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⭐3.11~当たり前じゃない事実⭐

本日、3月11日は あの東日本大震災が発生した日です。あれから11年という 年月がたちますが 現在も4万1,241人の方が 本来の自宅以外の地域や 仮設住宅などで暮らしています。 僕も1995年に起きた 阪神淡路大震災の被災者で 震災の恐ろしさは よくわかっているつもりです もし、あの時 誰にもみつけてもらえず 救助されていなかったら・・・いま、こうしてあなたに 何も伝えられないまま 生涯を終えていました。 いま当たり前のように 日常を過ごせていることが いかに幸せなことであるか この日になると、より感じます。 ただ、人は誰でも時間が経てば その有り難みや当時の記憶も だんだんと薄れていきます。 何気ない日常生活を過ごしていると また違う悩みや不満を抱えるようになります。お金の心配とか人間関係 夫婦問題や恋愛など 不安や心配なんてしだしたら もう、キリがないくらい出てくるでしょう。ただ、その不安や恐怖を感じているのも 生きてるからこそなんです‼生きていれば、いろんな事があります。 いまやっているココナラだって うまくいかないこともあるし ココナラをやめたくなることだって あるかもしれないです でも、人生ってトータルして見たら 嫌なことよりも、嬉しかったり 楽しいことのほうが多いと思うんです。 失敗しても、傷ついても ​​​​​​​生きれていれば、何度だって 挑戦することができます。 僕の人生も山あり谷ありです。 うまくいくこともあれば 失敗して人生のどん底だと 感じてしまうことだってあります。 でも、人間って生きていれば 変わっていけるんですよね。 あなたが、いまこうして 僕の
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当たり前が いかに幸せか

こんにちは。 いつもありがとうございます。 峰川 みゆうです。 https://coconala.com/users/2475897今日3月11日は、 東日本大震災が発生した日ですね。 あれから11年、 今もなお、本来あったであろう生活を 送れずに苦しまれている方も たくさんいらっしゃいます。 今、私たちがこうして 当たり前のように日々を過ごせていること、 このことが どれほど幸せなことか いつもより深く感じられる方も 多いのではないでしょうか。 毎日、過ごしていると 嫌なことや辛いこと、苦しいこともあって ついつい「不幸」のほうが 強く感じてしまうこともあると思います。 今起きていることへの「不満」 これから起こるかもしれない「不安」 色々な、嬉しいとはいえない感情が 次から次に 襲ってくることだってありますよね。 でも、そんな感情も含めて 感じられるのは、「生きているから」 嫌なことがあっても、傷ついても、 悲しいことがあっても、 生きていれば、何度でも また笑えるチャンスがきます。 これを読んでいただいている方のなかには 「死んでしまったほうが楽だ」 と思われている方も、もしかすると いらっしゃるかもしれません。 でも、そんな方のこの先の日常が 良い方向に動いていく、 その過程での小さなきっかけづくりが これからも、一緒にできていければ と思っています。 震災で命を奪われてしまった方が たくさんいらっしゃいます。 それは、私たちが「当たり前」と思っていることが できない方がたくさんいるということです。 「生きられる」ということに 感謝の気持ちを持って、 「わたしが私らしく
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二番目のお客様の似顔絵を描きました!!

こんばんは!吉原かなえです。先日似顔絵サービスの第二番目のお客様の依頼が来ました。亡くなった旦那様の絵を描いてほしいと。大切な方を亡くした、そのつらさ、悲しみはいかばかりかと計り知れないものがあります。その方のエピソードをお伺いし、似顔絵を描くことで少しでも心の傷を癒せたら。お役に立ちたいという思いでいっぱいで、全力で今回も描かせていただきました。(ご購入者様の許可を得て載せております。)似顔絵は配送し、さっそくご購入者様のもとに届いたとき、「旦那の顔の質感や雰囲気、久しぶりに思い出した…」とお言葉をいただきました。今はいないけれども、少しでも近くで旦那様の温もりを感じていただけたら嬉しいです。これからも似顔絵でたくさんの人に温もりを届けていきたいと思っています。今日は震災から10年。大切な方の温もりを改めて感じる、そんな一日になりますように。吉原かなえでした。
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子育て覚書(男の子編)

長女の話が多かったのですが、今日は、長男のお話をしようとおもいます。長女との格闘の末、ちょっと落ち着いた頃長男が生まれ年の3.11がありました。忘れもしない恐怖の時間東京都に住んでいる私たちも恐怖でした。長男が皮膚が弱く長女を姑に預けて皮膚科にて受診中天井が一瞬ぐらっときたかと思うといろいろなものが落ちてきました。その時、看護師さんがバスタオルや落ちてこないように守ってくださいました。本当に感謝です。何とか家に帰った時には姑と長女が「怖かったね!00ちゃん大丈夫?」と姉らしくしてくれたのが印象的でした。しかし、自宅にはまだ帰れず、外の広場で避難をしていました。寒い中の数時間を外で過ごし、長女は元気に他のお友達と遊び楽しんでいました。数時間後、帰宅許可が出てその後、おっぱいに激痛と熱が出ました。。。寒さにより、乳腺炎となってしまい痛い状況での授乳となりました。長男は特に覚えてはいないとは思います。長男が生まれた年は、日本中衝撃を受けた年でした。同時に、長男との闘病の日々も続く年となりました。詳細は、次回から書こうと思います。もし、何かに悩んだり、辛い時は、一人で悩まず誰かにそっと話してみてください。そこには、きっとこころ休まる時間があるのでそして、誰もいなければ、私が待っています。一度、ご縁をいただきお話をお聞かせください。
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3.11——あの日から続く、それぞれの時間。

15年前の今日、日本を揺るがした大きな出来事がありました。あの日を境に、世界が変わってしまったと感じる方も多いでしょう。 被災された方々、そしてそのニュースを見守っていた日本中の人々が抱えた痛みは、今もなお、静かに胸の奥に刻まれています。 私にとっても、3月11日は特別な日です。震災の数年前、同じ日に大切な家族を亡くしました。突然の別れでした。 心が追いつかないまま震災が起き、「なぜ、この日なのか」というやり場のない思いを抱え、ただ立ち尽くすことしかできませんでした。 波のように寄せては返す感情 当時、私はボランティア活動などを通じて「心の傷」について学んでいました。 しかし、自分自身の悲しみの中で気づいたのは、癒え方には決まった形も、期限もないということでした。 大きな喪失の直後は、感情が麻痺してしまうこともあります。時間が経ってから、寂しさや後悔、やるせなさが、じわじわと波のように押し寄せてくる。それは決して後退ではなく、心がその悲しみを少しずつ受け止めようとしているプロセスなのだと感じます。 「そのまま」でいること 「もっと何かできたのではないか」という自責の念や、失った瞬間の光景が消えない苦しみ。それを無理に「良い経験だった」とか「命の尊さを知るためだった」と意味づける必要はないのだと思います。 悲しみは、消そうとして消えるものではありません。ただ、共に過ごした時間の中にあった温かさや、その人が遺してくれた何気ない癖、言葉……そうしたものもまた、消えずに自分の中に在り続けるのだと気づくことがあります。 今日という日を、ただ過ごす 15年が経っても、悲しみの輪郭がはっきり
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共感できないことがあるのは当たり前

こんにちは!気づいたら足に青あざが出来ているあやです😊✨どこでぶつけたのかは覚えていません👍☆・・✿・・☽・・先日友人Yちゃんからこんな話を聞きました。「同僚のKちゃんから悩み相談されたんだけどさ、私その話に全然共感できなくって。口だけは『わかる~あるよね~』なんて言ってたけど内心は『豆腐メンタルめんどくせぇ』って思ってたんだよ。で、その子との話が終わってから『わたしって冷たいヤツだな・・・』ってちょっと落ち込んだんだよね。」別に共感できなくてもよくない?むしろYちゃんの『豆腐メンタルめんどくせぇ』の本音、めちゃくちゃウケました笑笑YちゃんはKちゃんとは違う人だから共感できないことがあった当たり前私はそう思います。むしろ、共感が出来ない話をしっかり聴いてあげたり、「わかる~」と共感言葉をKちゃんに贈ったYちゃんを、相手に寄り添うことの出来る優しい人だなと思いました。私は東北在住なので、3.11東日本大震災のことを1つ例にあげさせてください。震災を経験していない人や遠く離れた地にお住まいだった方そういった方に、震災当時の状況、津波の恐ろしさ、被害の甚大さや学び、被災した人々の声を伝える。話を聞いてくれた方は、事実としてどんなことがあったのかを知識として得ることはできます。ですが、被災した人々の声(=心)に共感してもらえるかこれは必ずしもイエスではないと思っています。だって、その場にいなかったんですもん。あのあまりにも強すぎる揺れを体感していないですもん。津波をその目で見ていないですもん。散乱した瓦礫や打ちあがったお魚、嗅いだことのない匂いを知らないですもん。共感できなくて当然だと
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風化しない想い

15年前の今日、3月11日。自然の脅威を思い知らされました。当時、私は会社で仕事をしていました。デスクの上に立てかけてある書類が崩れ落ちないように、手で支えながら揺れていたことを覚えています。地震がおさまってからも向かい側にあるビルが、ずっと揺れていて、私がいる会社もずっと揺れていて、船に乗っているような感じだった。ニュースでは、東北エリアの様子が映し出されていて、自然の前では無力であることを痛感しました。住む場所も大切な人達も奪われ、【悲しい】なんて言葉では言い表せないほどの苦しみを味わった人達がいる。時間が経てば忘れられることもあるけれど、忘れられないことも必ずあると思う。他人事ではなく、今一度思い出して、今、出来ることに精一杯取り組んでいきましょう。そして、心の中ででも祈りを捧げましょう。祈りの力は、絶大です。祈りの力によって、内紛が一時休戦になったこともあるという事実があるくらい。哀悼の祈り、平和の祈り、感謝の祈り、愛に包まれる祈り・・・そして、自分を慈しむ祈りも忘れずに♡心からの愛と感謝を込めて潤 玲奈
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11年前の東日本大震災

おはようございます。 11年前の「あの日」 当時の青森は雪が降り、停電で真っ暗。 静まり返る夜はとても寒かったです。 たった一日で世界が変わってしまうことを 経験しました。 家族のいる日常がどんなにいとおしいものか。 電気のある毎日がどんなにありがたいものか。 亡くなられた多くの方達の分まで、 残った私達は生きなければならないということも。 今日はあの日を思い出す一日。 #東日本大震災から11年 #東日本大震災 #おは戦40311mk 🍺 #朝活
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【ほのぼの日記通信♡第1692号】日々を感謝、、、、♡

おはようございます♡みなさん、いかがお過ごしでしょうか♡週も後半、木曜日の朝ですね♡どうぞ穏やかに過ごしてくださいね♡昨日のこと。昨日の朝、目が覚めて☀️✨まだ夜の帳が下りている未明から、そっと家事を始めました。静かなお家の中で、一つひとつ、丁寧に暮らしを整えていく。そのリズムが、私の心を穏やかにしてくれます。自分を整える朝の運動は、上半身の筋トレの日💪✨。「よし、今日も少しだけ挑戦してみようかな💡」と、重量をさらにちょっとずつ上げて。「よいしょ、よいしょ……あぁ、きついっ!!(笑)」筋肉に心地よい負荷をかけながら、昨日よりもほんの少し強い自分に出会える。きつかったけれど、最後までやり遂げられた時のあの清々しさは、一日の始まりに最高のエッセンスを添えてくれますね。*画像はイメージです天気は、どこまでも澄み渡るような快晴☀️。空が青ければ青いほど、家事も捗るし、気分も上がります。体調も良さそうで、気分良く動けていたのだけれど。*画像はイメージですふとした瞬間に、心の中に、小さな「寂しさ」のようなものがふわりと舞い降りてくるのを感じました。「なんだか、寂しいな……💭✨」それは、悲しいとか辛いとか、そういう激しい感情ではなくて。ただ、誰かの温もりが恋しくなるような、優しい、静かな寂しさ。きっと、この春に向かう時期特有の肌寒さがそうさせるのかもしれませんね。寒い季節って、なんだか、心のどこかが「温めてほしいよ」と、小さく呟いているような気がします🌿✨。自分の心の声を、否定せずに、そのまま受け止めてあげる。「あぁ、今は温もりを欲しくなる季節なんだね💡」と、自分に優しく寄り添ってあげること
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3・11だった・・・

 昨日は3.11だったなぁ。 3・11は覚えているが、家に居過ぎて、今日が何日の何曜日かがピンとこない。 あの日のことは覚えている。 3月11日14時にテレビを見ながら炊きあがったご飯を冷凍にする準備をしていた。 急に地震、ローリングに揺れ始め『いつもと違う』と、慌てて風呂の水を汲み、テレビを見ると地震の件と小さい画面で津波の映像が出た途端に停電になった。 パートナーは慌てて近所のスーパーにインスタントラーメンや保存食料品を買いに行き、隣の親戚が心配で見に行きご飯とラーメンを渡した。 電話は通じ、遠距離の両親は無事だったが、オール電化は停電で役立たず、停電中は裏の汲み取りトイレに井戸のアナログ生活の叔母家族に助けられていた。 まだ、寒い日だったらしいが、うちはあまり暖房を使わない生活をしてたので、停電していても何とかなった。 停電は少し続いたが復旧はそんなに時間がかからなかったし、家の被害は壁にヒビが入り風呂場のタイルが落ちたくらいで、道一本違うと瓦が落ちたり、道路が陥没したり、かなり被害が出ていたが、それでも東北に比べれば少ない方だと思った。 停電が復旧するまでは、手動式発電でスマホの画面でニュースを見ていたが、小さい画面でも悲惨さは伝わってくる。 電気が復旧し、次々悲しい場面を見ながら、何とかならないものかと東北や福島復興案を考え、パソコンに飛びついた。 仕事を失った人には元の仕事に戻るまで、瓦礫を片付け・分別・発電用のエネルギーと建設就労。 波や水の抵抗の少ない舟形デザインの10階ぐらいのマンションを海に向け、波の威力を削ぐため互い違いに何棟か作り、それに居住しながら活動
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3.11への思い

みなさん,こんにちは。スピリチュアルカウンセラーのあみまことです。本日で,東日本大震災から15年ですね。被災された皆さま,関係者の皆さまに,心からお見舞いを申し上げます。インスタに,「3.11鎮魂詞」をアップいたしました。今回は,その背景をブログにしたいと思います。スピリットからのメッセージ私が受け取ったのは,被災地に関係するスピリットからのメッセージです。インスタには,受け取ったメッセージへの返歌という形でアップいたしました。被災地のスピリットがおっしゃっていたのは,「かつての姿に戻っていない場所も多々あるけれど,私たちはかつてに戻ることを望んでいるわけではない」という事でした。では,何を望んでいるのか?彼らが望むのは,その地の発展と成長です。そして,その地に住む魂の成長です。「かつての姿に戻るのではなく,新たな喜びを積み重ねて欲しい。」「喜びを積み重ねることで,愛の種がまかれ,神聖なる土地になる。」というメッセージを受け取りました。被災地を訪れて私は北海道に住んでいますので,3.11の被害を直接受けたわけではありません。また,当時は個人的に大きな人生の転機があり,被災地へのボランティアなどに参加することは叶いませんでした。そして,被災地を初めて訪れたのが,昨年の夏です。大変遅くなりましたが,仙台の荒浜地区の被災地跡を訪問させていただきました。訪れた場所には,津波被害の甚大さを感じさせる住居跡,学校跡がありました。どれだけの苦しみが人々を襲ったのだろうかと思いをはせたと同時に,新しい建物がほとんどない状況であったのに驚きました。この地には,かつてのように住居は建てられないのだ
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3.11の記憶~東日本大震災から10年 #絆​〜走れ奇跡の子馬

本日放送です! みんな観ましょう! #新垣結衣​ さん出演です!
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祈り

自分にとって居心地が悪いものは出来るだけ、取り除いていくほうがいい。でも物理的にできないこともある。それでも、自分のキモチだけは居心地がいいところへもっていける。何にフォーカスを当てるかは自分次第。だったら自分の好きなことを心地の良いものをみつけていこう。自分の中に愛と感謝でいっぱいにしよう。2021.3.11 #102【追伸】たくさんの方がきっと祈りをささげたと思います。忘れることが出来ない。忘れてはいけない。それでも私たちは今を生きていく。今を大事にすることできっと、大切なものは届いていくょ。
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ヒーラー功真です。3.11ヒーリングをしました。

こんにちは。昨日3.11は東日本大震災から13年目の日でした。私ヒーラーとして、何とか少しでもお役立ち出来る事は無いのかと考えまして、微力ではございますが被災されました方々、そのご家族、もちろんですが、北陸の被災地の皆さん、そのことで心を痛めておられる方々、を含めまして全ての人へ向けて遠隔ヒーリングをさせて頂きました。14時45分から15時15分の30分間、全力で心をこめてエネルギーを送りました。(地震発生時刻時間14時46分)同じ時間に祈りを捧げている方々とシンクロニシティ状態になった感覚が強くありました!功真史上最高のヒーリングが出来ました!!自己満足と言ってしまえばその通りです。誰かに確認取ることも出来ません。ですが、その後に音声SNSで配信したのですが、配信しながら完捨の涙が溢れてきまして、大勢の皆さんと繋がれたと確信いたしました!まだまだ駆け出しの未熟者ですが、そんなことは全く関係ございません。私は最高のヒーラーやと自負しております。これからも自信を持ち、堂々と胸を張り、ヒーラー功真として生きて参ります。最後までお読みいただき完捨申し上げます。功真  合掌。
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3.11から10年目

こんにちは葉月弥琴です(^^)あれから10年の月日ですね。まだあの日の事、鮮明に覚えています。忘れない。でも、前に進んでいくって決めた。私は10年前のあの日、駅のコンコースでお菓子を販売していました。地響きと共に立っていられないほどの揺れ暗くなる駅のコンコース。電車は止まり、積んでいたお菓子たちは崩れた。あの日から大きく変わったこともたくさんある。でも忘れない。
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