「消えてしまいたい」という心の霧と、行き場のない感情の居場所

「消えてしまいたい」という心の霧と、行き場のない感情の居場所

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コラム
 いつからだったでしょうか。朝、目が覚めても体に重い鉛が乗っているようで、起き上がることすら億劫に感じてしまう。そんな日々が続くことがあります。
 ただ毎日を「こなす」だけで精一杯になり、心の中にはいつも薄暗い霧が立ち込めている。
 そんな時、心の奥底で小さな声が「助けてほしい」と呟いているのかもしれません。

 けれど、私たちはその声を何度も無視してしまいがちです。日本では昔から、どんなに苦しくても「頑張ります」と言って耐え忍ぶことこそが「美徳」とされてきました。
 真面目で優しい人ほど、その見えない縛りに囚われてしまいます。「これくらい、みんな耐えているのだから」と自分に鞭を打ち、平気なフリを続けてしまうのです。
 しかし、心と体が発する悲鳴に嘘はつけません。「ちゃんと疲れている」と感じたら、その声を絶対に逃してはならないのです。

 限界を超えた心の叫びは、時に「この世から消えてしまいたい」という、激しい痛みを伴う希死念慮に変わることがあります。
 誰かがそのような苦しみを訴えるとき、周囲は人間関係や仕事の挫折など、目に見える「原因」を探そうとしがちです。
 しかし、メンタルヘルスの不調における苦しみは、そうした明確な原因がない場合が決して少なくありません。
 具体的なトラブルがあるわけでもないのに、ただただ「消えてしまいたい」という考えに支配されてしまう。
 それは、これまでの我慢や疲労が限界まで蓄積し、感情の行き場がなくなってしまっているサインなのです。
 どこにも吐き出せず、ぶつけることもできない感情が、内側へ内側へと向かった結果、自分自身を消し去りたいという思考に行き着いてしまいます。
 原因が見当たらないからこそ、「自分の甘えではないか」とさらに自分を責め、ますます孤独の深みに嵌まっていく。

 だからこそ、私は心療内科や精神科、あるいは心理カウンセリングという専門機関の力を借りてほしいと願っています。
 その扉を叩くことは、決して「頑張れなかった」という敗北ではありません。
 医療機関は、脳や神経がエネルギー切れを起こしている状態を、医学的なアプローチやお薬によって和らげてくれる場所です。
 そしてカウンセリングは、臨床心理士や公認心理師といった専門家が、行き場を失った感情をそのまま受け止めてくれる場所です。
 そこでは、原因をうまく説明できなくても一向に構いません。「頑張ります」と言う必要も一切ないのです。
 ただ、行き場のない苦しさをそのまま吐き出し、心の荷物を一緒に下ろしていくことができます。
 「ちゃんと疲れている」という自分の声を認め、どうか一人で抱え込まないでください。

 「助けて」と言えることは、自分を大切に生きるための、最も勇敢で確かな一歩なのですから。私はカウンセリングの中で、このようなお話になったとき、いつも心に留めているメッセージがあります。
 それは、あなたが「弱いからではなく、これまで他人に全てを譲ってきた優しい人だからこそ、今こうなっているのだ」ということです。
 だからこそ、今は立ち止まってもいい。無理に頑張らなくていいし、前向きにならなくてもいい。まずは、これまでどれほど苦しかったか、その事実を自分自身で認めてあげてほしいのです。
 心が休みたいと訴えているのですから、どうか十分に休ませてあげてください。これは心の病気なのですから、他人の心ない批判に耳を傾ける必要はありません。
 少しずつ、自分のペースで「自分らしさ」を取り戻していくこと。それこそが、心の霧をゆっくりと晴らしていく、確かな道のりなのではないでしょうか。

                         沙門蒼俊 合 掌
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