SNSに書かれてることが、全部自分のことに感じる。
Aさん
「先日、こんなことがあって~」
~♬
「その時に思ったんだけど…」
ポチッとなう♬
視聴者さん達
「私はそうは思いません!」
「そんなこと言われても無理です…」
「人の気も知らないで…」
ゾロゾロ
視聴者さん達
「私は~」
「私の場合ですが…」
「俺にどうしろっていうんだよ」
ガヤガヤガヤガヤ
Aさん
君の話はしていない
SNSでも普段の生活でも、誰かが話したことを、自分が言われたように感じて異論を唱えたがる人が増えた気がします。
以前、ネットにエッセイを載せたところ、全く面識のない人から「そんな風に言われたくありません!」
と突然批判をされて驚いたことがあります。
普通なら、たまたまネットで人の体験談を見ただけの話しなのですが、読む人の中には、
読んだものを自分が言われたように感じてしまう人がいるようです。
人の話を我がごとのように感じられるなら、根は優しい人なのかもしれません。
でも、その人に向けて書いた物ではないので、言われた方はちょっと困ります。
ネットで見たことに感情が沸きやすい理由として、スマートフォンという端末自体に原因があるのではないかという話しを聞いたことがあります。
今は仕事でもプライベートでも、スマートフォンさえあれば、自分宛のメッセージをいつでも見ることができてしまう環境です。
そのために、たとえそれが自分に向けられていないものでも、スマートフォンを通して見ると、
ネットの記事でも人のSNSのちょっとしたポストでも、全て自分宛に書かれていると感じやすいそうです。
たしかに、ふと思い出すと、自分も誰かの意味深な投資を見て、「私の悪口かな…?」と気にしてしまったことがありました。
名前を伏せて悪口を言っている人がいると、心当たりがなくても、自身を持って「私は違う」と言い切れないものだなって。
人って、明確な宛先がないネガティブなものを見ると、自分のことのように感じやすいかもしれません。
似たようなもので思い出すのが、ひと昔前に流行った「不幸の手紙」です。
突然、「この手紙を受け取った人は、何人かに同じ内容の手紙を送らないと、最後に受け取った人が不幸になる」と、
不安を煽る内容が送られてきます。
あれも、送り主も知らず、どんな不幸になるかも書いてないのに、「受け取った人=私が不幸になる!」とすんなり受け入れて、
不安から逃れるために自分も手紙を送って広げてしまったり。
でも、どこかで誰かが「私のことじゃない」って止めてしまえば、そこで止るし、そもそも受け取る必要がないんです。
そう思うとSNSも同じで、宛名のない不安を自分宛にしなくていいし、逆に、突然「私が受取人です!」
って絡んでくる人は「どちら様ですか?」ということがほとんどです。
「君の話はしていない」
それくらいのノリで流していいんじゃないかと。
宛名のないものは、自分宛にしなくていい