最近、ルッキズム(人を外見で判断し、差別したり偏見を持ったりすることを指す言葉)について議論している様子をSNSで良く目にする。
確かに
「瘦せ信仰が加速しているなぁ。」
と、感じる機会はわたしも増えた。
この間、小物を買おうと思って何年かぶりにSHEINという海外の通販サイトを開いたときのこと。
モデルの人の体型がガイコツに肌色を塗ったかのように細すぎて、正直引いてしまった。
知ってる人が多いかもしれないので例えでいうと、昔流行った漫画アニメ「NaNa」で描かれる10頭身キャラの体型よりも細い。
「このモデルは○○サイズを着ています」
と表記されていたけど、誰が参考にできるんだろう。
でも、売れている商品であるのは間違いなさそうだから
「これを見て買おうと思った人が普通にいるってことだよなぁ…。」
と、なんとも言えない気持ちになった。
ネット中心のこの時代、特に若い人が魅力的なインフルエンサーの影響でダイエットしたり、歯列矯正をしたり、整形したりしている。
それはもう仕方の無いことで、
「時代の流れがそうなのだから。」
と受け入れるほうが、摩擦が無くて良いんじゃないかと思う。
わたしみたいな世代は、若い頃に歯列矯正も身近では無かったし、気軽に整形するなんて考えられなかった。
整形外科といえば、テレビCMでおなじみの湘南美容外科しか知らなかったし。
「かわいい」がお金で買えるようになったのは、良いことだとも考えられる。
「コンプレックスを無くすことで、自分に自信がもてるならいいじゃないか。」
と。
でも、可哀そうだなとも少し思ってしまう。
SNSはあまりにも身近過ぎる。
毎日スマホで見る美男美女と自分との境界線があいまいになってしまっても仕方ない。
「この人のようになりたい。」
という対象と簡単にメッセージをやりとりできたり、ライブや動画配信を通じて交流できるのは素晴らしいことでもあり、危険も伴う。
憧れの対象は見た目を商売にしている(言い方がむつかしいけど)という点で、自分とは全く違う土俵に居るということを忘れがちになる。
その結果、その人にあって自分にないものにばかり意識が向いて、自分を苦しめることになってしまいがちだ。
昔、TVや雑誌の向こうにいた「手の届かないすごい人」は、今や毎日スマホを開けば簡単にアクセスできる隣人になってしまった。
心の発達が未熟(というと本人は嫌がるだろうけど)な若い人にとって、そこに適切なボーダーラインを設けることはむつかしいかもしれない。
だから無理なダイエットや整形に走り、心だけでなく脳やホルモンに異常をきたしてしまう。
これは、とても悲しいことだ。
健康な心と体を取り戻すのに、大切な人生の大切な時間やお金をかけなければいけなくなるから。
SNSの時代からさらにAIの時代へとめまぐるしく移行していく時代。
「これを進化と呼んで良いのか?」
と年齢を重ねた私は、心が少し痛くなりました。
そして、そう言っているわたし自身も食べることにナーバスだったりする。
「美しいものに魅了されるのは生物として当たり前のこと。
でも、自分の価値は自分で決める。」
くらいざっくりしてて良いから、どしっとした土台となる自己肯定感を身に着けていきたいものだ。
あと「ルッキズム」という言葉は最近生まれたのかもしれないけど、美男美女がちやほやされる文化は、実はずっと昔から続いている。
日本にいたら顔採用なんて当たり前だし、きれい、かっこいい人の方が何かと優遇されて、生きていきやすい。
これは大人だけでなく、学校や会社など社会にさらされて生きてきた人なら誰しも感じることだろう。
だからキレイになりたい、カッコよくなりたいと思うのは当然のことかもしれない。
それを理解した上で自己を確立し、見た目では得られない価値を育てていくことがルッキズムに支配されない生き方に繋がる、と私は思う。
今回はルッキズムについて思うことを少しお話ししてみました。
あなたはルッキズムについてどう思いますか?
それにまつわる悩み事はありませんか?
もし、思うところがあれば気軽にお電話くださいね。
最後まで読んでくれてありがとう。