心の声に気づけなかった後悔から、私は精神科の道を選んだ

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コラム
今日はちょっと、いつもよりまじめトーンで書こうと思います。

日々の占い中心にゆるくnoteに綴っている私な訳ですが、今回は「精神科で働くようになった理由」について、正直な気持ちを書いてみたいと思います。ちなみに私はこんなやつです↓

看護師になる前、精神科は「縁がない場所」だと思っていた


看護学生だった頃の私は、どちらかというと“処置が多い科=忙しい=経験が積める”みたいな空気を感じて、漠然と内科系の病棟に進むのだろうと思っていました。精神科は正直、“ちょっと特殊そう”とか、“向き不向きがある”という印象が強くて、自分には縁がないと思っていたんです。

友人の死——「気づけなかった」自分への問い


でもその考えが大きく変わる出来事が、看護学生時代のもう少し前にありました。仲の良かった友人が、突然亡くなりました。原因は、自死でした。

連絡をもらったとき、頭が真っ白になったのを覚えています。「嘘でしょ?」って、何度も読み返して、けど何度読んでも現実でした。その子とは、とても気が合って、よく遊んでいました。明るくて、まじめな子で。周りにはまったく“しんどさ”を見せていなかったんだと思います。

それから私は、ずっと自分に問い続けていました。「なんで気づけなかったんだろう」「何か、できたことはなかったのかな」さらには、「もしかして、私の言葉が追い詰めてしまっていたら…」なんて事も考えました。

目に見えない「しんどさ」に気づくこと


答えは出ないけれど、その子のことがきっかけで、“目に見えないしんどさ”を抱えている人の存在に目が向くようになりました。それまでは、元気に見える人は元気だと思っていたし、しんどい時は誰かが助けてくれるものだと思っていた。でも実際は、誰にも言えないまま、静かに心が疲れていく人もいるんですよね。
体の不調には数値や画像で現れやすいけれど、心のしんどさは、誰かが見てくれる保証がありません。目に見えない、数値に出ない心のことは、「気づくこと」そのものが難しいのだと思います。

精神科実習で感じた「関わることの難しさと魅力」


それからしばらくして看護学校に入り、実習で精神科に行ったときのこと。会話と表情と空気の変化で人を見なきゃいけない。患者さんとの距離感の取り方も、タイミングも、声のトーンも、全然違う。
難しかったけど、なぜかそこでの関わりに強く惹かれました。

精神科で働くようになって実感したこと


そして実際に働いてみると、もっと衝撃的なことがたくさんありました。救急車で暴れながら運ばれてきた患者さんが、数日後には、目を合わせて笑ってくれるようになる。何も話してくれなかった人が、少しずつ自分の言葉で思いを語ってくれるようになる。

薬だけじゃなくて、私たちスタッフの関わりも、その変化の一部なんだと実感することが増えてきました。「この人、もしかしたら前より少しだけ安心してくれてるのかも」そんな瞬間に立ち会えることが、この仕事のいちばんのやりがいです。

「もう少し頑張ってみようかな」と思える瞬間のために


私は、あの時の友人を救うことはできなかった。でも今、目の前にいる誰かの「もう少し頑張ってみようかな」のきっかけには、なれるかもしれない。それが、私が精神科で働いている理由です。

相談活動も、私なりにできることのひとつとして


あれから、どうにかこうにか十数年、看護師を続けてきました。そして今は、あのとき「自分にできたことはなかったか」と感じた気持ちを、少しでも形にできたらと思い、心の電話相談というかたちでお話を聴く活動を続けています。

小さな取り組みですが、誰かの「声にならない気持ち」を受けとめる場であれたらと願っています。

よろしければ、プロフィールから活動内容をご覧いただけたら嬉しいです。


しんどさを言葉にするのは、勇気がいることです。でも、声に出すことで、少しだけ心が軽くなることもあります。もし誰にも話せない思いがあったら、いつでも、そっと話しにきてくださいね。

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