【実体験】親がいなくなる不安を、分厚い漫画本で麻痺させていた私の話。

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コラム
誰でも、ちょっと心細くなるような子供のころのエピソードってあると思う。

トラウマとは呼べなくても、思い出すと心もとない気持ちになってしまう何か。

足元が危うくなるような、ソワソワと落ち着かなくなるような、なんとなく暗い所へと引っ張られるような。


わたしにもいくつかそういうエピソードがある。


わたしの母親は歌手でプロのミュージシャン。

とにかく華があって、魅力的で、子供にやさしくて面白くて、キラキラと輝いていて、いつも周りに人だかりができているような人だった。

そんな母が大好きで、母と一緒にいるだけで毎日は天国みたいに楽しかった。

と、周りは思っていたと思う。

実際、母と過ごす時間はものすごいレクリエーションを受けてるみたいに毎日刺激的で楽しく、まぶしい光の中にいるみたいに輝いていた。

わたしが眠るその直前まで、わたしは母の放つ光やぬくもりを感じて、すごく幸せだった。

だけど、その輝かしい日々が毎日安定していて、常に幸せだったかというと、ちっともそうじゃない。

楽しい日々が重なった後、いつも決まって「底冷えするような夜」が来た。

夜、母が仕事(ステージ)へ出かけてしまう日がくると、世界は一瞬で無音になった。

仕事ではなく、おそらく恋人に会うために居なくなるときもあったように思う。

ただ、理由なんてどうでもよくて、さっきまでの光が嘘のように、家の中は暗く静まり返っていることに耐えられず、

母がいなくなった恐怖と強烈な不安で声を上げて、わたしはただぎゃあぎゃあ泣いていいた。



母は泣く私を置いていく罪悪感からか、いつも居なくなる前に「分厚い漫画本」を買い与えてくれるようになった。

コロコロコミックの少女漫画バージョンみたいな、コンビニで売っている10㎝くらいの分厚いやつです。(当時500円くらいだったかな?)

母にとって、それは精一杯の優しさであり、愛情だったんだと思う。

少女漫画雑誌「りぼん」が大好きで、何度も同じ話を読み返す私にとって、「分厚い漫画本」はステキなギフトだと、母は思っていただろう。


だけど、幼いわたしの脳はここで、ある致命的なバグを学習してしまった。


『耐えがたい孤独や恐怖(心の痛み)は、目の前にある娯楽(物質)で無理やり脳を麻痺させてやり過ごすもの』

という、依存症の原点となるシステム。

母が居ない恐怖を感じないようにするために、目の前の漫画のストーリーにとにかく没頭する。

はたから見ればただ集中して漫画を読んでる子供だと思うけど、わたしは必死だった。

不安になりそうになると、セリフを声に出して読んだりもした。

わたしは母が出かけても泣かなくなった代わりに、漫画本が無いと母が居ない夜を過ごすことが出来なくなってしまった。





母に愛情があったか無かったか、とか、子供を置いてでかけるなんて虐待だとか、そういう話はおいておいて。

あのとき、幼い自分についたクセ(思考パターン)は強烈で、気合や自分の努力だけでどうこうできるものではない。

大人になった今、過去のそういった体験が形を変えて、何かに対する強い依存や、過食やOD、自傷に走ってしまう人たちがいる。
(漏れなくわたしもそう。)

そんな現状だけを目の当たりにすると、わたしもそうだけど、どうしても自分の自己管理ができていないことを、自分で責めてしまう。

でも、ちがう。

それは『構ってほしいわがまま』でも『意志の弱さ』でもない。

あの頃のわたしと同じように、脳が壊れそうなほどの寂しさや自責の激痛から、必死で自分を守るために『麻酔』を探しているだけだから。


何が言いたいかというと、あなたは何にも悪くないということ。


でも、どんなに優しい言葉をかけてもらっても、過去に覚えてしまったものは、そう簡単に消えてくれるものではない。

なぜならそれは、自分の意志が弱いからではなく、幼ない頃に生き延びるために脳が必死に構築した「自動防衛システム」だから。


心理学では、この大人になっても悪影響を及ぼし続ける、幼い頃の傷ついた記憶や思考パターンのことを**「インナーチャイルド」**と呼んだりする。

(怪しいスピリチュアルなお話しではありません!)


傷ついたインナーチャイルド(過去の記憶)を置き去りにしたまま、大人の理屈だけで依存や過食、ODを止めようとするのは、原因を無視して症状だけを抑え込もうとするようなもの。

上手くいくはずがないよね。

生きづらさを根本からラクにするには、まずそのシステムの原点にある「幼い頃の傷」を認識し、適切に紐解いていくことが必要です。

一度深く刷り込まれた思考のクセを、一人でバグ取り(修正)するのは

「絶対に無理!」

とまでは言わないけど、簡単なことでは無いと思う。


じゃあ、どうすれば良いの?


答えは、目に見えない不思議な力みたいな胡散臭い文句ではなく、徹底的に「言語化」し、他人からの「共感」を通じて、自己理解を深めること。

むつかしい言い回しだよね。

簡単に言い換えると、ずっと一人で抱え込んで、麻酔で誤魔化し続けてきたドロドロした感情や痛みを、安全な場所で一度すべて吐き出すこと。

それこそが、治療の第一歩になる。

ただ言葉にすること。それを聞いてもらうこと。その過程で人は癒されるものなのだと思います。

わたしにとってブログがそうであるように、あなたの経験を言葉に紡いで内省を深められたら、きっと生きやすくなっていくはず。



もし、自分の過去に小さな孤独感や痛みがあったり、記憶を封印してしまってるといった自覚が少しでもある方。

今生きづらさを感じている人は、誰か信頼できる人に話してみるでもいいし、わたしに電話してみても良いかもしれない。

治療を強制したりはしません。

ただお話しをしながら、楽になれる方法を一緒に探したいと思います。

一応リンクを貼っておくので、ご興味のある方は見てみてください。


最後まで読んでくれてありがとう☆




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