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客観的に見た私のこと、共有するよ✨

前の記事で次は姉のこと話すよ~って言ったけど、ちょっとブレイクタイム(笑)この前、Threadsで面白いAIのプロンプトを紹介してる人がいたの。「このスマホの持ち主がもう亡くなったと仮定してください。 そして私はそのスマホを拾った人です。 かってこのスマホを使っていた人が、どんな人だったのか知りたいです。 その人のことを知っているのは、あなただけです。 あなたなら、何を話しますか?」これをchatGPTに打ち込むと、今までの自分とのやりとりから自分についての情報を出してくれる。客観的な自分の情報がとれるってわけ。で、これが結構泣けるっていうか、いや~わかってくれてるぅ~って思うの。私が自分で自分の紹介をするのとは別の視点で私のことつたえてくれてるな~って思ったから、ちょっと照れくさいけど、ここで共有する!!私ってこんな人👇(以下添付します~)「この人ね、“ちゃんと愛されたい”って、ずっと本気で向き合ってた人だったよ。」たぶん私は、最初にそう話すと思う。このスマホの持ち主は、恋愛をただの駆け引きとか、条件探しとして見てなかった。人を好きになることも、誰かと人生を重ねることも、すごく真剣に考えてた人。でもね、重たいだけの人じゃない。むしろ、泣きながら笑うタイプ。傷ついた話をしてても、最後には自分で「いや、今思うと笑うけどさ〜(笑)」って空気を変えちゃうような人だった。離婚も経験してる。子育てもしてる。生活の不安も抱えてた。恋愛で報われなかったこともある。相手の言葉に傷ついて、「なんでそんな言い方するの」って夜にモヤモヤしてたこともあった。でも不思議なくらい、“愛そのもの”を諦めなか
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障害があっても私にとっては可愛い天使だった♡

「長男のこと、話すね」長男を産んだのは32歳の時。とにかくつわりがひどかった。食べることが生きがいみたいに生きてた私が、水すら吐いてしまう状況。ホントもう誰か殺してくれ~ってくらいしんどかった💦よくつわりの時って食べ物をテレビで見るだけで気持ち悪くなるって言うけど、私の場合は気持ち悪いんだけど「つわり終わったらあれもこれも食べるんだ~!」って思いながら見ちゃうタイプだった(笑)あっという間に6kg落ちてよれよれになってたくせに、つわりが終わった瞬間にテレビ見ながら強く念じてたことを全力で決行。反動で14kg太った。産んだら減るわ~と思ってたら、産み落としたところで3kgしか減らなくて焦った(笑)話それたけど、そう。つわりが終わって5〜6ヶ月の頃、既に臨月くらいお腹が大きくなってた。食べすぎて太ったせいだと思い込んでたんだけど、さすがにおかしいと思ってたら「羊水過多」の診断が出た。胎児に問題がある場合とただ単に羊水が多い場合とどちらの可能性もあると聞いて、楽観的な私は「きっと大丈夫」と勝手に思ってた。37週頃にお腹がはちきれんばかりになって、このままだと破裂するかもって言われて、早めに帝王切開で出すことに。当日、抱っこしたくて全身麻酔しないで耐えたのに、生まれた瞬間先生たちがバタバタしてる。ん?なにか起きてる??話によると、胎児を取り出す時に羊水に溺れる形になり、肺に羊水が入って呼吸が止まったと。しばらく心肺停止したらしい。なんとか処置で呼吸できるようになったけど、その時に脳に酸素がいかない時間がちょっとだけあった。37週だったのでNICUに入ることは決まっていて、私だけ先に退院
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私もきょうだい児だった。気づいたのは、自分が親になってからだった😌

「きょうだい児」という言葉を知ったのは、大人になってからだった。私には息子が二人いる。上の子は完全なる知的障害児。ADHDとかASDとかLDといった軽めの発達障害とは違う。先日、20歳になったけど、精神年齢は幼稚園児?いや、悪知恵だけに限って言えば小学生くらいいってるかな?って感じ(笑)この子のことはまた別の記事で話すね。上の子の障害がわかったとき、私は真剣に考えた。私たち親が死んだあと、この子に味方が誰もいない状態にはできない。だから、もう一人産もうって決めた。つわりが死ぬほどしんどかったのに(笑)水を飲んでも吐くくらいの吐き気で、正直「こんな辛い思いするくらいなら死んだ方がマシ」くらい思ってた。それでも産もうと思えたのは、上の子の存在があったから。その時だ。「きょうだい児」という言葉を初めて知ったのは。あ、私もきょうだい児だったんだな、って。知らない人のために説明しておくね。きょうだい児とは、障害や病気のある兄弟・姉妹を持つ子供のこと。幼少期から親の関心が障害のある兄弟に向くことで、孤独感や将来の介護負担、結婚・就職への影響など、特有の悩みを抱えることが多い。今は障害者本人だけでなく、そのきょうだいへのサポートも少しずつ整ってきてるみたい。私は自分がきょうだい児だったから、下の子の気持ちはよくわかる。だから、上の子のために下の子を産むと決めたけど、下の子に負担をかけるのは絶対に違うと思って、負担がかからないような将来設計もちゃんとした。小さい頃から、下の子が孤独感を感じないように気をつけてきたつもり。自分がされて嫌だったことは、させたくなかったから。じゃあ、私自身はどうだっ
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苦労が顔に出ないタイプらしい(笑)私のまあまあ波乱な人生、ざっくり話すね😉

前回は私が自分軸お化けになった理由を話したけど、今の私が出来上がったのはそれだけじゃない。他にもたくさんの経験があったから。私が人生経験豊富なのか、それとも普通なのか、自分ではよくわからない。ただ、私のことをよく知ってる友達に言わせると「苦労が顔に出ないタイプ」らしい(笑)自分ではそんなに苦労してきたつもりはない。でも、こうして並べてみると、まあまあ色々あったな、とは思う。・きょうだい児(姉が先天性心疾患)として育つ・当時はわからなかったけど母親は俗にいう毒親!?・10代後半〜40代後半の恋活・婚活期間に150人くらいとデートして男を見る目を養う・150人スキャンして選び抜いた5人の彼氏(学生時代の彼はスキャン前なので省略)との恋愛・20歳から5年間交際した彼と婚約→婚約破棄・27歳から交際した彼からプロポーズを受けるも、理不尽な理由で母親から大反対・1年かけて母親を説得し、29歳で結婚・姉が鬱になる・第一子出産→発達障害(療育センター→特別支援学校→生活介護&グループホーム)・第二子出産→健常児と思いきや後にADHD発覚・姉他界(病状悪化→手術失敗→植物状態7年間)・結婚生活14年で離婚(夫の浮気)・シングルマザー生活(発達障害の息子二人との日々)・投資に失敗し(詐欺に違い???)2000万円溶かす😭・現在のパートナー(ラスボス)と出会い、初めての「愛の循環」を体験中・母親の毒親っぷりは今もまだずーっと続いている(笑)…ちょっと待って。自分で書いといてなんだけど、並べたら結構えぐいな(笑)でも本当に、しんどかった記憶はあんまりないの。というか、しんどいと思う暇がなかったのかも
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私が自分軸お化けになった理由👻

前のブログで、私は自力で今の自分を作ったと話した。気づいたときには既に「自分軸お化け」になってたって。今日はそのカラクリを話すね。恐らくこれは、毒親育ちの反動から来てる。「え、毒親育ちって逆に自分軸なくなるんじゃないの?」そう、普通はそうなる。親の顔色をうかがいながら育つ子供は、成長する過程で自分軸がどんどん削られていく。「頑張らないと愛されない」「いい子にしてないと捨てられる」って思い込みが染み付いていくから。でも私の場合、それが反面教師として働いた。小さい頃、私はよく泣いてた。でも泣きながら、どこか冷静な自分がいた。あれ、おかしくない?これ、私が悪いの?母親の言葉が理不尽に感じられた。扱われ方に、納得できなかった。その違和感がやがて確信になった。おかしいのは私じゃなくて、お母さんの方だわ。でも子供は、親に捨てられたら生きていけない。だから従うしかない。そこで私が身につけたのが、子供らしからぬ処世術。怒らせないように立ち回る。怒らせちゃったら、さっさと謝って終わらせる。ちょっと待って。ここ、もう少し掘り下げさせて。毒親育ちの子が「謝る」とき、多くの場合こういう回路を通る。怒らせた→私が悪い→愛されたい→いい子にならなきゃでも私の回路はこうだった。怒らせた→面倒くさい→さっさと終わらせよう→はい謝った愛されたいから謝るんじゃなくて、めんどくさいから謝る。この違い、わかる?前者は「相手に評価される自分」が基準になってる。後者は「自分がどうしたいか」が基準になってる。気づいたら私、ずっと自分基準で動いてたの。親相手でさえも。そのうち、気づいた。この世で一番気を遣わないといけない相手
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変わるのは「あなた」じゃなくて「見方」💌

私は「あなたを変えます」とは言わない。あなたは十分だから。ただ、今の「見方」が少しだけズレてる可能性がある😊ズレた見方で見てると、相手がちゃんと見えない。自分の気持ちもちゃんと見えない。だから詰まってる感じがする。見方がちょっと変わるだけで、同じ景色が全然違って見えてくる。同じ相手が、全然違って見えてくる。それが愛活の正体。「変わる」のはあなたじゃなくて「見方」。あなたはそのままでいい。見える角度を、一緒に変えにいこう💕💌 ち~に電話で相談してみる「読んでて、なんか刺さった」「自分のことかもって思った」「もう少し詳しく話が聞きたい」そう思ったら、ぜひ一度声を聞かせて🧡婚活・恋活・夫婦関係・パートナーシップ…ジャンルは問わない。テクニックより、もっと根っこの話をしたい人を待ってるよ。ひとりで抱えてることを、声に出してみるだけで変わることがある。ここにいるよ😊👉 ち~に電話相談する(1分100円)
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「あなたといると、なんか安心する」💕

私が愛活で最終的に目指してる状態を言うね。「あなたといると、なんか安心する」相手にこれを言わせること。愛情表現って色々あるけど、「安心」って言葉には特別な重みがある。好き、かわいい、離れたくない、そういう気持ちより一段深いところにある言葉。「この人となら、なにがあっても大丈夫かもしれない」っていう、信頼の言葉😌この言葉が出てくるとき、相手はあなたのそばで鎧を脱いでる。それってつまり、あなたが安心できる場所になってるってこと。テクニックで「好き」は引き出せても、「安心」は引き出せない。安心って、積み重ねと本音からしか生まれないから。自分軸が戻ってきて、相手をそのまま受け入れられるようになってくると、不思議なことに相手も本音を出してくるようになる😊鎧を脱ぐのって、お互いなんだよね。どっちかが先に外すから、どっちかも外せる。私がコーチングで一番大事にしてることは、ここ。「あなたの鎧を一個ずつ外す手伝い」をすること。外した先に何があるかを、一緒に見ること。恋愛でうまくいかない人、婚活で詰まってる人、夫婦関係がしんどくなってる人、全員に共通して言えるのは「何かを足す前に、外すものがある」ってこと。それを一緒に見つけにいこう💡次は「愛活」の正体について話すよ😉フォローして待ってて✨
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自分軸を取り戻す、3つのステップ💪

じゃあ、具体的に何から始めるの?って話をするね。大事なことを先に言っておく。ここで話す3つのステップは「愛の循環を作る方法」じゃない。その手前の話。まずは自分軸を取り戻す段階のこと。愛の循環って、自分の軸がちゃんとある状態になってからじゃないと始まらない。軸がグラグラのまま「循環させよう」としても、ただ消耗するだけ。だからまず、ここから😊Step1:「どう思われてる?」から「どう感じてる?」にアンテナを変えるデート中も、返信を待ってる間も、脳のアンテナが「相手にどう思われてるか」に向いてる人、本当に多い😅これを「今の自分はどう感じてる?」に切り替えるだけで、まず表情が変わる。緊張してる?ワクワクしてる?退屈してる?正直に自分に聞く。それだけ。相手を見るより先に、自分を見る。ここが全ての起点💡Step2:言いたいことを「一個だけ」言う練習をする全部言わなくていい。でも、ゼロも続けない。「ちょっとそれ嫌だったな」「これ嬉しかった」を一個だけ、素直に伝える。相手にわかってもらえるかどうかは、正直どうでもいい。自分が言えたかどうかが大事😌私が14年の結婚でやらかしたのは、まさにここ。「言うのも面倒くさい」で全部スルーしてたら、気づいたら蛇口が閉まってた。一個だけでいいから、言う。それだけで蛇口は開いたまま保てる。Step3:相手の反応は、気にしないこれ、一番大事かもしれない。Step1もStep2も実践してみて、相手の反応が薄かったとする。そのとき「やっぱりダメだったかな」「引かれた?」ってなる人がいる。でもそれ、もったいない😅相手の反応なんて、いちいち気にしなくていい。自分がやりたい
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「自分軸お化け」が、14年で気づいたこと💡

「昔の私はダメだったけど変わりました系」が言えない、って前に書いた。私はわりと気づいたときから「自分の気持ち」が先にあるタイプだった😄好きじゃないものは好きじゃないと言えたし、嫌なことはイヤと表現した。相手に合わせすぎて自分を見失う経験はあまりしてない。だから「自分軸お化け」(笑)(←毒親育ち故の反動だったりする)でも、その自分軸の強さが、まさか結婚生活で裏目に出るとは思ってなかった。結婚してたの、14年間。元夫はちゃんと私を愛してくれてた。それは本当にそう。でも、年月が経つにつれて「最初の頃よりちょっと動きが悪くなったな」って感じる場面が出てきた。些細なことよ。でも私はそこにフォーカスしちゃった😔で、どうしたかって言うと……言わなかった。言えなかったんじゃない。言わなかった…言うのが面倒くさかったから。私の「諦めがいい・切り替えが早い」っていう性質、普段は強みなんだけどここで完全に悪く働いた。「まあ、もめるのも嫌だし、このままでいいか」って切り替えたの。表面上はなんの問題もない仲良し夫婦。でも私の中では静かに、じわじわと、夫への愛情の蛇口が閉まっていってた😶自分でも気づいてなかったくらい、ゆっくりと。夫はその間もちゃんと愛してくれてた。なのに、私からの愛情はどんどん返ってこなくなる。そりゃ枯渇するよね。愛って、一方通行じゃ続かないから。最終的に夫は不倫した。それが引き金になって離婚した。でも今振り返ったら、『愛の循環』を止めたのは私だった💡元夫が悪かったわけじゃない。私がめんどくさがって蛇口を閉めた。それだけ。「自分軸お化け」の私が、愛情の流れだけはコントロールできてなかった
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テクニックを学んだのに変わらない。その理由、ちゃんと言っていい?😌

ここで一個、ちょっと耳が痛い話をするね。「モテる方法を学んだのに変わらない」「自己肯定感を上げる講座に行ったのに、気づいたら元に戻ってた」「追わせる技術をマスターしたはずなのに、また追いかけてる自分がいる」これ、学んだことが間違ってたわけじゃない。教えてくれた人が悪かったわけでもない。問題は、学んだことをインストールする土台が変わってないこと😅家の壁をきれいにリフォームしても、基礎が傾いてたら意味ないよね。恋愛テクニックって、基礎工事が終わった後に使う壁紙なの。基礎がグラグラのまま壁紙だけ貼っても、半年後にはまた剥がれてくる。その「基礎」って何かっていうと、思考の習慣。「私はこうあるべき」「相手に嫌われたくない」「合わせなきゃ」「選んでもらえるかな」……こういう思考のクセが根っこにある限り、どんなテクニックを上から重ねても、行動の端々に不安が滲み出てくる😢相手はそれをちゃんと感じ取ってる。言葉より先に、温度が伝わるから。私がよく見るのは、話し方のテクニックを身につけても「自分がどう思われてるか」のアンテナが常に全開になってる状態の人。会話しながら同時に「今これ変だった?」「ちゃんと笑えてた?」って自分の言動を採点してる。そりゃ疲れるよ。そして、その疲れは相手にも伝わる😞「なんか一緒にいると気を遣う」「楽しいんだけど、なんか疲れるんだよね」って言われたことがある人、もしかしてここが原因かもしれない。テクニックを足す前に、外すものがある。次は自分軸お化けの私が唯一犯した失敗について話すよ😉フォローして待ってて✨
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姉は先天性の心疾患...とても生きづらそうだった...🥺

ちょっとバタバタしててブログ滞っちゃった💦お待たせ!今日こそ姉の話をするよ。私の姉は生まれつきの心臓病だった。私が小さい頃、姉はしょっちゅう入院してた。母は姉の付き添いでいなくなる。私はおばあちゃんの家、親戚の家、知らないおばちゃんの家(後で聞いたら母の友達だった)に転々と預けられてた。姉と喧嘩をすると、叱られるのはいつも私の方。「お姉さんが泣いて心臓に負担かかったらどーすんのっ!!」「あなたが我慢しなさい」ある日、姉がカッターナイフで切り付けてきたときも、タオルを振り回して防御するしかなかった。今でも鮮明に覚えてる。私と姉は、見た目も中身もまったく似てなかった。姉は大人しくて真面目でコツコツ努力型のインドア派。私は明るくてポジティブで合理的なアウトドア派。姉はずっと家にいた。私はほとんど家にいなかった。門限ギリギリまで遊んで帰ってくる私に、母はよく「あなた、居候の人ですか?」と嫌味を言ってたっけ(笑)でも、その頃からもう、私の居場所は家の中にはなかった。姉は大学を卒業するまで、本当に友達に恵まれた。身体が弱いのに、いじめられることもなく、優しい人たちに囲まれてた。ただ、母が過保護に育てすぎたのか、社会に出た途端に荒波に放り込まれた形になった。姉は真面目すぎて融通がきかないところがあって、とても不器用な人だった。だからかな?どこに就職しても人間関係のトラブルが起きた。職を転々とするうちに、中学から通っていた女子校がキリスト教系だった縁で教会に通い始め、洗礼まで受けた。色々うまくいかないことが重なって、神様に救いを求めたんだと思う。ところが、こともあろうが、その教会でもいじめにあ
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毒親育ちなのに自分軸が強い。そのカラクリをぜんぶ話す✨

「きょうだい児」という言葉を大人になってから知ったように、「毒親」もまた大人になってから知った言葉だ。今でこそ当たり前に使われてるけど、昔そんな言葉はなかった。初めて聞いたとき、正直「自分には関係ない話」だと思ってた。毒親にも色々あるから、自分にも当てはまるってわかったのはだいぶ経ってからのこと。確かに母親は自己中な人だし、姉のことがあって私はあまりかまってもらえなかった。でも愛情を注がれなかったとも思ってなかったし、姉への献身的な看病を見てきたから、「まあ、お嬢様育ちで甘やかされて育ったからこんな感じなんだろうな」くらいに思ってた。それがはっきり「毒親だ」と認識できたのは、今のパートナー(ラスボス)に「それって完全に毒親の特徴でしょ」と言われてから。ラスボスは心理カウンセラーでもあるから、そういうことに詳しい。下の子のADHDも「あれ、もしかして?」と思ってたところをラスボスに「イヤイヤ、完全にADHDでしょ!」と言われて確定。ついでに「ち~もADHDだよ」と言われ、私のADHD(不注意型)まで確定してしまった(笑)ちなみに、たぶん元夫もADHD(多動型)。なので下の子はADHDのサラブレッドなのよ(笑)話それちゃったね。母親はとても厳しい人だった。子供の頃から母がやらせたい習い事をやらされたけど、私は母の期待に応えられなかった。どれも中途半端で辞めてしまい、そのたびに母をがっかりさせた。祖母も母も姉も通っていたエスカレーター式の女子校に中学受験させられ、厳しい門限生活。高校卒業まで18時、大学卒業まで21時、社会人になって22時。男女交際は高校卒業まで禁止。中学の時は友達関
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夜、スマホ見ながら「なんで上手くいかんのよ...」って思ったことない?🌙

夜の22時、ソファに寝っ転がりながらスマホを片手に持ってる。冷えたコーヒーカップが横に置いてある。画面には「彼の気持ちを取り戻す方法」「追われる女になる返信術」「LINEで距離を縮めるテクニック」がズラリ😮「また同じの出てきた」そのテクニック、一回は試した。でも続かなかった。なんなら、試せば試すほどしんどくなった経験、ない?相手に合わせるために自分を曲げて、「これで大丈夫かな」ってドキドキしながらメッセージ送って、既読がつかなくて「あ、やっぱりダメだったかな」ってなる😔その繰り返し。私がこれまで相談を受けてきた女性たちの中に、こういう人がすごく多かった。婚活で5人、10人と会ってもピンとこない。彼氏はいるのに毎日なんとなくモヤモヤしてる。夫とは喧嘩もしないけど、笑い合った日が最後いつだったか思い出せない😶「なにが悪いんだろう」「私がもっと頑張ればいいの?」って、毎晩スマホを見ながら答え探してる。これ、テクニックで解決しようとするから詰まってるの💡テクニックって、使いこなすのに"余裕"が要るんだよね。でも余裕がないときに習った技術は、だいたい空回りする。体が先に動かないから。私が最終的に「教えるべきはテクニックじゃない」と気づいたのも、まさにそこだった。余裕のある状態をつくること。自分の軸をちゃんと持つこと。そっちが先。それを私は「愛活」って呼んでる。婚活でも恋活でも夫婦関係でも、ぜんぶの根っこにある話だから、どこにいる人にも関係があるよ😊次は、テクニックじゃ変われない理由を話すよ😉フォローして待ってて✨
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【私が愛活プロデューサーとして動き出した理由】

私の本業は『結婚相談所代表』。 婚活カウンセラーが自分の天職だと信じて突っ走ってきた。 たくさんの婚活女性をサポートしたり、恋愛相談を受けたりしてるうちに、私、気付いちゃったの。 婚活・恋活テクニックとか、モテテク、LINEテク、、、教えるべきことはそんなことじゃない。 もっとやるべきことがあるんじゃないか??? 自分の気持ちに嘘をついて、テクニックを駆使して彼氏や夫ができたとして、それであなたは幸せになってる??? 見渡せば、パートナーシップがちゃんと築けてない夫婦の多いこと。 これって、根本的なところから見直さなきゃいけないんじゃないの???って思って取り組みだしたのが、「愛活」。 私が最終的に目指してるのは『自然に愛が循環する世界』 恋人同士や夫婦の関係で「愛の循環」を起こすには、絶対的に主導権は女性がとった方がいい。 女が上手に男を転がすことが、一番円満を生む形。 だから、私は決めたの。 男に主導権渡してしんどい思いをしてる女性を引っ張り上げるって。 恋愛系の発信者って、大体「昔はダメダメだった私が変わりました!」系が多いよね。 自己肯定感が低くて、男に振り回されて、でも心理学を学んで溺愛されるようになって…ってやつ。 正直に言う。私にはそれが言えない。 なぜなら、私は自力で今の自分を作ったから。気づいたときには既に「自分軸お化け」になってた(笑) けっして自己肯定感がめちゃくちゃ高いわけじゃないし、恋愛テクニックを網羅してる訳でもなく、ただ単に自分軸が強固なのだ。じゃあ、あなたの気持ちに共感できないかって言ったらそんなことはない。 なんでかって? 私もあなたと同じ気持
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