善悪の判断を一度やめてみる。科学と人間らしさの狭間で考える哲学
善悪で判断するほどに、
問題、衝突、排他的になる、
ということは、
いろいろ学ぶと得られる内容かと思います。
それは、正義、という風に置き換えられることも多いですね。
とても難解と言われている哲学の本を、
サラッと学ぶ30分番組を見ています。「科学が進みすぎて、“人間らしい心”や“日々の生活の大切さ”を忘れてしまいそうになっているよ、と教えてくれる本 」
が今回のテーマになっています。
1936年に書かれた近代の本です。
科学が進むことで、
効率的で、経済的で、出来ないことが出来るようになっていきます。社会貢献、つまり人々を幸せにする、
という風に考えてそういったものが進化してきたが、それによる弊害を、
哲学者や、社会活動家、小説家、
という方々が指摘していたというのが、
その1930年代頃でした。
別にヨーロッパに限らず、
日本においても同じように危機感を感じている人が発信をしていました。
科学的なことの弊害というのは、善悪を生みやすいということです。科学的に判断をするとすると、正しいということが立証する必要があります。ですので、判断基準が正しい間違っているとなり、善悪というものが明確になりやすい、
ために、危機感を持たれやすい対象になります。ただ実際には、善悪のみで片付けられるものばかりではありません。例えば不倫。そのことだけを見ると善悪がはっきりしそうですが、それでも100%悪と決めてしまうと、その感情が動いたとしても、それを無いものにする、という人間に備わっている感情というそのものを否定することになってしまいます。とすると、感情で結婚するのは良いのか?ということになって
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