「うつ病」という名の救い
もしも、ある日突然、医師から「あなたはがんです」と告げられたら、私たちは言葉を失ってしまうでしょう。 「肺ガンです」と言われて、タバコも吸わないのに「なぜ?」、と不条理に憤り、先の見えない未来に強い不安を抱くはずです。 病の宣告とは、通常は絶望の始まりを意味します。 しかし、これが「うつ病」の場合、少し奇妙な現象が起きることがあります。医師から「うつ病です」と正式に診断された瞬間、涙を流して深く安堵する方がいらっしゃるのです。 それは、がんの宣告とは真逆の、救いに満ちた安心感です。 なぜ、病名が付くことで人は救われるのでしょうか。うつ病の渦中にいる人は、例外なく「終わりのない自責の念」と「正体のわからない恐怖」に震えています。体が鉛のように重く、朝起き上がれないとき、彼らはそれを「自分が怠け者だからだ」「心が弱いせいだ」と激しく自分を責め立ててしまいます。 さらに彼らを深い闇へと追い詰めるのが、「ドクターショッピング」という名の孤独な迷路です。激しい頭痛、動悸、耐えがたい倦怠感。明らかな異変を感じて病院に駆け込んでも、検査の数値はいつも「異常なし」と冷たく告げられます。 内科、脳神経外科、心臓血管外科。すがるような思いでいくつもの病院をぐるぐると回り、白い待合室で待ち続け、そのたびに「どこも悪くありませんよ」と突き放されてしまうのです。 誰もこの苦しみを証明してくれない。この世界で自分一人だけが、嘘の痛みにのたうち回っているかのような、底なしの孤独。この医療のエアポケットに落ち込んだような日々が、「やはり自分の根性が足りないだけなのか」という自己嫌悪を致命的なまでに深め、「
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