ちょっとバタバタしててブログ滞っちゃった💦
お待たせ!今日こそ姉の話をするよ。
私の姉は生まれつきの心臓病だった。
私が小さい頃、姉はしょっちゅう入院してた。
母は姉の付き添いでいなくなる。
私はおばあちゃんの家、親戚の家、知らないおばちゃんの家(後で聞いたら母の友達だった)に転々と預けられてた。
姉と喧嘩をすると、叱られるのはいつも私の方。
「お姉さんが泣いて心臓に負担かかったらどーすんのっ!!」
「あなたが我慢しなさい」
ある日、姉がカッターナイフで切り付けてきたときも、タオルを振り回して防御するしかなかった。今でも鮮明に覚えてる。
私と姉は、見た目も中身もまったく似てなかった。
姉は大人しくて真面目でコツコツ努力型のインドア派。
私は明るくてポジティブで合理的なアウトドア派。
姉はずっと家にいた。
私はほとんど家にいなかった。
門限ギリギリまで遊んで帰ってくる私に、母はよく「あなた、居候の人ですか?」と嫌味を言ってたっけ(笑)
でも、その頃からもう、私の居場所は家の中にはなかった。
姉は大学を卒業するまで、本当に友達に恵まれた。
身体が弱いのに、いじめられることもなく、優しい人たちに囲まれてた。
ただ、母が過保護に育てすぎたのか、社会に出た途端に荒波に放り込まれた形になった。
姉は真面目すぎて融通がきかないところがあって、とても不器用な人だった。だからかな?どこに就職しても人間関係のトラブルが起きた。
職を転々とするうちに、中学から通っていた女子校がキリスト教系だった縁で教会に通い始め、洗礼まで受けた。
色々うまくいかないことが重なって、神様に救いを求めたんだと思う。
ところが、こともあろうが、その教会でもいじめにあった。
信じられる???キリスト教の信者とかが人をいじめる!?って思った。
姉のこころの状態は一気に悪化して、精神科に通うことになった。
ちょうどその頃、私は結婚して家を出ていたから、そんなことになってるとは知らなかった。
一人目を妊娠して里帰りした時に、母から初めて聞いた。
当時はまだ鬱がそこまで知られてなかった時代だったから、何が起きたのかわからなかった。
私はつわりがひどくて自分の部屋にこもってゲロゲロ状態(笑)だったけど、姉はしょっちゅう私のところに話しに来た。
子供の頃からそんなに話す間柄じゃなかったのに、里帰り中は毎日のように来た。
「あなたと話すと元気になる」
気持ちが下がると、姉は私と話したがった。
でも、実家の居心地が悪くて私はすぐ自宅に戻った。
そしたらまた姉の状態が悪くなった。
出産したらたくさん帰って姉とたくさん話してあげようと思っていた矢先、姉の心臓の病状が悪化して、遠方で手術することになった。
私は手術が成功して元気になって帰ってくると思い込んでいた。
まさか手術が失敗して、そのまま植物状態になるなんて…
もう二度と話せなくなるなんて、思ってもいなかった。
意識がないのに、お見舞いに行くと姉はぽろぽろと涙を流した。
話せなくても、私のことはわかるんだなって思った。
私は今でも悔やんでいる。
あの時、つわりがしんどくても、姉のために実家に残るべきだったんじゃないかって。
私と話すだけで少し元気になれるなら、そのくらいはできたんじゃないかって。
どんなに悔やんでも、もう姉はいない。
植物状態のまま7年間過ごして、45歳で逝ってしまった。
姉はあの頃、どこへ行っても心を許して話せる相手がいなかったんだと思う。一人でいる時間が増えていって、安心して話せる誰かをずっと求めていたんだと思う。
その相手を、私は姉にしてあげることができなかった。
だから、ここで、そんなちょっと寂しい気持ちを抱えてる人の話し相手になりたいと思ってる。
1分でも2分でもいい。話して、ちょっとだけ楽しい気分になってくれたら嬉しい。
次はうちの長男が発達障害(知的障害)だった話しするね!!
フォローして待ってて✨