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親に優しくしなければ、という呪縛

「保健室まるみ」です。私、年老いた父親とあまり仲良くありません。最低限のことはしていますが、話をすると3回に2回くらいの確率でものすごく腹が立ってキツイ口調で責めてしまいます。カウンセラーなのに。身内問題はカウンセラーにも難しい、と思っております。父を激しく責めた後には、なんともいえないイライラと腹立たしさと、後悔と、もう少し優しくできないものかと少し自分を責めます。先日そのことで私がモヤモヤしている時に、偶然なのか必然なのか、You Tubeでこんなことを聞いたんです。「親に会いに行かなければならないですか?会いたいなら良いですけど、会いたくないのに会いに行く必要は無いと思います。私なら行きません。親は子供に幸せにしてもらいたいなんて思っていないと思いますよ。私は全く思いませんね。子供に幸せにしてもらうものじゃないでしょ」そして同時期にもう1人別の方も「あなたはあなたの人生だけを考えて下さい。親は親の人生です。あなたが幸せであることが伝わればそれで良いんじゃないですか?」この2人の発言で、私すーっと楽になったんですよね。この発言で私がこんなに楽になったということは、私は、「父を幸せにしなければならない。その為には頻繁に会いに行ったり、父の要求に全て答えなければならない。父にまつわる問題は全て私が解決しなければならない」と思っているんだな、ということに気づいたんです。そして「それは別にしなくても良いですよ」とユーチューバーに言われた気がして、なんかすごく肩の荷がおりたんですよね。だからもう何もしてやらないっていうことでは無いんですが、「やらなければならない」と思えば思う程イライ
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「べき論」からの解放

「水は天然水がいい」 「電子レンジは身体によくない」 「○○が身体にいい」 「朝活で意欲的に行動する」 これがいつの間にか、「○○すべき」「○○はよくない」に変わる。 「天然水しか飲まない」 「電子レンジは使わない」 「身体によくないものは一切食べない」 「向上心の高い人と付き合うべきだ」 「○○したい」から始めたことが、「○○すべき」に変わる。 でも困ったことに、旨いものは大概身体によくない。それでも「決めたことだから」と、自分と他人を縛っていく。「頑張れ」と自分を励ましていく。 でも、張りつめた糸はいつか切れる。 こんなことに気づいたら、「なれない自分」「だらしない自分」を認めてあげること。明らかにしてあきらめること。きっと周りにいる他人も同じような気持ちでいる。向上心がいつの間にか我慢大会に変わっている。 そこまでして、一体何を目指しているのか? 健康で長生きできる身体は確かに欲しい。でも病気に掛かることもなく過ごした過去は、当たり前の事実となって積み重なる。そこから感謝が生まれることはない。 「朝活」がブームとしてのファッションになっていないか? Facebookの写真は、その人の思いっきり着飾った姿であるのに、日常と勘違いし嫉妬感が生まれ他人になろうとする。 「○○したい」が「○○すべき」に変わった時、そこに本当の自分は存在しない。 始めることは必要。スタートが憧れであっても構わない。でも楽しくなくなったら、それは自分と合わないということだ。囚われから自分を解放させてあげればいい。
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相手ではなく自分に集中する

つい誰かに「~~しなきゃだめだよ」「~~であるべきだよ」と言ってしまうことありますよね。逆に言われることも。相手への不安や不満からくる意見は、実は自分の感情が起点になっていることが多いです。状況を変えたいなら、相手よりまず自分に集中して自分の行動を変えましょう。1.相手を変えることはできないまずこれは覚えておいた方が何かと楽になります。直接的な指導・アドバイス、賞罰、環境や道具を整えたりして、相手がこちらの期待通りに行動したり考えたりしてくれるようになる方向へ仕向けようとしますが、「こちらの想定通り」というのはほぼ無理でしょう。なぜなら、当たり前ですが、相手には相手の考えと、事情と、得手不得手、好き嫌いがあるからです。こちらからのアクションで、相手が変化することはあるでしょう。しかし「こちらの想定通り」を「目標」としてしまうと、相手にとっても自分にとってもストレスの元になりかねません。変えることはできる、でも思い通りには出来ません。2.「~~しないとだめ」な理由は?誰かに・~~して・~~になったら大変だよ・~~をしないでと言っている時、自分のなかに・~~してくれないかな・あなたが~~でいてくれないと私が恥ずかしい・~~されると自分が困るという思いは少なからずあると思います。「相手のため」が出発点ではありますが、最終的には「自分のため」の発言になっています。両者の希望や懸念が一致しているなら問題はありませんが、どちらか一方だけの都合を押し通そうとすれば、相手から反発を受けることは想像に難くありません。3.強すぎる責任感親、上司、先輩、教師、指導役、管理職、リーダー。誰かを間違った
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今のあなたで100点満点!「完璧主義」を手放して心から子育てを楽しむ方法

疲れ果てて泣いちゃう夜も、あなたは最高のママだと、わたしは知っています。気づいてる?あなたの頑張りは子どもに伝わっています! 子育てに、お仕事に、毎日休みなく家事と向き合う世の中のママ。本当に、本当に、心から尊敬しています。わたしは「すごいね!」って、心の底から拍手を送りたい。 でもね、こんなに一生懸命頑張っているのに、「わたしはダメなママだ」って、自分を責めてしまう人が多い。 どうして、そんなに頑張っている自分を、もっと認めてあげないんだろう? 今日、一番伝えたいのは、これだけです。 「お母さん、今のあなたで、もう十分すぎるほど頑張っています。そんな自分に自信を持って、認めてあげましょう。」 子育ては、決して「くそ真面目」にする必要なんてないんですよ。 💡完璧な子育てを求めると、なぜか苦しくなるワケ ❌「子どものことで失敗したくない」❌「常に正しい親でいなきゃ」そう思って、育児書を何冊も読んだり、SNSでママ友の"正解"を探したり、講演会に参加したり……。 その真面目さと努力には、頭が下がるばかりです。 でも、完璧に育てよう、正しくあろうとしすぎるあまり、自分を苦しめていませんか? 子育ては、人生のたった一度きりの、愛おしい時間です。 正しさや完璧さを追い求めるあまり、その「楽しさ」を見失ってしまうのは、とってももったいないこと。 一度、肩の力を抜いて、「ま、いっか!」って、軽い気持ちで楽しむ選択をしても大丈夫です。 📊「完璧のワナ」って知っていますか? 仕事でよく聞く「パレートの法則(80-20の法則)」ってご存知ですか? 簡単に言うと、「成果の8割は、費やした時間全体のう
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こうするべき!があなたを苦しめてる!?

こんにちは!もっちです。人に会ったら「挨拶するべきだ」って考えている方いらっしゃいますか?この考えがもしかしたらあなたを苦しめているかも。親からそう言われたり、学校生活や部活動、会社などでも一度は言われたことがあるかもしれません。「挨拶はしない方がいい」という方はあまりいない気がします。~するべき。~しないべき。~した方がいい。~しない方がいい。自分がありたい姿になるためにこの考えを持つことはとても素敵です。ひとつお伝えしたいのがこの考え方があなたを苦しめる場合があります。それも生活の中で頻繁に起こる可能性が、、、それは、「他の人がそうしていない」ときです。”挨拶は絶対にするべきだ!”と考えている方が挨拶をしない人を見たらどう感じるでしょうか。「なーんであいつは挨拶しないんだ!(怒)」と苛立ちを覚えます。「”普通”は挨拶するだろ!失礼だろ!」と。挨拶することは、社会の中でプラスに働きます。挨拶から会話が生まれ、親密になり仲間意識が芽生えたり、運が良ければ友人や恋人になったりするかもしれません。ですが、何で赤の他人のことまで気にされているのでしょう?「すべき」は、「他の人」の行動に対しても当てはめてしまうことが多いようです。この素敵な行動を促すための「~すべき」という考え方は他人が違反したときも、ネガティブな感情を連れてきます。警察官が交通違反者を発見した場面と近いかもしれません。ここで、一つお伝えしたいのは「他の人に、頼まれてもいないのにただで教えてあげるのはもったいなくないですか?」ということです。その「~すべき」は、あなたを素敵な自分のありたい姿にしています。あなたが学んで
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