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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑰」 (6)「近代」なくして「現代」なし

②「理性」の限界から「実存」の深淵に直面 理性崇拝・理性信仰が「世界大戦」で「人類レベルの原罪」に直面した~人類は二度の世界大戦で、それまでの楽観的・進歩主義的考えに対して、人間には如何ともし難い「原罪」「業」があることを自覚させられます。戦後、デンマーク語で書かれたキェルケゴールの実存主義がドイツ語に翻訳され、「キェルケゴール・ルネッサンス」を生み出し、キリスト教神学においても「自由主義神学」から「新正統主義神学」へと大きな転換が生じます。奇しくも唯物無神論の極致であるマルクス主義も、第一次世界大戦中にレーニンのロシア革命を通して現実化しており、第一次世界大戦が大きな転機になったことがうかがえます。 キリスト教思想史の4つのポイント~思想史的には、イエス教からキリスト教を成立させたパウロ(パウロ教)、キリスト教神学を確立したアウグスティヌス(カトリシズム)、近代民主主義・近代資本主義の原点ともなったルター(プロテスタンティズム)、楽観的な進歩主義・自由主義を根本からひっくり返したキェルケゴール(実存主義)の4人を押さえておけば、キリスト教の変遷がよく分かります。 「私にとって真理であるような真理を発見し、私がそれのために生き、そして死にたいと思うようなイデーを発見することが必要なのだ。いわゆる客観的真理などを探し出してみたところで、それが私に何の役に立つだろう。・・・私に欠けていたのは、完全に人間らしい生活を送るということだった。単に認識の生活を送ることではなかったのだ。かくしてのみ、私は私の思想の展開を客観的と呼ばれるものの上に、否、断じて私自身のものでないものの上に基礎づ
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑭」 (5)イスラーム圏と東洋の「近代化」の困難

②一元的な「イスラーム法の社会」と二元的な「キリスト教の論理」 イスラーム教は「規範宗教」であり、キリスト教は「無規範宗教」である~イスラーム教徒(ムスリム)にとって「六信五行」は基本的義務であり、「六信」とは神・天使・啓典・預言者・来世・天命の6つを信じることで、「五行」とは信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼の行いをすることです。これに対して、キリスト教徒にとっては内面的な「信仰」のみが問題とされ、外面的行動に対する「規範」が無いのです。  ちなみにユダヤ教徒・キリスト教徒はこの「六信」を受け入れるはずで、イスラーム教の観点からすればユダヤ教徒・キリスト教徒は信仰的には全員ムスリムということになりますつまり、「五行」という生活実践にまでは至っていない段階とみなしているのです。イスラーム教ではアダム・ノア・アブラハム・モーセ・イエス・ムハンマドが六大預言者として位置づけられ、自らを「最後の預言者」と位置づけたムハンマドは先行するユダヤ教・キリスト教を実によく研究していたとされます。 「アフリカでいま、イスラム教徒が大変な勢いで増えているそうだ。とにかくわかりやすく効験あらたかな宗教であるから、ロシアなどでもますます広まるであろう。  歴史上、大変印象的なことは、イスラム教化した仏教に変わったという事例が一つもないことである。逆の例は非常に多く、西域(シルクロード)諸国は、昔は仏教国であったが、みんなイスラム教に改宗した。  キリスト教国がイスラム教国になった国は多いけれど、その逆は中世までは少なかった。  「原罪をイエスが贖罪した」などという不可解な教義や、「空」の、「唯識」の、
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑫」 (4)近代ヨーロッパが世界の「覇者」となった秘密

③「帝国主義」が「世界大戦」を生み出した ヨーロッパの論争技術「国際法」~ドイツ三十年戦争(1618~1648年)後のウェストファリア条約によって、主権国家の概念や国際秩序が初めて形成されますが、こうした中で自然法とローマ法の伝統の中から国際法が発達していきます。この理論を体系化したのは、『戦争と平和の法』を著したオランダのグロティウス(1583~1645年)です。  「国際法」の中心は「戦時国際法」であり、戦争の惨禍を少しでも軽減することを目的として発達し、各主権国家は国際法を手段として相手国の戦争行為を批判するようになります。すなわち、国際法は国家間の国際的論争の方法として盛んに用いられるようになるのです。  古代ギリシャのアテネではデモクラシーと裁判が発達したため、「論争の技術」として討論が普及し、論理が完成されて「形式論理学」に至りましたが、ヨーロッパでは「近代国際法」がこれを受け継いで、論争の技術をさらに発達させていくのです。 「そもそも近代国際社会においては、すべての国は「主権国家」として同格であるというのが大原則です。つまり国家は平等である。  もちろん、いくら国際社会が平等だからといって、そこにはおのずから限界はあります。やはり小さな国は大きな国の顔色が気になるでしょうし、また国家同士で結んだ条約は守らなければなりません。しかし、基本的には国家はみな対等であるというのがヨーロッパ国際法の建前なのです。  といっても、以上の話はすべて20世紀後半、第2次世界大戦が終わってからの「常識」です。  それ以前の国際社会においては、すべての国が平等であるなどという考えはど
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑬」 (5)イスラーム圏と東洋の「近代化」の困難

①「近代化」とは畢竟「西洋化」「キリスト教化」に他ならない 「イラン革命」の原因はパフレヴィ―2世の近代化政策・西洋化政策~イスラーム世界における拠点国家は、「アラブの盟主」エジプト、聖地メッカ・メジナを抱え、世界中のムスリムにとって「信仰の祖国」であるサウジアラビア、シーア派の中心であるイラン、ケマル・アタチュルク以来、イスラーム世界の政治的指導者スルタンも宗教的指導者カリフも廃止して、近代西欧型の世俗化政策を取り、NATOに加盟して、EU加盟を目指すトルコ共和国の4つですが、この中で1979年に「イラン革命」が起き、第2次オイル・ショックが起きるほど、世界に衝撃を与えました。 イラン国王パフレヴィ―2世は父である先代のレザー・シャーの退位により即位し、1963年に「白色革命」を起こして、アメリカの援助による近代化を行なっていたのですが、国外追放され、フランスにいたシーア派指導者でウラマー(イスラーム法学者)のホメイニが帰国し、イラン革命を主導してイラン=イスラーム共和国を成立させるのです。パフレヴィ―2世時代のイランでは、独裁政治で秘密警察による弾圧・拷問が日常茶飯事のように行われ、欧米のメジャーと国王のみが儲けて、国民は猛烈なインフレ下で生活苦にあえぐという社会状況でしたが、それだけなら世界中の独裁者が今でも似たようなことをしており、その度に革命が起きるわけではありません。イラン革命の真の原因は、パフレヴィ―2世がイスラーム社会の伝統をふみににじる改革を次々と行い、クルアーンの教えを無視したと捉えられたからなのです。  ちなみに「シーア」とは「党派」の意味で、「シーア=ア
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑥」 (2)「近代資本主義」は「市場の法則」を持つ

③「市場の法則」は「社会的事実」である 「隣人愛」が「定価販売」を作った~カルヴァンの予定説は仏教の末法思想のごとく、一種の終末観を生み出し、人々のエートス(行動様式及びそれを支える心的態度)の転換をもたらし、天職思想・職業召命観とあいまって世俗内職業を通して「隣人愛」を実践する中に救いの確信を求めることとなりました。ここに行動的禁欲に基づく労働が誕生し、隣人愛をどれだけ行なったかの指標が「利潤」であり、利潤追求を中心とした経済活動が全面的に肯定されることとなります。ここから商品やサービスを適正価格で売る、掛け値なしの定価販売をすることがヨーロッパで急速に普及したのです。 「労働はキリスト教が教える隣人愛の実践にもつながります。  なぜなら、他人が求める商品やサービスを提供すれば、それだけ隣人愛を行なったことになる。だから、ますます働くことは正しくなった。  そこで、隣人愛をどれだけ行なったかの指標となるのが、利潤、つまり儲けです。  キリスト教は儲けを堅く否定しましたが、だからといって、無料でモノを配れとまでは言わない。暴利をむさぼるのはよくないと言っているだけです。商品やサービスを適正な価格で売るのであれば、差し支えない。  ヨーロッパで定価販売が広まっていくのも、このことが関係しています。  それまでのヨーロッパでも、商人は買い手を見て値段を決めていた。客が金持ちならば高くふっかけるし、あまり持っていないような、そこそこの値段を付ける。 ――いまでも中近東あたりのマーケットはそうらしいですね。  そんな商売は、要するに客からできるだけ絞り取ってやろうということに他なりませ
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑱」 (6)「近代」なくして「現代」なし

③「還元主義」から「包括主義」へ 西洋「近代」は「還元主義」(リダクショニズム)を生んだ~西洋医学も還元主義(リダクショニズム)の流れにあり、「全体」は「部分」の総和だと考えて治療します。したがって、「病気」に着目し、病因を取り除く・解決するといった「対症療法」が中心になります。これに対して東洋医学は「全体」は「全体」として捉える「包括主義」(ホーリズム)であるため、「人間の自然治癒力」を高める方向に向かうため、「未病」にも注目し、「医食同源」といった生活改善も重要になってきます。これは予防医学、生活習慣病の克服といった観点からも重要です。 「包括主義」(ホーリズム)は東洋も西洋も総合する~「西洋」を通過してこそ「東洋」が生きるのです。西洋医学は近代科学の成果の一つである解剖生理学に基づき、即効性がありますが、東洋医学は陰陽五行理論や八卦思想を持ち、哲学的で、どうしても遅効性となります。実は東洋医学にも西洋医学の成果は欠かせないのであって、この両者を統合するのが真の「包括主義」なのです。これは近代経済学においても古典派経済学(ミクロ経済学)とケインズ経済学(マクロ経済学)は両方必要で、現代物理学でも決定論のニュートンの古典力学を発展させた相対性理論も、非決定論の量子力学も両方必要であるのと通じるでしょう。 エキュメニカル運動~400派以上に分かれたキリスト教の教派を超えた結束を目指す教会一致運動、超教派運動。さらにはより幅広くキリスト教を含む諸宗教間の対話と協力を目指す運動のことを指す場合もあります。理念的にはエキュメニズム(世界教会主義)と言いますが、共産主義神学とも言える解
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑯」 (6)「近代」なくして「現代」なし

①「近代」は人類歴史における「アイス・ブレーク」期 「人口」「科学技術」「生産力」「文化」といった多分野において、「近代」は一大変革期であった~「現代」社会は「近代」社会の直系です。近代は「ナショナリズム」を生み出し、「理性」に基づく個人主義を根本に持ちます。現代は「グローバリズム」を生み出し、「共感」に基づく共生主義への可能性を持っています。こうした「近代」の特性から「現代」への変遷は、大学入試における最頻出重要分野の1つでもあります。 【早稲田大学商学部2018年度出題】 「西暦一〇〇〇年頃から千年の歴史の中で、封建領主、教会、都市国家、帝国など、さまざまな統治形態が登場したが、一七世紀頃から「主権国家」が最も有力な統治形態として優位を占めるようになり、その主権国家は一九世紀頃から「国民国家」へと収斂していくようになった。  この国家の形成の歴史は、チャールズ・ティリーの言う「強制集約」型と「資本集約」型(あるいはウィリアム・マクニールの用語に従えば「指令志向」型と「市場志向」型)という二種類の社会関係の様式が、「資本化強制」型へと総合し、収斂していく過程として解釈することができる。  「強制集約」型国家は、もっぱら強制力を伴う指令によって資源を動員する。「資本集約」型国家は、もっぱら市場を通じて資源を動員する。これに対して、「資本化強制」型国家は、国家の強制的な指令が市場を介した経済活動に影響を及ぼすことで資源を動員する。これにより、「資本化強制」型国家は、「強制集約」型国家や「資本集約」型国家よりも効率的かつ大規模に資源を動員することができるようになった。その結果、国家
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑮」 (5)イスラーム圏と東洋の「近代化」の困難

③西洋的「絶対神」の排他的独善性と東洋的「人格神」の包括的多様性 「一神教」の絶対性は「集合論」的「二分法」の論理を持つ~有神論と無神論(反神論)、選民と異教徒、正統と異端といった二分法は共存できないものであり、「一神教」の絶対性から生じます。 正統と異端~「三位一体論」とは、父なる神・子なるイエス・聖霊は一体であるという考えです。アタナシウス派が唱え、325年のニカイア公会議で正統な教義と認められました。これに疑義を唱えたアリウス派は異端とされ、ローマ帝国周辺のゲルマン民族に布教していきました。 三位一体論には、イエス自身がゲッセマネの祈りで神に痛切祈祷を捧げているように、「神が自分自身に祈るのか」といった問題や、神が十字架につくという「天父受苦説」といった問題がありますが、これは「罪人を救えるのは全知全能である神のみ」という贖罪論的要請から生まれたもので、イエス自身の言説にあるものではありません。 ニカイア公会議で採択され、コンスタンティノポリス公会議で修正されたものを「ニカイア・コンスタンティノポリス信条」と言います。これによってイエス=神という図式が確立され、さらにイエスにおいて神性と人性はどのように統合されているのかというキリスト論の問題が起こり、カルケドン公会議において、イエスにおいて神性と人性は一体不可分という「カルケドン信条」が採択されました。かくして、このニカイア・コンスタンティノポリス信条とカルケドン信条を受け入れるものが正統、疑義をさしはさむのが異端とされてきました。キリスト教における正統か異端かは、実はイエスの言説に合致するかどうかではなく、宗教会議で神
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑪」 (4)近代ヨーロッパが世界の「覇者」となった秘密

②「契約思想」「革命思想」「選民思想」がもたらしたもの「近代民主主義」の大前提は「契約」を守ること~ヨーロッパだけに「契約とは言葉である」という概念が生れてきました。「契約」の特徴は「成文化されていること」「文章で書かれていること」にあり、「契約を守る」とは「契約を文面通りに守ること」を意味します。すなわち、契約を守ったか、破ったかが「一義的に確定」し、「二分法的に判定」し得るものでなければならないので、これは「集合論」の思想と言ってよいでしょう。もちろん、英国憲法のように成文化されていない、慣習法上の契約もあり得ますが、内容は一義的でなければならないのです。 「資本主義にしても、民主主義にしても、その根っこを掘っていけば、かならずキリスト教に突き当たる。  キリスト教の「神」があって初めて、人間は平等だという観念が生まれたのだし、また労働こそが救済になるという考えがなければ、資本主義は生まれてこなかった。  それだけでも日本人にとって、いろいろと考えさせられるわけですが、実はこれ以外にも大きな問題があるのです。  それは契約という概念です。この単語は、民主主義にとっても資本主義にとっても欠かすことのできないものなのですが、これもまた聖書から生まれた考えなのです。  はたして日本人は民主主義、資本主義を理解し、体得しているのか。そのゆゆしい問題を考えるうえで、契約は避けて通ることができない問題です。」(小室直樹『日本人のための憲法原論』) ユダヤ教・キリスト教は「契約の宗教」である~神と人との「タテの契約」を人間同士の「ヨコの契約」に応用したことから、「契約の絶対性」という概念
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑨」 (3)「近代精神」の根幹にある「合理主義」

③「抽象化」「普遍化」が世界化する 「合理性」は「抽象化」に向かう~「合理性」の追求は個別状況や人間関係などを捨象していきます。「近代科学」は、例えば三角形は線の太さを考えない、物体の落下でも空気摩擦を考えないなど、「抽象化の論理」によって急激に発達しました。 「論理と数学との合体は、古代ギリシャにおいて実現される。これこそ実に、世界史における画期的大事件であり、数学の無限の発達を保証するものであった。  資本主義とともに発達を遂げることになる近代数学の神髄は論理と一体化したことにあった。実はこのことはギリシャ数学に端を発する特徴であって、他の高度文明諸社会にも見られる現象ではない。」(小室直樹『数学嫌いな人のための数学 数学原論』) 「中国の数学は実用性と密着したものであった。……ギリシャのユークリッド幾何学に見られるような論証性は、中国の数学には欠如していた。」(薮内清『中国の数学』) 「「本来の論理」という言葉を使った。そして、数学が「本来の論理」のみを使用した学問に成長したことは画期的であり、このことが数学の偉大な発達をもたらし、近代科学に基礎を与えたとも述べた。では、「本来の論理」とは何か。それは、アリストテレス(Aristotle 前三八四~前三二二)の形式論理学(formal logic)である。  この体系はギリシャ、ヘレニズム世界、ローマ帝国、サラセン帝国、中世ヨーロッパなどにおいて論理学の模範、いや論理学そのものとみなされ近代に及ぶ。  一九世紀末、形式論理学は、記号論理学(symbolic logic)、すなわち数学的論理学(mathematical lo
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑧」 (3)「近代精神」の根幹にある「合理主義」

②「伝統主義」を打破した「合理主義」の精神 中世の戦争(「正義の戦争」)は「感情の戦争」~中世までのヨーロッパでは、「いい戦争」と「悪い戦争」の2種類があると考えられていました。「いい戦争」とは正義を実現するための戦争で、「悪い戦争」とは不正義を実現しようとする戦争なので、戦争目的に「大義名分」があるかどうかが重要でした。このため、憎むべき相手と徹底的に戦わなければならず、相手を叩きつぶした時に戦争目的が達成されたと考えました。その結果、どんなに自国の損害が大きかろうと関係ないというわけです。これが最悪の形で行なわれたのが宗教戦争であり、三十年戦争の舞台となったドイツでは、地域によっては人口が半減したとされます。 近代の戦争は「合理的精神」に基づいて行なわれる一種の経済活動~近代においては、「いい戦争」「悪い戦争」といった区別はなくなり、戦争をリアリズムで考えるようになりました。すなわち、国益を追求するために通常の外交手段を駆使しても達成されない場合、そこで出てくるのが戦争だという考えがプロイセンの士官だったクラウゼヴィッツによって示されました。彼の死後、公刊された『戦争論』は「近代戦争のバイブル」として世界中の将校のみならず、エンゲルスやレーニンまで思想的な影響を与えました。 「戦争は他の手段による政治の継続である。」(クラウゼヴィッツ『戦争論』) 古代イスラエル人は「宗教の合理化」を行なった~「合理化」という点でマックス・ヴェーバーが注目するのが、古代ユダヤ教を創設した古代イスラエル人です。彼らは「苦難をも与える神」「目に見えない神」を崇拝し、信仰を合理化して、「呪術からの
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~④」(2)「近代資本主義」は「市場の法則」を持つ

①「近代法」「近代民主主義」「近代資本主義」は「三位一体」の関係にある 「人権」という概念は「近代民主主義」の誕生によって初めて生まれた~「議会」も「憲法」も「近代民主主義」より先に誕生していましたが、「人権」と「近代民主主義」はワン・セットです。「近代民主主義」が出て来るまでは「人権」という概念はありませんでした。また、「少年の人権」というものはなく、「少年の特権」なら存在します。 「さて、民主主義の誕生を語るためには、まず「民主主義とは何か」を明確にしておく必要があります。民主主義の定義が曖昧では、議論も曖昧になるというものです。  そこでまず、大切になってくるのが「人権」に対する理解です。人権という概念は、近代民主主義の誕生によって、初めて生まれたもの。  民主主義よりも議会や憲法は先に生まれていたわけですが、人権は違います。人権と民主主義はワンセットであり、切っても切れない関係にある。だから、人権が理解できていなければ、民主主義も理解できていないことになる。  ところが、困ったことに日本人は、この人権という言葉を実に理解していない。  その最たる例が、「少年の人権」などという言い方です。  つい先日も少年法改正をめぐる問題で、大新聞がさかんに「少年の人権を守れ」などと言った論説を掲げていました。未成年者の起こした事件を大人と同じように法廷で裁くのは、少年の人権という観点から考えると問題であるから、少年法を軽々しく改正すべきではないといった趣旨のキャンペーンが行なわれました。  しかし私に言わせれば、「少年の人権」など笑止千万、バカもいい加減にしなさいと言いたい。 ――い
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~②」(1)「近代国家」には「憲法」が必要

②「主権」を制御するために「憲法」が必要となった ホッブズは近代国家を「リヴァイアサン」と呼んだ~「法」を超越し、「法」を創造する「絶対神」のイメージです。 「憲法違反」が出来るのは「国家」だけ~例えば、憲法が保障する「言論の自由」を侵害出来るのは「国家」だけです。親が子供の口を封じようと、上司が部下の発言を禁じようと、右翼が言論妨害しようと、憲法とは無関係なのです。 「憲法」も「議会」も「多数決」も本来「民主主義」(デモクラシー)とは無関係~後にこれらが「民主主義」に取り入れられ、代名詞のようになってしまいました。 「憲法」の始まりは「マグナ・カルタ」(大憲章、1215年)~慣習法を無視したジョン王に対して、貴族が63か条の「契約」を作って、「伝統」を守らせました。かくして、国王もまた「法の下にある」ことが確認され、王が慣習法を破った場合には反乱に訴えることが出来ると明記されたのです。一部の特権階級を指す「自由民」の言葉も後にはイギリス国民全部を指すようになり、国王の行為が法に基づくものであるかどうかをチェックする「裁判所」(パーラメント)が後にイギリス議会になっていきます。 「議会」の始まりは「身分制議会」「等族議会」~「王」の「徴税の効率化」と「貴族」の「利益(既得権益)と特権(慣習法)の確保」がそもそもの目的でした。  やがて、ヘンリー8世がジェントリーの力を活用したことによって、「議会」の地位と重要性が確実なものとなりました。ヘンリー8世は絶対君主でありながら、重要な決定は全て議会を通したのです。ここに、議会の協賛なくして王はその絶対権力を振るうことができないという「
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~⑤」(2)「近代資本主義」は「市場の法則」を持つ

②思想的淵源としての「プロテスタンティズム」と理論的根拠を確立したロック思想 「プロテスタンティズムの三原理」~ドイツの宗教改革の指導者ルターは、教会を通じてこそ信仰が成り立ち、救済がなされるという従来のキリスト教のあり方を批判し、教会の権威や教義に縛られることなく、聖書を通じて一人一人が直接神と向き合う信仰によって罪から解放されると説きました。ルター時代にはサン・ピエトロ大聖堂の建設資金を集めるために贖宥状が販売され、「贖宥状を買うことで、煉獄の霊魂の罪の償いが行える」と盛んに宣伝されていたのです。これに反発したルターの主張は、①聖書中心主義(聖書のみ、sola scripturaソラ・スクリプトゥーラ)、②信仰義認論(信仰のみ、sola fideソラ・フィデ)、③万人司祭主義、の3つに集約され、これをプロテスタンティズムの三原理と言います。かくしてヴィッテンベルク教会に「95か条の論題(意見書)」を提出し、贖宥状(免罪符)批判を展開します。贖宥状はルター時代よりも200年前に始まったものですが、「贖宥状を買えば魂が救済される」として教会の資金集めに使われ、特に強力な王権のないドイツは教会から搾取され、「ローマの牝牛」と言われていました。  「信仰のみ」とは信仰によってのみ救われるという信仰義認であり、ローマ=カトリックの善行も救いにあずかるとする行為義認に対抗する原理です。いわゆる贖宥状(免罪符)は善行の1つであり、カトリックは信仰義認+行為義認という二重性に立っていたのですが、ルターはパウロの原点に立ち返って信仰義認の立場を徹底化し、純化するのです。  「聖書のみ」とは聖
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~③」(1)「近代国家」には「憲法」が必要

③「近代法」を代表する「民法」と「刑法」の到達点 「人権」思想の原点は「水平派」の成文憲法案「人民協約」(1647年)~「水平派」はクロムウェルと協同して「ピューリタン革命」を行い、「万人は平等なのだから、選挙権も等しく与えられるべきだ」「思想信仰の自由の保障」といった主張を持っていました。このような誰もが生まれながらにして平等の権利「人権」を持っているという考えは、「アメリカ独立宣言」(1776年)に結実します。 「近代民主主義が出てくるまで、地球上のどこにも「人権」などという概念はなかった。  人権がまったく存在しなかった代わりに、それこそ腐るほどあったのは「特権」です。…  ところが、予定説を信じる人々が登場したことによって、そうした特権は「人権」へと変貌した。一部の人だけが特権を持つのではなく、誰もが同じ特権を持っている。それを人権と呼ぶようになったわけです。だから、「少年の人権」などという言葉を使うのは、歴史の歯車を反対に回す暴挙としか言いようがない。  人権とはあくまでも誰もが等しく持っているもの。一部の人しか持っていない人権は、中世の特権と何ら変わることがないのです。」(小室直樹『日本人のための憲法原論』)「我々は自明の真理として、全ての人は平等に造られ、造物主によって一定の奪い難い天賦の権利を付与され、その中に生命、自由、及び幸福の追求の含まれることを信ずる・・・」(アメリカ独立宣言) 「近代(欧米)法」の中心にあるのは「民法」「市民法」(civil law⇔「教会法」)~「近代民法」の中心となるのは「近代的所有概念」です。これがあって初めて目的合理的生産計画、
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「近代の論理~社会科学のエッセンス~①」(1)「近代国家」には「憲法」が必要

①中世「王国」と近代「国家」は決定的に違う 中世の「王国」(realm、レルム)と「王」(rex、レックス)~中世には「国」や「王」はあっても、「国境」「国土」「国民」「国語」はありませんでした。また、中世の「王権」(prerogativeプリロガティヴ)は非常に限定されており、「同輩中の首席」(プリムス・インテル・パレス)というだけあって、国王の権限が及ぶのは直轄地のみと言ってもよかったのです。中世の「自由」も「特権」(privilegeプリヴィレッジ)であり、内容は身分によって異なっていました。これは「伝統主義」(「永遠の昨日」〔マックス・ヴェーバー〕)「慣習法」の支配する世界です。 近代の「国家」(stateステイト)と「国王」(kingキング)~近代国家は絶対主義国家からスタートしました。すなわち、中世の「王国」→「等族国家」「身分制国家」→近世の「絶対主義国家」という図式です。例えば、中世では封建諸侯が自前の軍隊を保持していましたが、中世の「王権」が漸次強大になり、ついに「暴力装置」(武力=軍隊・警察)を独占し、「立法権」「課税権」「徴兵権」を持つ「絶対王権」(absolute prerogativeアブソルート・プリロガティヴ)、「主権」(sovereigntyソヴァリンティ〔ジャン・ボダン〕)が登場したのです。  中世の「特権」も長い時間を経て、「人権」(human rightsヒューマン・ライツ)に至りました。ここでは「伝統主義」とは対極にある「合理的判断」が働いています。また、「絶対王権」を支えた「家産官僚制」は、「立憲制」や「デモクラシー」の発達と共に「依法
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