私もきょうだい児だった。気づいたのは、自分が親になってからだった😌

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コラム
「きょうだい児」という言葉を知ったのは、大人になってからだった。

私には息子が二人いる。
上の子は完全なる知的障害児。
ADHDとかASDとかLDといった軽めの発達障害とは違う。
先日、20歳になったけど、精神年齢は幼稚園児?いや、悪知恵だけに限って言えば小学生くらいいってるかな?って感じ(笑)
この子のことはまた別の記事で話すね。

上の子の障害がわかったとき、私は真剣に考えた。
私たち親が死んだあと、この子に味方が誰もいない状態にはできない。

だから、もう一人産もうって決めた。

つわりが死ぬほどしんどかったのに(笑)
水を飲んでも吐くくらいの吐き気で、正直「こんな辛い思いするくらいなら死んだ方がマシ」くらい思ってた。

それでも産もうと思えたのは、上の子の存在があったから。
その時だ。「きょうだい児」という言葉を初めて知ったのは。
あ、私もきょうだい児だったんだな、って。

知らない人のために説明しておくね。

きょうだい児とは、障害や病気のある兄弟・姉妹を持つ子供のこと。
幼少期から親の関心が障害のある兄弟に向くことで、孤独感や将来の介護負担、結婚・就職への影響など、特有の悩みを抱えることが多い。
今は障害者本人だけでなく、そのきょうだいへのサポートも少しずつ整ってきてるみたい。

私は自分がきょうだい児だったから、下の子の気持ちはよくわかる。
だから、上の子のために下の子を産むと決めたけど、下の子に負担をかけるのは絶対に違うと思って、負担がかからないような将来設計もちゃんとした。

小さい頃から、下の子が孤独感を感じないように気をつけてきたつもり。
自分がされて嫌だったことは、させたくなかったから。

じゃあ、私自身はどうだったか。

小学生の頃からなんとなく思ってた。
お姉さんは身体が弱いから、将来は私が面倒をみていくんだろうな、って。
たぶんそんなようなことを母親もちょくちょく私に言っていたと思う。
知らず知らずの洗脳(笑)

この前、中学の時の友達と久しぶりに昔話をしてたら、
「ち~ちゃんってよく『お姉さんは将来私がみていく』って言ってたよね」って言われて、びっくりした。

自分ではそんなに意識してなかったけど、口癖になるくらい刷り込まれてたんだね。
母親の影響なのか、使命感なのか、今となってはわからない。

でも不思議なことに、それをイヤだと思ったことは一度もなかった。
当然の流れだと思ってたから。

今思えば、それもきょうだい児特有の感覚だったのかもしれない。
背負うことに、疑問すら持たなかった。

次は私の母親の毒親っぷりを話すよ😉
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