「また考えすぎちゃった…」
「なんで私はこんなに気にしてしまうんだろう」
そんなふうに、自分を責めたことはありませんか?
誰かに何かを言われたわけでもないのに、心の中がザワザワして、動けなくなってしまう。
まるで、心がとても薄い紙でできているように、すぐに折れたり、破れたりしてしまう感じ。
実は、私もずっとそうでした。
50代になった今でも、ふとしたときに心がゆれます。
でも、昔とちがうのは「その自分を責めなくなったこと」です。
繊細であることは、わるいことではありません。
あなたがまわりの人の気持ちに気づいたり、小さな変化に目をとめられるのは、すばらしい才能です。
でも、その力が強すぎると、まるで大きな音にずっとさらされているように、心が疲れてしまうのです。
それを「自分が弱いからだ」と思ってしまうと、さらに心がつらくなります。
でも、それは「弱さ」ではありません。
ただ、「そのままの自分」で生きるには、少し工夫が必要なだけなんです。
たとえば、強い光がまぶしくて目をつぶってしまう人に「ちゃんと目を開けなさい」と言う人はいませんよね。
まぶしいなら、サングラスをかけたらいい。
繊細な人にとっての“サングラス”は、自分を守る考え方や、やさしい視点です。
私は、心理学で「どうして自分はこうなんだろう?」とずっと答えを探していました。
でも、考えても考えても、正解は見つからなかった。
そんなときに出会ったのが、哲学でした。
哲学といっても、むずかしい本を読むわけじゃありません。
「本当にそうなのかな?」と、ちょっとだけ立ち止まって、考えるだけです。
たとえば、「わたしって、気にしすぎだよね」と思ったら、こう問いかけてみてください。
「気にできるって、わるいこと?」
「本当に、“気にしない人”が正しいの?」
こんなふうに、自分の思い込みに小さな“問い”を向けるだけで、心がふっと軽くなったりします。
繊細なあなたは、そのままでとてもすてきです。
責めるのではなく、ただ「気づいている自分」を、やさしく見守ってあげてください。
それが、変化の一歩目になります。
もう、自分を責めるのはおしまいにしましょう。
これからは、自分と仲直りしながら、生きていきませんか。