…。なぜ?と聞くと、こっちの方が絶対いいから…、とほぼほぼ言われる。Hu Tieu(フーティウ)という南部の独独の麺で、知らなければこれがPHOだと言われてもまったく疑わない。PHOはどちらかと言うとハノイ方面の麺で、HCM市など南部の人々は割と、このHu Tieuを好むようだ…。やはり付け合わせの草(ミント類)を入れ、ライムをしぼり食べてみる。ううう、うまい…、なんかメチャクチャ美味い…。PHOは割と柔らかい生麵と言う感じだが、Hu Tieuは乾燥麵で細く少し歯ごたえがある。どうしてもベトナムと言うとPHOのような気がするけど、ここは麺王国と言っても過言ではない程、多種多様な麺類がある。実は、ベトナムに来る前にその当時は数の少なかった日本にあるベトナム料理屋さんで、PHOを食べてみて、それ程好きな味ではなかった。という事で初めて食べたベトナムでの麺類がHu Tieuという事でその後も色々、食べ歩いた…、自分的にはHU Tieu Kho(コー)と言う汁が別になってるものがお気に入り…。画像の Hu Tieu Muc(ムック) イカのフーティウも美味しい…。ちなみにPHOはフォー
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ベトナムの道路を渡る…

誰もが疑問に思い、驚く事はあの恐ろしいベトナムの道路をどうやって渡るのでしょうか…?バイクに自動車がひっきりなしに続く、途切れる事のないベトナムの道路。ベトナムに来て街歩きなどしてみようと思う方は、まずこの状況に絶望すら感じてしまいます。他の人たちはどうしてるんだろうと周りを見ても、そういう時に限って誰も渡ってなかったりする…。最近は歩行者用の信号も備え付けられてるところもありますが、極わずか。さあ、では道路を…、割と通行量の多い通りを渡ってみましょう…。手を挙げて渡る意思表示をしてもいいですが、あまり手を挙げて渡ってる人はいません。ちなみに日本とは道路事情が違ってベトナムは右側通行です。バイクや車が迫ってくる方をよく見て、特に近いバイクの運転手の様子を見てゆっくり歩きだします…。ここで決してやってはいけないのは突然走り出したり、怖いと思って戻ったりする事です。自分の事しか考えてないようなベトナム人ですが、渡る人のペースをよく見て、軽くよけてくれます。だから、運転手が予測不能の事をすると対処できなくなります。”俺が歩くからお前ら、絶対ぶつかるなよ!”アピールをして道路を渡ると相手がよけてくれると言うそういう構図です。道路の真ん中迄行ったら、今度は反対側の迫ってくる方を注意して渡ります。ところが、中には逆走してくるバカな運転手もいるので注意が必要です。バカと言えば、歩道を平気で走行してくる大バカ者もいます、結構います。特に交差点が渋滞してる時とかみんな平気で歩道に乗り上げ走ってきます。交通事情に関しては改めて紹介しますが、まずは道路の渡り方…。決して走らず、ゆっくり渡ってるアピー
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Tinh tien nuoc ngoai...!

その昔、職場の近くに美味しいワンタンメンの屋台風のお店がありベトナム人に連れて行ってもらった。麺もワンタンも中華風であっさり味で揚げたニンニクチップスが沢山入っていてこれが味の秘訣かな…。1人前の料金が当時7,000ドンでフォーより2,000ドン程高ったが当時のレートで70円そこそこなので全く問題なし。で、ある日、日本人の友人と飲みに行って帰りに小腹がすいたのでいい店があると言う事でその店に連れて行った。まあ、ひと通り食べてお会計と相成りおじさんに覚えたてのベトナム語でTính tiền(ティン・ティエン)と言うとおじさんが奥にいるおばさんに何かを叫んだ。する奥からおばさんが出てきてひとり15,000ドンですと言ってる。あれ?7,000ドンじゃなかったけ…?と思いつつ酔っぱらっているし150円くらいなら、まあいいかと2人分30,000ドンを支払った。そして後日、又ベトナム人とそこに食べに行ったら、欧米人のようなお客さんがちょうど帰るところで、会計の合図をしたら、やはりおじさんが奥に向かって、何かを叫んだ…。それを聞いていたベトナム人が私の方を見て、今おじさんはTinh tien nuoc ngoai!と言った…と笑ってる。ん?どういう意味?と聞くとティン・ティエン・ヌック・グァイつまり、外国人、お会計…!という事でやはり15,000ドンだった。外国人料金と言うのは普通にあって、考えてみればある意味合理的だと思うのだが、フエに行った時の拝観料とかが、ベトナム人5,000ドンに対し、外国人は55,000ドンだった。これはさすがに高いと思った…。
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ベトナムの病院(Bệnh viện)

ある日、ヒドく足首を捻挫してベトナム人に病院に連れて行ってもらう事になった。外科の救急病院で、病院に入って驚いた。待合室と言うか長椅子や床の上そこら中に患者がいる、ある者は交通事故らしく血まみれの人もいる…。ストレッチャーのようなベットの上に寝てる人はまだいい。何とも地獄絵図のような、映画で見るような野戦病院そのものだ。で、一人の患者さんに家族だか親戚だかやたら付き添いの人が多いのだ。この人大丈夫か…、と言うような人が床に寝ている…、とにかく人が沢山いるのだ。聞けば、治療は前払いで、お金を払った人から診てくれるらしい。だから、その恐ろしい程待ってる人たちを横目にお金を払った私はすぐに診察室に通される。ドクターは乱暴に私の足を診てまずはレントゲン…、と言った。痛い足を引きづって隣の建物にあるレントゲン室に行って撮影してもらって出てきたら、私を連れてきてくれたベトナム人が入れ替わりにレントゲン室に入っていった。何か話をしているのかと思い、出てきたベトナム人に”どうしたの?”と聞くと、私も撮ってもらった…、と言ってる。ん?何????前にケガしたところが治ったかどうか、レントゲンを撮ってもらった…と、まるで記念写真でも撮ってもらうように言ってる…。レントゲン画像を持ってドクターのところに行ってたら、そのベトナム人自分のも見せて治ってるか聞いてるし…。こんなのありなのか…?診察も終わって待合室に戻ったら、血まみれのおにいちゃんがまだ床に寝たままで、心配になってベトナム人に聞いたら、家族がお金を持って来るまで診てもらえないらしい…。そういう人が、彼だけじゃなく沢山床に寝ているのだ…。日本っ
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ビールの好きな方はベトナムへ

Tuan君に教えてもらったベトナム語。モッ、ハイ、バー、ヨォー!(Một, hai, ba, Dô!)まあ、いわゆる乾杯の音頭、イチ・ニー・サン 乾杯…みたいな意味で、ベトナム人は事ある毎に乾杯する。で、デッカイ氷を入れて薄くなったビールをひたすら飲む…。前も書きましたが、氷を入れるのは訳があってビール自体が冷えていないからで、ローカル居酒屋に行くと冷えてないビールがケースで出てきて、給仕さんがひっきりなしに氷を入れに来る…。ベトナムにはビアホイと言われる薄い感じの生ビールがあって大きなプラスチックのボトルに入っている。それぞれがグラスに注ぐ場合もあるけど、特大のカップに並々注いで回し飲みをする事もある。当時は1リッター100円とかそんな値段だった。ベトナムのビールと言えば、333(バーバーバー)、サイゴンビールなんかが有名だけど他にも、ハイネケン・サンミゲールタイガーや最近ではサッポロもベトナムで生成されてよく飲まれる。最近は、あまり見かけないけど、カールズバーグは生ビールがあった。当然、どのビールも氷を入れてのむのだけど…。私はどうも氷入りが好きになれずに、氷を入れずに飲んでいるのだが隙があるとすぐに給仕さんに氷を入れられる。今でも不思議なのだが、ベトナム人は昼間からモッ、ハイ、バー、ヨォー!と言って大勢の人たちがビアホイを飲んでいる、こういう人たちは普段何をしてるんだろうと少し心配になったりする。最近じゃ当たり前だけど、飲酒運転の取り締まりは厳しくなったけどみんなバイクで来て、バイクに乗って帰る。そして、ほぼほぼビールだけで酔っぱらってる。タイのように時間で制限もないし、
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ベトナム人と言う人たち…2

ベトナムに来るにあたりいくつかの本を読んだ。この司馬遼太郎先生の”人間の集団について∼ベトナムから考える”と言う本は実は来る前ではなく、しばらくベトナムに住んでから読んだ。司馬遼太郎が1973年の戦時中のわずかな滞在時に書き終えた本であり、この本は来る前より、この国に住んでから読むとよくぞ、ここまで短期間でベトナム人を理解したものだ…。それ程たいそうな知見もない私が内容に関して見識を述べる事はあえて遠慮したいと思いますが、とても興味深い内容でした。開口健、近藤紘一、石川文洋などのベトナム戦争時代の本を読むと必ずと言っていい程書いてある事があって、あの戦時下において、もう間もなく市街戦が始まろうかと言うサイゴンの街中で、ベトナム人は家の前や屋上に花を飾る事を止めなかった…どこのそんな余裕があったのかと思われるのだが、いつでもどんな時でも街中に花があった…、と言う記述が書いてある。ベトナム人とはそういう人々なのだ…。今でこそ、Youtube やNetflixなど動画を見て過ごすようになったのだが、90年代当時、楽しみは本を読む事のみでDong Khoi通りで旅行者が置いていった古本を1万∼2万ドン位で良く売っていた。人間の集団については、今、もう一度読んでみたい…。
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ホーチミン市における台風…

最近は日本でもいわゆる(昔の)台風シーズン以外での上陸が多くなってますが、東南アジアの亜熱帯だと台風による影響が更に多いと思います。もちろん、台風や熱帯低気圧の影響は多いですが、意外にも台風の直撃はホーチミン市(HCMC)は少ないと思います。2000年代の最初の頃、どうもHCMCを直撃するらしい…、と言う話があって前に日から色々準備をしてましたが、直撃したのはバリアブンタオで大被害になってブンタオのゴルフ場のクラブハウスの屋根が飛んじゃったくらい凄かった…。ある嵐の日曜日の夜、友人らと帰れないね…、と飲んでいたけどもう帰るしかないと、雨ガッパを着て帰ろうとしたら、まさかの大渋滞…。みんな歩道に乗り上げ逆走して回避している。一応、日本人としては歩道を逆走…は憚れるので雨の中待っていると道路を倒木がふさぎ、歩道を通って先に進んでいる…。もちろんこんんな夜に誰かが道路交通整理をしてる訳でもなく自主的にみんな歩道に乗り上げ回避しているのだ。ベトナムではよく道路脇に植えられてる樹木が倒れる被害が多い。どの木も昔の都市整備で植えられてるのだと思うけど、もうだいぶ古い…、だいたい根っこから根こそぎ倒れている。その日は特に大変だったようで、翌日の新聞のニュースで市内の至る所で倒木事故があって、不幸にも親子で乗っていたオートバイを直撃して亡くなる人ま出てた程で、大被害だったようだ。HCMCでは今でも治水とか排水に問題があって大雨が降ると至る所で道路が川のようになってしまう。インフラ整備は進んではいるようだけど、なかなか追いついてない印象。最近は乾季の時期(12月∼3月)でも雨が降る事も多くなって
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ベトナム人 通訳

よその国の事はあまり知らないのだが、ベトナム人の通訳でこの人…と言うのは少ない。通訳の仕事と言えば一般的には、例えば日本語ーベトナム語なら話してる事を正確に相手に伝える、と言う事ですが、多くのベトナム人は自分の意見を加えて話してる…。たまに一言・二言話すと、何か10くらい話している…。相手もそれに10くらい返してくるので、んで何?と聞くと”OKです‼”とたった一言だけ。いやいや、ずっと話してじゃない…、大丈夫です…、みたいな。少し、ベトナム語も理解できるようになって、聞いているとかなり余計な事や、通訳さん自身の意見を交えたりしてるのだ。事前に余計な事は言わなくていいから…、と言ってもいざ話し出すと同じ事の繰り返し。もうこれはベトナム人の持つ習慣とすら思えてくる。タクシーに乗っても、運ちゃんと親し気に話しているので、あれ、知り合い?と聞くと、知りません初めて会いました…。ベトナム人はただ単に話し好き。基本的には人が良くて、悪気もないんだと思うけど、こういう人たちが多くて少し疲れるのも事実…。仕事がらみじゃなきゃいんでしょうけど。ベトナム人の通訳さんはそういう方がおおいです。
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ベトナムドン

2026年現在ベトナムの紙幣は最高額が500,000(≒3,000円)ドン水濡れや汚れに強いポリマー素材(合成樹脂)のお札である。1996年当時は、最高額紙幣が紙製の50,000ドンで当時のレートは500円位だったらしい。(記憶にない)しかも、1994年に50,000ドン札が出るまでは最高額紙幣が20,000ドンだったようで、1997年にベトナムに来た時、1万円空港で両替した時は20,000ドンが50枚近くだった…。これどうすんの…?と思う人も多かったと思うのだが、そこはベトナムUSドルが普通に流通していて、街中で買い物や当時のレストランはドル払いも多かった。いつの時期が忘れてしまったのだが、一時1USD=100円=10,000VNDの時期があった。ちなみに2026年は1USD=162円=26,000VNDだからずいぶん円もVNDも弱くなったものだ…。当時は路上のPHO(フォー)が5,000ドン、カフェダー(アイスコーヒー)が2,000ドンだったが、ちなみに今はフォーは50,000ドンアイスコーヒーも30,000ドンくらいしますね…。今のお札は10,000ドン以上はポリマー紙幣ですが、当時の紙幣は紙製でしかもよくぞここまでボロボロなるものだ、と言うほど汚かった…。ある日、ローカルのスーパーでお釣りでもらった10,000ドンが破れていてセロファンテープが張っていたので店のお姉さんに”これ変えて…”と言ったら、見もせずに”ベトナムじゃこれは使えるから大丈夫!”と返された。翌日もその店に行く機会があったので、そのオンボロ10,000ドンを昨日のお姉さんに差し出したら、しげしげとお札を
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