絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

5 件中 1 - 5 件表示
カバー画像

『やさしさ迷惑4/100』

第4話「たぶん大丈夫」が、いちばん危ない翌朝のオフィスは、いつもより少しだけ張っていた。空気が静かなわけじゃない。むしろ電話は鳴っているし、誰かが急ぎ足で会議室を行き来している。でもその慌ただしさの中に、まだ言葉になっていない“嫌な予感”みたいなものが混ざっていた。中村優作は、朝一番のコーヒーを机に置きながら、自分の受信トレイを開いた。未読が12件。そのうち一番上にあったメールの件名で、手が止まる。【至急確認】本日14時ご提案資料について差出人は、昨日話していた先方企業の担当者だった。優作はメールを開く。昨日お送りいただいたたたき台を社内共有したところ、想定していた提案内容と少し認識の違いがあるようでした。本日14時のお打ち合わせ前に、一度認識合わせのお時間をいただけますでしょうか。優作は、二回読んだ。“少し認識の違いがあるようでした。”この言い方の時は、だいたい“少し”じゃない。「……うわ」思わず声が漏れた。「何」斜め前から、美月の声が飛んできた。優作が顔を上げると、相沢美月はすでにPCを開いていた。まだ朝なのに、もう一日の半分くらい終えていそうな顔をしている。「先方からです。昨日送った資料、認識ズレてるっぽくて」美月は椅子を少しだけ引いて、手を止めた。「どの案件ですか」「東洋メディアさんの件です」その瞬間、美月の視線が少しだけ鋭くなる。「昨日、真壁さん経由で来たやつですか」「……はい」「誰が最終確認したんですか」優作は答える前に、一瞬だけ考えた。昨日の夕方。真壁から電話が来て、“ざっくりでいいから方向性だけ合わせたい”と言われた。その場で話して、優作がメモして、夜のうちに軽
0
カバー画像

やさしさ迷惑2/100

第2話「ちょっとだけ」が、一番長い午後のオフィスは、少しだけ慌ただしかった。キーボードの音が増えて、電話の声も少しだけ大きくなる。中村優作は、画面のチャットを見つめていた。『中村くん、悪い。例の案件、ちょっとだけ見といてもらっていい?』『たぶんすぐ終わるから!』優作はさっき送った自分の返信を見返す。了解です(……まあ、すぐ終わるって言ってたし)そう思って、資料を開いた。──10分後。(……いや、これ“ちょっと”じゃないだろ)スライドは30枚近くある。しかも、内容はほぼ初見だ。「優作」後ろから声が飛んできた。振り向くと、桐谷ケイ(同期)が腕を組んで立っている。「それ、“ちょっとだけ”じゃない顔してるぞ」「……いや、まあ」優作は苦笑いした。「でも、頼まれたし」桐谷はため息をつく。「お前さ、“頼まれたし”で全部受けるの、そろそろやめろよ」「いやでも、先輩だし」「それ、断れない理由になってないからな」優作は何も言えなかった。30分後。優作はまだその資料を見ていた。自分の仕事は、止まったままだ。そこへ、美月(1つ先輩)が通りかかる。「中村さん」「……はい」「さっきの件、終わりました?」優作は一瞬言葉に詰まる。「……まだです」美月は、優作の画面をちらっと見る。「それ、別件ですよね」「……はい」「“ちょっとだけ”ですか?」優作は苦笑いした。「まあ……そんな感じで」美月は少しだけ沈黙してから言った。「それ、“ちょっとだけ”って言った人は、どこまでやってほしいか言ってます?」「いや……そこまでは」「じゃあ、それ中村さんが勝手に膨らませてます」優作は固まる。「え?」「“見といて”って、どこまでです
0
カバー画像

『やさしさ迷惑6/100』

第6話「確認します」と言える人前話:優作たちは、些細な確認不足の積み重ねで先方との信頼を落とした。そこに追加依頼が重なり、14時の再提案には役員まで同席することになった。14時の五分前。会議室の空気は、静かなのに落ち着かなかった。資料は一応そろった。新規案、比較表、社内説明用の要約、参考事例一枚。そろっただけだ。完璧とは、とても言えない。中村優作はノートPCの画面を見ながら、指先を一度だけ握る。隣では美月が最後のページを確認していた。真壁はいつもより口数が少ない。後ろから、桐谷が低い声で言う。「優作」「……ん?」「完璧にやるより、今日は逃げない方が大事だぞ」優作は少しだけ息を止めたあと、苦笑した。「そういう時だけ、いいこと言うな」「そういう時しか言わないからな」冗談のはずなのに、少しだけ救われた。モニターに、田辺の顔が映る。その横に、役員らしい男性が一人。画面越しでも、空気が少し固い。「本日はお時間ありがとうございます」優作が頭を下げる。田辺は短く会釈したあと、淡々と口を開いた。『こちらこそ、再提案のご準備ありがとうございます。今日は内容を見る前に、一点だけ先に確認したいと思っています』会議室の空気が張る。『昨日から今日にかけて認識のズレがありました。その点について、御社としてはどの段階でズレたと見ていらっしゃるか、先に伺えますか』責める声ではなかった。でも、逃がす声でもなかった。真壁が口を開きかける。その前に、優作が言った。「……すみません。そこは僕から話します」自分の声が、少し乾いて聞こえた。田辺がこちらを見る。美月は何も言わない。でも、横で資料を閉じる音がした。優作は一度
0
カバー画像

『やさしさ迷惑3/100』

第3話「迷ったら聞いて」は、だいたい聞けない午後四時を少し過ぎたころだった。オフィスの空気は、朝より少しだけ重い。集中している人と、疲れている人が半々くらいの時間帯。中村優作の画面に、佐伯からのチャットが残っていた。『中村さん、すみません。さっきの資料、“迷ったら聞いて”って言われたんですけど……どのタイミングで聞いていいか、迷ってます』優作はその文章を、二回読んだ。(……たしかに)言った。自分で言った。“迷ったら聞いて”その時は、ちゃんとフォローしたつもりだった。でも今こうして見ると、それは答えになっていない気がした。“迷ったら”って、いつだ。“聞いて”って、どこまでだ。優作は椅子の背にもたれたまま、少し考える。その様子を、向かいの席から桐谷ケイが見ていた。「また止まってんな」「……いや」優作は苦笑いした。「佐伯に“迷ったら聞いて”って言ったんだけどさ」「うん」「その“迷ったら”が曖昧だったっぽい」桐谷は一瞬だけ黙って、それから笑った。「そりゃそうだろ」「そんな即答ある?」「あるよ。だって“相談していいよ”って、言われた側はだいたい困るもん」優作は眉を寄せる。「なんで?」「聞いて怒られないか、邪魔じゃないか、今じゃないか、そこまで自分で考えろって意味じゃないか」桐谷は指を折りながら言った。「聞く側って、そのへん全部考えてるぞ」優作は何も言えなかった。その時、美月が会議室から戻ってきた。資料の束を机に置いて、優作の顔を見る。「どうしました」「いや、佐伯に“迷ったら聞いて”って言ったんですけど」「はい」「どのタイミングで聞いていいかわからないって言われて」美月は一拍置いた。「それ
0
カバー画像

コミュニケーション研修『あるある通信⑤』 ~やさしさ迷惑第2話より~

真壁:「ちょっとだけ見といてもらっていい?」優作:「了解です」──30分後優作:(……これ“ちょっと”じゃないだろ)気づきこれはやさしさと遠慮が生む“膨張ゾーン”。美月:「“見といて”って、どこまでですか?」桐谷:「“頼まれたし”で全部受けるのやめろよ」人は✔ 頼まれると断りにくい✔ 範囲が曖昧だと広めにやる✔ 迷うくらいなら“やりすぎる”結果、👉頼んだ側の「ちょっと」👉受けた側の「全部」ここにズレが生まれる。あるある“ちょっとだけ”は、だいたい長い。任せるなら✔ どこまでやるか(範囲)✔ 何を見るか(視点)✔ どこで止めるか(終点)これを渡さないと、仕事は勝手に膨らむ。それではいってらっしゃい(^^♪
0
5 件中 1 - 5