毒親育ちなのに自分軸が強い。そのカラクリをぜんぶ話す✨

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コラム
「きょうだい児」という言葉を大人になってから知ったように、「毒親」もまた大人になってから知った言葉だ。

今でこそ当たり前に使われてるけど、昔そんな言葉はなかった。
初めて聞いたとき、正直「自分には関係ない話」だと思ってた。

毒親にも色々あるから、自分にも当てはまるってわかったのはだいぶ経ってからのこと。
確かに母親は自己中な人だし、姉のことがあって私はあまりかまってもらえなかった。
でも愛情を注がれなかったとも思ってなかったし、姉への献身的な看病を見てきたから、
「まあ、お嬢様育ちで甘やかされて育ったからこんな感じなんだろうな」くらいに思ってた。

それがはっきり「毒親だ」と認識できたのは、今のパートナー(ラスボス)に「それって完全に毒親の特徴でしょ」と言われてから。

ラスボスは心理カウンセラーでもあるから、そういうことに詳しい。
下の子のADHDも「あれ、もしかして?」と思ってたところをラスボスに「イヤイヤ、完全にADHDでしょ!」と言われて確定。

ついでに「ち~もADHDだよ」と言われ、私のADHD(不注意型)まで確定してしまった(笑)

ちなみに、たぶん元夫もADHD(多動型)。
なので下の子はADHDのサラブレッドなのよ(笑)

話それちゃったね。

母親はとても厳しい人だった。
子供の頃から母がやらせたい習い事をやらされたけど、私は母の期待に応えられなかった。
どれも中途半端で辞めてしまい、そのたびに母をがっかりさせた。

祖母も母も姉も通っていたエスカレーター式の女子校に中学受験させられ、厳しい門限生活。

高校卒業まで18時、大学卒業まで21時、社会人になって22時。
男女交際は高校卒業まで禁止。
中学の時は友達関係にまで口出しされて、ちょっと門限を破ったら「あんな子たちとは友達やめなさい」。

大学に入ってからは門限も21時になり、男女交際も解禁。
少しだけ自由が生まれた。
私は自分のできうる限りの知恵をフル活用して、バレない限界ギリギリMAXのところで遊んだ(笑)

母親は結婚相手にまで口を出してきた。
母の理想は人柄よりスペック派。
家柄のいい資産家で、職業は医者か弁護士、学歴は国立か有名私立大学。
娘をどこまで高く見積もってるんだと呆れた(笑)

ただ、ここだけは譲れないと思ってた。
だって、私の一生に関わることだから。
母には気を遣い続けてきたけど、結婚相手だけは自分で選んだ人と結婚すると決めていた。

案の定、元夫との結婚を大反対された。
国立大学卒業、収入も平均より高く、人柄も良い。
普通に考えたら反対される相手じゃない。
ただ単に母の理想が高すぎただけの話だ。

1年かけて説得しても首を縦に振らなかった母に、私は最後の手段として手紙を書いた。
「自分が決めた人と結婚します。祝福してほしい。それが叶わないなら家を出ます」
母は焦った。
私がいなくなったら姉の将来を誰がみるのか、自分たちの老後も私に頼るつもりだったから。

返ってきた手紙にはこう書いてあった。

「お姉さんのために100歩譲って結婚を許します。でも祝福はしません。親戚に紹介するのが恥ずかしいから海外で式を挙げてきなさい。あなたにはお金をかけてきたのに、がっかりです」

何と言われようが、自分が決めた人と結婚できればそれでいいと思った。
どんなに支配されてきても、親は親。
憎み切れなかったし、できることなら老後の面倒も見てあげたかったから、家を出ることは本意ではなかった。

現在、姉は亡くなり、父も先に逝った。
母は目も悪く足腰も悪く、障害者手帳2級を持っている。
今は私と同じ敷地内で生活している。

そんな母は今も私の結婚に口を出してくる。

元夫との離婚後、ラスボスの前にもう一人交際した人がいた。
3年ほど続いたけど、母が猛反対して、それが原因で破局したと言っても過言じゃない。
反対されなかったら結婚してたかもしれない。
今となってはラスボスと幸せにしてるから結果オーライだけど、そのラスボスのことも反対してるんだからタチが悪い(笑)

ただ、ラスボスは今までの彼や元夫とは違った。
母がひるむほど圧倒的なオーラがある。

挨拶に来たとき、いつもなら自分が「上」というポジションを絶対に崩さない母が、彼の空気に一気に飲まれ、素直にうなずき続け、最終的に「娘と孫たちをよろしくお願いします」と言ったのだ。

こんなことがあるのか、とびっくりした。

でも、それは表向きだけ。
後で私が呼び出され「まだ納得してない。一緒に住むのは許すけど、籍は入れないでほしい」と言ってきた。

私、もうアラフィフなんですけど…(笑)

ラスボスはそんなのお構いなし。
「この歳になって母親の許しなんていらない、結婚はする」と全く動じない。母も私が「家を出る」と言い出すと困るから、籍を入れるな以外はあまり言ってこない。

じゃあ、なんで私は毒親育ちなのに自分軸お化けになれたのか。
答えはシンプルで、「親以外は全部自分で選んできたから」だと思う。

友達も、彼氏も、環境も。
自分が心地よくいられる相手を選んで、そこで着々と自分軸を育ててきた。
親に削られた分を、外の世界でちゃんと補填してきた感じ。

今現在、私にストレスを与えてくるのは母親だけ(息子も少しはあるけど笑)。
身内は選べないから、与えられるストレスを上手くかわしながら生活してる。

ただ、いざ本当に「自分の人生か母親か」どちらか選ばなきゃいけない事態になったら、私は母親を捨てる覚悟を持ってる。

今はまだそこまで追い詰められてない。
できることなら力になってあげたい気持ちもある。
私の時間を搾取してくる、ストレスしか与えてこない人だけど、そうは言っても私を生んでくれた人だから、何をされても恨み切れないし、嫌いにもなれない。

でも、ギリギリのところで私は自分を一番大切にすると決めてる。
それだけは、ずっと変わらない。

次は亡くなった姉のこと(鬱になった時のことも)話すよ😉
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