ども~、皆さん元気い~~!
「さぁ、もっと幸せに!」が、このブログのテーマです。
退院できました!それも5日早く(入院時の見通しは約2週間)。
今思い起こせば、手術翌日には尿カテーテル(あのオチンチンに入れる管)が抜けるはずだったのが、血尿が止まらずに4日間も抜けなかったのが、精神的にはもっともキツかったかな?と思います。
“血をサラサラにする薬”の影響で止まりにくいという説明はよく理解してはいたものの、いっこうに血尿の色に改善の兆しがないことに不安が増していきました。
ようやく「一度、(管を)抜いてみましょう!」との主治医からの指示があり、看護師さんに抜いてもらいました。
「大きく息を吸って〜、吐いて〜」(妊婦か)
抜けた!フー。
やっとベッドから降りて自分でトイレにも行けるようになりました。
しかし、もしも尿道で血のかたまりが詰まったら、それこそオシッコが出なくなってしまうという恐ろしさは、看護師さんから説明を聞くまでもありません。
ココからは自分でなんとかしなくちゃ。水分たっぷりとって、夜も1時間おきにトイレへ行かないと…
初めの尿カップは赤ワイン状態でした。意外にも美味しそうに見えましたが…
そして4〜5時間経過後から徐々に(血の色の)赤さが薄くなり、ほぼ半日後には完全に血尿はなくなりました。やっとこの詰まりからの恐怖から解放されました。管が膀胱を刺激していたのでした。
それ以降は強気になりました。たまにベッドに来てくれる主治医の先生や、勤務毎に来てくれる看護師さんに「やっぱり14日、掛かるんですかねえ?」と同じことばかりをつぶやいていました。聞かされたほうは苦笑するしかない。
「この人、心筋梗塞って言う病気がどんなに怖い病気か、わかってるんか!」って思われていたのではないでしょうか?
No.7左冠動脈がほぼ詰まっていた。でも完全に詰まっていなかった(99%)のが幸い。
確かにそうです。手術直後、ベッド上、スマホで検索すると、“入院時死亡率7〜8%”と出ていました。
つまり緊急入院し、手術はしたものの、あるいは手術すらできず、病院で死亡した人が1割近くもいるということです。
「心筋梗塞」とは、心臓を構成する筋肉(心筋)に血流を送る“冠動脈”が詰まり(閉塞)し、血流が途絶えることで、心筋が酸素不足の状態に陥ります。やがて心筋の細胞が壊死して死に至る可能性もあるのです。
しかし、(僕のつぶやきが功を奏したのかどうかはわかりませんが、)すこぶる経過良好ということで、かなり予定よりも早く退院することができました。
自分では今回も奇跡だと思っています。
いろいろなことが良い方向に働きました。何かが欠けていたら、ひょっとすると、今この世にいなかったかもしれません。
67歳。いつ死んでも不思議な歳じゃない。
ただ僕が死にかけたのは初めてじゃありません。過去に2回、あります。
最初は17歳の時。風邪をこじらせひどい肺炎になり、病院に行ったら、肺は真っ白、即入院。その時、医者から言われました。「もうちょっと遅かったら危なかったと思うよ」
次は34歳の時。胸の腫瘍摘出手術を受けました。これまで会社の健康診断など、レントゲン検査で見つからなかった心臓近くに腫瘍が見つかりました(摘出後良性と判明)。開胸手術にはなりましたが、人工心肺装置と輸血なしで手術してもらえました。もう少し遅かったら心臓に腫瘍が癒着していました。
その後も心房細動の手術が2回、そして今回の心筋梗塞です。
こんな風に振り返ってみると、逆に僕はかなりラッキーです。なかなかしぶといのかも?と思います。
退院が早まったため、“心臓リハビリ”を2回しかやれませんでした。
「無理は禁物」ですが、今日、退院後初めてのウォーキングを敢行しました。5,000歩を達成しました。ゆっくりゆっくりです。自分の心臓の動きに細心の注意をしながら、久しぶりの陽射しの中、気持ち良く歩くことができました。
発症前と同じように、これから歩けるのか、それはまだわかりません。後遺症があるかもしれません。
実は、4月初めからエジプト・トルコ(8泊10日)に行く予定でしたが、もちろんキャンセルしました(どっちみち現在の中東情勢では行けなかったかも?)。
生きてさえいれば、また行けるはず。きっと。いや行きますよ!
「67歳はまだ若いですから…」と主治医の先生がポロリと言ってくれました。この言葉にどれだけ元気をもらったことか?
今回は死を意識する出来事になりましたが、同時に「なんのために生きているのか?」を考える機会になりました。
さぁ、明日からココナラのサービスも再開させていただきます。またよろしくお願いします!
これからも「四柱推命」を活用しながら、皆さんの幸せのお役に立ちたいと思っています。
次回以降も、キンおじさんのブログ、よろしくね~~。