―退屈は、子どもの心を学校から遠ざける―
授業中に本を読む。
ノートに別のことを書く。
先生の話を聞かず、自分の好きなことをしている。
ギフテッドの子には、こうした姿が見られることがあります。
学校からは「授業態度が悪い」「集中していない」「勝手なことをしている」と見られます。
保護者も、先生から連絡を受けると不安になります。
「なぜちゃんと授業を受けられないのだろう」
「わがままなのではないか」
「先生をバカにしているのではないか」
そう感じるのも自然です。
しかし、ギフテッドの子の場合、授業中の“勝手な行動”の背景には、強い退屈さがあることがあります。
すでに分かっている内容を何度も聞く。
簡単すぎる説明を最後まで待つ。
自分の頭の中ではもっと先まで考えられるのに、授業の流れに合わせなければならない。
この状態は、本人にとってかなり苦痛です。
普通の子なら「少し退屈だけど我慢しよう」で済む場面でも、ギフテッドの子には「頭の動きを止められている」ように感じられることがあります。
その結果、別の本を読む。
難しい問題を考える。
好きなテーマに没頭する。
これは、単なる反抗ではなく、知的なエネルギーの行き場がなくなっている状態かもしれません。
もちろん、授業を無視してよいわけではありません。
クラスには他の子どもたちもいます。
先生にも授業を進める責任があります。
だからこそ必要なのは、ただ叱ることではなく、エネルギーの逃がし方を用意することです。
たとえば、授業が早く終わった子には発展課題を渡す。
疑問を書き留めるノートを用意する。
授業後に質問できる時間を作る。
その子の興味を、自由研究や探究学習につなげる。
私は、ギフテッドの子に必要なのは「静かに座らせる指導」だけではないと考えています。
大切なのは、退屈を問題行動に変えない仕組みです。
好き勝手にさせるのではなく、その子の知的な力を授業や学びに接続する。
そこに、学校での支援の鍵があります。