街の中で時折見かける、鮮やかな赤に白い十字とハートがあしらわれたマーク。
本来それは、外見からは分からなくとも、体の内側にある病気や障害による生きづらさ(不自由さ)を抱える人が、周囲にそっと助けを求めるための大切な「シグナル」です。
しかし近年、このマークが本来の優しさとは少し違う目的で、一部の若者たちの間で身につけられている、というニュースがありました。
いつからか、このマークは特定の若者文化、いわゆる「地雷系」や「ぴえん系」と呼ばれるコミュニティの中で、一種の「アクセサリー」のように扱われ始めているというのです。
「メンタルが不調であること」を自らのアイデンティティやステータスとし、仲間であることを確かめ合うための識別票のようにカバンに飾る。
あるいは、「これを付けていれば、誰かが優しくしてくれるかもしれない」「怒られずに済むかもしれない」という、お守りや免罪符のような感覚で身につける。
そこには、現代を生きる若者たちの、「脆く」「繊細」な「承認欲求」や「孤立感」が透けて見えるようです。
このマークは、基本的には医師の診断書や障害者手帳がなくても、本人が配慮を必要としていれば誰でも受け取れる仕組みになっています。
突発的なパニック障害などに苦しむ人を救うための、自治体の温かい配慮です。
しかし、その善意の仕組みが、皮肉にもモラルハザードを生む隙間を作ってしまいました。
ファッション感覚での着用が増えれば、周囲の目は次第に「目につくもの」から「目につかないもの」として本来の「役割」を果たさなくなってしまいます。
「どうせただの飾りだろう」
という誤解が広がったとき、本当に命に関わる病を抱え、必死の思いで助けを求めている人の声が、誰にも届かなくなってしまう。それこそが、最も懸念すべき深刻なリスクです。
「診断書・障碍者手帳の提示を必須にすれば、本当に困っている人が受け取れなくなる」。そのジレンマを抱えながら、東京都をはじめとする多くの自治体は、今も手帳なしでの無料配布を続けています。
蒼俊はまだまだ修行の身で、このニュースを聞いて、怒りに似た感情を持ちました。うつ病の罹患者としての純粋な怒りです。
もし、おしゃれ感覚で、承認欲求を満たしたいだけの目的なのであれば、大日如来の知るところになり、大日如来が怒ることはありませんが、「社会に対してうそをついた」という事実は因果応報の法則によって自動的にその人自身に跳ね返ります。
嘘によって自らの心を汚し、徳を失っていくのは「今さへ良ければいい」では済まされません。
沙門蒼俊 合掌