私の両親(と思っていた人達)は私が小学2年生の時に離婚。
なぜ離婚したのか、本当の理由はわかりません。
離婚する少し前から「お父さん」が「お母さん」に手を挙げていた記憶。
私の父は昼はガテン系?のサラリーマン(なんか小さい船を運転して何かを運んでいた)で、夜はなぜか小料理屋を営み、母は当時珍しくもない専業主婦でした。
なので、平日は昼夜働いている父親との接点が無く、半ドンの土曜のお昼過ぎからと日曜日だけが父親とのささやかであり暖かな交流の時でした。
私の父は当時、「子煩悩」と言っていいくらい子供好きで凄く可愛いがってもらいよく遊んでもらった記憶があります。
そんな「お父さん」が「お母さん」に手を挙げていた。
これだけだ聞くと今で言うDVかと思ってしまいそうですが実は私を守るための行為でした。
当時私は母親から酷い虐待を受けていたのです。
いつもちょっと気に食わない事をするとすぐ殴る怖い「お母さん」
ごはんをちょっとこぼすと箸で殴りつけてくる怖い 「お母さん」
九九をちょっと詰まるとほこりはたきでたたく怖い 「お母さん」
正座を崩すとガラスのコップを投げつけてくる怖い 「お母さん」
外ではいつもニコニコしていて一切怒らない「優しいお母さん」
なのに家に帰って来ると「どうしてあの時こうできなかったの!」と豹変するやっぱり怖い「お母さん」
私が「お母さん」と唯一呼んだ事のある人は幼少期の記憶ではこういう人でした。
そして小学2年の夏。唐突に両親にこう尋ねられました。
「お父さんとお母さんは別々に暮らす事になった。お前はどっちと暮らしたいか?」
休日はいつも優しく遊んでくれる「お父さん」
四六時中ビクビクしてしまう怖い「お母さん」
言うまでもなく「お父さんと一緒にいたい」
と、心では思っていても、口に出したのは
「お母さんと暮らす」
お母さんが怖くてお母さんがいいと言わないといけないのではないかと幼少ながら導き出した答えでした。
それでも父がそんな私の心に気づいたのか,どう言う訳か父と暮らす事になり。
あの14歳の出来事を迎える事になるのです。
事実を知った私はパニックに陥り、しばらくは情緒不安定時期を過ごす事となるのです。
私は同じ経験を持つ方の心に寄り添いたいと思っています。
どのようにして立ち直ったのか。向き合えるようになったのか。
実は心の奥底にず~~っと潜んでいるモヤモヤを話してみてスッキリしてみませんか?
友達に話しても暗くなるし周りには同じ境遇の人はなかなかいませんよね。
波乱万丈な人生を歩んできたぽんたろうがどんなお話しでも聞きます。