人間は誰もが、頭の中に寡黙な大作家を飼っている。
私たちが1日に脳内で処理する「思考の量」は、およそ1万6000語から5万語。
文庫本に換算すると、実に1冊から3冊分に相当する。私たちは誰もが、頭の中の原稿用紙へ猛烈なスピードで言葉を書き殴り続けている。
現実の世界で口にする言葉は、男性で約7000語、女性で約2万語。つまり、脳内を飛び交う言葉は、外へ吐き出される言葉の数倍から10倍以上もの密度を持っている。
声帯を通さない思考のスピードは、毎分数百語。人間の脳というハードウェアは、本来それだけで膨大なメモリを消費する超高性能なマシンなのだ。
しかし、この大作家が暴走を始めると、脳内のシステムは一転して深刻なエラーを起こす。それが「うつ病」という状態だ。
うつ病の脳内では、「ネガティブな自動思考」が激しく反すうされる。消去できないバグのように、答えのない悩みが同じルートをぐるぐると巡り始める。ひとり言や自問自答のインプットは急増し、処理される単語量は異常なまでに膨れ上がって、原稿用紙の余白を真っ黒に埋め尽くしていく。
さらに、言葉の「質」も牙を剥く。「孤独」「悲惨」「最悪」といった否定的な言葉ばかりが、脳内のフォントをハイジャックしていく。
これでは脳のメモリが常に100%フル回転のままだ。
日常生活に必要な判断力や集中力のための空き容量は、またたく間に枯渇してしまう。うつ病の人が見せる強い疲弊感は、怠けなどではない。
頭の中で、毎日何十冊もの「絶望の書」を強制的に乱読させられ、CPUが熱を帯びてフリーズしているようなものなのだから。
もし、頭の中の会話量が多すぎてメモリがパンクしかけているなら。
あるいは、同じ悩みの文字が原稿用紙に2週間以上書き続けられ、日常がうまく回らなくなっているなら。それは脳が限界を迎えた「心からのSOSのサイン」だ。
その莫大な言葉の濁流を、自分ひとりのスペックで堰き止める必要はない。
どうか我慢せず、専門医やカウンセラーという「共同編集者」のサポートを頼り、脳のタスクをそっと手放してほしい。