霧のなかで車を買わないために

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 「もし、車種も色も、値段さえもわからない車を勧められたら、あなたは購入しますか?」
 そう問いかけられたら、きっと多くの方が「そんな無茶な買い物はしない」と苦笑いされるはずです。
 しかし、うつ病という深い霧のなかにいるとき、私たちはこれと同じくらい先行きが見えない状態で、人生の重大な決断を下そうとしてしまうことがあります。

 「うつ病のときには、人生の大きな決断をしてはいけない」
 この言葉は、単なる気休めや世間一般の格言ではありません。医学的にも深い理にかなった、とても大切なアドバイスなのです。
 心のエネルギーがすっかり枯渇してしまうと、私たちの脳は驚くほど機能が低下してしまいます。まるで、世界全体に薄暗いグレーのフィルターがかかったかのように、すべての物事を極端に悲観的、あるいは否定的にとらえてしまうのです。
 そのため、心身が元気なときであれば決して選ばないような、後戻りのできない決断を下してしまい、後になって深く悔やむケースが後を絶ちません。

 ここでいう「大きな決断」とは、基本的には「後から元に戻すことが難しい選択」のすべてを指します。

仕事のこと:退職届を出してしまう、あるいは大きな取引の契約を結ぶ
人間関係のこと:離婚や恋人との別れ、家族との縁切り
環境のこと:高額な買い物を決める、あるいは遠方への引っ越し

 これらはすべて、霧のなかでよく見えないまま契約書にサインをするようなものです。だからこそ、どうか今は、その決断を大切に「保留&先延ばし」にしておいてください。
 この苦しい時期を少しでも健やかに乗り越えるために、いくつかの「心の処方箋」を提案させてください。

1. 決断を「一時保留」にする
 「今は病気のせいで判断力が落ちているだけ。元気になってからゆっくり考えよう」と、結論をあえて先送りにする優しい決意をしてみてください。

2. 「退職」ではなく「休職」を選ぶ
 もし「もう会社に行けない」と感じたら、すぐに辞職を申し出るのではなく、まずは医師の診断書をもらい、制度としての「休職」を選択してください。籍を残したまま休むことが、何よりの安全網になります。傷病手当金をもらいながら心に余裕を持たせることは、治療の大切な一歩です。手当が切れるまで会社に在籍することは、決して悪いことではありません。

3. 信頼できる人に相談する
 どうしても今すぐ決めなければならない事柄がある場合は、決して自分一人で抱え込まず、主治医や信頼できるご家族に判断のサポートを求めてください。

4. 小さな選択の成功体験を積む
 今日食べるものや、今日着る服。そんな日常のささいな選択だけを自分で行い、脳への負担を最小限に抑えながら、少しずつ自信を労わってあげましょう。

 うつ病のときに心の中に浮かび上がる「何もかも辞めたい」「すべてから離れたい」という強い衝動。それは、あなた「本来の本当の意思」ではありません。病的な拒否反応なのです。
 「もうこれ以上、ストレスには耐えられないから、一度シャットダウンしてくれ」と、半ば勢いでやってしまい、失敗するようなものです。
 あなたの脳が必死に上げている悲鳴であり、病気が見せている「症状」そのものなのです。今は周囲の景色が何も見えなくて当然です。
 まずはゆっくりと車を止め、体を休ませて、エネルギーを回復させること。それだけを、どうか最優先に考えて過ごしてくださいね。

                         沙門蒼俊  合掌
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