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「敢えて向き合わない」という選択

すぐに目の前のことに対して解決しようとしなくてもいい人間生きていると、コンプレックスやトラウマを抱えていたりするものですが、皆様はどのようにそれらと向き合われていますか?私の母親は今でいう虐待を受けて育った為、承認欲求が強く、また元々の個性にこだわりの強さ、完璧主義なところがあります。 そのせいか、体型にもすごくこだわっていて、母親の世代では身長も高い方ですし、その身長からみたら体重も見た目もモデルさんの様でした。 それでも体重計を測っては太った肥えたと嘆いていました。 子どもの頃の私は少しぽっちゃりしていました。ある意味では幸せなことかもしれませんが(ご飯が食べられることは幸せなことだからです)、毎日のように母親が太った肥えたと嘆いているのを見せつけられて、母親よりも身長が低いのに母親よりも体重が重い自分は太っていて、まるで駄目な人間だと言われているように感じるようになりました。 いつからか自分の体型を気にする様になり、極端に食べたり食べなかったり、トイレに行く度に体重を測ったり、過度に運動したり、半身浴をしてたくさん汗を出してむくみをとってからじゃないと遊びに行けなかったり、鏡に映った自分を見て発狂して一気に落ち込んでしまったり過食のスイッチが入ってしまったり。過食するための食材を同じお店で一気に買い込むのが恥ずかしくて(誰も人の事をそこまで見ていないと思うかもしれませんが同じような経験をされたことがある方はわかると思います)、何件もスーパーやドラッグストア、コンビニを回って過食するための食材を買いにまわったりもしました。 社会に出るようになって世の中の厳しさを知り、
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2024年4月 ルッキズム到来

ルッキズム到来したその昔ローマ帝国では美しい筋肉美は神にささげるお供え物だったのだが、2000年してルッキズムとなった。女性でも男でも若く見え、痩せて、筋肉がついて、マッチョで顔が美しい。それがこれからの流れ。ぽちゃぽちゃしてぶよぶよしているのは嫌われる。ベリーダンスも腹回りのお肉がゆらゆらちゅれるのずがいつしか変わって柳腰の腰の細さで踊るようになった。かくいう私も脂肪肝用の薬と痛風の薬を3か月間飲んでその間、炭酸水は飲んでも酒は飲んでいない。ので72キロから58キロに痩せて医者にはあと3キロと言われている痩せたら収入が悪化するというのに…で鶏のささみと香味野菜でソーセージを作って食べているそして脱毛。脇も下も全部脱毛する。男も女も美しく清潔な見た目も生活態度も清潔ではなければいけない。だから2週間に一度、頭を坊主にしているひげ、無駄な体毛、髪の毛は不浄で不潔なのだ。そして娘に言われるのが、お父さん臭い。きしょいそれで、娘にあかすりとボデーソープを買ってもらった。あかすりでぼりぼり洗って湯船はアロマ風呂でいい香りだ。お風呂に入っていない臭い人がいるという。洋服を洗っていない人。わるいことは言わない。洗ったら天日干しだ。お日様に臭いで体臭すらにおわない風呂に入ってひげをそっていたら、ひげ脱毛を紹介されちょっとだけ行った。娘は眉毛をとって入れ墨を入れたこれから不倫とかふたまたは不潔だと思う。私はされた当事者なので口をきくのに扇子で壁を立てた。平安貴族かよと言われた。なんか会話の中から治らない性病が映りそうだったから。なんかのはずみであっても、相変わらず防御するだろう。更に汚い言葉を
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差のない世界と、それを実現する仕事

ある差を無くすと、別の差が気になるようになります。 貧富の差を無くすとどうなるかというと、ルックスの良し悪しで並べるようになります。誰と交際してもみんな貧乏なのだから、せめて見た目の良い人間と付き合いたいと思う。 今回は、この差を順に埋めていったらどうなるかを考えていきます。 まず見た目格差が埋まったらどうなるか。みんなカッコいい、かわいい。見た目年齢の差もなくなります。 このあとの残る格差に例えば年齢格差になります。容姿と収入がみな同じなら、若い方が寿命が長い、体力もある、と。 年齢の格差を埋めるには、日本では新築・築浅に価値があるがヨーロッパでは古いほうが価値が高いのような、認識の転換が必要になってくるかと思います。もしくは不老になるか、限りなく健康寿命が延びるとか、でしょうか。 実は年齢格差よりも、性格格差、精神性格差のほうが目立ってくるのではと個人的には思います。見た目格差を全世代が一気に克服するとすればバーチャルの世界だからです。(美容整形はお金が必要なので、できる人とそうでない人での格差があるでしょう) 私は(今でも人生経験は少ないのですが)人生経験が浅いときには「性格は自由に変えられる」という考えを持っていました。しかし、その認識は間違っていたと今では思います。 私たちが性格だと認識しているものは、言い換えれば優先順位です。例えば、病気をしたら身体を労われるになります。自分の身体に対する優先度が上がることで意思決定が変わり、それが性格が変わったように他の人には見える。 その優先順位が変わることが性格が変わることだとすれば、なかなか優先順位を変えられる人が案外少ない
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ルッキズムありき?

こんにちは皆様。仕事をするのに於いて、男女とも平等だと言っているのが理想論だとは思っている。実際には平等でなくても、少なくとも新卒の人間は男女平等で行くのが良いと考えられている。昨今は女性の活躍の場が増えてきて、若い女性も仕事に着きやすい、いい世界なのだなと考えている。男性女性問わず、年を取ると中々仕事に着きにくい様で、それは世界のどこでも散見されるらしい。その中でも男性は高齢になっても働きやすいが、女性は50を過ぎると一気に働きにくくなる。これは評価にも表れるらしく、余り性差の無い大学の教授などでも、女性は評価が下がるらしいですよ。女性は温かく友好的なのを良しとする、ルッキズム(外見重視主義)に囚われてしまうのだそうだ。本人じゃ無いですよ囚われるのは、仕事をするうえで付き合う人達に依ってです、転職などでははなから見栄えで判断されてしまうそうです。女子大では入学時に、学長が言う言葉が有って、それは確かだなーと思っている。「女性は結婚、子育てでキャリアを中断してしまいがちですが、ここでしっかり転職の時にも役立つスキルを身に着けてください。」こういう感じの言葉を新入生に言っている、それは確かなのですが、ルッキズムに支配されていて、若い、美しいを正義とされてしまったら、キャリアの構築をしたくても出来ない。だって最初っから年を取った女性は、男に仕える感じでないと仕事を与えてさえ貰えない。美人は得だ、というのが仕事の上でも成り立ってしまうのかも知れない。これからの世界は、男女問わずに仕事をしていかなければならない、それでも女性は駄目ですか?選挙の結果を見て何だか考えてしまったのは、違って
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【コンプレックス】自分の顔が嫌いという悩みの解決法◆ルッキズム

「自分の顔が嫌い」そのような悩みを持つ人はとても多いです。なぜなら、人は、なかなか自分を認めることができないものだからです。つまり、自分という存在の「基盤」を、自分だけで持つことができないのです。これは、僕ら人間に備わっている・エゴの習性です。これはどういうことか、というと・・・★ ★ ★たとえば、動物、植物、昆虫は、エゴがないので、自分という存在に疑問を持ちません。彼らは「自分という存在」を、ただひたすらに生きています。しかし、僕ら人間はエゴを持っているため、「自分という存在」をただひたすらに生きるということが、できないのです。・他人から認められる・多くの人の賞賛を得るこういうことを「基盤」として持たないと、「自分という存在」を、ただひたすらに生きる、ということができないんです。だから・・・・自分の顔が嫌いという悩みも、持ってしまうわけなんですね。★ ★ ★そうした場合・・・まわりを見回すと、色んな顔の人がいます。それは、自分とは違う顔です。自分より良いと思える顔もあれば、自分より悪いと思える顔もあります。そうやって、日々、自分の顔と他人の顔を比べます。そして、そのような・比較の日々を続けていると、どうしても、「もしかしたら、自分の顔は劣っているのではないか」と不安になってきます。仮に、・自分は良い顔だと思ったとしても、それは、・優越感・傲慢につながります。そして、その感情は、やがて、・自己嫌悪へとつながっていき、さらには、・劣等感を自分へ植え付けることにもなります。そしてその劣等感を埋めるために、他人への対抗心を強めます。そしてその気持ちが、「もしかしたら、自分の顔は劣って
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顔採用はあるか?

近ごろ「ルッキズム」という言葉を耳にするようになりました。 「外見にもとづく差別」であり、特に「身体的に魅力的でないと考えられる人々を差別的に扱うこと」とされています。 一般的には、ビジュアル=容姿・顔を指すのではないでしょうか。 ルッキズムをやめましょうとは、言い換えれば人を顔や見た目で判断するのはやめましょう、ということだと思われます。 では転職において、ルッキズム=顔採用はあるのでしょうか。 現実的な話、顔採用は存在します。 これは受付などの接客業だけではなく、営業などにも存在します。 人を外見で判断してはいけないというのは頭では分かっていても、実際にそのように行動できるか?というと、そうもいかないのが人間なのでしょう。 そもそも「外見で判断する社会」だから「そんな社会はやめましょう」と声が上がるのです。 人を外見で判断しない社会であるなら、ルッキズムという言葉自体が存在していないでしょうから。 私個人では変えられない問題でもありますので、ルッキズムが社会的にどう影響があるのか、どう対処すべきなのかについてはここでは触れません。 転職においてルッキズムが問題なのは、 企業側から「あの応募者様は顔が悪いから不採用です」 とストレートにお伝え頂いても、 エージェントからは求職者様に「あなたは顔が悪いから落ちたんです」 と明言できなくなったことです。 私は、これは求職者様にとって不幸なことでは? と思うのです。 無理なものは無理、とハッキリ伝えなければ、同じ過ちを繰り返してしまうためです。 容姿が悪いことは悪ではありません。 単にその人の強みではないという事実だけです。 スキル
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Vol.8 短所をひっくり返すカードゲームで「ちょっとだけ外見が好きになる」話

2026年になりました。今年も、外見オンチアドバイザーとして、顔に関することを綴っていきます。外見に自信がない人は、 なぜか“性格の短所”まで自分に厳しくカウントしてしまいがちです。でもこれ、ほんとうはもったいない。 今日は、そんな自己肯定感をそっと押し上げてくれるお気に入りのカードゲーム 「短所を長所に変えたいやき」を紹介したいと思います。 「3人以上に言われたら、一度は受け止めてみる」 わたしには昔から、 「3人以上に言われたことは耳を傾けてみる」というマイルールがあります。 外見オンチも、性格の癖も、だいたいいつも同じところを指摘される。 つまり、 自分の短所だと思っているものって、裏返すと長所でもあるということ。 このカードゲームは、それをとても楽しく気づかせてくれます。短所カードを裏返すと、長所に変わる 遊び方はシンプル。 自分の「短所カード」を5枚選ぶ。↓裏返す。↓そこに“長所”が書いてある。これだけ。でも、これが想像以上にジワッと効くんです。■わたしの場合たとえば、わたしの短所。 おおざっぱ ずぼら せっかち だから、ずぼらな3分ヘナ染め派。 ……もう開き直るしかないラインナップ(笑)。 でも裏返すと、なんとこうなりました。 「おおざっぱ」→ おおらか 「ずぼら」→(カードにはなかったので「おおざっぱ」で代用)→ おおらか 「せっかち」→ 素早い言われてみれば、ちょっと救われませんか? “ああ、短所って、言い方ひとつなんだな”って。 ■外見コンプレックスが強い人にこそ試してほしい外見で悩んでいると、 「わたしのここがダメ」「あれもダメ」 と、どんどん自己否定の癖が
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見た目問題に関して、モヤモヤすること

おはようございます☆私は昔から、本人の努力でどうにもならないことを指摘したり、イジったりする人が苦手です。自分がマイノリティであることも、大いに関係するかもしれませんが、オネエに生まれたことは、誰のせいでも(私のせいでも親のせいでも)ないし、自己努力だけの問題解決には、どうしても限界があります。ジェンダー以外にも、体型、体毛、体臭etc.人が外見にコンプレックスを感じる部分は、たくさんあります。思春期の頃、ニキビができやすくて悩んでいた私には、新しい湿疹が目立つ度、わざわざ指摘してくる友人がいました。「鼻の頭にニキビがあるよ。」「今度はおでこにできているよ。」と言われても、そんなことは私が一番分かっているし、洗顔料を厳選したり、丁寧に洗う程度の努力は徹底しています((+_+))例えばこれが、「鼻毛が出ているよ。」という指摘だったら、他の人にも見られる前に、むしろ教えてほしいんです(ΦωΦ)一瞬で対処できますから(*´з`)ただ、(学生時代を根に持つ私の執念深さは別として、)大人になっても、言わなくても良いことや、改善しようのない外見イジりを止められない人って、結構いると思います(。-`ω-)矛盾するかもしれませんが、美しさを競うコンテストや、モデルさんのように、自ら洗練された美を武器に活躍している方を見ることは、大好きです♡身近な親近感を売りにするタレントさんより、目も鼻も口も、それこそ、否定するポイントが一つも無いような、超絶美人の芸能人に憧れます(*´ω`*)同じく、時代錯誤かもしれないけれど…容姿イジりが少なくなった昨今、「本当は、見た目やキャラ設定を指摘されることが苦痛
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Vol.5 わたしの原点──『エレファント・マン』と外見の痛み

外見オンチアドバイザーの山中登志子です。今夏、映画『顔を捨てた男』が公開されました。 整形手術で“新しい顔”を手に入れた男性が、自分と瓜2の顔を持つ男と出会い、奇妙な運命に巻き込まれていく物語です。動画配信がされたとき、ご紹介できればと思います。「顔をめぐる物語」にいつも何かの“気づき”をもらえます。わたし自身の「原点となる映画」があります。 中学3年の体育祭の仮装競技 中学3年の体育祭で、各クラスが担任の先生を仮装させて披露する種目がありました。 女装、キャラクター、いろいろな姿に変身させる——昭和らしい、いまなら間違いなくSNSで炎上しそうな競技です。 隣のクラスは、英語教師を“エレファント・マン”に仮装させました。 目の穴だけをくり抜いた布をかぶせ、運動場を1周させます。 生徒たちはくすくす笑っていました。 その教師も「暑かったじゃないか〜」とその後の授業で笑っていました。 でもわたしは、胸の奥がずっとざわついていました。 まだ15歳で、言語化する力も、抗う勇気もなかったけれど、 「これは何か、おかしい」という強烈な違和感だけははっきり覚えています。映画『エレファント・マン』との出会い その後、映画『エレファント・マン』(デヴィッド・リンチ監督)を観ました。病気(レックリングハウゼン病/神経線維腫症)によって容貌が大きく変化したジョン・メリック。彼が見世物小屋でさらされながら、必死に叫ぶあの言葉——「ぼくは動物じゃない! ぼくは人間だ!」 体育祭でのあのシーンが、鮮明によみがえりました。わたしが感じた違和感はこれだったんだ、と。 その数年後、「アクロメガリー」という病気に
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Vol.1「#脱・外見オンチ日記」スタート!

はじめまして。3つの顔をもつ「外見オンチアドバイザー」の山中登志子です。わたしはこれまで、 「編集者」「ヘナ染め美容師」「外見オンチ」という3つの顔をもちながら生きてきました。 10代から外見コンプレックスのかたまりで、 鏡を見るのも、写真を撮られるのも好きではありませんでした。 でも人生は不思議で、50代のいま、外見のしんどさを抱える人の話を聞き、外見にかかわる仕事をしているわたしがいます。 編集者としては、『買ってはいけない』(200万部)の企画&編集&執筆を担当し、 “見た目に惑わされず、中身を見る”というスタンスを大切にしてきました。 その経験は、外見の世界でも強い軸になっています。美容師としてはヘナ染め専門で、 髪や肌の「質」から整えることをお伝えしています。 そして外見オンチとしては、わからないからこそ、 “わからない人の気持ち”を想像する気持ちを持ち続けています。 この日記では、外見コンプレックスに悩んだわたしが、少しずつ心を整えてきた道のりを、肩の力を抜いて綴っていきます(週1回更新予定)。同じように鏡の前でため息をついたことがあるあなたへ。この小さな日記が、ほんの少しでも心をほぐすきっかけになればうれしいです。そして、ココナラでは、外見・恋愛・仕事・人間関係…言葉にならない思いもふくめて、 ゆっくりお話できる場所にしたいと思っています。来週は、わたしが「外見オンチ」と名づけた背景、 そこから生まれた“リセット・ルッキズム”について書いてみます。 やさしく、すこしずつ。 どうぞよろしくお願いいたします。山中登志子お知らせ*12月5日より、ココナラで「外見・ヘ
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初めまして

札幌でパーソナルカラー診断・骨格診断・メイクアップアドバイスのお仕事をしている kasumi と申します。今回は私がこの仕事にかける思いを綴ります。学生時代、ちょっとおしゃれに目覚めてお洋服を買ってみたりメイクをしてみたりしました。ですが親から「なんか変だよ」と言われてしまいそれから、おしゃれは自分に似合わないんだ、恥ずかしいんだ、という想いに苛まれおしゃれを遠ざけました。社会人になり化粧品販売をするお仕事に就いたのですがお客様へご提案するには勉強が必須でした。スキンケアやメイクのお勉強をしていくうちに、楽しくなっていきました。笑顔で帰るお客様を見ていると心も温まりました。ここで美容に再度興味を持ち始め、パーソナルカラー診断・骨格診断を受けにいきました。そこで世界が変わりました。自分の「似合う」がわかった途端、お買い物が楽しくなったり、メイクをすることが楽しくなりました。そして周りからは「メイクが上手だね」「おしゃれだね」と言ってもらえることが増えどんどんと心が前向きになり、潤いました。昨今、SNSの普及の影響でルッキズムの傾向にありますよね。そのせいで、「私なんか…」だったり「私は可愛くない」だったりというお悩みが目にたくさんはいるようになりました。そんなことはない、みんな一人一人に「似合う」があり「かわいい」や「かっこいい」があるんだ、魅力があるんだ、と心から思いました。私が感じた心の潤いをいろいろな人に提供したいという思いから、私を診断してくれた恩師にメソッドを学びました。診断できるようになってからは、診断にきてくれた方が最後笑顔で「早速買い物してきます!」とお店を出て行
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Vol.4 わたしは「INFJ-T」──外見に敏感だった理由

外見オンチアドバイザーの山中登志子です。 今日は、わたし自身の “性格のくせ” の話をしますね。「人の相談を聞く仕事って、疲れませんか?」 なんて聞かれるのですが…… 実はわたし、MBTI(心理学者ユングの理論に基づいた性格診断)で 「提唱者(INFJ-T)」 という、かなりレアなタイプらしいんです。このタイプ、ざっくり言うと・・・*感情の変化にすぐ気づく。*言葉より“雰囲気”を読みとってしまう。*困っている人を見ると気になって仕方ない。*なのに、完璧主義で自分には厳しい。……はい、あてはまっていますね(笑)。昔のわたしは外見に自信がなくて、 人の視線にビクッとするタイプでした。 その「敏感さ」が、いまは人の気持ちを察する力になっているのかもしれません。 INFJは“静かな理想主義者”と言われるそうで、 「人の役に立ちたい」と思うと、 ちょっと頑張りすぎるくらい動いてしまう。 でもその反面、慎重だったり、悩みすぎたりもします。正直、弱点も多い性格です。 でも、外見の悩みってけっこうデリケートで、 言葉にならない部分に長く触れることが多いから、 こういう性質が仕事を支えてくれているとも感じます。 「表面的に答えを出すより、 その人のペースに合わせて一緒に整理するほうが好き」 これは性格というより、もう習性に近いです。 外見の悩みって、 明るく話せることでも、すぐ言語化できるものでもないですよね。 でも、ちょっと話してみたら、 「あ、意外とこの話してもいいんだ」と思える瞬間があります。今日は、そんな“わたしの裏側”を少しだけ書いてみました。 こんな性格の外見オンチアドバイザーですが
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Vol.3 本日オープン!「外見&ヘナ染め」セッションはじめました。染め」セッションはじめました。

本日から、ココナラでのセッションを正式にスタートします。対応は 電話/ビデオ のどちらも可能。ジャンルは 外見の悩み相談 と ヘナ染め(美髪ケア) の2本立てです。外見の悩みは「外見だけの話」ではない。外見にまつわる悩みは、じつはとても深くて、いろんなテーマとつながっています。恋愛・結婚セックス家族仕事・人間関係自己肯定感過去の傷つき生きづらさ外見の話をしているようでいて、“外見だけに収まらない心の根っこ” に触れることがよくあります。だからこそ、ゆっくり話せる場所が必要なのだと思っています。電話でも、ビデオでもあなたが話しやすい形で大丈夫です。【電話】声の温度で安心できる【ビデオ】表情や雰囲気を見ながらていねいに話せる。どちらでも、あなたがいちばん負担なく話せる方法を選んでください。わたしは、特別な正解を押しつけるつもりはありません。 外見に息苦しさを感じている方にこそ、“自分のペースでいい” ということを伝えたいのです。わたし自身、自分の「変わった顔」をカムアウトするまで20年以上かかりました。だからこそ、外見のしんどさには寄り添っていきたいと思っています。3つの視点でサポート外見オンチアドバイザーヘナ染め美容師編集者この3つの経験をいかして、あなたの“いい顔”を一緒に見つけていくお手伝いができればうれしいです。ここが、外見の悩みを抱えるみなさんのふっと息をつける「小さな避難所」 にもなりますように…。どうぞよろしくお願いいたします。山中登志子お知らせ*noteでは「これは事件です! でも人生はおもしろい」 をテーマに、わたしの“3つの顔”について綴っています。*実録エッセ
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Vol.2 わたしは「外見オンチ」

わたしはずっと、「外見オンチ」でした。センスに自信がなく、似合う服もわからず、気づけば黒い服ばかり。メイクも習ったことがなくて、苦手意識だらけ。変わらなくては、と思っても——そもそも「どう変わればいいのか」がわからなかった……。10代の頃は「ブス」「デブ」「おかま」と言われ、24歳のときには、つきあっていた男から「1000万円出すから整形したら?」と言われたこともありました。20代のわたしは、自分の「顔」との闘いのなかにいました。鏡も写真も苦手で、生きているだけでつかれるような毎日。そんな長い時間を過ごしてきました。わたしが “外見オンチ” という言葉を見つけたのは、2008年、自著『外見オンチ闘病記』を出版したときです。でも、外見オンチだったからこそ気づいたことがあります。外見には「正解」がない。SNSの美意識でも、メディアの流行でもない。その人が生きてきた時間や、心の質感のようなものが顔や雰囲気にそっと滲み出る。外見オンチの視点は、常識の外にいるぶん、その“にじみ”をまっすぐ見る力があるのではないか——そんなふうに思うようになりました。わたしはこの視点を「リセット・ルッキズム」 と呼んでいます。ルッキズム(外見第一主義、外見至上主義)とは、人を外見や容姿を基準に判断したり、差別したりする考え方ですが、わたしは「外見や容姿をあれこれ言うこと&思うこと」だと伝えています。外見の偏差値やランキングをいったん手放し、他人基準の美しさから離れる。そのうえで、自分のペースで、自分の心地よさや生き方に合う外見を取り戻す方法です。 長いつきあいの顔は、しんどかった日も、がんばった日も、一
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人は見た目が9割という地獄

 「9割本」と俗に言われいる「○○が9割」という本を良く見かけますが、『人は見た目が9割』というタイトルの本の出されていますね。   当方はこの本を読んだことがないので、どこまで科学的にそれを証明されている内容なのか分かりかねますが、「人は見た目が9割」というのはあながち間違いではないでしょう。   心理学の用語にも「ハロー効果」等と言いますが、初対面でのポジティブな印象がその後の評価にも影響を与えることを言います。   特に日本では「ルッキズム」という言葉が流行るほどに、「見た目」というものを重要視するようですね。   確かに、例えば、初対面がとても美しい人、紳士的な人、装いも麗しい或いはスマートな雰囲気があると、とても好印象を持たれやすいですね。   ですから、自分の身なりや容姿を気にすることは、ある意味誰にでもあり、心理的にも健康的であることの現れです。   これが、過剰になると病的になります。その最たるもののきっかけはSNSですね。   流行り、見た目、美しさはSNSを通して、特に芸能人やインフルエンサーなどから瞬く間に広がります。    そして、その影響を受けた一般庶民は、こぞってその真似をしようとするわけです。    昭和から平成にかけていえば、アイドルの松田聖子さんが出てきたら、世の女性たちは皆ヘアスタイルを「聖子ちゃんカット」にし、平成になれば、平成の歌姫の代表である安室奈美恵さんが出てきたら「アムラー」などと呼ばれるような現象まで巻き起こし、そして令和になったら、今は誰がファッションのお手本なのでしょうか?    当方には分かりかねますが、兎に角、日本人女性は
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「『ルッキズム』の行く末」

日本に来た欧米人が一番驚くのは、日本人が必要以上に容姿についての発言をすることだそうです☺️ 「鼻が高いね」 「顔が小さいね」 と言われても、彼らは全く嬉しくないそうです。 日本では、異様にルッキズムが幅を利かせています。 女性の容姿に対して蔑むような発言をあからさまにする男性は大分減りましたが、相変わらず容姿を揶揄する発言はSNSでも多く聞かれます。 私が思うに、ルッキズムの被害を受けているのは、主に女性の方だと思います(*^^*) 日本において女性は必要以上に「美しさ」「若さ」を求められます。 日本人男性に、「女性は若い方がいい」という価値観が浸透しているのも、ルッキズムの一部と言えます。 「若いですね」 「綺麗ですね」こういった言葉に代表されるように、日本においてはメディアによるルッキズムの扇動が目立ちます。 ネットに溢れるダイエットの広告、太っていることがいかに恥ずかしくて、醜いことであるか、ということを訴えてきますよね。 こういったルッキズムのおかげで、日本人女性は常に「若く」「美しく」いることを義務付けられているのです。 これによって、みんなが「美しさ」に対する誤解をしてしまっています。 若いだけが、見た目の美しさだけが価値のあるものなのでしょうか? もっと言えば、「美しさ」とは、そもそも千差万別で、国や地域、民族や文化などによって違ってくるものです。 そんなに簡単に決めていいものでもありません。 日本において、女性は常に男性の目を意識し、男性の好みに合った容姿になる努力をしないといけないようにし向けられています。 男性に気に入られるような格好をして、そのようなメイ
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Vol.7 スポーツ紙と“美人”──外見記事を追ってわかったこと

Xで「リセット・ルッキズム」を掲げて、外見系ニュースをメモ代わりに淡々と投稿し始めて1年あまり。 フォロワーも3桁に届かない、静かなアカウントですが(笑)、続けていると“傾向”が見えてきます。そのひとつが——スポーツ紙、美人ネタがとにかく好き!もう、これは間違いない。 ギャップ萌えに弱いメディア ターゲットが男性中心だからなのか、「美人すぎる×××」ギャップがとにかくお好きなようです。職業が“意外なほど”美人だと、称賛のボルテージが一気に上がるのも特徴です。 お笑い芸人なのに美人、格闘家なのに美人、政治家なのに美人……といった感じ。 ここには堂々とした ジェンダーバイアス を感じます。これ、男だったらどうなるのかを想像するとわかりやすいです。語彙力の豊かさに、思わず感心 しかも、美人を褒める語彙の豊富さは圧巻。 最近だと、「令和の見返り美人」なんてキャッチもありました。 スポーツ紙の編集部、語彙力は本当にすごい…! ただ、どんなに褒めちぎっていても、「ネットの声によると」と前置きし、“あくまで読者の意見”として紹介するのがミソ。(選んでいるのは記者だろうに……) もちろん、これはスポーツ紙だけの話ではありません。 ・美はギャップがあると持ち上げられる。 ・美容整形は「劇的ビフォーアフター」が大好き。 ・男性ルッキズムの記事が近年増えている。 外見に関するニュースは、社会の“価値観の癖” がとてもよく見えます。わたしは「外見オンチ」代表として、本当は“美人もひとつの個性”と思いたい。でも現実には、美のヒエラルキーを面白がる文化がまだ強い と感じます。ちなみに、外見系の記事をどう集
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芸能人の整形画像をダラダラと見ちゃうの、何なのだろう

なぜか、ダラダラと芸能人の整形画像before afterを検索してしまうことって、ありませんか? え? あんな綺麗な女優さん、昔こんな顔だったの? え、あの○○さん、好きだったのに、今こんな顔になっちゃったの?? とか、思いながら。 何の生産性もない時間なのですが、なぜか見てしまう感じ、何なのでしょうね。 特に、もの凄くナチュラルな感じの美人に見えて、憧れていた人が、実は整形だった! みたいなことを知ると、なんかショックです。 あの人も、この人も、鼻やエラをいじってる、という……。 そんな無為な時間を過ごしながら、ふと、ルッキズムについて考えてみました。 そもそも、私たちの「美の基準」って、メディアによって刷り込まれてきたところが大きいと思うのです。 ドラマやCMに登場する、美しい女優やモデルさんたちの顔を見て、憧れ、それがやがて美の基準になっていく。 ところが、その顔が、整形という人工的な作為によって作られたものだったならば……。 実在しない、虚構の「顔」が、美の基準になってしまっている。 なんだか、奇妙ですよね。 私のような中年からするとピンとこない部分もあるのですが、今若い人の間ではルッキズムが過剰になっているのだとか。 なんでも、整形文化の普及と、インスタなどでの加工が当たり前になったためだそうです。 そういうものなのでしょうか…? そもそも、「ルッキズムはよくないことだ」という風潮自体、最近出てきたように感じています。 むしろ昔の方が、容姿差別、容姿イジリやセクハラは当たり前。 ルッキズム、なんていう言葉すらありませんでした。 今のほうがよほど、多様な価値観への理解
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嫌われてはならぬ。

王様の耳はロバの耳だったり、王様が裸だったり、色々世に中には言ってはならぬことがあります。だけど、言ってはならぬことを言ってしまう人もいます。そういう人は、たいてい嫌われます。去年、「ルッキズムは良くない」というネット記事を読みました。それに対してどこかのモデルさんが「きれいを頑張る人がいたっていいじゃない」というようなツイートをした。いや、このイマイチ論点がズレている対決どうなるのだろうとこっそり楽しみにしていたのですが、別にそんなに話題にならなかったですね。どーでもいいわ!というご意見が大多数だったのかも。ルッキズムの問題。私の個人的意見としては・・・結構微妙なラインですね。自分の力では変えられないこと、どうしようもないことを指摘するのは、ただの意地悪です。だから、ブスとかデブとかメガネとかチビとかハゲとか、そういう見た目で区別できる指摘をするのは当然ダメです。王様の耳がロバの耳なのも、裸なのも、当然言ってはならぬことです。だけど、「俺はただの意地悪な人間だからな」と開き直っている人だったら?イジワルして他人を嫌な気分にさせる、ただの嫌われ者を自認している人物だとしたら・・・見たままの本当のことを忖度しない子供のような生き方をしている人がいたら・・・これはもう止めようがないね!みんなが思ってて、言いたいけど言えないことを、空気を読まずに発言するという役割を担う人も社会には必要です。古い時代で言えば、「ピエロ」「道化師」がその役割を担っていました。地域によっては、この道化師、王様お抱えだったそうですよ。王様だろうと誰であろうと、イジリ倒すお仕事です。普段は、市井の人にバカにさ
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