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残高0

今日、父の銀行口座を空っぽにしてきた。給料振込み・住宅ローンの引落し・学費の支払い・年金受給60年以上に渡り、常にお金が流れていた口座。生真面目な父は、決して残高0になどしなかっただろう。そのフローはまさに父の人生の軌跡。驚くほど世間に疎い母に、全てを「当たり前」と思わせるほど父は一人で家の経済を握り、家計を回し続けてきた。それは世帯主として当然の様に思われるけど、人が生きる上で、本当に大切で地味な戦い。父は孤独だったと思う。そして一抹の達成感に溢れていたと思う。今、私自身がそうであるように。もっと、父とお金の話しをすればよかった。各々の小さな責任を、精一杯果たす同志として。本当に見送るみたいで、最期まで言えなかったよ。お疲れさま。 ありがとう。父のもとで育ち、今、自力で戦える私があることに感謝。
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【食事】家で最期に

あなたの最期の食事、決めていますか? 今回は、家で最期に食べる食事について紹介します。 ①どう最期を迎えるか ②食べる楽しみ ③何を食べれば良い? ④食べない選択肢 まとめ ①どう最期を迎えるか あなたにとっての最期をどう迎えたいですか? 家、病院、施設など場所はそれぞれです。 慣れ親しだ家で過ごしたいという方が多いのが現状。 最期を迎えるには、ご家族の協力も必要です。 やはり家でのお食事、気になりますよね。 ②食べる楽しみ 食べることが楽しい方は多いはず。 特に、最期を家で迎えるご年齢になると食事は生活の上で楽しみの一つになります。 病気などがあると、何を食べて良いのか分からなくなってしまうことも。 次は、具体的な食べ物について説明します。 ③何を食べれば良い? 食べるための歯や口の機能に問題がなければ、基本的には何でもOKです。 お酒、サイダー、フライドチキン、うなぎなど… あなたのお好きなものを食べて大丈夫です。 ちなみに、以下は私の担当患者さまに人気が高いものです。 ④食べない選択肢 病気や状態によっては、食べないことを選ばざるを得ない時もあります。 そんな時は、冷凍みかんの果汁を数滴なめたり、アイスを少し口に入れり… もちろん、誤嚥性肺炎のリスクがある方は医師の指示のもと行います。 最期に食べられるかどうかは、いろいろです。 しかし食べずに、点滴とわずかに口に入れるものの楽しみがあるだけでも、幸せに感じる瞬間があると良いですね。 まとめ 最期に口から食べることができるのは、幸せなことです。 病気や体の状態によって食べられない方も、安心してください。 医師や管理栄養士に
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私たちに選べること

夫の友人の訃報が届きました。私も夫と結婚する前に2回ほど会ったことがある人です。昨年の今頃は「またコロナが落ち着いたら飲みに行こな!」という会話をしていたそうです。蔓延防止が解けた11月ぐらいに一人で遅くまであちこちで飲み歩き、酔っぱらって転んだ時にコンクリートの角で頭を打ってしまい、誰かに発見された時はすでに亡くなっていたのだそう。まだ50才という若さだったのに。そんなあっけない亡くなり方をしたなんて。一人暮らしをしていたので、夫の元に知らせが入るまで半年以上もかかったようです。私たちはどの場所(国)で、どのような親の元に生まれるかを選ぶことはできません。選んで生まれていると言う人もいますけど(^^;)そしてどのような最期を迎えるかも選べません。直前まで元気に演説をしていた人の命が一瞬で奪われることもあるのです。だけど、生きている間だけはどのように生きるか?が選べます。誰を恋人(友人)にするか、どこで働くか、何に夢中になってどこへ旅行に行って何を楽しむのか。大人になって経済力さえ身につけたら、誰と暮らして誰から離れるのかも選べます。どういう最期になるのかわからないからこそ、今を大切に自分が楽しくいられることを考えましょう。「あいつらしい最期やな」と夫や他の友人たちは思ったそうです。短くても幸せだったのなら、この世に生まれて良かったと思える人生だったのならそれはそれでいい。そういう人生を選んで行きたいものです。
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「寄り添う」の意味を学んだ出来事

こんばんは。いつも読んで頂きありがとうございます(*´∀`)長年、福祉施設や保育所に勤務してきてご本人やご家族、同僚、先輩方⋯多くの方と関わってきました。若い時の私は元気で明るくいることで愛されると思っていました。それしか取り柄がないとも思っていました。高齢者施設で出会った方。とても穏やかな方でそんな私をいつも温かくて守ってくれていました。そんな時にその方は病気がわかり日に日に元気がなくなっていきました。そんな時にも私は変わらず元気な私でその方に接していました。そちらのほうが元気がでると信じていたのです。でもその方に「あなたの元気に吸い込まれそう」そう言われました。いつものように穏やかに微笑んででもすごく辛そうに⋯。ショックでした。人の元気が辛い時もあることを知りました。迎えゆく最期に不安や恐怖と向き合っていたのだと思います。そして、そんな時に「どうしてほしいのか」全てを理解することはできなくても知ろうとすることはできたはず⋯でした。それから少ししてその方は亡くなりました。お見舞いに行くとその方は変わらず、微笑んで迎えてくれました。その穏やかで温かい笑顔を忘れることはできません。“想いに寄り添う”意味を考える時その方を思い出します。自分自身が経験してきたことはもちろんですが関わってきた方々から学ぶことも本当に多い毎日です。今日も読んで頂き、ありがとうございました(*´∀`)
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「人生最期のときをどう過ごすか」~小惑星「ベンヌ」~

宝くじで一等が当たる確率って、どのくらいだと思いますか? 実は1000万分の1なんです。 では、山でクマに殺される確率は? これは0.00046%と言われています。 飛行機の墜落事故に遭う確率は、0.0009%。 東京でタヌキに出会う確率は、0.001%。 オスの三毛猫が生まれる確率は、0.003%。 野球場で、ホームランボールを掴む確率は、0.026%です。 そして、他人に殺される確率は、0.03%だそうです。 今、ある方面で話題になっている小惑星「ベンヌ」というものがありまして、これが150年後に地球に衝突する確率が、これと同じく、0.03%なんだそうです。 この小惑星は、直径500mで、地球近傍惑星として、1999年に発見されたそうです。 これって、結構ヤバいですよね。 この小惑星がもし、地球に衝突すると、1200メガトンのエネルギーが放出されると予想されていて、これは、最も強力な核兵器のエネルギーの24倍に相当します。 これは、大変なことですよね。 そんなことになったら、間違いなく人類は滅亡してしまうでしょう。 最近、Netflixで映画「ドントルックアップ」を観ました。 これも小惑星が地球に衝突するまでを描いたコメディ映画ですが、面白いので、興味ある方は観てみてください。 想像を遥かに絶する、未曾有の大災害。 そんなことになったら、皆さんはどうしますか? 私は愛する人と一緒に、最期のときを迎えたいです。 人間、いつかは最期を迎えますから、色々と考えてみるのもいいかもしれませんね。 では、よい一日を。
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人生の最期になって後悔しない

分刻みの会議。大事な商談をこなす。怒涛のようなタスクを完了させる。。。忙しくも充実した仕事を終え、一日を振り返る。あれ、何してたっけ。。?何をしてたか思い出せない。取り掛かってる時はあれだけ充実した時間だと思ったのに、やりがいもあるって感じてたのに。どんな話しを誰として、どんな気持ちで仕事をしていたのか。。頭にモヤがかかったみたいに記憶があいまいで思い出せない。++++++++こんなことって自分だけでしょうか??実は私はこういったことが結構あります。忙しい一日で切れ間なくたくさんの作業をしていたのに。時間もあれだけ投入したのに。これは一日の単位で起こるとも限りません。忙しい1ヶ月だったり。忙しい一年だったり。いずれもその時々では充実した時間を過ごしていたはずなのに。後から振り返るといまいち何をしていたのか、どんな感覚だったのか思い出せない。記憶そのものがおぼろげになってしまいます。早いものでもうすぐ人生も折り返し地点。自分の人生を振り返ってみれば過去には自分的にはだけど成功したと思える仕事もありました。胸を張れる努力も確かにあった。そしてその頑張った延長として築けた社内での評価もあります。でも後から人生として振り返った時にどうしても思い出と呼べるほどの記憶がないんです。何十年も会社員をやっていたのに。たくさんのことをしてきたはずなのに。振り返ってみれば同じような一年と同じような出来事を何十回何百回と繰り返しているだけじゃないか。そんな感覚に包まれます。認めたくないけど実際に同じようなことの繰り返しなんだと思います。少なくても意識はそう感じている。このままいくと死ぬ間際に人生を振
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人生最後の日、何を思う?

想像してみてください。今日が、あなたの人生最後の日だとしたら、あなたは何を思うでしょうか?愛する人たちの顔、これまで歩んできた道のり、やり残したこと、叶えられなかった夢。様々な想いが、走馬灯のように駆け巡るかもしれません。「このままの人生で、本当にいいのだろうか…」「もっと、自分らしく生きたい…」「何か、やり残したことがあるような気がする…」そんな漠然とした不安や焦りを感じているなら、それは、あなたの魂からのメッセージかもしれません。さあ、一緒に、心の声に耳を澄ませ、自分だけの答えを見つけましょう。「人生最後の日」に、多くの人が後悔することそれは、「もっと、自分の気持ちに正直に生きればよかった」「もっと、愛する人に感謝の気持ちを伝えればよかった」「もっと、やりたいことに挑戦すればよかった」「もっと、人に優しくすればよかった」「もっと、自分を大切にすればよかった」というものです。これらの言葉は、私たちに「人生で本当に大切なものは、お金や地位や名声ではなく、愛や感謝、そして自分自身の心に従って生きることだ」ということを教えてくれます。「後悔しない人生」を送るために、今できることでは、「後悔しない人生」を送るためには、どうすれば良いのでしょうか?その答えは、実はとてもシンプルです。「今、この瞬間を大切に生きる」こと。「当たり前」だと思っている日常の中にこそ、かけがえのない幸せがあることを忘れないでください。そして、自分の心の声に耳を澄ませる自分の気持ちに正直に生きる愛する人に感謝の気持ちを伝えるやりたいことに挑戦する人に優しくする自分を大切にするこれらのことを、今日から、今から、実践
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最期まで耳は聞こえてる?

「最期」とは亡くなる直前という意味である。私が新人の頃から厳しい状態の患者の家族に対し先輩は「耳は亡くなる直前まで聞こえてるので声をかけてあげてくださいね」と言っていた。その時は、「本当かよ」「先輩も言ってるし間違いではないんだろうな」と思っており自分も同じように家族に言ってきた。今度、亡くなる方の身体的な変化について講義をする予定であるがスタッフに何か疑問に思うことがあるか聞いた際に「何で耳は最後まで聞こえてるんですかね」と質問を受けた。私は、質問されると気になって調べないとしょうがない性格なので調べることにした。そして、講義のネタにしようと思った。結論から言うと、「わからない」っぽい。当然と言えば、当然の結果。亡くなった人にインタビューできない限り回答は得らないはず。ただ、聞こえてそうと考えている人の意見は聴覚は触覚や嗅覚などと違い脳が判断して行うものではなく耳の中の細胞に血液が流れていれば聞こえているはずと考えているものであった。本当にあってるかわからないけど、こういう説があるんですよくらいは説明しようと思う。認定看護師でも知らないことだらけです。日々、勉強。
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もし今日が最期だとしたなら

昨日参加したワークショップで、こんな質問がありました。「もし今日が最期だとしたら、何をやり残したと思いますか?」私の答えは、「もっと自分や自分の人生を信頼して生きてみたかった」でした。ついつい不安や心配で自分の人生を疑ってしまっていたな、そうして不安や心配に時間を取られるくらいなら、自分を信頼して、人生を信頼して、すべてを思い切り信頼して信じて生きてみたい。そんな思いが湧いてきました。不安や心配はなくならないかもしれないけれど、あまりそのことに時間を割きたくない。不安や心配も、そうなんだねと俯瞰して受け入れながらも、もっとそれ以上に自分のことを信頼してこの先は生きていきたいと思いました。みなさんはどうですか?今日が最期で、やっておけば良かったと思うことはありますか?私の中に湧いてきたこの思いを忘れないためにも、ここに記しておきます。
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日記「夏の太陽、最後の治療」

最近日中熱くなってきてやっと俺の大好きな アイスの季節がやってきたから嬉しい °˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖° でも俺は汗かきだから外に出るとすぐに汗が 滝の様に出てしまい体が干からびてミイラに なってしまう なのでアイスを買って即帰宅しこれだけでも 汗が出るからすぐにシャワー浴びないと体が ベトベトして気持ち悪いから夏自体は嫌い 今日やっと五十肩の治療が終了し後は自分で リハビリ続ければ治る所まで来た 今は腕の動きは全盛期位まで動く様になって 完全に日常生活が元に戻りとても快適 しかし腕を限界まで上げるとまだ痛みがあり この痛みを無くす為にストレッチ続けないと ならない 昨日最後の五十肩の治療で病院に行った時に 最終検査として肩のレントゲンを撮り本当に 治ったのか確認してもらった するとだいぶ筋肉が鍛えられて関節の隙間が 筋肉で埋まり骨との摩擦が軽減して凄く良い 治り方だと言われた でもこの筋肉を維持する為毎日ストレッチを 続けないとならないから少し大変かも レントゲン終了後健康診断も実地してるかを 尋ねてみると予約すれば出来ると言われた 俺はバリウム嫌で飲むの辛いと言うと先生は 飲まないで良い検査方法もあると言う それは何かと聞くと胃カメラだと言われ俺は もっとダメじゃんと思いそれならバリウムを 飲む方がまだましと感じてしまった ヒィー(゚ロ゚ノ)ノ
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昨日の続き・・・。人間の最期・・・。

皆様おはようございます。ひかり★です。とうとう6月になってしまいましたね。早いものです。昨日の続き・・・。何故、亡くなる寸前に【したいことはできた。後悔はない】がいいのかというと・・・。約5年前。私の父が亡くなりました。癌で闘病生活丸1年でした。基本、在宅介護で私たち、そして叔母たちは大変な時間と労力を使いました。そして「いよいよ」というとき、救急車の中で逝くかもしれないといわれていた父は奇跡的に病院で復活。人と話せるようになりました。でも、痛みが激しかったので、鎮静剤(モルヒネではない)と投与することに・・・。その際、医師からは「もう話せなくなるので今のうちに話しておいてください」と言われ、父の兄弟、ひかり★、娘、ひかり★のいとこが一人づつベットの脇に呼ばれ一言づつ言葉を交わしました。そして最後に母が呼ばれ「俺は今までやりたいことをやりたいだけさせてもらった。もう、何も悔いはない。ありがとう」と言って医師に「打ってくれ」と言い、せん妄状態になりました。生前の父は話すとびっくりするほど【破天荒】な人でした。ひかり★は父と仕事をしていましたが娘から見ても【破天荒】な父でした。女には都度家 を購入したり、マンションを買ったり、ひどいときには女いはを会社に入れその女のために会社を興したこともあります。亡くなる5ヶ月前には「バトナムに行きたい」と駄々をこね。父の友人に補助をお願いしてベトナムへ行きました(多分ベトナムにも女がいて清算するつもりだったのでしょう)お酒を吞みに繁華街に行くときには必ず花を持って行っていました。まだ、自宅療養をしていたころに ひかり★に「俺が女に貢がなければあ
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