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すべてのブログから「#人生の役目」タグの検索結果

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第10話『還』

短編連作『かぐや姫』よりー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。第10話『還』「あんたの顔、いっぺんトラックでひかれたみたいになってんで」 なんて言ったら、関東では酷いこと言うのね、とマジ顔でディスられる。トラックにひかれたみたいだといけないんだろうか?その言葉自体、またはその様子自体が直視してはいけないものだとでも言いたいのだろうか?関西の人は、こういう時、関東の人に壁を感じる。洋服だって、「いくらやったと思う?」には、うんと安い値段を言って欲しい。それに負けないぐらい安い自信もあるし、お得なことを自慢したいんだから。そんな時にも、西と東の思惑はすれ違う。そんな関西の文化の中で育った私は、「月の表面は、思っていたよりずっと綺麗じゃない」ということにリアルを感じる。さらに関西でなくとも少なくとも日本人は、昔から月に想いを馳せてきた。圧倒的に太陽よりも月にシンパシーを感じてきたんだと思う。子供の頃、図鑑で月面の写真を見た時、夜空に浮かんでいるあの月と同じものだとは、思えなかったと思うし、思おうともしなかった。実際の月と、心の月は同じである必要すら感じてなかった。穴ぼこだらけで、色もない。空気も水もなければ、風も吹かない。暗くて、寒くて、自分では光ることすらできない。それはそれで月だというなら、それでいい。それでも、私たちは月を見上げて綺麗だと息をのむ。満月が浮かんでいれば、誰かに教えたくなるし、車の後部座席で夜空を見上げては「月が追いかけてくるー」と言って遊んでるみたいに楽しかった。月は何もしていないのに、美しい憧れにも
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第9話『要の重み』

短編連作『かぐや姫』よりー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。第9話『要の重み』昔、教え子にミャンマー出身のミョー・ミン・トゥンという子がいた。「ミョー・ミン・トゥンって、どこが名字なの?」なんとも無意識に配慮の欠けた私の質問に、彼は何を言っているんだという顔をした。そして、家族全員の名前が全く違うことを示し、 ミャンマーには名字はないんだと教えてくれた。「先生、当たり前なんてないよ。」と言ったその年端も行かない青年の言葉は、私を大人だと言わせるには、申し訳ないほどにしっかりとしたものだった。彼らは全員が違う名前であろうが、東京でファミリービジネスをしていた。当の彼も学校が終わればそのお店でお手伝いをしていた。では、家族として、と言って大切にする名字とは何なんだろう?と思い始める。いつかのテレビ番組で、若いアイドルが、田中とか鈴木といった感じの自身の名字に対して、絶対に男の子を産まないといけないってプレッシャー感じたことないっすよ、と言って笑いを取っていた。確かに、全国で50人しかいませんという名字ならその意気込みは変わるのかもしれない。でも、そんな意気込みだけで、男児が生まれるとも限らないのは皆分かっていても、笑える程にその感覚を日本人は共有している。最近は、誰がいつ結婚したか?なんてのも名前だけでは分からないほどに、職場で名前を変えない女性は増えた。それでも、結婚と同時に名前を変える女性もいて、そんな時、私は勝手に事情も分からないのに微笑ましく感じてしまったりする。「一緒になってくれないか?」というプロポーズは、
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第4話『呼ぶ音』

短編連作『かぐや姫』よりー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。第4話『呼ぶ音』十年ほど前、『名前を忘れた女神たち』というドラマがあった。あの頃の私は、本当に自分の名前を忘れていた。名前が好きとか、大切とか改めて考えたこともなかったけど、そこまでどうでもいいとも思ってなかったのに、気付いたら私の世界には、私の名前を呼ぶ声は聞かれなくなっていた。ママ。誰々ちゃんママ。「ねえ。」「ちょっと。」そして極めつけは今の私を最も正しく表すみたいに居座るのに、全くピンとこない名字。いつかの日に、この名前になることに頬を赤らめたその名字。誰かをどう呼ぶかって難しい。私の母は決して名前を呼び捨てで呼ばなかった。私も兄もいつもちゃん付けだった。その母のやり方は未だに私をあと一歩のところで止める。私もみんなみたいに何も考えずに呼び捨てができたら、もっと気の置けない関係を友と築けるのか?と思ってみたこともあったが、きっとそれは私の心の持ち方の方の問題だったんだと思う。そんな私は未だに呼び捨てが苦手だ。夫の名も、今まで親しくなった男性たちの名も一度も呼び捨てしたことはない。でも彼らは何の躊躇もなく私の名をそのまま呼び捨てにしていた。私は自分の名前の音が好きだ。爽やかな風を感じる優しい響きが残る、その音が好き。でも漢字はあんまり何とも思わない。私の名前の人は9割その漢字だし、特別に何かと思わない。私たちは名前とずっと一緒に生きる。どんな場面でもそれは私を表す。そして、その音はまさに私と誰かを繋ぐ響きになる。誰かの優しい声も、怒った声も、呼ぶ声は糸
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第8話『我慢のお返し』

短編連作『かぐや姫』よりー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。第8話『我慢のお返し』「どうしてあなたはそんなことができるの?」で、世の中は溢れてる。人は誰かのことを無法者だと思うと腹を立てる。その時の常套句は、「普通はそんなことしないよね?」だ。話し相手を「普通」と定義して同調する方法。この「普通」じゃない人は、自由に振る舞う。肝心なのは、我慢どころを我慢しないこと。しなければいけないとも思わない。まだまだ80年代のヤンキー文化の名残も色濃かった中学時代。革製の手持ちの学生カバンは、ペタンコにせず、真面目に教科書なんて入れようもんなら、重すぎて指は肉刺だらけで痛くて仕方ない。それでもナイロンのサブバックと一緒に片手で持ってはいけないらしい1年生は、案山子みたいに両手を30度くらい広げてバランスよくカバンを持たないと、体育館の裏に行かないといけなかった。今ははっきり思える。「なんで?」理由はただ一つ、みんな今までそうしてきたから。勝手な振る舞いは、生意気でしかない。あの頃の体育館裏はなくなったけど、今の私たちはポータブルな体育館裏の空間を持っている。呼び出す人、呼び出される人、見てる人がそこにはいて、同じように「母親なのに」「いい歳して」「普通はそんなことする?」「私ならそんなことしない」となると、お呼びがかかる。みんなあの頃と同じで、やっぱり勝手なことは目に付く。「私は子どものために諦めた」「私にだっていいたいことはあった」「私はちゃんとしてきた」何より、「私は我慢したのに」だ。 関係を保つために良かれと思ってした我
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第7話『塗り絵』

短編連作『かぐや姫』よりー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。第7話『塗り絵』8歳くらいだったと思う。台所のテーブルで塗り絵をしてた時に「先に枠をしっかり囲んでから優しく塗ってごらん」と言った母の声が今でもはっきりと耳に残っている。母の言う通りだった。理由は分からなかったけど、同じように塗ってるのに、ここが枠だと分かる線を書くだけで、はみ出さなくなった。塗り絵が上手になったみたいで嬉しかったことも覚えている。はみ出しがないことは、綺麗で気持ちがいい。そして整ったいい塗り絵が出来上がる。私は、あの時以来ずっとどこかでそう思っているのかもしれない。中学3年生の文化祭準備の日、クラスで模造紙に絵具で絵を描いていた。「まだらに色を塗って」と言われ、赤の絵具と筆を受け取り、描かれたキャラクターに色付けをした。塗り始めると、「ちょっと待って」と止められた。「ちゃんと塗らないで」と。まだらにという指示こそが大切だった。白い抜けのある、はみ出した塗り方。塗り絵が上手くなかったころの自然なものをわざと再現するさらに高度な技術を、その頃の同級生は既に知っていた。上手くできない私は選手交代。はみ出し方も、いいものと悪いものがあるらしい。その絶妙なはみ出し方は、ちゃんと塗ると同様に市民権を得ている。その時の私は、その難しさまでは知らなかった。ただ、いい塩梅というのが分からなかった。だから私は選手交代させられる虚しさになるべく遭遇しないように、「はみ出さない」方を選んできた。はみ出さないようにしてくれるもの。学歴、職業、結婚相手。選択の度に、
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第5話『アクウェインタンス』

短編連作『かぐや姫』よりー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。第5話『アクウェインタンス』同僚の「アクウェインタンスでいいじゃん」の言葉が帰宅してからもずっと心に引っかかり続けていた。「明日何するの?」という何気ない帰り際の挨拶のときに、彼女は何気なくそう言った。彼女は何も悪くない。ただ私が戸惑ってしまって、「友だちと出かけるの」と言えばよかったのに、「息子の部活の保護者の方とね」と説明したから。私は許されるなら、「友だち」と言いたかったのに、「えっ?友だちなの。」そんな声が聞こえた気がして、自信が持てなかった。 大学生のとき、これから働いて大人になる前に作った最後の友だちは、正真正銘ずっと友だちなんだと信じて疑わなかった。やがて働き方の違いから、結婚のタイミングから、それぞれの繊細な心は以前の友だちの形を続けられるほど心に余裕がなくなるなんてことが起きると学ぶのは、まるで大人になるってことなんだと思えるほどだった。嫉妬という言葉がリアルになり、違いが距離を生み、気付くと周りには同じような服を着た、同じようなことを考えている人ばかりになっていた。それは自分の好みで選んだものではなく、やがて育てたい子供の未来像が似ている大人の集団になっていた。そこで出会う人たちに心を許して、赤裸々に話すことがあったとしても、それは私の友だちなのか、その時にはもう分からなくなっていた。迷っていたのは私だけじゃなかったと思う。仲良くなるとママたちは、下の名前で呼び合うことを好むんだと知ったとき、みんな友だちの距離感を探し求めていて、他人が
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第3話『へその緒』

短編連作『かぐや姫』よりー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。第3話『へその緒』子宮に命が宿った瞬間から、十月十日、へその緒で繋がっていた母と娘は、外の世界に出てからも何かで繋がり続けていたのかと分かり始めたのは、自分自身が我が子と繋がっていたへその緒を切ってもらい、戦いから戻った凱旋の様相で大先生とかたく握手を交わした瞬間だった。子供は親を選んで産まれてくると私は思っている。次男が2歳半の頃、よく晴れた青空を見上げて、「あそこで順番だよっておじさんに言われたから、笑ってて優しそうなママを選んだんだよ」って教えてくれた。まあるいほっぺを一生懸命に動かして話す息子のその話は愛おしかった。純粋に喜びで満たされたというよりは、その愛しい笑顔に選ばれたと信じたかった。長男はそんなこと話さなかったから、選んでないのか?と思ってしまう人間としての感情を持て余しそうになったこともあった。でも、それなら私も選んだのか、とふと思ってみた。お酒に逃げることでしか生きられない父親を受け入れられず、自らの正当性と世間体を守ることに挑み続けた母親を。そしてその母親の正当性の切り札になり、母親の成績表を1点でもよくするために努力するという人生を。そんなこととは露知らず、ただ親の機嫌はいい方がいいと信じて疑わなかった。母はかわいそうで、耐えている人ということだった。いつも皆のために生きている。そんなシナリオを忠実に娘として生きることは、私の役目であり、時にそれは生命線でもあった。反抗してまで主張するほどの意見もなければ、そんな正しいかも分からない
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第1話『首輪』

短編連作『かぐや姫』よりー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。第1話『首輪』昼下がりの台所で、コップを洗う夫の腰に腕をまわして抱きつく私は、その柔らかな腰のたるみに、骨ばった胸の合わない形に、疲れが溶けてはいかぬかと、空っぽが少しは埋まってくれぬかと思いながらくっついてみる。ぐるっと回った腕の先でつながれた私の指先とは対照的に、夫の腕は宙に放れたまま私には近づかない。その腕はまるで何物も縛りつけないのが自らの性質と主張するかのように、脱力している。放たれたくて仕方ない私が、何かを求めて張り付くことが、滑稽なのと同じように、アンバランスな私たちは、何を交換し合っていたのだろう。夫は一体私に何を求めているのか?と考えてみる。家に入れてもらえず、庭先で通行人に吠えつく犬みたいに、私は寒さの中に居場所を決められている。あの犬の役目は何なんだろう?と、とんと最近見なくなった外飼いの犬に思いを馳せる。あの犬は、自由のない身で、守れる範囲の限られた鎖の長さの中で、必死に家を守ろうとしている。家に入りたいなんて思ってない。そもそも飼い主がつなぐ鎖も、周りの安心を生み出すだけのものだったんだ。犬は、一番に何したいって聞かれたら、何したいって言うんだろう。家を守りたいって言うかもしれない。その一方で、私はその誰かのための安心装置をとりあえず外してみたい。鎖が外れた犬は家に留まるだろうか?私は留まらないのだろうか?夫は、透明で一見見えない首輪を付けながら、真っ赤な目立つ首輪の私を見て、何を思うんだろう。私たちは、お互いを何が結び付けている
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第2話『繋いだ手』

短編連作『かぐや姫』よりー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。第2話 『繋いだ手』何処へ出掛けても目に付くのは、手をつないでいる大人たち。なんで繋いでるんだろう?というより、繋げるんだろう?私が「パパ」と言えば、鬱陶しそうにジロっと見られる。そこに手を繋ぐという行為は、どんな風に居場所を見つけるんだろう?そんな風に人の手ばかり見ている私は羨ましいのかな?亡くなった父の代わりに私と腕を組んでヴァージンロードを歩いてくれた兄は、皆に聞こえる声で泣きながら私と組んだ腕から、夫となる男性にバトンタッチをした。その組まれた私の腕はそれほどまでに二人の男性にとって大切なものだと分かるほどに丁寧に。その後も、終始涙を流し続けた兄は、周りが笑うのも気にせず、双子のようにくっついて育った私の結婚を愛おしいものだと大切に涙で送り出してくれた。そんなにも大切な私の腕は、しばらくは夫と繋がれていたけど、赤ちゃんを抱くものになり、子供とつなぐものになりしているうちに、夫と繋がれていた日々があったことも忘れ去られ、今では道行く人のつながれた手を見ては、口にくわえられる始末だ。たくさんの夫婦に囲まれて育ったけど、どんなおじちゃんもおばちゃんもそんなことしてなかったから、この歳になって、そんなことを考えるとも思っていなかった。ただ、私の周りはそれぞれにいびつだったから、夫婦は、そのいびつさこそが必要条件だとすら思えていた。むしろ正しい形とはアンバランスなんだと。だからアンバランスは上手いことバランスをとって、手なんか繋がなくても十分にその形そのもの
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