第7話『塗り絵』

第7話『塗り絵』

記事
小説
短編連作『かぐや姫』より
ー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。
 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。


第7話『塗り絵』
8歳くらいだったと思う。台所のテーブルで塗り絵をしてた時に「先に枠をしっかり囲んでから優しく塗ってごらん」と言った母の声が今でもはっきりと耳に残っている。
母の言う通りだった。理由は分からなかったけど、同じように塗ってるのに、ここが枠だと分かる線を書くだけで、はみ出さなくなった。塗り絵が上手になったみたいで嬉しかったことも覚えている。
はみ出しがないことは、綺麗で気持ちがいい。そして整ったいい塗り絵が出来上がる。

私は、あの時以来ずっとどこかでそう思っているのかもしれない。

中学3年生の文化祭準備の日、クラスで模造紙に絵具で絵を描いていた。「まだらに色を塗って」と言われ、赤の絵具と筆を受け取り、描かれたキャラクターに色付けをした。塗り始めると、「ちょっと待って」と止められた。「ちゃんと塗らないで」と。
まだらにという指示こそが大切だった。白い抜けのある、はみ出した塗り方。塗り絵が上手くなかったころの自然なものをわざと再現するさらに高度な技術を、その頃の同級生は既に知っていた。上手くできない私は選手交代。
はみ出し方も、いいものと悪いものがあるらしい。その絶妙なはみ出し方は、ちゃんと塗ると同様に市民権を得ている。その時の私は、その難しさまでは知らなかった。ただ、いい塩梅というのが分からなかった。

だから私は選手交代させられる虚しさになるべく遭遇しないように、「はみ出さない」方を選んできた。はみ出さないようにしてくれるもの。学歴、職業、結婚相手。選択の度に、はみ出さないように、ちゃんと線を引いてから考えた。線があればはみ出さないから。

当たり前のことにふと気付くとき私たちは目が覚める。私は子供をもうけたとき、初めて身籠った瞬間から、同じ体を共有していても他人なんだと知った。当たり前すぎるけど考えたこともなかったし、それ以上に他人ではなく母娘だと思うことがへその緒の契りのように感じていたから、私は目が覚めた。私は身籠った子供のために、健康的でいようと努力する。心も落ち着けたいと思う。それでも妊娠中の心身は思うようにいかない。さらにもっと分からないのは、同じ体を共有する、まさにその我が子が何を想うのか?ということだった。
そして極めつけは、いつお腹が痛むのか?いつまで痛むのか?いつ出てこようと決心するのか?そんなことは欠片もこちらには打ち明けられない。体を貸す身は、できる限りいい環境で、万全の準備をしたいと受け止めることに全てを捧げる。
そして、その彼らの決断も個性も、お腹の中にいるところからとっくに一つの個性として始まっていたと、生まれてからも気付き続ける。はみ出さないように、どころか、そんなことお構いなしに彼らは彼ら自身を携えてここへ来たんだと知っていく。

それでも、はみ出さない努力しか知らなかった私は、その個性たちはこの社会ではみ出さないを学びながら成長するものと疑わなかった。母子ではみ出さない塗り絵を上手に仕上げないといけないんだと信じ続けた。もうこれ以上塗り絵ができないと腕が止まる日まで。そんな日が来るまで気付けなかった私は、いい塩梅ではないはみ出しにも、はみ出す権利があったんだと認めたい気持ちを抱えている。

母が引いてくれた枠線はお守りのように私を安心させた。そして今、子供たちの声にならない反抗は、私を少しずつ枠がなくても塗り絵してもいい気持ちにさせてくれる。もしかしたら、上手に塗らなくてもいいのかな?って。


天羽詞鏡
2026.08.15
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