「近代の論理~社会科学のエッセンス~①」(1)「近代国家」には「憲法」が必要

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①中世「王国」と近代「国家」は決定的に違う

中世の「王国」(realm、レルム)と「王」(rex、レックス)~中世には「国」や「王」はあっても、「国境」「国土」「国民」「国語」はありませんでした。また、中世の「王権」(prerogativeプリロガティヴ)は非常に限定されており、「同輩中の首席」(プリムス・インテル・パレス)というだけあって、国王の権限が及ぶのは直轄地のみと言ってもよかったのです。中世の「自由」も「特権」(privilegeプリヴィレッジ)であり、内容は身分によって異なっていました。これは「伝統主義」(「永遠の昨日」〔マックス・ヴェーバー〕)「慣習法」の支配する世界です。

近代の「国家」(stateステイト)と「国王」(kingキング)~近代国家は絶対主義国家からスタートしました。すなわち、中世の「王国」→「等族国家」「身分制国家」→近世の「絶対主義国家」という図式です。例えば、中世では封建諸侯が自前の軍隊を保持していましたが、中世の「王権」が漸次強大になり、ついに「暴力装置」(武力=軍隊・警察)を独占し、「立法権」「課税権」「徴兵権」を持つ「絶対王権」(absolute prerogativeアブソルート・プリロガティヴ)、「主権」(sovereigntyソヴァリンティ〔ジャン・ボダン〕)が登場したのです。
 中世の「特権」も長い時間を経て、「人権」(human rightsヒューマン・ライツ)に至りました。ここでは「伝統主義」とは対極にある「合理的判断」が働いています。また、「絶対王権」を支えた「家産官僚制」は、「立憲制」や「デモクラシー」の発達と共に「依法官僚制」へと変わっていきました。
ホッブズの「社会契約説」~「自然権」のみを持った「自然人」が多数いる「自然状態」は「万人の万人に対する戦い」「人間は人間に対して狼である」となるため、国家権力に自然権を全面譲渡して、完全服従しなければならないと考えました。これは絶対主義を擁護する理論となります。ちなみにホッブズによれば、「リヴァイアサン」(国家権力)が弱体化すれば「ビヒーモス」(内乱)が現われるといいます。

「一夜の無政府主義より数百年にわたる圧政の方がましだ。」(アラブのことわざ)

ボダンの主権論~「近代的所有概念」がボダンの「近代的主権概念」に基礎を与えました。この「主権」は歴史上に現われる、他の諸々の「支配権」の形態とは区別する必要があります。例えば、「主権者」は自分勝手に法律を作ってよく、自由勝手に法律を蹂躙してよいのです。さらに「伝統主義」から完全に切れているため、「主権者」は伝統的諸権利を蹂躙してもいいし、伝統による束縛も一切受けません。ローマ法王庁や神聖ローマ帝国の「権威」に服しなくてもよいのです。こうした「主権の絶対性」は資本主義における「所有権の絶対性」と「同型」なのです。このような「リヴァイアサン」から人民の権利を守ることが「近代民主主義」の出発点です。

「ボダンによれば、主権者たる王は「絶対」なのですから、何をしようとかまわないのです。
 まず第1に、主権は慣習法を無視することができる。そして、自分が望む法律を自由に作って、人々に強制することができる。すなわち、「立法権」という考えが、ここから出てきます。
 中世における法とは「発見するもの」でした。中世においては、目に見えない、条文に書かれていない慣習こそが絶対でした。だから、何か問題があれば、慣習の中にその解決策を「発見」するのが当然だったのです。
 ところが絶対王権の時代になると、法は「作り出すもの」になった。主権者はたとえ伝統に背くような法律でも制定することができるし、また慣習を含むすべての法律を廃止することもできるとボダンは保証します。ヘンリー8世が「国王至上法」を制定したのは、まさにその見本です。
 第2に、主権は国家に属する人間に対して、自由に税金をかけることができる。つまり、「課税権」です。
 そもそもボダンに言わせれば、国家の財産はすべて主権者の自由にしてかまわない。主権の力は絶対なのですから、人民の私有財産を売ろうが没収しようが勝手なのです。だから、好きなだけ彼らに税金をかけ、彼らの財産の一部を巻き上げてもいいということになる。
 第3に、主権は人民の生命も自由にしてよろしい。
――人民は煮て食おうが焼いて食おうが勝手である!ひどい王様ですねえ。
 このように書くと、とても過激なように見えますが、これは要するに「徴兵権」のことです。
 中世の国王軍は、その兵隊は家臣が差し出す軍勢によって構成されていました。したがって軍隊の規模はおのずから限定されていたのですが、絶対王権の時代になると、そんな制約はありません。国王は自由に1人1人の人民に「戦争に行け」と命じることができる。たとえ戦争で死のうと、それに対して文句は言えないわけです。
――立法権、課税権、徴兵権……今の国家と変わりませんね。
 そのとおりです。
 まさに絶対王権の時代になって、王国は「国家」になった。ボダンの主権という考えは今も政治理論に生きています。近代国家の原型がこの時代に作られた。」(小室直樹『日本人のための憲法原論』)

参考文献:
『日本人のための憲法原論』(小室直樹、集英社インターナショナル)
『近代民主主義とその展望』(福田歓一、岩波新書)
『アラブの格言』(曽野綾子、新潮社)
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