みか*本音解放サポーター
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本当の自分に戻れる部屋
女性
  • 本人確認
  • 機密保持契約(NDA)
  • インボイス発行事業者 未登録
  • 販売実績 155
  • 評価 5.0
  • フォロワー 238
納品ごとの予算目安
  • 悩み相談・カウンセリング

    ◆一人で抱え込んでしまう方の側にいます

    ◆ロマンス詐欺?その不安に寄り添います

    ◆ロマンス詐欺被害…後悔に寄り添います

    ◆秘密の恋愛、辛い恋⋯に寄り添います

    ◆家族へのネガティブな想いに寄り添います

    ◆ありのままのあなたに戻れる場所

    ◆隠してきた想い、秘密に寄り添います

    ◆あなたの自己肯定感取り戻します

    ◆雑談も⋯丁寧に大切に、お聴きします

    ◆想いを文字に⋯チャットで受け止めます。

スケジュール

6日(土)は20時〜待機予定です。

本当の自分に戻れる部屋|もう一度、笑顔を取り戻せる|本音解放サポーターみか

「本当の自分に戻れる場所」あります 頑張りすぎて疲れてしまったあなたへ 本音を言えず、誰にも頼れず ひとりで抱えていませんか? ここでは、無理に元気に振舞う必要はありません そのままのあなたで、大丈夫です

出品サービス(14件)

ポートフォリオ

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職種・スキル

経験職種

得意分野

  • ・◆一人で抱え込んでしまう方の側にいます

    「迷惑かけるかも」、 「嫌われるかも」… そんなふうに考えて 話すのをためらうこと、ありませんか? もう、ここでは気にしなくて、大丈夫。 ひとりで悩んで、 ひとりで苦しんで、 ひとりで抱え込んでいる、あなたの側にいます。 怒っても、泣いても どんな想いにも大切に寄り添います。 あながひとりぼっちにならないように 私がここにいます。

    ・◆ロマンス詐欺?その不安に寄り添います

    「もしかしたら、詐欺かもしれない」 不安を打ち消しながら、でも誰にも言えずに、 一人で悩んでいるあなたの想い、お聴きします。 大好きだから、信じたいですよね。 だから、不安も違和感も見ないふりをしてしまう…それってとても苦しいです。 専門家ではないのでアドバイスはできないし ロマンス詐欺かどうかの判断はできません。 でも被害経験者として、その不安に寄り添います。

    ・◆ロマンス詐欺被害…後悔に寄り添います

    「やっぱり詐欺だった…」 後悔、怒り、自分責め…。 自分が惨めで、誰にも話せない…。 「騙されたあなたが悪い」 そう言われること怖くて、誰にも話せない…。 私もそうでした。 後悔し、自分を責める毎日でした。 でもそれを一人胸にしまっておくのは あまりに苦しいです。 あなたのその想いに、丁寧に寄り添います。 あなたは悪くないんです。 もう1人で苦しまないで。

    ・◆秘密の恋愛、辛い恋⋯に寄り添います

    不倫、社内恋愛、叶わない片思い… 誰にも言えない恋愛、 辛い恋に悩んでる方の想い、大切に聴きます。 のろけも お相手を好きな分、抱える苦しさも ここでお話してください。 私は良いも悪いも、ジャッジもしません。 もちろん、ここでお話したことは あなたと私のヒミツです。 絶対に秘密は守ります。 勇気を出して、お話してくれた あなたの気持ちを絶対に裏切りません。

    ・◆家族へのネガティブな想いに寄り添います

    両親、兄弟、夫婦…家族だからって大好きじゃなくてもいいんです。 。 私も厳しい母のことが苦手でした。 母親だし、尊敬すべきだ、好きでいるべきだ、それが当たり前だ…と疑いもなくそう思ってきました。 一番近くにいる家族だからこそ、いろんな感情があっていいんです。 私はそのことに気づいて、認めることができ、ずいぶんラクになりました。 大丈夫です、ここではどんな想いも否定しません。

    ・◆ありのままのあなたに戻れる場所

    職場、学校、家庭⋯何役もこなす日々。 それが誇り。 だけど、プレッシャーやストレスを 感じること、きっとありますよね⋯。 でも、頑張らなくちゃって 無理して、本当の自分を閉じ込めていませんか? 褒められない、認められたい、甘えたい⋯。  そんなあなたの想い⋯優しく包みます。 頑張ったあなたの心を抱きしめます。 心をほぐして ありのままのあなたに戻れるお手伝いをします

    ・◆隠してきた想い、秘密に寄り添います

    誰にも話せない想いや秘密を、1人で抱えている方の、お話お聴きします。 ずっと心の奥に隠してきた秘密や想いに、 丁寧に寄り添います。 嫌わるのも、軽蔑されるのも⋯怖い。 だから、誰かに話すことをためらってしまう、 あなたのお気持ち、わかります。 私はあなたも、あなたのどんな想いも 否定しません。 ジャッジしません。 責めません。 嫌いになりません。 大切に受け止めます。

    ・◆あなたの自己肯定感取り戻します

    頑張らないと、価値がない いい人、いい子でいないと、愛されない 価値や愛されることに 条件は必要ありません。 どんなあなたも そこにいるだけで 愛されるんです。 頑張れなくても いい人、いい子でいなくても あなたには価値があるんです。 そのことを 私がお伝えします。 そのままのあなたで ありのままのあなたで大丈夫です。

    ・◆雑談も⋯丁寧に大切に、お聴きします

    感動したこととか うれしかったこととか 楽しかったこととか 大人になると話すのをためらってしまうことって あるんですよね。 今忙しいかな⋯ 寝てる時間かな⋯ 知っている相手だと 状況を想像できるから 話せなくなるかも知れません。 私は あなたの想いをうけとめるために ここにいます。 だから ためらわずに あなたのお話、聴かせてください。

    ・◆想いを文字に⋯チャットで受け止めます。

    「電話は苦手」  ・自分の感情がうまく話せない 「電話は怖い」  ・全く知らない人といきなり電話するのは怖い  ・周りに人がいて聞かれたくない 「電話ができない」  ・障害やご病気で、想いを言葉にすることができない そんなあなたとLINE感覚で チャットでのお話もできます。 あなたのペースで あなたの想い⋯文字にして ここにおいていってくださいね。

資格・検定

  • 保育士 取得年 : 2001年

  • 幼稚園教諭免許 取得年 : 2001年

  • 介護福祉士 取得年 : 2011年

経歴

職歴

  • 私の生きてきた道 2025年1月 現在

    ・本当の私?…問い続ける毎日。 2025年1月 2025年6月

    ※年齢非公開な為、西暦は適当です。 【誕生〜】 三兄弟の三番目として誕生。 穏やかで優しい父と厳しい母のもとに産まれました。 母からよく怒られていた兄を見ていたので 「こうしていれば怒られない」を見極める要領のいい子でした。 でも今思えば、この頃から気づかずに 「いい子」を演じていたのです。 父は多趣味な人で、そんな父と一緒に、釣りに行ったり、野球やサッカー観戦、夜の散歩…いろんな時間を過ごすことが楽しみでした。 【〜中学時代】 自他ともに認めるとにかく明るい性格でした。 自分もそれを疑いもしませんでした。 誰かを笑わせることが大好きでした。 家庭は徐々に不穏になっていきます。 ギャンブル癖のある父とそれを嫌がる母の仲が次第に悪くなってきたのです。 父に小言を言う母、それを聞き流す父…。 大好きな父が怒られている姿は、すごく辛いものでした。 多感な時期でしたが、反抗期もなく、やっぱり「明るい」私でした。 今思えば、私が反抗的な態度をとることで、家庭の雰囲気がますます悪くなると、無意識に感じていたのだと思います。 【高校時代】 相変わらず明るい私ですが、人に対する「執着」が強くなり、苦しさを感じるようになりました。 「この人と仲良しでいたい!」、相手(女友だち)が誰に対してもフラットな人だったので、他の人と仲良く話をしてるだけで、嫉妬していました…(重い…)。 反対に私に執着する友だちも現れ、どうしたらいいのか、一人悩んでいました。 家庭では、父がもともと好きだったお酒に溺れるようになりました。 酔ってリビングで寝てしまう父に、怒る母。 次第に母も諦め、そんな父を無視するように。 そんな時、父が単身赴任することになり、2人の仲ますます悪化しました。 大好きな父がいない寂しさもあったけど、不仲な2人を見なくてもいい安心感の方が強かったのを覚えています。 週末父が帰っても、母はほとんど口も聞きません。 父が寂しくないように、私は明るく振る舞いました。 2年で単身赴任も終わり、戻ってきた時は、もう修復は不可能だと私も感じていました。 【専門学校時代】 この頃から、「本当の自分」と向き合うようになります。 友だちもたくさんいて、仲も良かったけど、常に「孤独」を感じていました。  みんなと過ごす時はいいけど、1人になると、怖くなるのです。 “誰とも繋がれていないような感覚” “いつも満たされない感覚” 周囲は私を明るい人だと思っていたから そんなふうに思っていることは、誰にも話せませんでした。 「周囲のイメージ=求められているもの」 だと思っていた私は、この辺りからずっと悩みを1人で抱えるようになりました。 父母の仲は相変わらずで、家庭は最悪でした。  そんな時、母が誰とも口をきかない日が1ヶ月続きました。 父はもちろん、私とも、同居していた母方の祖父母とも、挨拶すらしない日々でした。 誰にも原因がわからず、でもどこかで私に原因があると思っていました。 今思い出しても、辛い1ヶ月でした。 【社会人に!】 就職は実習先だった高齢者施設。 スタッフも年上の方がほとんどで、本当にかわいがってもらいました。 いろんな経験をして歳を重ねてこられた 利用者さんから学ぶことは多く 今振り返っても大切な日々でした。 家庭では⋯父に多額の借金があることが判明。 ついに離婚となりました。 慰謝料の代わりに家を母に譲った父は 家を出ることに⋯。 私は母と一緒に暮らすことを選びました。 出ていった父としばらくは連絡を取り合っていました。 私の誕生日にはプレゼントを送ってくれたり⋯離れても父娘だと、安心していました。 【結婚、出産】 結婚前に転職。 すぐにでも子どもが欲しかったけど、なかなかできず、不妊治療をし3年後に妊娠。 父にも子どもをつれて職場に会いに行ったり、時々メールを送っていました。 しかし、育児と再就職の忙しさに、1年少しほとんど連絡もとれずにいました。 そんな時、父との共通の知り合いに 「体調が悪そうなので会いにきて欲しい」と 連絡をもらいました。 久々に会った父はずいぶん痩せていました。 受診した結果、「アルコール依存症」との診断。 肝臓の数値も悪く、専門機関での治療を勧められました。 閉鎖病棟、手を振って別れた後、鍵をかけられる扉⋯父親をそこに入れなければいけなかった苦しさ、しばらくの間放ったらかしにして、孤独にしてしまった後悔⋯。 子どもに閉鎖病棟に連れてこられた父の思いはどんなものだったでしょう⋯ 「私のせいで、父にこんな苦しい思いをさせてしまった」⋯今もずっとそう思っています。 いろんなことが積み重なった結果だとはわかるけど、自分を責めることで父への申し訳なさを表そうとしている気がします。 【子育て時期】 子育ては比較的楽しくできた気がします。 ただ、「辛い思いをしてほしくない」という想いから、子どもから“失敗する経験”を奪ってしまっていたと今は反省しています。 そのためか中学生卒業くらいまでは「挑戦を恐れる子」になってしまいました…。  でも、「いろんな準備をして、着実にコツコツやり遂げられる子」にもなりました。 5人くらい子どもが欲しかったけど、何度か治療をしてもできず、諦める決心をしました。 主人はとても優しく、子煩悩な人で 「周りから見ればいい旦那さん」。 けれど、人の気持ちを理解することが難しく、 私が悩みを打ち明けても、聞いてもらえず 結婚当初から主人に話を聴いてもらうことは諦めました。 アドバイスが欲しいわけじゃなく、ただ聴いてほしかった⋯いつもどこか満たされない⋯そんなモヤモヤを抱えている毎日でした。 でも大きな問題も起きず平和な日々でした。 1年間の治療を経て、父は地元に1人戻りました。 肝硬変になっていることが判明しましたが、長年の飲酒習慣は止められるはずもなく、相変わらずお酒に溺れる毎日だったようです。  年齢的なものかアルコールが原因か、認知機能の低下も見られるようになり、このまま1人暮らしをさせることは難しいと思い、父や兄弟と相談し、施設に入ってもらうことになりました。 父の思いなんて無視…とにかく、もう誰かに迷惑をかけてほしくないとの思いからでした。 【承認欲求を満たすために転職を繰り返す】 子どもは反抗期があったものの、素直に成長。 小学生の時と比べ学校の様子はわからないので 心配はしたけど、「心配より信頼」という言葉に支えられて、見守ることができました。  この時高齢者施設で働いていた私は、責任があるポジションになりました。 現場に入りながらの事務仕事はほとんどできず、たまった仕事を家に持ち帰っていました。 ストレスの溜まる日々でしたが、誰にも話せず、心身共に疲れてしまい、退職しました。  その後しばらくは転職を繰り返します。 自分を認められない私は、常に誰かに認めてほしいと思っていました。言葉でもらえないと、「私は必要ないんだ」と勘違いをして、そこに居場所すらないと思っていました。  ありがたいことに、そんな時に以前の職場に「戻ってきてほしい」と言ってもらえたり、「あなたに来てほしい」と言われ、その言葉たちに「必要とされてる!」と感じる私は、そこに転職していました。 そんな感じだったから、また繰り返し…常に心は満たせずにいました。 【父の死】 施設に入った父は、少し人が変わったようでした。 優しかったのに、イライラすることが多くなり、少し悲しかったのを覚えています。 「家に戻りたい」と願う父をなだめながら、施設を変えたりしながら、私が安心するために、施設での生活を押し付けてしまっていました。 ちょうどその頃新型コロナウイルスが流行、外出もできず、多趣味で外に出ることが好きだった父のストレスはどれほどのものだったか、想像もできません。 その時の父はまだ73歳。 まだまだ長生きすると思い込んでいました。 けれど、ある日なんの前触れもなく、誰にも看取られず、1人施設で亡くなりました。 本当に突然のことで驚きつつも、様々な手続きなどやるべきことが多く、家族の前でも泣けない私は、悲しさや寂しさを感じないようにしていました。  

    ・自分を見つめ直す日々 2025年7月 現在

    【父の死は私のせい?】 最後の辺りは優しくもできず、「家に戻りたい」という願いも聞かず、1人で逝かせてしまったことを強く後悔しました。 そもそも離婚後ひとりぼっちにさせてしまったから、こうなってしまったのでは…? 「父を不幸にしてしまったのは自分だ」…勝手にそんな結論をだしてしまった私は、自分を責め続けました。 そうすることで悲しみや寂しさと向き合うことから、逃げていたのかも知れません。 【いや!父の死は母のせいだ】 そんな時、仕事のストレスからお酒を飲んだり、ギャンブルをしていた父に冷たかった母のせいで、父はこうなったのでは? とも思うようになりました。 そう考え出すと、だんだん母が許せなくなりました。 母に好きでいてもらうために、明るくいい子でいた私でしたが、本当は厳しい母のことは苦手でした。 歳をとってかなり丸くなった母は、時々私にくっついたり、甘えるようになりました。 母にそんなことができなかった私は、そんな母を「嫌いだ」と思ってしまいました。 そんなふうに思ってはいけないとストップをかけていたけど、「嫌い」だと認めると、次から次に「嫌いな理由」が出てきました。 それと同時に、心が軽くなりました。 見て見ぬふりをしてきた感情を認めることができて、楽になったんです。 【認めてもらえてる…実感できる日々】 「あなたが必要」だと、以前一緒に働いていた友達が立ち上げた施設に誘われました。 障害をもった方々が通う施設。 自分の気持ちに素直で、いろんな悩みを抱えている方が多く、毎日相談を受けます。 それは私を信頼してくれているからだと伝えてもくれ、「ここにいてもいいんだ」と思える場所になっています。 でもまだ自分を責めたり、自分を認められないことの方が多く、「誰か私を満たして」と、思ってしまうのです。 【まさか私が騙されるなんて!ロマンス詐欺被害】 自己受容ができない私は、相変わらず満たされないないものを誰かに埋めてもらおうと思っていました。 そんな時SNSで出会った男性に 「あなたを愛してしまった」と告白されました。 結婚している私だけど、なんとなく彼との未来を考えるようになりました。 「好き」という感情はないけど、満たしてもらえるかも…と思ったのです。 ある日、投資の話を持ちかけられました。 (ロマンス詐欺あるあるです) 何か怪しいと思いつつ、断ると彼が悲しんだので、悲しませたくない一心で…。 「なんか、おかしい。」 「詐欺のような気がする。」 そんな不安を彼に打ち明けると 私を安心させてくれる言葉をくれるのです。 でも不安を拭いきれないまま 違和感を感じるまま 私はお金をつぎ込んでいったのです。 「絶対におかしい」 そう思った私は弁護士さんに相談しました。 経緯をお話した後 とてもアッサリ「それは詐欺ですね。」 と言われました。 ショックでしたが 「これで終われる」と変な安心感もあったのです。 証拠を提出する作業は辛いものでした。 自分のしてきたこと 甘い言葉に乗せられたこと… ただ虚しく、惨めで、悲しく 自分を責める毎日でした。 今でも振り返っては その気持ちを思い出し、心が締め付けられてしまうのです。 【人生のどん底】 詐欺は私にとって人生のどん底のような出来事でした。 あとは這い上がるだけ…と前を向くのにも時間がかかりました。 その中で “自分軸”をしっかり持たないといけないという結論に達しました。 自分を見つめ 自分の想いをしっかり持てておらず そして 自分で自分を認め、満たせていないから 他の人にそれを求めてしまうと思ったのです。 「もっと、自分の想いと向き合う」ことを 決心しました。 【逃げない】 今までネガティブな感情と向き合うことを 避けていました。 その方が楽だったんです。 だけど、向き合うと決めました。 そうしないと、また同じ繰り返しになると思ったんです。 ネガティブな出来事、その時感じた想いを ノートに書き出すことにしました。 「どうしてそう感じたの?」 自分に聞いていきます。 そして、 「本当はどうしたかったのか」 「どうなりたいのか」 「そのために何ができるか」 そこが見えてくるまで ひたすら、自分に聞いていきました。 私にとってこの方法は効果的で 自分でも気づいていなかった 「感情の奥にある本当の想い」を知ることができるようになりました。 そうするとネガティブな感情も 悪いものではないと思えるようになったし そんな感情をもつ自分も認めることができるように なったんです。 【母への想い】 その方法で母への想いとも向き合いました。 厳しかった母に甘えることができず 「いい子でいないと愛されない」と思い 明るくいい子でいなくちゃいけない…そう思っていました。 父のこともあり、「嫌い」でした。 向き合うことは辛いこともありましたが 子どもの頃から抱えていた母への想いは 和らいでいきました。 母は不器用なりに、 私のことを愛してくれていたし、きっと父のことも大切に思っていたんです。 父も母も家族を大切に思い、守ろうとしていた。 歳をとった母を 今は大事に思えるようになってきました。 私が今こうしてここにいられるのも 父と母がいてくれたから…と感謝しています。 【私利私欲⋯?】 詐欺被害を経験してから 「どうしてこんなことになったのか」 ずっと考えていました。 “自分の欲を満たすため” に行動した結果だと結果づけた私は これからは 人のために生きていこうと、決心しました。 “人に喜んでもらえる存在” “人の心に灯りを灯せる存在” そうなると心に決めました。 【ココナラさんとの出会い】 ちょうどそのころ、子どもが 進学のために家をでることになりました。 時間ができたので何かしたいと思っていました。 とは言え、私には趣味も特技もなく やりたいこともありません。 そこで“ChatGPT”に聞いてみました。 「ココナラ」というサイトがあり そこで「お話を聴く」というお仕事があると 教えてもらったんです。 これなら20年以上 高齢者施設、保育所、放課後等デイサービス 障害者通所施設などで ご本人、ご家族、同僚たちから 相談を受けてきた経験が活かせると 思いました。 そして 1人いろんな想いを抱えて苦しんでいる方の 心を少しでも軽くしたいとの思いから ココナラさんに出品することにしました。 こうして 私は今ここにいます。 【今の想い】 ここにくるまで いろんな経験をしてきました。 ロマンス作業被害のように 隠しておきたい経験もあります。 だけどある方に “経験は強みになる”と 教えて頂きました。  人生のどん底のような辛い経験だったけど そこで私が感じてきたた想いは 今の私の糧になっています。 そして経験したからこそわかるし、深く共感もできると思うのです。 私のように悩んで苦しんでいる方のお話しをお聴きして、その方の心に寄り添う …それが“私ができること” そう信じています。 【居場所】 私が今まで生きてきたなかで “居場所”は欠かせないキーワドだったような 気がしています。 「居場所がない」 孤独に押し潰されそうになることもありました。 「ここが居場所だ」 心が満たされて幸せを感じることもありました。 ずっと“居場所”を探しながら、生きてきました。 ずっと“居場所”を求めながら、生きてきました。 居場所のない苦しさも 居場所があるうれしさも 知っているからこそ、今思うのは 「誰かにとっての居場所になりたい」 ということです。 辛い時、悲しい時、怒っている時 うれしい時、悲しい時 誰かに話したい時に、思い出してもらえる 私がいるだけで安心してもらえる あなたにとって そんな“居場所”に、私がなります。

受賞歴・執筆歴・講演歴

  • 受賞

    書道 準師範 1996年12月

  • 受賞

    ココナラ 初購入! 2025年5月

  • 受賞

    ココナラ ブロンズにランクアップ✨ 2025年10月

評価