絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのブログから「#理屈」タグの検索結果

16 件中 1 - 16 件表示
カバー画像

全てを理屈で動かすと、組織は病んでいく

リーダーの中には、理屈が全てと言わんばかりに、組織を理屈だけで動かそうとする人がいます。組織を動かすのに理屈は必要ですが、全てを理屈だけで動していくと、組織が病み、やがて崩壊の危機に至ります。なぜでしょうか。それは、理屈だけで動かすと、組織内に次のような病が発生するからです。①現場で起こる理屈では説明のつかない事実とのギャップが生じる。②理屈に長けた人ばかりがいつも高い評価を受け、そうでない人達は内心(仕事が)おもしろくなくなる。③理屈ではなく気持ちで動く潤滑油のようなこと(ちょっとした気遣いなど)が疎かになる。④人の感情や感覚が軽視され、人間関係がギクシャクする。⑤理屈が正しいかどうかを伺い、正しいと言われたことだけをやる人が増える。(答え合わせをすることが目的になり、自分で考えなくなる)人はそもそも理屈優先ではなく、感情優先で動きます。職場では理屈を優先しているように見えますが、内面は違います。そして、仕事は、機械やコンピューターが主体となって行うものではなく、人が主体となって行うものです。だから、理屈だけで組織を動かそうとすること自体、無理があるのです。組織は、共に働く仲間の感情を考えながら、理屈を適度に織り交ぜて動かすものだと考えるくらいが丁度よいのかもしれません。最後まで読んでいただきありがとうございます。このことから、少しでも新たな気づきや考える上でのヒントに繋がることがありましたら幸いです。
0
カバー画像

「何となく違う」が堂々と言える雰囲気をつくる

ビジネスではあらゆる場面で理屈が大事なことは言うまでもありませんが、理屈ばかりを重視し、理屈だけで事を進めていくと、組織が殺伐としてきます。また、理屈を述べるのに長けている特定の人ばかりの意見が通ることになり、それ以外の多くの人達はおもしろくありません。おもしろくないばかりか、あの人には理屈で勝てないと思うと、自分の意見を言わなくなってしまいます。過去、議論で後味の悪い思いをしたことがあれば尚更です。多くの人が「何となく違う」と思っても、理屈に長けている人を論破できるだけの理屈を組み立てられなければ、声が上がらなくなる。「何となく違う」は、人々が感じる感覚であり、多くの人がそう感じるのであれば、うまく理屈にできなくても重視すべきだと僕は思います。人が介在しないビジネスであればともかく、少しでも人が介在するビジネスであれば、「感覚」、つまり、「人々がどう感じるか」は無視できません。人は理屈が正しければ共感し動くわけではないからです。また、新たな気づきや、奇抜なアイデアは、誰かの「何となく違う」から生まれることが多いと思います。『「何となく違う」が堂々と言える雰囲気をつくること』、それを重視する組織が、人々が働きやすく、人々に支持され、長く続く組織ではないでしょうか。最後まで読んでいただきありがとうございます。このことから、少しでも新たな気づきや考える上でのヒントに繋がることがありましたら幸いです。
0
カバー画像

“理屈の正しさ”は状況に応じて変化するもの

突然ですが、果たして、『これはどんな状況においても絶対に正しい』 という理屈は存在するのでしょうか?正しいと思われていることは時代と共に変化していますし、立場によっても何が正しいかは変わるのではないでしょうか。極端な例かもしれませんが、正しさは戦況下ではかなり変わると思います。仕事においては、何か新たな情報が入っただけで、理屈は180度変わることがあります。例えば、A案とB案があって、それを議論しているメンバー全員が、議論を尽くした結果、どう考えても疑いの余地なくA案(の理屈)が正しいと結論づけたとします。そこへ、会議に遅れてきたメンバーが、「社長がB案で進めようと言っています」という新たな情報をインプットしました。既に議論は尽くされ結論も出ています。社長がなぜB案で進めようと言っているのか、それは誰にもわかりません。状況が変わったのは、ただ単に、「社長がB案で進めようと言っている」という情報があるかないかだけです。さて、どれだけの会社で、その新たな情報を無視して絶対に正しいと信じるA案で押し進めるでしょうか。(社長と徹底的に議論することなく、忖度で)A案を覆してB案が正しいという理屈をつくりあげることは一切ないでしょうか。僕は、 “理屈の正しさ”は状況に応じて簡単に変化するもので、“理屈”とは所詮その程度のものだと考えています。最後まで読んでいただきありがとうございます。このことから、少しでも新たな気づきや考える上でのヒントに繋がることがありましたら幸いです。
0
カバー画像

ことわざ

ああ言えばこう言う(ああいえばこういう)相手の言うことを素直に聞かず、           理屈をつけて反論すること。梅個性(大物):https://coconala.com/blogs/2722005/228651 松個性(城) :https://coconala.com/blogs/2722005/228889 桜個性(人) :https://coconala.com/blogs/2722005/228829 リズム意味 :https://coconala.com/blogs/2722005/215858 1000円クーポン:https://coconala.com/invite/B5QXX3
0
カバー画像

(184日目)煙たい存在。

助手「いつも思うんだけど。」ワイ「なんですか?」助手「アナタって理屈っぽいよね。」ワイ「正論を言っているだけです。」助手「そう言う人って嫌われやすいよ。」ワイ「大丈夫です。私はそう思わせない術を会得していますから。」助手「どう言うこと?」ワイ「さも相手の主張を聞き入れているように見せて、自分の結論に誘導できるスキルを持ち合わせています。」助手「さらにイヤな奴だった。」ワイ「そんなことありませんよ。表面的には物腰柔らかい雰囲気を醸してますから。」助手「近づきたくないタイプね。」ワイ「それはそうとスモーカーの肩身が狭い。」助手「仕方ないじゃない。煙とか周りに迷惑だし。」ワイ「まるで非国民のような取り扱いです。たくさん国に貢献しているのに。」助手「税金払ってるって言いたいんでしょ?それスモーカー主張あるあるだよ。」ワイ「病院のお世話になることもほとんど無いのに。」助手「禁煙すれば胸を張って生きていけるよ。」ワイ「なぜ我々はタバコを求めるのか科学的に考えればシンプルです。」助手「どう言うことよ?」ワイ「タバコに含まれるニコチンが、体内にある受容体に結合することで効果を発揮するのです。」助手「理屈っぽくなってきた。」ワイ「神経には”報酬回路”が存在しています。そこが快感や満足感という作用を起こすのです。」助手「ニコチンが入るとその作用が起動するって感じね。」ワイ「ただ本来は別の物質が結合する受容体なんですが、ニコチンが入ることで満足するハードルが上がってしまうってことです。」助手「難しい話はしないで。」ワイ「簡単にいうと、『これまで付き合ってた彼女以上に相性のいい人と出会ってしまって、彼
0
カバー画像

理屈で押すのではなく、本音の言葉で共感を得る

“感情よりも理屈が上である”と信じ込んでいたり、“ビジネスに感情は要らない”と言うリーダーがいます。確かに、ビジネスに理屈は大事で、理屈がなかったらビジネスは成り立たないと思います。しかし、人は理屈だけでは動きませんし、人の行動は理屈よりも感情に左右される場合の方が多いのではないでしょうか。人が相手のビジネス、人がするビジネスである以上、感情=人の心がどう動くか、を考え続けることこそビジネスでもあります。特に、チーム内では、気持ちよく仕事できる状態が最もパーフォーマンスが上がります。逆に、理屈で押され、心から納得できていないことをするときは気分が乗りません。そして、気分が乗らずにする仕事のパーフォーマンスは下がります。そもそも、世の中にはこれが唯一の正解でそれ以外の考えは間違っていると断言できることの方が少ない中、組織内では、立場が上の人の考えが通りやすい性質があります。つまり、正解・不正解の純粋な議論よりも、立場が上の人が言っている考えをうまく理屈づけして正解(=もっともらしい理屈)にしてしまうということことです。組織内でこれを完全になくすことは難しいと思いますが、少なくとも、理屈は伝えつつも、それ以上に、メンバーが心から共感してくれているかどうかを重視し、共感が得られるよう本音の言葉で語る。これを大切にしているチームでは、メンバーがいきいきし、パーフォーマンスも高いような気がします。最後まで読んでいただきありがとうございます。このことから、少しでも新たな気づきや考える上でのヒントに繋がることがありましたら幸いです。
0
カバー画像

分かり合えないと感じたとき ──境界線が整い始めている

◆分かり合えないと感じた瞬間に、境界線は静かに形を持ち始める誰かと話していて、言葉は通じているはずなのに、どこか噛み合わない感覚が残ることがある。「自分が悪いのだろうか」「もっと合わせるべきなのだろうか」そんな思考が頭に浮かぶとき、人は無意識に自分の輪郭を曖昧にしてしまう。けれどその違和感こそが、あなたの内側で“線”が引かれ始めた合図だ。◆人は無意識に“失うこと”を避けようとする分かり合えないと感じる相手ほど、なぜか必死に関係を守ろうとしてしまう。拒絶されるのが怖い。孤立するのが怖い。だから自分の本音を飲み込んで、相手に合わせてしまう。でも、その積み重ねは、気づかないうちに自分の感覚を鈍らせていく。境界線がぼやけるほど、疲労は深くなる。◆違和感は、壊れではなく調整「この人とは合わない」と感じるとき、それは関係の失敗ではない。ただ、距離の取り方が変わろうとしているだけだ。近すぎた距離が少し整い、遠すぎた距離が少し縮まる。境界線とは、切り離すためではなく、健やかに関わるためのものだ。◆私たちは“自分の見たいもの”を見てしまう一度「この人は分かってくれない」と思うと、その証拠ばかり集めてしまう。逆に「この人とはうまくいくはず」と決め込むと、違和感を無視してしまう。どちらも間違いではない。ただ、心のクセが働いているだけだ。境界線が整うとは、そのクセに気づけるようになることでもある。◆無理に理解し合わなくていい分かり合えないことは、敗北ではない。むしろ成熟した関係の入り口だ。「この人はこういう人なんだ」「私はここまでは近づける」そう静かに受け止められたとき、関係は初めて安定する。◆境界線
0
カバー画像

感情よりも正論で距離を取る“理屈型回避”との関係とは?

彼との関係の中で、私はずっと素直でいることを大事にしてきた。 正直、つらいときもあった。会えない日が続いて落ち込んだり、未読スルーが続いて不安になったり。 それでも私は、「会いたい」「ありがとう」「嬉しかったよ」と、心のままを伝えてきた。 でも、ふと疑問に思うときがある。 「彼は、私のこと“ありがたい存在”だと思ってるのかな?」 🔪正論が“刃”になる瞬間 彼は理屈っぽい人だ。 冷静で、分析的で、いつも正論を言ってくる。 私が感情を伝えたとき、彼はこんなふうに返してくる。 「バランスが大切なんだよね」 「白か黒かじゃなく、グレーがある」 「相手の気持ちを理解することが大事」 そのすべてが“正しい”。 だから私は、「ありがとう、気づけたよ」って素直に返してきた。 でもね、どこかでこう思っていた。 「…で、あなたはどうなの?」 彼は自分がしんどいとき、グレーどころか無言になる。 大切なところでは何も言わないのに、私の発言には「タイミングが悪い」「プレッシャーだ」と細かく突っ込んでくる。 正論で距離を取ってきた人 彼はこれまで、親しい人たちとも多分同じように接してきた。 彼のお母さんは不安になると彼に何度もLINEを送ってくるようだけど、彼はうまく対応できずに距離を置く。 そして、彼はお母さんの用事を手伝ったり病院に付き添い、献身的に尽くしているのに、時に「冷たい」と言われ傷ついている。 元嫁との関係も、正論でぶつかって元嫁からヒステリーを引き起こしてしまった。 ◆ 彼の“正論” それ自体は間違ってないんだよね。 冷静で、論理的で、相手を責める口調でもなくて、いかにも「大人の対応」みた
0
カバー画像

「苦労の坊主頭」

【坊主の節約】 8歳の時母親達の間でバリカンを使い 坊主頭にすると床屋代が節約できると 根拠も証拠もない噂が広まっていき クラスの子達が次々と坊主にされてた 俺の母親もこのへんてこな噂を信じて いつ坊主にしろと言い出すか解らず 戦々恐々と過ごしてたらとうとう 母親がバリカンを買って来てしまった ヒィィッ!!∑(;Д;ノ)ノ そして当然母親は「床屋代節約の為に 今後はこのバリカンで坊主にする」と 無意味な節約術をやりだしてしまい 俺は大迷惑してしまう 当時床屋の子供料金はたった300円で バリカンの値段が7000円だったから 3か月に1回床屋に行ってたので 元を取るのに6年もかかる計算になる こんな長期間もバリカンを使い続け 坊主頭のまま過ごすなんて嫌だし 6年間もバリカンが使用できるなんて 到底思えないから絶対元は取れない しかしこの事を話して嫌がっても 単細胞の母親は噂の方を信じてしまい 畳に新聞紙を敷いてそこに椅子を置き 親の権力で坊主頭にされる事になった その後俺はバリカンでバリバリ刈られ 凄くダサい坊主頭にされてしまい 翌日学校に行くのが恥ずかしくて 半べそ状態になってた (ノД`)・゜・。 〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓 【ソバージュ】 そして翌日学校に行くとみんなの目が 一斉に俺の方に向いて騒然となり ある子が俺の姿を見て「お前もか」と 俺が死刑宣告された感じで言われた それは俺のクラスではもう既に複数人 床屋代節約の犠牲者が坊主にされてて 男子全員次は我が身かもしれないと 毎日恐怖してた中の出来事だった アワワワワ(((゚д゚; )))ワワワワッ なので俺も坊
0
カバー画像

【波動を発信する感覚】

日常的スピリチュアル、安田です。 波動というのは 受けるだけでなく 発信もしています。 良い波動を出せば 良い波動が返ってくるのですが 悪い波動を出せば 悪い波動が返ってきます。 良い波動を出していくには 良い波動を受けることが 必要なのです。 私たちの無意識は 受けた通りに 発信するようになっています。 何を学んでいるのか どのような情報を入れているのかで 波動の質が出来上がるのです。 高い基準の波動を 出していきたいのであれば 高い基準の学びを していけばいいのです。 なので 波動を上げることは そう難しいことではないのですが 現実の環境の中で 流されている人は 波動を上げる歩みが できないのです。 波動を上げることは 一朝一夕ではできません。 一気に上げることは できないので 地道に積み上げる努力の 歩みが必要なのです。 波動からの影響は 大きいのです。 なぜなら、波動というのは 感じる境地であるからです。 見えない境地なので 感じるしかない境地なので 大きな影響があるのです。 見えない境地 感じる境地が 価値視される時代に なっていくので より波動からの影響が 価値視されるようになります。 感じる境地というのは 嘘、ごまかしができないのです。 「波動」ということを 意識していくだけでも 感じる境地を意識することができ 表面的かどうかが 分かってしまうのです。 なので、必然的に 本物しか通用しない 時代になっていくのです。 理屈というのは ごまかすことができ 嘘をつくこともできるのですが 波動、感じる境地には 嘘、ごまかしが通用しないのです。 時代の恩恵によって 波動が変
0
カバー画像

商売とは何か。大河ドラマ「べらぼう」を見ながら考えたこと

今回で最終回を迎えたわけですが、大河ドラマ「べらぼう」を毎週見ながら思うことがあります。それは登場人物の生き様とか、歴史の出来事の解釈というより、もっと根本的な問い。「商売って、結局なんなんだろう?」という、とてもシンプルで、でも答えが出ない問いに、何度も立ち返らされるんです。パッと頭に浮かぶのは、利益とか、数字、戦略、マーケティング。でも、べらぼうの登場人物たちを見ていると、そんな“正解”だけでは片づけられない商売の空気があるんですよね。地道で、不器用で、報われる保証なんてない。それでも人は商売をやめない。そんな前提のうえで、今日は「商売とは何か」を少し言葉にしてみようと思います。正しさだけでは、商売は回らないまず感じたのがこれです。「正しいことをやっていれば商売は成り立つ」なんて、幻想なんです。どれだけ誠実でも、どれだけ腕が良くても、その人の“今の欲求”からズレていたら売れない。これはシビアだけど、事実だと思います。べらぼうでも、理屈で正しいことをしてるのに、結果が出ないシーンがいくつも描かれていて。そのたびに痛感するのは、商売は理屈ではなく、「感情」と「空気」の勝負なんだということです。理屈が強すぎると、むしろ相手は引いていく。だからこそ、「何が正しいか」よりも、「今、相手の中で何が動いているのか」を感じる力のほうが、よほど重要です。商売とは、「感情を読む」技術僕がしっくり来た定義があります。商売とは、“人の感情”を読むことなんですよね。しかも単に「何が欲しいか」じゃなくて、「なぜ、それを欲しがっているのか」まで読み取ること。安心したい、つながりたい、背中を押してほしい。
0
カバー画像

不満を抱えた人に理屈は通用しない

不満を抱えた人には、理屈は一切通用しません。これはあなたも経験があるはず。 見込み客、お客様に関係なく、あなたの話す内容は同じであっても専門家の意見にもなるし、セールス(売り込み)にもなります。その差は紙一重。 そして、その差を分けるのは、「聞き手の状態」によります。専門家にいい話を教えてもらったと思われるか商品を説得されて売り込まれていると感じさせるかは、話す内容には関係なく相手の状態が情報価値を天地に分けるのです。では、不満を抱えた人はどのような心理状態にあるのか?それは、不満を抱えているということは、心に壁が出来ている状態です。その状態でいくら理屈を押し付けても相手には伝わりません。あなたが伝わらないと熱く語れば語るほど、相手は怒り出します。それが、あなたが伝えたい核となる大切な内容だとしても。そして、多くの人が勘違いするのは、言えば伝わると思っていることです。しかしコミュニケーションは、相手が素直に聞き入れる状態になければ、聞き手は他のことを考え、あなたの話が早く終わらないかと願うだけです。ではどうすれば、その内容を素直に聞き入れ価値ある情報として受け取ってもらえるのか?それは、まずはじめに相手の不満の原因(要望)を解消してあげる必要があります。その解消なく、自分の理論を押し付けるのは逆効果となり、最悪、亀裂が入りそれっきりとなります。次に、この言葉をもう一度思い出して下さい。 「感情で物を買い、理屈で正当化する」 人間が消費行動を起こす時には必ず感情と思考が左右すると言われています。そして、購入を仮確定した人は、背中を押すための理屈が自分への言い訳として欲しいのです。
0
カバー画像

歩き出すための理論は不要

— 理解より先に、まず動くという選択赤ん坊は理論を持たない。立つこと、歩くことを理解しようと頭で考えているわけじゃない。転び、立ち上がり、また転びながら、いつの間にか歩いている。学問がその過程をあとから説明することはあっても、理論が先にあって歩きが始まることはない。にもかかわらず、大人になると理屈や戦略を先行させすぎる。成功や成長のために――と称して、まず設計図を作り、計画を練り、完璧な条件が整うまで動かない。結果、動けなくなる。赤ん坊の時持っていた「試して失敗して慣れる」能力を、捨てた大人は多くいます。理論に依存してしまう行動の先延ばし 「準備が整ったらやる」「もう少し知識が必要だ」と言って、いつまでも動かない。結果、経験もないから準備も知識も整わず時間だけ過ぎていく。過剰な自己解釈 動かない理由を理屈で補強する。理論が防衛線となり、失敗の恐れを正当化する道具になる。 なぜか自分にも言い訳する。後付けの安心 成功した後で理論を組み立てると、それがまるで普遍法則であるかのように語られる。 ですが多くは「うまくいった理由の後付け説明」にすぎない。 赤ん坊はどうやって歩くのか — 示唆赤ん坊は好奇心と身体感覚に駆られて動く。失敗しても痛みで終わることは稀だから、繰り返すうちに身体が学ぶ。要点をまとめてみます。試すことをやめない 小さな実験を続ける。立つ→少し移動する→転ぶ。これを何度も繰り返す。感覚を優先する 頭で考える前に、身体のフィードバックを受け取る。感覚の積み重ねが技能を作る。失敗は情報 転んだら何が悪かったかを即座に分析しすぎず、次に試す。理屈よりも修正の回数が大事。世に
0
カバー画像

自分の考えに固執したり一つの価値観しか認められないとその矛盾や衝突に疲れてしまう!【アラフィフ心理カウンセラー「うさぴょん」のココナラ電話相談

人間はそれぞれ異なる経験や背景を持ち、それによって形成される考えや価値観も多岐に渡ります。しかし、時には自分の考えや価値観に固執しすぎてしまい、他者との摩擦や矛盾に疲れてしまうことがあります。そこで、柔軟性を持つことの重要性が浮き彫りになります。 一つの価値観や考え方に固執することは、人間関係や社会においてさまざまな問題を引き起こす可能性があります。例えば、他者との対立や軋轢、または自己成長の阻害などです。人は成長する生き物であり、新たな情報や経験を通じて常に変化していくものです。そのため、柔軟な考え方や価値観を持つことは、新たな視点や理解を得るための重要な手段となります。 価値観や考え方の多様性は、豊かな社会や文化を築く上で不可欠です。異なる視点や意見が交錯し合うことで、より創造的で包括的な解決策が生まれることがあります。また、自分の価値観を柔軟に見つめ直すことで、新たな成長や発見が可能になります。 しかし、価値観の多様性や柔軟性を持つことは簡単なことではありません。特に、自分の考えや信念に強く固執している場合は、他者の意見や異なる価値観を受け入れることが難しいかもしれません。しかし、そうした固定観念にとらわれず、開かれた心と寛容な態度を持つことが大切です。 価値観の多様性と柔軟性を持つことは、他者との良好な関係を築く上でも不可欠です。相手の立場や考え方を尊重し、対話や協力を通じて共通の理解を深めることで、より良い関係を築くことができます。 つまり、自分の考えや価値観に固執せず、柔軟性を持って異なる視点や意見に耳を傾けることが重要です。その上で、自己を確立し、自己成長を促進す
0
カバー画像

【転換ができていない自覚】

日常的スピリチュアル、安田です。 転換するには 転換ができていない 自覚が必要なのです。 転換ができていないことを 責めるのではなく 自覚して、把握すればいいのです。 転換ができていない状態というのは 元の状態に戻ってしまうことをいいます。 同じようなことを 繰り返してしまい 前に進んでいるように 感じられない状態なのです。 私たちの悩みは 理屈通りに 転換ができないのが 悩みなのです。 理屈では知っていても 知っている通りに できないことで 葛藤しているのです。 例えば ダイエットをする方法は簡単で 「食べる量を減らして、運動をする」 ということを実践すれば 確実にダイエットを 成功させることができます。 しかも、自分でコントロールが できることなので より確実なのです。 理屈は簡単で シンプルなのですが 転換ができていないので 知っている通りに 歩めないのです。 転換するためには できていないことの 自覚が必要なのですが 自覚することは 最も苦しいのです。 他の人から責められて いるのではないのですが 自分で自分を責めてしまい 苦しくなってしまうのです。 ありのままの自分と向き合うのが 最も過酷なのですが ありのままの自分と 向き合うことで 転換ができるのです。 ありのままの自分と 向き合うのが 瞑想の習慣なのです。 瞑想の習慣によって ありのままの自分と 向き合うことができ 転換ができていないことを 自覚することができるのです。 自覚ができるようになれば 転換したくなるのです。 転換したくなれば 転換ができるように 努力することができます。 転換するためには 基本的な努力
0
カバー画像

【実行することで情熱が生まれる】

安田です。  何に情熱が持てるのかは 実行してみなければ 分からないのです。 なぜなら 情熱というのは 感じていることなので いくら理屈で考えていても 分からないのです。 情熱があるかどうかを 知るためには 実行が必要なのですが 実行して ハッキリして しまうことを 恐れてしまう人もいます。 誰でも何らかのことに 情熱を持ちたいのですが 実行していくことで 情熱が持てることでは なかったことだった場合の 恐れを感じてしまうのです。 多くの人は理屈で 「自分はこれに情熱がある」と 決めたがるのですが 実行していくことで ハッキリしてしまうので 実行することを ためらってしまうのです。 根底の心理の中に 「これに情熱が持てないと  他のことには情熱が持てない」 という無意識の 恐れがあります。 情熱というのは 感じていることなので どんどん変わってもいいし 成長段階によっても 変化していくのです。 中には一つのことだけに 情熱を持ち続ける人もいますが 情熱は一つでないといけない という決まりはありません。 情熱は実行することで 感じることができるのです。 情熱を感じてから 実行ができるのではありません。 なので 新しいことを 始めていくときは 軽い気持ちで 始めればいいのです。 真面目な人は 「こんな軽い気持ちで  始めてはいけない」と 勝手に思い込んで しまうのですが 軽い気持ちでなければ 最初の第一歩を踏み出せないのです。 実行してみて 情熱を持てそうもなければ やめればいいだけのことなのです。 自分の感情というのは 自分し
0
16 件中 1 - 16