「消えてしまいたい」という心の霧と、行き場のない感情の居場所
いつからだったでしょうか。朝、目が覚めても体に重い鉛が乗っているようで、起き上がることすら億劫に感じてしまう。そんな日々が続くことがあります。 ただ毎日を「こなす」だけで精一杯になり、心の中にはいつも薄暗い霧が立ち込めている。 そんな時、心の奥底で小さな声が「助けてほしい」と呟いているのかもしれません。 けれど、私たちはその声を何度も無視してしまいがちです。日本では昔から、どんなに苦しくても「頑張ります」と言って耐え忍ぶことこそが「美徳」とされてきました。 真面目で優しい人ほど、その見えない縛りに囚われてしまいます。「これくらい、みんな耐えているのだから」と自分に鞭を打ち、平気なフリを続けてしまうのです。 しかし、心と体が発する悲鳴に嘘はつけません。「ちゃんと疲れている」と感じたら、その声を絶対に逃してはならないのです。 限界を超えた心の叫びは、時に「この世から消えてしまいたい」という、激しい痛みを伴う希死念慮に変わることがあります。 誰かがそのような苦しみを訴えるとき、周囲は人間関係や仕事の挫折など、目に見える「原因」を探そうとしがちです。 しかし、メンタルヘルスの不調における苦しみは、そうした明確な原因がない場合が決して少なくありません。 具体的なトラブルがあるわけでもないのに、ただただ「消えてしまいたい」という考えに支配されてしまう。 それは、これまでの我慢や疲労が限界まで蓄積し、感情の行き場がなくなってしまっているサインなのです。 どこにも吐き出せず、ぶつけることもできない感情が、内側へ内側へと向かった結果、自分自身を消し去りたいという思考に行き着いてしまいます。 原
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