人生の最期になって後悔しない

記事
コラム
分刻みの会議。
大事な商談をこなす。
怒涛のようなタスクを完了させる。。。


忙しくも充実した仕事を終え、一日を振り返る。

あれ、何してたっけ。。?何をしてたか思い出せない。取り掛かってる時はあれだけ充実した時間だと思ったのに、やりがいもあるって感じてたのに。

どんな話しを誰として、どんな気持ちで仕事をしていたのか。。
頭にモヤがかかったみたいに記憶があいまいで思い出せない。

++++++++

こんなことって自分だけでしょうか??

実は私はこういったことが結構あります。忙しい一日で切れ間なくたくさんの作業をしていたのに。時間もあれだけ投入したのに。

これは一日の単位で起こるとも限りません。忙しい1ヶ月だったり。忙しい一年だったり。いずれもその時々では充実した時間を過ごしていたはずなのに。

後から振り返るといまいち何をしていたのか、どんな感覚だったのか思い出せない。記憶そのものがおぼろげになってしまいます。

早いものでもうすぐ人生も折り返し地点。自分の人生を振り返ってみれば過去には自分的にはだけど成功したと思える仕事もありました。胸を張れる努力も確かにあった。そしてその頑張った延長として築けた社内での評価もあります。

でも後から人生として振り返った時にどうしても思い出と呼べるほどの記憶がないんです。何十年も会社員をやっていたのに。たくさんのことをしてきたはずなのに。振り返ってみれば同じような一年と同じような出来事を何十回何百回と繰り返しているだけじゃないか。そんな感覚に包まれます。認めたくないけど実際に同じようなことの繰り返しなんだと思います。少なくても意識はそう感じている。


このままいくと死ぬ間際に人生を振り返った時にもなんだかぼんやりとした出来事しか思い出せないのでは。そんな恐怖に近い感覚にもとらわれました。



++++++++

自分がこの恐怖をリアルに感じたのはつい最近のことです。それまで会社員として会社から指示された指示やノルマを疑いもせずにこなし、会社と上司からの評価を気にしながら仕事をしてきました。結果、それなりの成果もどうにか出してきました。

そんななけなしの成果はコロナに寄って、跡形も無く吹き飛んでしまいました。

ずっと前を向いて走っていた自分がコロナで急ブレーキをかけられ立ち止まり、ふと過去を振り返ると記憶に残る思い出が何も残っていないことに気が付きました。



そんなはずはない。。!

焦りながらどれだけ思い出そうとしても会社のパソコンに残されている以上の記憶は何も浮かんできません。手帳をめくりながらどうにかその時何をしていたかを知ることが出来ても、その時の感情を伴った記憶はそこにありませんでした。

どれだけ給料が上がっても、どれだけ会社から評価されても。走り去ったすぐ後ろで泡のように消えていく記憶しか残らない人生は絶望だと感じました。でも普段はそんなこと気づきません。意識して過去なんて振り返らない。だから分からないんです。

気づくのが遅すぎたかもしれない。普通に考えたら完全に人生の折り返しは過ぎている。でもどうする。だから何もしないのか。

そんなのは嫌だ。少しでもいい。

人生最期の時に『こんなことやったなー』と当時の感情と共に思い出せる。笑いながらその時のことを語り合える人生でありたい。何か大きなことをするとかそんなんじゃなくていい。それよりも自分がやりたい、やってみたい。そう心から思えることを自由気ままに自分の意志でワクワクしながらやりたい。

線のように細い歩みだとしても、半歩ずつだって歩いてさえいればそれは間違いなく自分の道になり歩いた軌跡になる。
振り返ったらそれは思い出になる。


やらなければいけないではなく。やりたいことをやる。
have toではなくwantをする。

++++++++

これからは自分がやりたい、と思うことをやっていこう。。!

そう決意するのにそれほど時間はかかりませんでした。でも実際の行動に移すまでにはめちゃくちゃ時間がかかってしまいました。




そもそも今まで自分は人から評価をされることしかやったことがない。そんな他人軸でしか生きてこなかったのにいざ自分の意志で何かを始めようと思ってもいったい何をすればいいのか分からない。

これやってみたら面白そう、と心に小さな火がついても、今まで他人評価で生きてきた自分から間髪入れずに横やりが入る。

『いやいや、今更プログラミング学んでどうするの??
 苦手だったイラストをこれからやるとか。。絶対やめた方がいい(笑)』

そんな心の声がたえまなく聞こえてくる。そのたびに新しいことをやろうと思った自分のことが恥ずかしくなってしまい、やる気にすぐ蓋をして行動の火を消してしまう。

会社で仕事をしてればそれなりのポストがある。培った経験もある。信頼できる部下もいる。そう、自分を肯定してくれる安全な場所がある。若い時に比べて恥をかくこともぐっと少なくなっている。

なのにわざわざ若い子に交じって冷や汗をかきながらする挑戦なんて意味が無い。そんな気持ちが何回も頭をよぎりました。

でもその安住に浸った自分の人生は本当に幸せになのか。その地にいれば恥をかくことは少ないかもしれない。大きく傷つくことも無いかもしれない。でもそんな安全地帯にどっぷり浸かって自分を肯定しながら、今の自分は何も成し遂げていないという焦燥感に押しつぶされそうになっている、それがずっと続く人生で本当にいいのか。一生に一回の人生がそれでいいのか。



やっぱり嫌だ。。。
だったらやるしかない!



++++++++


そこまで勇気を出して始めたことも何気ない一言で大きく傷つき諦めかけたり立ち止まったりしてしまいました。幸い話しを聞いてもらえる方に出会い改めて勇気をもらってまた進むことができ、進めたおかげで見えた景色もたくさんありました。

話しを聞いて承認をしてくれる人、応援してくれる人の存在は大きいです。

でもやろう、と思う気持ちだけは自分自身で持たないといけない。
それを邪魔するのはもしかしたら本来は一番の味方である自分かもしれません。でもその先には必ず刺激的で素敵な未来があると思います。

そうして歩いた先に振り返った人生はきっと思い出せる思い出がたくさん詰まった物語になるはずです。自分はそう信じて今ぶつかりながら、転びながら新しい人生を歩き始めました。

まだまだたくさん挫折をしたり悩んだりしてしまうと思いますが同じように悩んでる方の話しを自分だからこそ等身大で聞けるはずです。

今、少し前の自分と同じように一歩を踏み出すことに恐怖やためらいを覚えている人。それでも一歩を踏み出したいと葛藤をしている人。お話ししましょう。そしてあわよくばわたしにあなたの人生を応援させてください。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ココナラでコーチングのサービスをだしています!

自分の道を歩いてみたいと思っただけでもすごいことです。
ほとんどの人は迷いもなく他人の道を歩いています。

ちょっと前までの自分もまさしくそうでした。
なぜなら決断をしなく良いし、気持ちが楽だからです。
でもやっぱりあー生きてるなーって実感が少ないのも事実です。

自分の道を歩こうと決めた時の気持ちは嬉しさでもなく充実感でもなく、
ただただ不安な気持ちがいっぱいでした。

誰かから笑われたり否定されたりするかもってことばかり考えていました。
これで正しいのか、自分なんかにできるのか、誰かの人生の方がいいのでは。そんな思いが頭を占領していたんです。

そんな時に自分の話しを何も言わず聞いてくれて完全に肯定をしてくれた人のおかげで、自分の道を歩いていいんだと初めて嬉しい気持ちになれたんです。

人はそんなに強い生き物ではありません。一人で抱えるのは誰だって孤独で辛いです。自分だけで心細くて不安な時はどうか連絡をください。

思い切り不安だった自分だからこそ聞けるお話しがあると思います。
伝えられる言葉があると思います。

どんな話しだって構いません。
弱音だったり愚痴だって大歓迎です。

本当の気持ちを吐き出すことはとても大切なことです。
飾りの言葉だっていいんです。今感じてることを誰かに話すだけで確実に気持ちが整理されて落ち着くこともできます。

絶対に否定されない環境で思い切り話すこと環境には大きな価値があります。

お気軽にご利用してください。
ご連絡いつでもお待ちしています。


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す