「うつ病」という名の救い

「うつ病」という名の救い

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コラム
 もしも、ある日突然、医師から「あなたはがんです」と告げられたら、私たちは言葉を失ってしまうでしょう。
 「肺ガンです」と言われて、タバコも吸わないのに「なぜ?」、と不条理に憤り、先の見えない未来に強い不安を抱くはずです。

 病の宣告とは、通常は絶望の始まりを意味します。

 しかし、これが「うつ病」の場合、少し奇妙な現象が起きることがあります。医師から「うつ病です」と正式に診断された瞬間、涙を流して深く安堵する方がいらっしゃるのです。
 それは、がんの宣告とは真逆の、救いに満ちた安心感です。

 なぜ、病名が付くことで人は救われるのでしょうか。うつ病の渦中にいる人は、例外なく「終わりのない自責の念」と「正体のわからない恐怖」に震えています。体が鉛のように重く、朝起き上がれないとき、彼らはそれを「自分が怠け者だからだ」「心が弱いせいだ」と激しく自分を責め立ててしまいます。 
 さらに彼らを深い闇へと追い詰めるのが、「ドクターショッピング」という名の孤独な迷路です。激しい頭痛、動悸、耐えがたい倦怠感。明らかな異変を感じて病院に駆け込んでも、検査の数値はいつも「異常なし」と冷たく告げられます。
 内科、脳神経外科、心臓血管外科。すがるような思いでいくつもの病院をぐるぐると回り、白い待合室で待ち続け、そのたびに「どこも悪くありませんよ」と突き放されてしまうのです。

 誰もこの苦しみを証明してくれない。この世界で自分一人だけが、嘘の痛みにのたうち回っているかのような、底なしの孤独。この医療のエアポケットに落ち込んだような日々が、「やはり自分の根性が足りないだけなのか」という自己嫌悪を致命的なまでに深め、「自分はもう狂ってしまったのではないか」という恐怖を膨らませていきます。

 そこへ下される「うつ病」という診断は、冷酷な宣告ではなく、暗闇を照らす一筋の光となります。病名が付くことで、それまでの苦しみは「本人の努力不足」ではなく「医療の手が必要な病気」へと姿を変えます。「私が悪かったわけじゃない、病気のせいだったんだ」と、ようやく自分を許すことができるのです。
 ドクターショッピングの果てにようやく、原因不明だった体調不良に名前がつき、正体不明の化け物だった不安は、輪郭を持った「治療すべき対象」へと変わります。
 さらに、診断書という名の「休んでいいという免罪符」は、張り詰めていた心を合法的に解放してくれます。
 周囲に「サボっている」と誤解される恐怖から脱し、堂々と休養の道を選べるようになります。暗闇のなかに、服薬や休養という「回復への明確なゴール」が見えた瞬間、人は心の底から安堵するのです。

 病名が付くこと。

 それは決して、人生の終わりを告げるラベルではありません。むしろ、一人で抱え込んできた孤独な闘いに終止符を打ち、正しい回復へと歩き出すための、大切なスタートラインなのです。

                         沙門蒼俊 合 掌

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