第8話『我慢のお返し』

第8話『我慢のお返し』

記事
小説
短編連作『かぐや姫』より
ー人生には、役目が終わったことに気づく瞬間があります。
 この連作は、そんな瞬間を書き留めたものです。


第8話『我慢のお返し』
「どうしてあなたはそんなことができるの?」で、世の中は溢れてる。
人は誰かのことを無法者だと思うと腹を立てる。その時の常套句は、「普通はそんなことしないよね?」だ。話し相手を「普通」と定義して同調する方法。
この「普通」じゃない人は、自由に振る舞う。肝心なのは、我慢どころを我慢しないこと。しなければいけないとも思わない。

まだまだ80年代のヤンキー文化の名残も色濃かった中学時代。革製の手持ちの学生カバンは、ペタンコにせず、真面目に教科書なんて入れようもんなら、重すぎて指は肉刺だらけで痛くて仕方ない。それでもナイロンのサブバックと一緒に片手で持ってはいけないらしい1年生は、案山子みたいに両手を30度くらい広げてバランスよくカバンを持たないと、体育館の裏に行かないといけなかった。今ははっきり思える。「なんで?」
理由はただ一つ、みんな今までそうしてきたから。
勝手な振る舞いは、生意気でしかない。

あの頃の体育館裏はなくなったけど、今の私たちはポータブルな体育館裏の空間を持っている。呼び出す人、呼び出される人、見てる人がそこにはいて、同じように
「母親なのに」
「いい歳して」
「普通はそんなことする?」
「私ならそんなことしない」
となると、お呼びがかかる。

みんなあの頃と同じで、やっぱり勝手なことは目に付く。
「私は子どものために諦めた」
「私にだっていいたいことはあった」
「私はちゃんとしてきた」
何より、「私は我慢したのに」だ。 

関係を保つために良かれと思ってした我慢は、他の人にも同じ我慢を押し付ければ、お返しをもらったように楽になるものなんだろうか。 

それは違う。
私は時折思い出す。あの中学生だった時、部活の先輩の厳しさのお陰で強くなったとは思っていなかった私は、後輩に厳しく接することに興味がなかった。私の学年の仲間はみんなそんな感じだった。それで、折角の部活の当たり前は後輩には伝わらなかった。そして、後輩たちは強くなっていかなかったし、私たちと深い関係にもならなかった。

もちろん因果関係はそれだけじゃない。でも、この当たり前がもたらす我慢には、繋がりを保つという大切な効果もあったんだ。
我慢したから守れた関係。
我慢したから誰かを傷つけずに済んだこと。
我慢を覚えたから社会で生きられたこと。 

誰かの人生に、「普通はそんなことしないよね?」と言ってるのを見かけたら、私たちは少しだけ自分の指を見て、そこに昔の肉刺の跡を見つけたら、その人を体育館裏に呼び出す前に、考えてみたらいいと思う。
「その我慢って、まだしないといけない?」って。



天羽詞鏡
2026.08.15
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