絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

10 件中 1 - 10 件表示
カバー画像

【独り言】変態は忘れては、ならない!!!!!

🔹変態親父っち、元気がない!?🔹どうも、最近変態度抑えめな私です🫣(笑)今日は弟子のおかげで、変態の存在を思い出したよ🤣!今日は弟子1号、センチメンタルなんだよね〜😢プライベートが大変みたいで( ;∀;)ブログ読んでる方は知ってると思うけど、病み気味〜だけど強がってるんDAYONE〜( T_T)\(^-^ )ヨシヨシセンチメンタルなクセに、ブログカバーにセンスを出してるトコはさすがって思ったよ〜😂👏(笑)毎日お喋りしているリイちゃんだけど弟子は頑固なもので、泣きたい時に泣けないみたい〜😂ちょっと前のリイちゃんを思い出した。やっぱ師匠の背中を追ってきてる段階なんだよね〜😗!辛い時は泣いてもいいんだよ(°▽°)?せっかくリイちゃんがナイ胸を貸すって言ってるんDAKARA!素直になって泣いたらいいのに〜😗!でも今すぐ、それができない気持ちも分かるんだよね〜😂今それができない、弟子の代わりに今日はリイちゃんが、代わりに泣いてあげた( ͡° ͜ʖ ͡°)(笑)弟子のせいで、明日はリイちゃんの目が(3∋3)←こうなっちゃうんですケド(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾(笑)ちなみにリイちゃんは〜明日は本業の職場に上司と面談しに行かないとイケないんだYO😳?久しぶりに会社行くのに〜恥ずかしいYO😑(笑)いつか私の前で泣かせてやるからな(´⊙ω⊙`)!!オボエトケヨ私の力じゃダメなのか〜誰か優しい方は、弟子を慰めてあげて😭🙌多分、泣かないと思うけど。。😓誰かの言葉が響いてくれるとイイんだけどな〜😗!ココナラはじめたリイちゃんと同じく気を紛らわせたい弟子は、私の画像で遊びだした。。。リイちゃんも
0
カバー画像

AMANOJAKU

わたしは要領がとても悪くて、よく周りの人たちをイライラさせてしまう。「マイペース」「周りの状況をよく見なさい」「早くしなさい」子供の頃は、よくそんなことを親から言われたもだ。その素質というのは30を過ぎた今でも健在で、仕事の要領がとにかく悪い。大変ありがたいことに、仕事仲間にフォローしてもらう場面が多々ある。その度にわたしは、泣きそうになるのを必死で堪える。辛いからではなくて、嬉しいから。鈍臭い自分を情けなく思ってしまうから、というのもあるが、とにかく、ありがたくって「痛み」に似た感情が込み上げてきてしまう。だけど仕事中は泣くわけにはいかないから、マスクの下でキュッと唇を噛む。こんなことを書いているけれど、わたしは「泣く」という行為が下手くそだ。卒業式の時も、おじいちゃんおばあちゃんのお葬式のきも、妹の結婚式の時も泣いていない。ていうか、泣けない。いやむしろ泣きたいというか、「ここは泣くべきでしょ」って時にかぎって、妙に冷静な気分になってしまう。普段の社会生活の中では、感情を露骨に出すことは憚られるもの。でも閉じたままの状態が続くと、いざって時に蝶番が錆び付いて、うまく「泣く」という感情にアクセスできなくなっている。かと思いきや、何にも悲しくない映画のワンシーンを見ていて、不意に細胞が痙攣を起こしたみたいに涙があるれてしまうこともある。感情というのは、いつも捉えどころがない。泣いてはいけない場面で泣きなくなってしまう、という不自由と泣くべき場面の時に上手く泣けない、という不自由。どっちもしんどいものだ。
0
カバー画像

「その涙に含まれた成分」

眠れない夜が続いた時。涙がまったく出なくなった時。周りの人が泣ける場面で、自分だけ無反応な気がして戸惑った時。「私、どうしちゃったんだろう?」そう思ったことはありませんか。でも──違う。それは壊れた訳じゃなくて、歯を食いしばって生きてきた証。泣けなくなった人は、泣く余裕すらないほど、長く戦った人。感情を止めたのではなく、身体が自分を守るために「涙をしまい込んだ」だけ。 ◆ 泣けないのは冷たいからじゃない涙が止まったのは、感受性が低いからじゃない。人より強いからでもない。逆に──限界を越えて、今もなお生きている証。身体はこう判断する。「今泣いたら、自分を保てなくなる」「今は悲しみを感じている場合じゃない」「生きることが最優先」だから涙は封印される。意志じゃなく、防御反応。選んだのは自分じゃなく、自分自身を守ろうとした身体。それは弱さじゃなく、生き延びてきた強さの形。◆ 無理に感情を開こう・出そうとしなくていい「泣いたら楽になるよ」「感情をもっと出した方がいいよ」そう言われることがあるかもしれない。でも、泣けない時にその言葉は、優しさではなく圧力になる。泣くことが正解じゃない。感情を動かすことが目的じゃない。まず必要なのは、「安心していられる場所」があること。たったその一歩だけ。◆ まず最初に始めやすい所からもしよかったら、今この瞬間だけ、静かに呼吸してみて。深呼吸じゃなくていい。浅くても途切れてもいい。吸う(3秒)止める(3秒) 吐く(3秒)これだけで十分。あなたの身体はこう理解する。「いま私は、安全な場所にいる。」感情はその後、必要になった時、勝手に戻ってくる。 最後にひとつだ
0
カバー画像

大丈夫と言える人ほど、限界が近い

頼まれると断れない。迷惑をかけたくない。空気が悪くなるくらいなら、自分が我慢する。本当は疲れているのに、「大丈夫」と言ってしまう。弱音を吐こうとすると、なぜか涙じゃなくて、頭が真っ白になる。頑張っている自覚はある。でも「頑張ってるね」と言われると、なぜか苦しくなる。誰かに心配されるより、何事もなかったように扱われた方が楽。もしこれに心当たりがあるなら、あなたは冷たい人でも、鈍い人でもない。限界まで、ちゃんと気を遣ってきた人。それだけ。
0
カバー画像

元気なフリをしているあなたへ

少し落ち着いたように見える。前ほど泣かなくなった。日常も、なんとか回っている。でも、「大丈夫になった」とは言えない。前よりマシ。それだけ。心の奥では、まだ何かが凍ったまま触れると壊れそうで、見ないようにしている場所がある。泣けなくなった人も、泣いてしまう人も、実は同じところにいる。「安全が足りない」場所。泣ける人は、まだ感情が外に出ているだけ。泣けない人は、感情を内側で固めているだけ。どちらも、回復ではない。回復は、前向きになることでも元気になることでもない。「このままでもいいんだ。」そう感じられる瞬間が増えること。それだけ。頑張れていない自分を説明しなくていい場所。元気なフリを維持しなくていい時間。それが少しずつ増えた時、心は勝手に動き出す。泣けるかどうかは関係ない。変わろうとしなくてもいい。今日はただ、「まだ途中なんだ」と認めてあげてほしい。それは後退じゃない。回復の中間地点。
0
カバー画像

涙は出るのに、這い上がれない…

泣けているから大丈夫なんじゃない。涙が出ることが癒しになるのは、心が安心している時だけ。あなたの涙が止まらないのは、心が壊れているからじゃなく、身体がまだ「危険」を認識しているから。泣くという行為が「感情表現」ではなく「命を守るための反応」になっている時、涙は出口ではなく防御になる。泣いているのにスッキリしないのは、涙が感情を流そうとしているのではなく、身体が必死に調整しようとしている証拠。涙が止まらない日があるなら、あなたは弱いのではない。あなたの神経がまだ戦っている。まずはひとつだけ覚えてほしい。「自分は泣けている」のではなく、「まだ自分を守っている」ということ。あなたは間違っていない。今も、生きようとしている。
0
カバー画像

心が動かなくても大丈夫

泣けなくなった。何も感じない。嬉しいも悲しいも、遠くにある。それで「私はもうダメなんじゃないか」そう思っている人へ。それは壊れたのではありません。感じすぎて、身体が守りに入っただけです。人の心は、悲しみが限界を超えると「感じない」という選択をします。それは逃げではなく、生き延びるための反応。泣けないのは、弱いからじゃない。感じないのは、冷たいからじゃない。それだけ深く、長く、耐えてきた証拠です。回復は、何かを「感じよう」とすることから始まりません。前向きになる必要も、気づきを得る必要もありません。最初に必要なのは、ただ――何も感じなくても、責められない時間。安心できる場所でぼんやりしていい。何も浮かばなくていい。言葉が出なくていい。それが、心が少しずつ緩みはじめる合図です。もし今、「私はちゃんと生きているのかな」そう思っているなら。今日ここまで辿り着いたこと自体が、十分すぎるほどです。回復は静かに始まります。音も涙もなく。あなたは、立ち止まってはいません。
0
カバー画像

何も変わらない日を、責めないで

今日も、特別なことは起きなかった。気持ちが軽くなったわけでも、前向きになれたわけでもない。昨日と同じ。たぶん、明日も同じ。それだけで、「私、何もできていないな」そう思ってしまう人がいる。でもね、何も変わらなかった一日は、失敗でも、停滞でもない。心が深く疲れている時、人は“変わらない”という選択をする。それは怠けじゃない。逃げでもない。これ以上悪化しない為の、最小限の防御。前に進めない日。考えがまとまらない日。感情が動かない日。それらは全部、心が「まだ安全じゃない」と正直に教えてくれているサイン。変わろうとしなくていい。理解しようとしなくていい。答えを出さなくていい。今日はただ、「今日も生き延びた」それだけを事実として置いてほしい。回復は、何かが“起きた日”から始まるんじゃない。何も起きなかった日を、責めずにいられた瞬間から始まる。今日がそうでありますように。
0
カバー画像

前に進めていない訳ではない

「時間が経てば楽になる」「向き合えば回復する」そう言われてきたけれど、向き合っても、時間が経っても、どこか落ち着かない。それは、あなたが間違っているからじゃない。安心が足りないまま、回復しようとしてきたから。人は、安心がない状態ではどれだけ理解してもどれだけ努力しても心をほどくことができない。泣けない人も、泣いてしまう人も、本質は同じ。「安全だ」と身体が感じられていない。だから、感情が固まる人もいれば、溢れて止まらなくなる人もいる。どちらも、壊れているのではなく守ろうとしている反応。回復は、前向きになることでも強くなることでもない。「このままでも、大丈夫」そう感じられる時間が増えること。今日は、何かを変えなくていい。意味づけもしなくていい。気づきも成長もいらない。ただ、「安心が足りなかっただけなんだ」そう言葉にしてみてほしい。それは諦めじゃない。自分を責めるループから一歩、外に出るための理解。心は、責められている間は動かない。守られていると感じた時だけ、少しずつ、温度を取り戻す。今のあなたは、止まっているのではなく、安全を探している途中。それでいい。それが自然。
0
カバー画像

頑張り過ぎている、あなたへ

ここまで、よく生きてきたと思う。ちゃんと向き合おうとして、何度も立ち止まって、それでも投げ出さずにここまで来た。だからこそ、今つらい。「もう少し楽になっていてもいい頃なのに」「前よりはマシなはずなのに」「なんで私は、まだここにいるんだろう」そうやって、回復できていない自分をもう一度責めてしまう。でもね、それは回復が遅れているからじゃない。回復を「頑張るもの」にしてきたから。回復しようとした。感情に向き合おうとした。自分を理解しようとした。それ自体が、もう十分すぎるほどの努力だった。本当の回復は、前に進むことでも元気になることでもない。「このままでも責められない」そう感じられる時間が、少しずつ増えること。今日は動けなくてもいい。答えが出なくてもいい。希望が見えなくてもいい。「回復しなきゃ」という力を今日は一度、下ろしてほしい。心は、追い立てられているうちは絶対にほどけない。でも、何も求められない場所に置かれた時だけ、静かに温度を取り戻す。今のあなたは、止まっているように見えても、壊れているわけでも後退しているわけでもない。ただ、安全が足りていないだけ。回復は、努力の結果として起きるものじゃない。安心の副産物として、あとから勝手についてくる。今日はただ、ここまで生きてきた自分を一度、横に座らせてあげてほしい。それだけでいい日。
0
10 件中 1 - 10