母親が入院した。
定期検査で脳動脈瘤が見つかり、破裂の可能性は1%くらいだけど安全のために手術で処置しましょうという話だった。
お医者さんは
「カテーテル手術なので、体に負担はほとんどありません。
手術の次の日から仕事ができますよ。」
優しい笑顔で言った。
「ほんとうか?」
わたしは内心、そう思った。
母は70歳を超える立派な高齢者だ。
それに加えて仕事はステージの上で歌を歌うこと。事務仕事とはわけが違う。
情緒的に声を出すことは、想像以上に体力を使う。血圧だって急上昇する。
ダンスこそしないものの観客を飽きさせないために、ステージ上を動き回らなくてはいけない。
歌手だということは、そもそも医師に伝えていたが、医師にその認識は無い。
わたしは、付き添った1回だけの診察のときにすぐに悟った。
心臓と脳の手術のスペシャリストということはよくわかった。
解りやすい説明、寄り添う姿勢、絶対大丈夫だという自信・・・。
「あぁ良かった。先生に全部お任せします。」
医者を神様みたいに信用して、安心しきったようにべったり甘え、早速手術の日程を相談し出す二人のやりとりが私はこの上なく気にくわなかった。
「絶対にわたしが苦労する羽目になる。」
そういう予感がビシビシ脳内をめぐっていた。
そして、やはりその予感は的中してしまう。
目の前においしそうな餌があったら他のことに目が行かなくなって、何もかもかなぐり捨てて突っ走っていく。
母のその勢いはすさまじく、誰にも止めることができない。
楽しいイベントを計画して実行するときは、多くの人を巻き込み、まるでどこかの宗教の教祖みたいにひとだかりを作る。
リハーサルや会議やそれに伴う酒の席。
もちろん家のことはしなくなる。
・・・というか、眼中になくなる。
子供の頃は本当にそれが辛かった。
「またお母さんが他の事に夢中で、私にはうわ言しか言わなくなる。」
今思い出しでも、その頃の自分が可哀そうで抱きしめたいくらいだ。
今回の入院手術の件と、過去の記憶の関連性はもしかしたら解りにくいかもしれない。
でも、しっかりと結びつきがある。
とりのこされ、傷ついた「わたし」がどういう思考でどういう風に現実的に対処していくか。
お医者さんに心酔する母の姿を見て、私の胸がザワザワとした正体。
それは、「またお母さんは、私のことを見なくなる」という幼少期の恐怖。
大人になった今の私は、頭では分かっている。
「手術は必要だし、先生を信頼するのは悪いことじゃない。」
けれど、私の心の中にいる「小さな女の子(インナーチャイルド)」は、違う反応をしていた。
「お母さんがまた遠くへ行ってしまう」
「私はまた一人で、この重荷を背負わされるんだ」
と、膝を抱えて震えていたのだ。
こうした「今の出来事に対して、過剰に反応してしまう心」の正体こそが、インナーチャイルドの傷なのである。
今回、母の入院というハプニングを通して、私は改めて自分のチャイルドと対話するということをした。
「怖かったね」
「もう一人じゃないよ。大人の私がちゃんと味方だよ」
と。
不思議なことに、「小さい頃のわたし」が安心すると、母への苛立ちや未来への不安がスッと静まっていった。
現実を変えるのではなく、まず「内側の声」を聴いてあげること。
それだけで、世界の見え方は変わると実感できた。
この1週間で改めて「インナーチャイルドケア」の大切さを身をもって体感できた。
この経験を糧に、また今日からみんなの心に寄り添わせてもらいたいと思ってる。
また、今回の経験から
「まとまった時間は取れないけれど、文字で少しずつ吐き出したい」
というニーズの大きさを感じ、新しくチャット形式のプランを作ってみたので、気になる人は見てみて欲しい。
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あなたが抱えているその重荷を、少しだけ私に預けてみて欲しい。
あなたのインナーチャイルドが、安心して眠りにつけるように。
「癒しの研究家」たんたんが、心を込めてお待ちしております。