『やさしさ迷惑25/100』

記事
学び
第25話
「みんなで責任を持つ」が、一番あぶない

前話:優作は、先方打ち合わせで自分の判断理由を問われた。一度は「チームで検討した結果」と逃げかけたが、言い直し、自分の言葉で説明した。判断は通ったが、田辺から次に問われたのは「御社内で誰がこの提案を最終的に推進するのか」だった。

翌朝。

優作は、田辺からのメールを何度も読み返していた。

次回は、御社内で誰がこの提案を最終的に推進するのかも確認させてください。

誰が前に立ち、誰が支え、誰が最後に説明するのか。

田辺が聞いているのは、資料ではない。
このチームの背骨だった。

優作は、画面を見たまま動けなかった。

その時、黒川が会議室のドアを開けた。

「始めましょう」

いつもの声だった。

冷静で、無駄がない。

会議室には、佐伯、真壁、桐谷、美月、黒川、そして優作がいた。

黒川は田辺からのメールを画面に映す。

「今日決めるのは、この一点です」

画面の文字が、全員の前に出る。

誰がこの提案を最終的に推進するのか。

黒川は言った。

「先方は、資料の中身だけではなく、御社側の推進体制を見ています」

真壁が小さく頷く。

「まあ、当然ですよね」

桐谷は黙っている。

佐伯は資料に目を落としている。

美月は、全員の反応を見ていた。

黒川は続けた。

「曖昧な体制は、先方から見ると不安材料です。
今日は、推進責任者を決めてください」

推進責任者。

その言葉が、会議室に落ちた。

真壁が最初に口を開いた。

「先方窓口は、俺が持ちます」

それは自然だった。

田辺とのやり取りは、ずっと真壁が担ってきた。

でも黒川はすぐに聞いた。

「窓口と推進責任者は同じですか」

真壁の言葉が止まる。

「……同じ、とは限らないですね」

「では、真壁さんは何を持ちますか」

黒川の問いは冷たい。

でも、必要な問いだった。

真壁は少し考えた。

「先方の温度感と、向こうの社内事情の確認です。
どこまで出していいか、どこで詰まりそうかは俺が拾います」

黒川は頷く。

「分かりました。では、先方調整責任ですね」

責任。

その言葉がつくと、急に重くなる。

真壁の顔が、少しだけ引き締まった。

次に黒川は佐伯を見た。

「佐伯さんは?」

佐伯は背筋を伸ばした。

「僕は、確認項目と決裁者確認を持ちます」

声は出ていた。

でも、少し硬い。

黒川が聞く。

「それは、あなたが責任を持って整理するという意味ですか」

佐伯の喉が動いた。

「……はい」

一瞬、沈黙が落ちる。

優作は、佐伯の手元を見た。
ペンを握る指に力が入っている。

佐伯は続けた。

「ただ、迷った時は、早めに相談します」

言ったあと、佐伯は少しだけ優作を見た。

昨日より、目が合った。

それだけで、優作の胸が少しだけ動いた。

黒川は表情を変えない。

「相談することと、責任を手放すことは違います」

「はい」

「なら問題ありません」

佐伯は小さく頷いた。

桐谷は、自分から言った。

「補足資料は俺が持ちます」

真壁が少しだけ桐谷を見る。

桐谷は続ける。

「ただ、補助という言葉はやめたいです」

会議室が少し静かになる。

桐谷は笑わなかった。

「補助って言われると、どこまで責任があるのか分からなくなります。
やるなら、比較軸の設計を持ちます」

真壁がゆっくり頷いた。

「分かった」

それだけだった。

でも、昨日までより少しだけ届いていた。

美月は、リスク設計を持つと言った。

「リスクの出し方と、先方に出す/出さないの判断基準は私が持ちます」

黒川が頷く。

「では、最終判断は?」

その瞬間、全員の視線が少しだけ動いた。

優作の方へ。

優作は、胸が重くなるのを感じた。

来る。

分かっていた。

それでも、いざ視線が集まると苦しい。

黒川が言った。

「中村さん。
昨日、先方に判断理由を説明したのはあなたです。
今回の推進責任者は、あなたでいいですか」

会議室の空気が止まった。

優作は、すぐに「はい」と言いそうになった。

自分が持てばいい。
自分が前に立てばいい。
自分が説明すれば、みんなを守れる。

その言葉が、喉まで来た。

でも、そこで止まった。

それは、本当にチームのためなのか。

それとも、また自分が全部抱えようとしているだけなのか。

責任者を決める時、人は仕事の役割ではなく、
失敗した時に誰が責められるかを想像してしまう。

優作は、まさにそれを想像していた。

失敗した時に、自分が責められればいい。
そう思いかけていた。

でも、それは優しさではない。

誰かを外すことでもある。

美月が、静かに口を開いた。

「中村さん」

「はい」

「今、全部持とうとしましたね」

優作は言葉を失った。

見抜かれていた。

黒川も、佐伯も、真壁も、桐谷も黙っている。

美月は続けた。

「全部持つことと、推進責任を持つことは違います」

その一言は、優作の胸に深く入った。

全部持つこと。
推進責任を持つこと。

似ているようで、違う。

優作は、少しだけ息を吸った。

「はい」

そして、黒川を見る。

「推進責任者は、俺が持ちます」

黒川は黙って聞いている。

優作は続けた。

「ただし、全部を自分で持つという意味ではありません」

黒川の目が、少しだけ細くなる。

「では、どういう意味ですか」

優作は、ホワイトボードに向かった。

そして書いた。

推進責任:中村
先方調整:真壁
決裁者・確認項目:佐伯
比較軸設計:桐谷
リスク設計:相沢
数字・提案品質レビュー:黒川

書いてから、振り返った。

「俺が持つのは、全体の判断理由を説明できる状態にすることです」

誰も口を挟まない。

「先方調整は真壁さん。
決裁者確認は佐伯。
比較軸は桐谷。
リスク設計は相沢さん。
数字や提案品質のレビューは黒川さん」

黒川が少しだけ眉を上げた。

「私も体制に入るんですか」

「入ってください」

優作は言った。

自分でも驚くほど、はっきり言えた。

「黒川さんのレビューで資料は締まっています。
でも、黒川さんが外から切るだけだと、チームは黙ります」

会議室が静かになる。

優作は続けた。

「なので、今回はレビュー責任として入ってほしいです。
指摘するだけじゃなく、どこを通す基準にするかも一緒に明確にしてほしいです」

黒川は、しばらく優作を見ていた。

怖い。

でも、逃げなかった。

黒川が静かに言った。

「それは、責任を分散しているだけでは?」

優作は首を振った。

「違います」

「どう違いますか」

「責任を薄めるためではなく、説明できる範囲を明確にするためです」

黒川は黙る。

優作は続けた。

「“みんなで責任を持ちます”だけだと、誰も持っていないのと同じになります。
でも“一人で全部持ちます”だと、今度は周りがただの作業者になります」

佐伯が顔を上げる。

真壁の手が止まる。

桐谷も、画面から目を離した。

責任をぼかすと、人は逃げる。
責任を集めすぎると、人は黙る。

優作は言った。

「だから、誰が何を持つかを言葉にします。
そのうえで、最終的な説明は俺がします」

胸が熱くなる。

怖い。

でも、昨日より少しだけ地面に足がついている。

「チームで責任を持つ」は、誰か一人を孤独にしないこと。
けれど、誰が何を持つかを言葉にしなければ、
それはただの責任の霧になる。

黒川は、少しだけ黙った。

そして言った。

「分かりました。
では、その体制で先方に出してください」

優作は小さく頷いた。

「はい」

そこから、体制整理が始まった。

真壁は、先方調整欄に自分の名前を入れた。

「田辺さんとの温度感は、俺が見ます」

佐伯は確認項目欄に、自分の名前を書いた。

「決裁者確認は、僕が責任を持って入れます」

桐谷は、比較軸設計の横に名前を入れた。

「補足じゃなくて、比較軸ですね」

真壁が言った。

「ああ。補足じゃない。そこは桐谷が持ってる」

桐谷は少しだけ黙った。

それから、小さく頷いた。

「了解です」

美月は、リスク設計欄に名前を入れる。

「出すリスクと出さないリスクの基準は、私が整理します」

黒川は、最後に品質レビュー欄を見た。

「数字・提案品質レビュー。黒川」

自分の名前を見て、少しだけ息を吐く。

「分かりました。入ります」

そして、すぐに付け足した。

「ただし、私は空気を守るためには入りません。
提案の質を落とさないために入ります」

黒川らしい言葉だった。

冷たい。

でも、嘘がない。

優作は頷いた。

「それでいいです」

黒川が初めて、チームの内側に一歩だけ入ったように見えた。

まだ遠い。

でも、外側から切るだけではなくなった。

体制案をまとめたあと、優作は田辺へ返信文を作った。

次回提案に向け、弊社内の推進体制を以下の通り整理しております。
全体推進は中村が担当し、先方調整、決裁者確認、比較軸設計、リスク設計、品質レビューを各担当が持ちます。
次回打ち合わせでは、各論点について担当者より補足可能な形で臨みます。

送信前に、全員へ確認する。

「これで出します」

今度は、誰も黙って流さなかった。

佐伯が言う。

「“担当者より補足可能”で大丈夫ですか?
直接説明する可能性がある、という意味ですよね」

「うん」

真壁が言う。

「田辺さんは、多分そこ聞いてくると思う」

桐谷が続ける。

「補足資料は、俺が説明できる状態にしておきます」

美月が言う。

「リスク設計も、私が説明します」

黒川が最後に言った。

「品質レビューについて聞かれたら、私が出ます」

その一言に、会議室が少しだけ静かになった。

黒川が、出る。

責任を問う側ではなく、責任の中に入る。

優作は短く言った。

「ありがとうございます」

黒川は表情を変えずに言った。

「必要なので」

その言い方が、少しだけ美月に似ていた。

メールを送信したのは、昼過ぎだった。

田辺からの返信は、二時間後に来た。

ありがとうございます。体制、理解しました。
次回は各担当の方からも直接補足いただけると助かります。

会議室の空気が止まった。

各担当からも直接補足。

佐伯の表情が固まる。

桐谷も小さく息を吐いた。

真壁は苦笑する。

「まあ、そう来るよな」

美月は静かに画面を見ている。

黒川は言った。

「チームで責任を持つと言った以上、当然です」

優作は画面を見つめた。

そうだ。

体制を出すということは、
名前を出すということ。

名前を出すということは、
その人が前に立つ場面が来るということ。

優作は、佐伯を見る。

佐伯は不安そうだった。

でも、逃げた顔ではなかった。

「佐伯」

「はい」

「決裁者確認の部分、一緒に整理しよう。
説明するのは佐伯。
でも、準備は一人でやらなくていい」

佐伯は少しだけ目を上げた。

「はい」

真壁が続ける。

「俺も、田辺さんの温度感は事前にもう一回拾っとく」

桐谷が言う。

「比較軸は、誰にでも説明できるくらいに削ります」

美月が言う。

「リスク設計は、出す理由と出さない理由を両方持ちます」

黒川が最後に言った。

「では、明日の午前に一度リハーサルしましょう」

リハーサル。

その言葉に、優作は少しだけ救われた。

いきなり本番ではない。

前に立つための準備を、チームで作れる。

「任せる」と「背負わせる」は似ている。
違うのは、倒れそうになった時に、
誰が横に立つかまで決まっているか。

優作は、少しだけ分かった気がした。

夕方。

優作は、ホワイトボードに残った体制図を見ていた。

自分の名前が一番上にある。

全体推進:中村

その文字は、やはり重い。

でも、その下には全員の名前がある。

真壁。
佐伯。
桐谷。
相沢。
黒川。

一人ではない。

ただし、それは安心材料であると同時に、逃げ道をなくすものでもあった。

美月が隣に来た。

「中村さん」

「はい」

「今日は、全部持とうとしませんでしたね」

「一瞬、持とうとしました」

「知ってます」

「ですよね」

美月は、ホワイトボードを見たまま言う。

「でも、戻りました」

優作は少しだけ笑った。

「最近、そればっかりですね」

「戻れるなら、まだ大丈夫です」

その言葉に、優作は少しだけ救われた。

帰り際。

黒川が優作に声をかけた。

「中村さん」

「はい」

「今日の体制整理は悪くありませんでした」

黒川からのその言葉に、優作は少し驚いた。

黒川は続ける。

「ただし、体制は作っただけでは機能しません」

「はい」

「明日のリハーサルで分かります。
誰が本当に自分の役割を説明できるか」

その言葉で、優作の胸がまた重くなる。

「分かりました」

黒川は、少しだけ間を置いた。

「責任構造は、図にすると簡単です。
でも、本当に試されるのは、誰かが詰まった時です」

そう言って、黒川は会議室を出ていった。

優作は、ホワイトボードをもう一度見た。

役割は決まった。
名前も並んだ。
体制も出した。

でも、まだ何も終わっていない。

むしろ、次は一人ひとりが前に立つ。

佐伯も。
真壁も。
桐谷も。
美月も。
そして、自分も。

明日のリハーサルで、
この体制が本物かどうかが分かる。

その時、優作のスマホが震えた。

佐伯からだった。

中村さん。
明日の説明、正直かなり怖いです。
でも、逃げたくはないです。
逃げたら、また“できない側”に戻る気がするので。

優作は、その文をしばらく見つめた。

そして返信した。

怖いままでいい。
その代わり、一人にはしない。
できる人に見せるためじゃなくて、できるようになるために一緒に準備しよう。

送信。

すぐに既読がつく。

返事は短かった。

はい。

優作はスマホをしまった。

責任を持つとは、誰かを孤独にすることじゃない。

でも、甘やかすことでもない。

前に立つ人の横に、
ちゃんと立つこと。

それを、明日試される。

第26話へ続く。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら